幽世駅
ちょっとだけグロ表現があります。あまりにも過激すぎるほどでは無いと思います。一応注意書きです
佐伯士郎という友人から、急に「久しぶりに会って遊ばないか」と連絡が来た。
浅田健人は、二つ返事で「オーケー」と返した。
二人は学生の頃からの知り合いで、部活こそ同じでなかったが、よく馬鹿話をし昼飯も共にする仲であった。しかし卒業して社会人になってからというもの、お互いに忙しく半年ほど遊びはおろか連絡すら取れずにいた。浅田が就職先に地元でなく近隣の県を選んだ事も、それに拍車をかけていた。
唐突な連絡でも、それは浅田を喜ばせた。次の瞬間には休日を確認し、お互いの日程をすり合わせて、カレンダーに遊びに行く予定を入れていた。
『遊び尽くそうな』
とチャットが送られてきて、浅田はニンマリ笑いながら、
『おう』
と返した。
八月下旬のとある日、浅田は二時間ほど揺られる。十一時頃、電車が駅に到着する。浅田が改札を抜けると、その先で佐伯が笑顔で出迎えてくれた。
「久しぶりじゃないの。元気してたか?」
浅田の方も久しぶりの友人との再会に笑顔になった。
「してたしてた」
夏も後半に差し掛かり、早朝は涼しいこともあるとはいえ、日が登ってくると夏は夏。佐伯の額には汗が滲んでいた。
「やっぱあついわ……。」
「もう夏も終わりのはずなんだけどな。……腹減った、飯は?」
「学生の頃よく行ってたあそこ。いいだろ?」
粋な計らいに浅田は大きく頷いた。
「最高じゃねぇか」
久しぶりの学生時代を思い出す旨い飯と一緒に、二人は半年間の出来事を話し合った。その後、カラオケで喉が枯れても歌い続け、夕飯に焼肉を食った。それでも話し足りなかったのでバーに行き、終電を逃さない程度に飲んだ。
丸一日遊び、疲れに疲れ果てて二人は駅に辿り着いた。その頃には夜も遅く、星が駅の電灯に負けじと瞬いていた。
「今日はマジで遊び疲れた……。」
浅田は掠れた声で言った。
「帰ったらゆっくり休むんだぞ?」
浅田は佐伯の気遣いに無言で頷き、改札を抜けた。振り返って佐伯に手を振る。
「ありがとな! ちゃんと帰れたら連絡するわ」
「こちらこそ、気をつけて帰りな」
「おう。じゃあな」
佐伯、元気してたじゃん。心配はしてなかったけど。仕事も上手くいってそうじゃん。にしてもタフだなぁあいつは、疲れた様子とかなかったな。そういう所が活きてるんだろうな。あぁ喉が痛てぇ……あいつはあんだけ歌って潰れてなかったな。それでいて歌上手いんだもんな……。
酔いが回った頭で一日のことをぼんやりと思い出しながら、終電をベンチに座って待っていた。電車は十五分ほど後に到着する予定だった。他の利用客はおらず、だだっ広いホームに静寂が訪れていた。空気はひんやりとしていて心地よく、だんだんと意識が落ちていき……。
……ハッと目が覚めて、浅田は居眠りをしていたのに気が付いた。日頃の仕事の疲れと、遊んだ疲れのダブルパンチで意識を飛ばしてしまったらしい。
「やべ!」
辺りが薄暗い中、慌ててカバンを漁って携帯の時計を確認すると、そろそろ終電がやってくる時間だった。
「焦った……。」
ほっと胸を撫で下ろしたと同時に、情けないデカい声を出した恥ずかしさが去来した。
下を向いてこらえつつ電車を待っていたが、なかなか来ない。体感でも必要以上に待っていることが分かる。切れかけの蛍光灯がチカチカと瞬いて、特有のビビビ……という音を立てている。
「おかしいな……。遅くないか?」
電光掲示板にも電車の遅延を示す表記はない。むむむ……と唸ったところで、おかしなことに気がついた。
電光掲示板の横にある時計が、さっき確認した携帯と同じ時刻を指していた。
なんでズレた時計そのままにしてんだよ、ちゃんと直せよ。と内心愚痴って、舌打ちをしながら携帯を出した。
時刻が変わっていない。
違和感が背中を撫でる。
はっと後ろを振り返るが何もない。前をおそるおそる振り向いても誰もいない。
なんで……?
