12月21日『きよしこの夜』
「ビタースウィート」の主人公より
本来ならばクリスマスの次の日が一番星を見るのにいいのだ。今年のクリスマスは新月前日。星を見るのには新月がいい。しかし、宮木の意見はこともなげに却下。
「だって、クリスマスって予定あるでしょ? みんな?」
うん、ある人はあるよね。ある人は。
宮木を見遣ると、またまた同じように納得している。おそらく、今年三月の私のひな祭りのような、ほんわかした理由を頭に浮かべているのだろう。
そうだよな。クリスマスは家族で鶏肉を食べて、いや、彼の場合七面鳥を食べて、ケーキを食べるのだろう。もしかしたら、本気でキリスト様に感謝している像、そんなことを思い浮かべているのかもしれない。
「ほら、だから、連日の夜の予定ってきつくない?」
そうだよね。星見会しか参加しない人たちにとってはそうなんだよね。私も一年ほど前までそんな感じだったし。星空研究会の日程なんてまったく気にしない人だったし。星空研究会に参加しているのはマニアックなことばかり研究している人たちで構成されているのが常だ。たまに、私も覗くようになってきたけど、おそらく星空に興味を持ち始めたな、くらいにしか思われていない。
まぁ、いいか。
今回の予定は、広丘岳の星見会兼忘年会。一週間前も同じ場所に集まってふたご座流星群を眺めた。
いい場所だよね。
宮木は言った。
うん。山の上とかじゃないしね。遭難や凍死にも山頂よりも縁遠い。趣味からマニアまで様々なスタンスの部員がいるこのサークルにはちょうどいい。
じゃあ、ここで最後の星見会しようよ。忘年会ってことでさ。誰ともなしに声が上がった。
そんなわけで、今、私は梅ヶ谷駅からずっと揺られている。始発から乗ってくるのは私だけで、あとはみんなそれぞれの駅から乗車してくるのだ。最終は広丘岳の駅集合。
車窓の向こうの風景がだいぶ田舎になってきている。田圃や畑に残されたかかしさんがなんとなく寒そうで、たまに冬野菜が緑を残しているけれど、茶色い土だけが残る場所。農家の人の家や小屋はポツポツ見えるが、雪が積もれば一面の雪原になりそうな場所である。それをもっと奥へ。トンネルを抜ければ、また一段と民家が減ってしまう。電車はどんどん山手へと進んでいく。だけど、山の上に行くわけではなくて、開けた場所で星を望むのだ。
宮木達、男子はレンタカー組で寝袋やら毛布やらを一手に担ってくれている。確か、二台借りて、荷物を十二名分詰め込んできているはずだ。女子はというとお菓子担当である。大きく膨らんだボストンバックにはチョコレートにクッキー、ポテトチップスにおかきに煎餅。あと、粉末コーヒーとか紅茶とか、コーンスープとか体の暖まる温かいものを。
でも、毎年『雪見大福』を持ってくる女子もいる。そんな時は感心するしかない。
焚火を前に食べるとおいしそうじゃん。去年の教訓は何だったんだろう。要するに忘年会を開く前に反省会をしなければならないのだろう。
車窓を眺めていた私にバイブが知らせる。サークル女子部員のグループ。
『何両目?』
同じサークルで同級生の女子、金沢からだった。
『三両目』
吹き出し二つに既読が五つ。気持ちを落ち着かせるために、駅までは独りを決め込んでいたが、そうも行かないようだ。
数秒後、隣の車両へと続く連結からはっと笑顔になる顔が五つあった。私もその知った顔に自然と笑顔になって手を振り返す。
「おはよー。うん? こんにちは?」
「春日はもう、そんなとこ細かい。ま、三時過ぎてるんだけどね」
にやりと笑う金沢は私の決行を知っている一人だ。
「どうせなら金曜日ならよかったよね」
「なんで?」
なぜ金曜日なんだ?
「分かんないけど、お母さんがねよく言うの。決戦は金曜日だって」
金沢はよく分からない化石のようなことをよく言う。だけど、きっと応援してくれている一人なのだ。しかし、空気が読めない。
「何? どういうことです? え、うそ。誰? サークルの人ですか?」
ほら、なんで関係ない後輩女子にまでエサを与えるのだ。でも、なぜだか胸が華やぐ。顔がほてる。
「春日、ごめーん。でも、今日誘うのは誘うんでしょ? きっと大丈夫だって。彼の予定はあってないようなもんだって」
うん、たぶん。あっても星を見る日くらいなのだろう。もしかしたら、新月の日の天気によっての予備日かもしれない。はたまた、あれだ。
新月と前日との星空の見え方の違いとかを勝手に研究するような。そして、私がそれに勝手に乗っかるくらいの状況。
結果どっちに転ぼうと新しい月が現れる日に新しい日々が始まるっていうのもいいかもしれないって思ったんだ。
「誘うんじゃなくて、今日は予定聞くだけだからね」
今夜はまだいいのだ。だって、月が大きいのだもの。見えていない星も多いだろう。願いを託す星は多い方が良い。
どんなに小さく弱い光でも良いから、きらりと光る星に願いをかけたいと思うのは、子ども過ぎるだろうか。でも、……。
聖なる夜ならサンタクロースに願う子どもになってもいいよね。きっと。
「晴れることを祈っとくから」
金沢が優しく微笑んだ。私はこくりと頷く。