12月20日『あわてんぼうのサンタクロース』
「卵焼きの味は夢の味」と「桜を思う日々」の主人公より
晴れていても寂しい青。そんな空。頬に当たる冷気に目を覚まし、あぁ、冬になってしまったんだなと空を見上げていたら、親しくなったおばさんに挨拶された。まだ商店街が眠っている時間。時計を見れば十時前。
「おはようございます。大分冷え込んできましたね」
そういう彼女は一宮加寿子さん。ふんわりとしたショールを肩にかけている。
私は白いエプロンに白い三角巾。友達にはもう少し可愛らしくしたら、と言われたのだけれど、それは性に合わない。
彼女は週に一度くらいのペースで惣菜を買いに来てくれる常連さんなのだ。そして、彼女は朝十時前。うちの開店に合わせるようにやってきてくれる。実は、加寿子さん、この店の先代からのお客さんなのだ。
「あら、いらっしゃいませ。お早いですね」
私のしたり顔にフフと柔和に笑う加寿子さんは、私と同じ「かずこ」と言う名前だった。でも、私と違って育ちがいいのだと思う。多分この辺りの地の人で。商店街の裏辺り、東山二丁目辺りは豪邸とまでは言わないが、旧華族の末裔とか『先生』とか呼ばれる人たちが住んでいるらしいから。それに、『加寿子』だって『寿』を『加』えるんだ。『わこ』と読める画数の少ない名前が太刀打ちできるはずがない場所の人。そんなことを考えているとフルートのように響く加寿子さんの声が耳に続いた。
「朝早くから、ごめんなさいね」
このフレーズを聞く時は、卵焼きだ。
「いえいえ、卵焼きですね」
加寿子さんの旦那さんが気に入ってくれているという卵焼き。私にとって、それはとにかく特別なことなのだ。しかし、心が跳ねてしまわないように、言葉にすれば、出てきた声色は今の心境の的を外していた。こういう所はお母さんに似ているんだ。おばちゃんじゃなくて。
「有り難いです。えっと、少し待って頂けたら焼きたてで出せますよ」
そう言うと、私は彼女を店の中にある上がり框に案内する。えっと、と見回すと仏壇の座布団が一番上等に見えた。後はせんべいだ。迷ったのは一瞬だったが、そろそろと厚めの座布団を上がり框に敷いてみた。悲しいことにうちの敷地、お客さんが座って待つだけのスペースが作れないし、惣菜屋に椅子を置くのもなんだか変な気がするから作ろうとも思わない。だけど、彼女には座って待って欲しかったのだ。
「すみません。こんなところで」
「いいえ、お気遣いありがとう」
厚めの座布団に感謝され、彼女が言われるままそこへ座るのを見届けたあと、卵を割りに調理場へと向かった。
「本当に申し訳ないわね。うちの主人、気に入ると五月蠅いのよ。それに、ここの卵焼きふんわりしていて本当においしいもの。お店がなくなった時は寂しかったけど、あなたが来てくれて嬉しいわ。あぁ、そうだわ。あそこのコンビニのおじさんとこ」
加寿子さんは実はおしゃべりだ。旦那さんと来ると、おしゃべりは旦那さんに任せるのだけど、一人で来るとずっと喋っている。そして、この辺りのことをよく知っていて彼女は私の情報源になっている。彼女の良いところは、その語りは毒がないこと。
「おじさんがどうしたんですか?」
「赤ちゃんがいるみたいね。おめでたいことだわ」
おばちゃんの時代を知っている、貴重でとても大切なお客様。
卵焼き器の鉄板に溶き卵が敷かれる。それとほぼ同時に響いた音楽。十時の時報代わりにもなる。
あ、商店街が目を覚ましたのだ。
アーケードを通り抜けた「あわてんぼうのサンタクロース」
クリスマスまでまだ少しあるけれど、赤いリボンでもつけておこうかしら。
ふんわり焼き上がった卵焼きを冷ます間に戸棚の引き出しを開いた。
「おめでたいですね」
今日の卵焼きはクリスマス仕様。いつも感謝しています。