思いつく限りの理由を必死に考えたが、何も思いつかなかった。その間にも電車は来ない。
来る様子すらないのか? と不審に思い、荷物を持って立ち上がりホームの端まで歩いていった。
ホームに足音がこだまする。十数メートル先からは暗くて何も見えない。不穏な雰囲気を感じつつも、歩みを進めた。
しかし、いつまで経ってもホームの端に辿り着かない。荷物が揺れる音が煩い。
「なに、これ……?」
何本もの鉄柱が体の横を通り過ぎる度、だんだんと冷静さを奪われていく。
「どういうことだよ……!」
ホームの端に行こうとするのがダメならと、改札に戻ろうとする。踵を返して元の場所に戻りに行くが、どれだけ戻れば元の場所なのか分からない。しばらく歩いていくうち、浅田は気づいた。
改札に戻る階段がどれだけ歩いても見つからない。
冷や汗が顎から垂れる程歩いたところで、エレベーターを見つけた。
「あった……!」
これでこのホームから出られる。そう思って呼び出しボタンを押すが、反応しない。どうやら電気が入っていないようだ。エレベーターの籠は改札側で、こちらには無い。上を何とか覗いてみようとするが、真っ暗で何も見えない。
「どうしてだよ……!?」
焦りが極限に達しようとしたところで、浅田の頭に閃きが舞い降りた。
――『ちゃんと帰れたら連絡するわ』――。
佐伯と連絡が取れれば、このホームから出られるかもしれない。
震える手で電話をかけてみるが、繋がらない。電波はちゃんとアンテナが四つたっている。どうしたらいい……。チャットなら繋がるかもしれない。
浅田『佐伯、いま大丈夫か?』
間もなくして既読がつき、返信が帰ってきた。
佐伯『ああ、無事に帰れたか?』
浅田『いや、帰れてない』
佐伯『は? どこにいるんだよ』
浅田『駅のホームだよ』
佐伯『どういうことだよ? 電車は?』
浅田『いつまでたっても来ない。それどころか、時計が動いてない』
佐伯『故障してるとかじゃないのか?』
浅田『携帯も止まったままだから、時間ごと止まってるみたいだ』
佐伯『待て待て、何言ってるんだ?』
浅田はゆっくり考え考え、今までに起こったことをまとめて返信した。
浅田『終電待ちでホームのベンチに座ってたら居眠りしちまって、びっくりして飛び起きたらここにいた。なんかホームの端に行こうとしてもたどり着かないし、改札に上がる階段もない。』
まるで駅のホームに閉じ込められたみたいだ、と打とうとして、浅田は身震いした。
佐伯『……寝ぼけてるんじゃないのか? ホームの端まで行けないってことは絶対無いし』
佐伯『まず改札とホームを繋ぐ階段がなかったら駅として機能してないだろう。見逃したんじゃないか? というか、エレベーターは?』
浅田『あるけど、電源が繋がってないか壊れてるかで使えない』
佐伯『それ本当に――駅?』
浅田は顔を上げて、駅の名前が書かれた看板を探した。どこにも見当たらない。
浅田『駅の名前も見当たらない!』
佐伯『え? ちゃんと探しな』
浅田『どうすりゃいいんだよ!』
佐伯『終電逃してホームに置き去りにされたとかじゃないのか』
浅田『それだったら駅員さんが起こしに来るだろ。それもないってことは』
佐伯『よくわからん空間に閉じ込められたとでも言いたいのか? まさか(笑)』
佐伯の的を得た言葉がさらに恐怖心を煽る。
「やばいって……!」
どこからかこの場所から出ないと、という本能の叫びだけが大きくなっていく。
浅田『とりあえずここから出してくれよ』
佐伯『俺に頼んだって……』
浅田『なんかないのかよ!?』
佐伯『うーん……エレベーターをこじ開けるとか? 洋画の見すぎかもしれないけど』
浅田は携帯を投げ捨ててエレベーターに飛びつき、こじ開けようとする。映画のようには上手くいかず、ビクともしない。しばらく格闘していたが、開く気配すらないことにいらいらして、途中でドアを蹴っ飛ばしてやめた。
