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12月23日『もろびとこぞりて』

『トロンボーン吹きの暑い夏』の主人公より

 期末テストが終わり、終業式まであと少し。冬休みは部活もなくなり、家の大掃除を手伝いましょう、というのが公立の方の姫谷流である。

 とはいえ、既に大学生になってしまった私には全く関係のない話なのだけれど。

 梅ヶ谷駅に着いて、まっすぐに向かった場所は東山公園ではなく、丸梅の一階コンコースだった。クリスタルで身を着飾ったクリスマスツリーが今年の目玉。館内はクリスマスソング一色。そして、私はそこに佇むきれいめ女子に手を振った。落ち着いた緑のチェックのロングスカートにグレーのニット帽。その帽子から流れる茶色の髪はゆるふわとされるセミロングだ。それに気づいた彼女の顔が一気に色めいた。ふんわりカールの姫様然とした元ライバルもどき。その手にはトランペットの四角いケースがある。

「今年はシックにきたね」

姫様に通っていた夏姫さま。黒川夏姫(くろかわなつき)はあのにっくき後輩こと黒川陽太(くろかわひなた)の姉である。姉弟そろって吹奏楽をしている。

「シックというよりゴージャスな気もするんだけど……」

姫様的にはこれでもシックなのかもしれないけれど、クリスタルだよ。日本語にすれば、水晶。もちろん、割れないアクリルかもしれないけれど。単なるガラスなのかもしれないけれど。水晶、なんだから。

「うーん。大人っぽいとも言う?」

もう一度、クリスマスツリーを見上げながら呟くと、夏姫さまはすっかりそれに興味をなくしたようにして、話題を変えた。これも姉弟そろって同じ。

「あいつ、来れるかしら?」

「多分、来れると思うけど……」

姫谷の補講で抜けられないという人を知らない。まさかの伝説のトロンボーン馬鹿になることもないはずだ。

「馬鹿ボーンだからね、あいつ。でも、去年までなら今日も休みだったのにな」

いくら進学が決まっていても確かにこの時期の補講はないだろう。彼女は相変わらずバッサリと彼を切る。ただ、土日に予定がいっぱいだったのは夏姫の方だ。もし、去年と同じで祝日だったとしても、きっと彼女の予定が合わなかっただろう。何かにつけて弟のせいにするのは、彼女の癖のようなものなのかもしれない。仲が悪いわけではないらしいけれど、嫌いなわけでもないらしいけど、おそらく私と同じ理由で彼を認めたくないのだ。きっと。

 その馬鹿と言われた黒川陽太は現在期末テストの点数が悪くて補講を受けているはずだ。私でも補講は受けたことがないのに、さすがトロンボーン馬鹿である。姉が言うには馬鹿ボーンらしい。

最も彼女と知り合いになるまで、彼が完全なるトロンボーン馬鹿だと言うことも知らなかったし、練習量が半端ないと言うことも知らなかった。どおりで勝てないわけだ。そして、彼女が私に声をかけてくれなかったら、私は塞ぎ込んで、部活も辞めていたかもしれない。

 だって、私はあの時、一年生の彼に負けてしまったのだから。

 二年前の地区予選の会場で、客席から彼を見ることになってしまったのだから。あの時の気持ちは複雑過ぎてよく分からない。彼の吹くトロンボーンのベルが照明にキラリと輝き、胸の奥に沁みこんでいくようなロングトーンが始まった。それはまるで雪解けの水のように清らかさとまっすぐさを備えた音だった。そしてすぐに届いてきた軽やかな音捌き。頑張れと悔しさが一気に押し上げてきた。

 あんなに頑張ったのに。

 お疲れ、と会場を後にすると、虚無感が私に追い打ちをかけた。空は青い。そして、残りゼミの声が空しく響いて聞こえていた。

 涙をこぼさないために息を呑み込み続けていた私を見つけ声をかけたのが夏姫だった。

「あれぇって思ったんだ。だって、ステージからあの音が聞こえなかったから。えっと、東山公園の人でいいんだよね」

ポニーテールをした姫様が、屈託のない笑顔を見せて、手を突き出したかと思うとすぐ私の手をつかみとって笑っていた。

「あ、申し遅れました。私、あいつの姉の黒川夏姫です」

黒川……あ、よく見れば、そう、黒川陽太と同じ目をしている。人懐っこい瞳に人に媚びない声。そんな彼女に押されるようにして「え、あ、檜山みちるです。いつもお世話になってます」と慌てて呟いていた。

「お世話になってたのは私の方。ありがとう。それから、私、あなたの音すっごく好き。また一緒に吹きましょうよ。ね?」

 それから何か事あるごとに呼び出され、今回の呼び出しは弟を労う会らしい。でも、いやな気はしない。

 この時期に補講を受けなければならない黒川陽太は既に音楽推薦を決めているから、その辺りも気にしなくていい。ある意味以上に嫌みな奴だ。しかし、なんと言っても久しぶりに会うライバルに懐かしい思いもなきにしもあらず。二人で彼を罵り合っていると、件の彼がひょこっと人混みの向こうに現れた。

 黒いニット帽を被って黒いチェックのマフラーに黒いダッフルを着るといっそう幼く見える一八歳になった彼だ。

「変わらないね」

「でしょ? 馬鹿な所も一緒だから」

夏姫が大きく手を振ると、トロンボーンを持ったままぴょこぴょこ跳ねて手を振り替えして、小走りで駆け寄ってきた。今までどれだけ貶されていたかも知らないで、全く嬉しそうな表情を浮かべている。

「先輩、久しぶりです。お元気でしたか?」

「黒川君も元気?」

「元気ですよっ。先輩、大学生かぁ。なんか、それだけでも大人っぽい響きですよね。羨ましいっす。でも、あれですよね。このメンツじゃ、トランペッターが主役じゃないですか。やっぱ、姉ちゃんって酷い奴ですよね」

本当に変わっていない。そして、それだけってなんだよ。ちゃんと中身も大人になってるんだからな。しかし、私が感じた不服を夏姫がすべて引き受けてくれた。

「はぁ? 誰のための演奏会?」

彼の言い分は最もだけど、彼だって充分聴かせる音を出すのだ。どの口がそんなことを言うのだろう。

「だって、引退以来人前で吹いてないんでしょ?」

それだけが違う。夏姫の作ったブラスバンドに誘ってもらって、人前で吹くことは彼より多い。そして、私がトロンボーンをまだ続けていられるのも悔しいけれど、彼と彼女のおかげなのだ。特に夏姫が私の音を気に入ってくれているから。

 私の音は人を華やかにする音らしい。なかなかいないんだよ。そんな人。あいつにはそれが欠けてるんだよね。

 それって褒められたんだよね? 最初は思った。でも今はそれもありかなと思える。

「さあさあ、皆さま行きますよーっ」

夏姫の声に私たちは続いた。

 思い出の東山公園でのゲリラ演奏会はクリスマスメドレー。最初の曲は「もろびとこぞりて」

 さて相棒。今日は寒いよ。


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― 新着の感想 ―
[一言] あの猛暑の公園で、ジャージ捲った姿で音を響かせていた女子高生が…… なんか、自分の子が成長したみたいな感動が (*´ー`*) 本家の方でこのお話を読んだときに、若い頃に住んでいたアパートの…
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