12月22日『we wish a merry christmas』
「ただそこにあるだけの『もし』」の小笠原さんより。
R12くらいの記述あり。夢を壊したくないお子様は飛ばしてお読みください。
本日何度目かのため息をついた。もうすぐクリスマス。店内にかかる音楽も「ウイ・ウイッシュ・ア・メリー・クリスマス」と賑やかだ。子ども達へのプレゼントは用意しているし、食事も旦那に任せてある。そして、ケーキ購入担当は私。すべて滞りなくクリスマスを過ごせるはずだ。しかし、なんだろう。どこかから冷たい空気が入ってくる気がするのだ。別に不満があるわけもない。むしろありがたく思っている。だけど、どこか隙間が空いている。
欲張りに出来ているんだな。きっと私。
「どうしたんです? 小笠原さん」
今井さんが小声で声を掛けてきた。
「ううん。なんでもない。ごめんね。ぼうっとしてた?」
「いいえ」
私は今、職場の案内カウンターに立っている。そして、本当に楽しいクリスマスを望んでいるのだ。
私の職場は梅ヶ谷駅に隣接するティアラで、私はそこの案内係をしているのだけれど、同年代だった浅木さんが辞めてしまってから少し心寂しい気もする。やはり、同年代ってどこか通じるところがあった気がする。今日、同じく出勤している成田さんも今井さんも悪い人でもないのだけれど、やっぱり若いのだ。
クリスマスが近いため、この日曜日は残業覚悟で三人とも同じ出勤で増えるお客様に対応することになっている。今、成田さんはトイレ休憩。平日のイベントなしなら魔の時間と呼ばれている人の少ない時間である。それでも、今日は人が多い。案内カウンターを頼る人も多い。
このお店はどこですか? からこんなものを探しているんですけど? まで。
ここへ行きたいんですけど……から、トイレの場所まで。
実は私もクリスマスに子ども達がびっくりするほど喜ぶものを探している。
一人は小学五年生の女子。少々おませになってきているところ。次女は一年生。お姉ちゃんのまねばかりしている。二人とも甘いものが大好き。三番目は五歳男子。甘いものなら何でも喜んでくれそう。
しかし、意外と難しいのだ。少し前までは砂糖菓子のサンタさんが乗っかっている甘ったるいケーキがお好みだった上の子なのに、今年は○○ホテルのケーキやら有名パティシエのケーキやらの広告ばかりを見せてくる。それでも、去年の私は切り返していた気がする。
だって、家事のほとんどを担っていて、そんな要求を弾き飛ばしてもライバルはいなかったから。
だけど、いや、これも元はと言えば私の売り言葉買い言葉から出たことなのだけど、今年は旦那がかなり家事をこなしてくれるのだ。
元々、一人暮らしで料理も洗濯も、掃除も全部自分でしてきた人だった。だけど、結婚してすぐに妊娠し、産休育休に入った私が自動的に家事を担うことになり、旦那が家事から遠のいただけだったのだ。今思えば、本当に。それだけだったのだ。
きっかけは次女の熱のためシフトチェンジを頼んだこと。今井さんにひとつ嫌みを言われたのだ。もしかしたら、彼女にとっては嫌みじゃないのかもしれないけれど。
「そうですか。じゃあ、仕方ないですね。彼も言えば分かってくれる人なんで」
要するにデートをキャンセルしなければならないということを伝えられたのだ。
悪い子じゃないんだけど。良いように言えば、物事をはっきりと素直に伝えてくるだけなのだけど。
私の視線は自然と今井さんにいってしまう。
まぁ、それがきっかけで旦那とけんかしたのだ。
「あなたが家事育児を全く手伝ってくれないから」
ほぼけんか腰の私に対し、旦那は結構冷静にそれを受け止めた。
それ以来、旦那はあまり残業しなくなり、子どもの行事、急な熱に対しての対応までしてくれるようになったのだ。そして、一年ほど前。
「そうだよね。今までお前に甘えていたんだと思う」
彼が私に静かに伝えた。
なんでも、イクメンの流行に則って、彼の会社でも育児をする男性を応援する態勢が出来てきたらしい。そして、それをアピールしてホワイト企業として打って出たいらしい。要するにうちの旦那はモデルにされるのだ。
「だからもう気にせず仕事してくれていいから」
嫌みかと思った。しかし、冷静に考えるとそれも違う。
もともと何でも協力的な人だったから、子ども好きだから結婚したのだ。この反応は今考えれば当たり前だったのだ。
おかげで私は仕事に穴を開けずにすむようになった。おかげでなんだか分からない隙間ができた。
子ども達のプレゼントは夫婦で選んで、枕元に置くことにしている。でも、ホストとゲストが変わった気がしてしまうのだ。それを埋めたい。
「小笠原さん。どうしたんです?」
「えっ?」
トイレから帰ってきていた成田さんにまで声を掛けられてしまった。
「あ……ごめんなさい。クリスマスケーキについて悩んでしまってて」
正面を向きながら微笑みを絶やさずにその応えを成田さんに伝えた。
「あぁ。難しいですよね。種類が多すぎて」
本気で思っているのか、合わせているだけなのか。そんな風に考える自分が本当にいやになってくる。こんな風にならなければ今年も旦那がこれについて頭を悩ませていたはずなのに。
「あ、それなら良いのありますよ」
今井さんが割り込んだ。一瞬、私と成田さんの顔が今井さんに流れたが、そのままこらえて正面に向きなおる。
「丸梅で『ル・アンジェ』のクリスマス限定ケーキが予約販売されるんです。予約券欲しくて並んだんですけど、まだ取れなくて。当日券狙いなんです」
今井さん。今井さん。今井さん。何でか三度ほど心の中で呟いてしまった。
最後は自分のことですよね。
「そうなんだ。教えてくれてありがとう」
「いえいえ。とっても可愛くておいしいんです。小笠原さんもぜひぜひ」
悪気はないんだよね。悪気は。
でも、なんでだろう。成田さんの苦笑いを見ていると並んでみても良いかななんて思えてくる。
ああ、やっぱり性格が悪いのかもしれないな、私。
『ル・アンジェ』のクリスマスケーキ。当日券ならまだあるみたいだし。間に合わなければ丸梅で、見繕ってみればいい話だし。
店内には空明るいクリスマスソングが流れ続けていた。