「なんでだ……」
どこかここから出られる場所さえあればいい。そう思って辺りを見回した。階段もない。ホームの端もない。電車は来ない。……線路の向こう、フェンスを越えた先は、今日歩き回った普通の街並みが広がっている。
「……。」
浅田は白線の外側に立った。
普通に生きていれば絶対にやらないはずの行動を思い浮かべ、息を飲んだ。
大丈夫だ。そう言い聞かせた。
「それしかない……よな。」
浅田はホームから降り、線路上に立った。常識的に考えれば危険な行為である。浅田の足は震えていた。
「向こうまで行って、それで出られるはずだ」
次の瞬間、ホームに電車がスピードを落とさず飛び込んできて、浅田と衝突した。浅田の体は引きちぎられ、線路上に肉塊が散らばった。
「わー!」
目が覚めて、浅田は居眠りをしていたのに気が付いた。日頃の仕事の疲れと、遊んだ疲れのダブルパンチで意識を飛ばしてしまったらしい。
辺りが薄暗い中、慌ててカバンを漁って携帯の時計を確認すると、そろそろ終電がやってくる時間だった。
「焦った……。」
ほっと胸を撫で下ろしたと同時に、情けないデカい声を出した恥ずかしさが去来した。
それにしても寝ている間に恐ろしい"夢"を見た。出られない駅のホームに閉じ込められて、電車に轢かれるなんて。せっかく久しぶりに友達と遊んだ帰りなのに縁起が悪い。
悪い夢の恐怖が抜けるのを待ちながら電車を待っていたが、なかなか来ない。体感でも必要以上に待っていることが分かる。蛍光灯がチカチカと瞬いて、特有のビビビ……という音を立てている。
「おかしいな……。遅くないか?」
電光掲示板にも電車が遅れている表記はない。むむむ……と唸ったところで、おかしなことに気がついた。
電光掲示板の横にある時計が、さっき確認した携帯と同じ時刻を指していた。
なんでズレた時計そのままにしてんだよ、ちゃんと直せよ。と内心愚痴って、舌打ちをしながら携帯を出した。
時刻が変わっていない。
「ちょっと待て」
悪い夢の内容が、現実に起こってないか?
浅田は荷物を持って立ち上がり、ホームの端を目指した。蛍光灯が暗く十数メートル先も見えない。ホームに足音がこだまする。荷物が揺れる音が煩い。
いつまで経ってもホームの端に辿り着かない。踵を返して元の場所に戻る。改札に上がる階段を探しながら歩いていたが見つからない。唯一見つかったエレベーターは電源が落ちている。
「なんなんだよこれ……!」
さっきの夢の内容だと、俺は線路上に転落して電車に轢かれた。でもあれは夢だろ? なら大丈夫だ。線路を渡って向こうまで行って抜け出そう。
悪い夢の恐怖が足を震わせるが、浅田は線路上に降り立った。
次の瞬間、ホームに電車がスピードを落とさず飛び込んできて、浅田と衝突した。浅田の体は引きちぎられ、線路上に肉塊が散らばった。
「は」
目が覚めて、浅田は居眠りをしていたのに気が付いた。
また、夢と同じ状況。
電光掲示板の横の時計を見る。眠る前と変わらない。携帯を開いて時刻を確認する。眠る前と変わらない。
左右をキョロキョロと見回す。ホームの端は暗くて見えないし、改札に上がる階段もない。駅の名前も書いていない。エレベーターも電源が切れている。
浅田は佐伯と連絡を取ろうとして、携帯が表示したチャットログを見て驚愕した。
浅田『佐伯、いま大丈夫か?』
佐伯『ああ、無事に帰れたか?』
浅田『いや、帰れてない』
佐伯『は? どこにいるんだよ』
浅田『駅のホームだよ』
佐伯『どういうことだよ? 電車は?』
浅田『いつまでたっても来ない。それどころか、時計が動いてない』
佐伯『故障してるとかじゃないのか?』
浅田『携帯も止まったままだから、時間ごと止まってるみたいだ』
佐伯『待て待て、何言ってるんだ?』
