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5話 こんなはずじゃなかった

 僕は首の骨を折って死ぬはずだった。今日で僕を苦しめてきた苦痛が終わるはずだったのに。


 僕の体は、床から三十センチほどのところで宙に浮いていた。右手につけられた腕輪に埋め込まれた乳白色の石が淡く光を発している。何かのお守りだと思っていたが、この様子を見ると僕が浮いているのはこの腕輪の影響なのだろう。この自分の体が浮いていると言うのはどう言う原理だろうか。あまりのことに呆然とする。

 これはこの世界特有の技術なのだろう。地球で人の体が宙に浮くなんてことはありえなかった。


 下の階からダダダダダッと階段を駆け上がる音が聞こえる。これは、「お母さん」か「お父さん」のどちらかだろう。僕が自殺を図ったのがバレたのだろうか。


 バァーンと音を立てて扉が開き「お母さん」が駆け込んでくる。目には涙が溜まり必死の形相だ。


「ケイッ!無事!?」


 浮いている僕に目を留めると、駆け寄ってきて体をギュッと痛いくらいに抱きしめてくる。いつもの包み込むような抱きしめ方ではない、しがみつくような抱きしめ方。


「ケイー!ほんとぉに心配したんだからぁぁ」


 涙と鼻水でぐずぐずになった声が僕の心をえぐる。


「リン!ケイ!大丈夫か!」


 後から駆け込んできた「お父さん」が息を切らしている。


 こんなはずじゃなかった。今日、あの瞬間に僕はこの世界からいなくなって終わりになるはずだったのに。

 それがどうだ。「お母さん」に守られて、恐怖と苦しみに支配されたまま、挙げ句の果てには彼女たちをこんなに心配させて不安にさせてしまった。彼女たちから子供を奪って僕がここに生きていることに罪悪感を覚えながら、結局二人を悲しませてしまっている。


 幼なじみを亡くして、他人の子供として生まれ変わって、死のうと思っても守られて、「お母さん」と「お父さん」を不安にさせて。僕はどれだけ人を傷つければいいんだろう。


 もういいや、全部話してしまおう。そうしたら「お母さん」たちが僕に優しくすることもなくなるだろう。僕は家族から追い出されて無事生きるも死ぬも自由の身だ。


「お母さん、苦しい。」


 あんまり強く抱きしめるので苦しくなって離れるように求める。

 「お母さん」は随分驚いたようで涙に濡れた目をまん丸にしている。「お父さん」も後ろで呆然としていた。僕が彼女たちの前で初めて言葉を喋ったからだろう。


 転生してから一年たち、最初はわけがわからなかったこの世界の言葉も今では普通に理解できいるようになっていた。やけに記憶力がいいように感じたのはこの体がとても幼く脳の記憶容量が空っぽだったからだろう。

 ただ、言葉を覚えても「お母さん」たちと話すことはしなかった。彼女たちは他人だから。どうせすぐに別れることになると思っていたから。


 でももういい。ここで全部話して、終わらせてしまおう。


「ケイ?今!今なんて言ったの!?お母さんって、お母さんていった!?」

「ケイ!俺は?俺のこと呼べるか?ほら!俺は!?」


 「お母さん」と「お父さん」が一時呆然とした後一気に興奮して詰め寄ってくる。だけど僕はそんなつもりはない。だって今から僕は二人に別れを告げるんだから。


「お母さん、お父さん…いや、リンさん、カインさん、話があります。店が終わったら時間をもらっていいですか。」

「え…?ケイ?何を言ってるの?あなた…まだ一歳でしょう…?」

「ケイ…お前…?」

「わかっています。全部話しますからもうちょっと待ってください。店にもまだお客さんがたくさんいるんでしょう?」

「あ、ああ、わかった。あー、いや、今日は今入っている客までにして閉めるようにしよう。リンもそれでいいよな。」

「え、ええ、それでいいわよ。じゃ、じゃあ、私たちは店に戻るわね。」


 リンとカインは混乱しながらもはっきりと頷く


「ケイ、大人しくしててね。さっきは本当に心配したんだからね。」


 リンが僕をベットに戻しながらそう言う。


「わかっています。今はもうあんなことをしようとは考えていませんよ。」

「あんな事?しない?まさかケイ、あなた!」

「ええ、ですからそれも説明します。大丈夫です。今はそんなこと考えていません。」

「そう、ならいいけど…。いい?お願いだから大人しくしててね?」

「はい、わかっています。心配かけてすいません。」

「わかったわ。じゃあ私たちは店に戻るわね。もう少し待っててね。

 リンはそう言ってカインの後を追いかけて寝室を出て行った。


 リンとカインが思っていたより取り乱さずに僕のことを受け入れて驚いた。でも、それもここまでだ。全部話せば、彼女たちは僕を拒絶するだろう。

 座り込んだベットから見える月はどこまでも青く光っていた。

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