浅田『終電待ちでホームのベンチに座ってたら居眠りしちまって、びっくりして飛び起きたらここにいた。なんかホームの端に行こうとしてもたどり着かないし、改札に上がる階段もない。』
佐伯『……寝ぼけてるんじゃないのか? ホームの端まで行けないってことは絶対無いし』
佐伯『まず改札とホームを繋ぐ階段がなかったら駅として機能してないだろう。見逃したんじゃないか? というか、エレベーターは?』
浅田『あるけど、電源が繋がってないか壊れてるかで使えない』
佐伯『それ本当に――駅?』
浅田『駅の名前も見当たらない!』
佐伯『え? ちゃんと探しな』
浅田『どうすりゃいいんだよ!』
佐伯『終電逃してホームに置き去りにされたとかじゃないのか』
浅田『それだったら駅員さんが起こしに来るだろ。それもないってことは』
佐伯『よくわからん空間に閉じ込められたとでも言いたいのか? まさか(笑)』
浅田『とりあえずここから出してくれよ』
佐伯『俺に頼んだって……』
浅田『なんかないのかよ!?』
佐伯『うーん……エレベーターをこじ開けるとか? 洋画の見すぎかもしれないけど』
夢で見た内容と全く同じだ。死ぬ前にパニックになりながら見た時は気づかなかったが、チャットの時刻表記は文字化けしていた。
終電などとうに終わった頃、浅田からチャットが届いた。家に無事に着けたので連絡を寄越したのかと思って見てみると、その内容が全く意味を解することが出来ない。佐伯は家で眉をひそめながら、次の言葉を待っていた。
浅田『何言ってるか分からないと思うけどさ』
浅田『俺ホームから出られなくなって二回死んだっぽいんだよね』
佐伯『え?』
浅田『エレベーターは開かなかった。躍起になって線路渡って向こうまで行って、フェンス乗り越えてここから出てやろうとしたんだけど』
浅田『線路に降りた瞬間電車が来て死ぬ』
佐伯は理解が追いつかない。その間にも浅田からチャットが送られてくる。
浅田『夢だと思って、もう一回試してみたけどまた死んだ』
浅田『多分死んでもまたここに来るんだ』
浅田『俺ここから出られないみたい』
浅田『なぁ助けてくれよ』
浅田『助けてくれ』
浅田『俺こんな所に一人で居たら気が狂っちまうよ』
浅田『佐伯』
浅田『答えてくれよ』
浅田『これ見てんだろ』
佐伯は背筋に冷たさを感じながらチャットを返した。
佐伯『わかったから落ち着け!』
佐伯『今から警察に捜索願を出しに行く。絶対探し出してやるからそこで待ってろ』
佐伯『とりあえず警察に連絡するから後でな』
浅田『分かった』
佐伯はすぐさま警察に連絡し、捜索願を出した。最後に見たのは駅で別れた時で、そのあとは連絡が来ていないと言った。行方不明になってから時間が経っていなかったため、警察はなかなか動かなかった。しかし浅田の会社側からも無断で連続欠勤したことをきっかけに同名の捜索願いが出されたらしく、本格的に捜索をしてくれることになった。
捜索は一ヶ月にわたった。浅田は見つからなかった。警察は行方不明という形で処理した。
しかし一ヶ月の間、浅田から佐伯の元へ連絡は来ていたのだ。
浅田『もう何日経った?』
浅田『まだ来ないのか?』
浅田『いつまで待てば助けてくれるんだよ』
浅田『もうこの暗いホームから出してくれ』
浅田『フェンスから出られるかまた試した』
浅田『十回は死んだ』
浅田『もううんざりだ』
浅田『助けてくれ』
浅田『たすけてくれ』
浅田『たすけて』
浅田『たすけて』
浅田『たすけて』
浅田『たすけて』
浅田『たすけて』
佐伯は恐怖に駆られ、浅田のアカウントをブロックすることで全てを忘れることにした。浅田の知り合いには、交通事故で亡くなったと伝えた。
浅田のチャットログの時刻表示は、全て同じ時刻を示していた。
良ければ評価・感想コメントなど頂ければありがたいです。