エピローグ
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う……………ん。
…………ここは、一体どこだろう?
私は、霞む視界の中でぼんやりと思った。
まるで、頭の中に濃い霧がかかっているように記憶と意識が混濁して、今の状況がはっきりとしない。
私は、確か─────────
そうだ。
あの日学校から帰ってきて、スマホに変なアプリが入っているのに気づいて、それを起動させてから────────
ズキン!
そこまで考えると、こめかみの辺りに鈍い痛みが走った。
あれ、おかしいな………?
何か、物すごく大事なことを忘れているような気がする。
今までどこで、何をしていたんだっけ?
とても濃密な時間を、最近どこかで誰かと過ごしていた気がするが───────
なぜか、それをうまく思い出せない。
でも────────
絶対に忘れてはいけない──────とても、とても、大切な記憶だったような気がする。
それとも、私は夢でも見ていたのだろうか?
ズキン、ズキン、ズキン!
頭痛が続く。
ズキン、ズキン、ズキン、ズキン、ズキン!
何度目かの痛みが走った時に、フラッシュバックのように何かの映像が頭を過った。
え?
あれは────────私?
黒い剣を構える、美しい容貌の男に向かって突っ込んでいく、一人のボロボロの少女。それはよく見ると、記憶にはまったくないが、私に酷似した姿の女の子だった。
男が優雅に剣を振るうと、自分によく似た少女は転がりながら必死にそれをかわす。
少女は起き上がり、すぐさま同じように突進するが、男がもう一度剣を振ると、彼女が手にしていた矢?のような武器が簡単に破壊された。
その衝撃で、少女の体がヨロヨロとよろめく。
──────危ない!
フラッシュバックした脳裏の映像に対して、思わず私は叫んでいた。
──────もう、いいじゃない!
何でそんな姿になっても戦うのよ?
何がそんなに、私を駆り立てるの?
────────?!
彼女と、視線が合う。
映像の自分が、私を見ている──────?
そんな錯覚をしそうな、こちらを見ているかのような視線を、映像の自分から感じた。
ズキン、ズキン、ズキン!
その痛みと、断片的な映像シーンに呼応するかのように。
不意に。
頭と心に電流のようなものが走り、私の中に、すべての記憶が甦ってきた。
それは、高速で巨大なパズルのピースたちが一気に組み立てられていくかのように『あそこ』で体験した記憶が、とてつもない速度で掘り起こされていく。
─────────ッ!!!!
思い出した。
Hell Moneyで起きたこと、
出会った人々、
そして────────最後の最後に、あの男に立ち向かいながら、決意したことを。
『Hell Moneyで、いつか必ずあの悪魔を倒す』
残念ながら、今回は駄目だった。
しかし、この命がある限り。
私は決意を生きる動力として残りの命を燃やしながら、本当の──────最後の瞬間まで、決して諦めずに立ち向かうだろう。
己を燃やし尽くした先に何が待っているかは、正直わからない。
それでも、いや、それこそが。
私が自分に課した決意だ。
もう、迷いはない。
過去の記憶の中の映像の自分が、微笑んだように見えた。
無手となった満身創痍の彼女はそれでも拳を握り、また黒剣の案内人へと、果敢に突っ込んでいく。
そんな彼女の最後を見届けることなく、私は過去を振り払うように頭を一度振って、大きく足を踏み出した。
さぁ、私も。
自分の意志を継いで、共に往こう────────
まずは現実にお別れをして、それから────────
あの時の自分と同じように、私も前に突き進むのだ。
さようなら、今まで過ごした普通の日常。
さようなら、大切な家族。
そして───────
さようなら、小春。
アンタは、きっと家族と幸せになるのよ。
じゃあね、みんな。
バイバイ。
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20XX年某月某日。
とある地方都市で、幾つかの出来事が小さなニュースとなった。
一つは、ある公立中学校の授業中に一人の少女が亡くなったというニュース。
少女は元々、重い心臓疾患を持っていて入院中であったが、体調の回復具合から数日前に外出許可が下りていて、その日はずっと休学していた中学校に初登校した日だった。
病み上がりとは思えない少女の快活さに、クラスからはすぐに受け入れられ、その日は体育の授業も難なくこなしていたという。
お昼もクラスメイトたちと楽しそうに食事をし、その後昼からの授業を受けている最中に、彼女は教科書とノートを開いて顔を前に向けて座ったまま、冷たくなっていた。
『最初はただ寝ているのかと思った』と証言したのは少女の隣の席の女子生徒だ。
てっきり居眠りかと、心配して小さく声をかけてもまったく微動だにしない少女の様子に異変を感じ、その女子生徒は教師に申し出、教師からの連絡で出動した救急車の中では、すでに少女の心臓は止まっていた。クラスメイトたちの証言では、少女の顔は穏やかで、満ち足りた幸せそうな表情だったというが、それを少女の家族がどう思ったかは定かではない。
二つ目は、何人かの市民の自宅前に多額の現金が置かれていたというニュース。
警察に“落とし物”として届けられた現金はかなりの額面で、もしも落とし主が現れなければ、一定の期間を置いて現金はいずれ、拾得者のものになる。
ネットやSNSではその幸運な拾得者たちの下世話な正体探しが行われ、やがて二人の女子高生、教師、医師といった面々の名前が挙がったが、その真贋は不明である。
そして、最後にこれはニュースにはならなかった出来事だが、一つめのニュースで亡くなった少女の姉が、少女が学校で亡くなる前日から行方不明になり、両親より警察に失踪届けが提出された。
姉は学校から戻ってきた形跡はあったが、携帯電話を含むすべての荷物が部屋に置かれたまま、本人だけが忽然と姿を消していた、という現代版の“神隠し”のような話である。
警察による捜索も行われたが特に進展のないまま時が流れ、結局少女の姉が見つかることは永遠になかった。
───────そうした幾つかのニュースに紛れて、もっとローカルで、普段は誰も気にとめない情報が更新されていた。
一部で『都市伝説の一つ』と噂される“Hell Moneyを探すスレッド”に、新しい書き込みがされたのだ。
誰もいない、とある薄暗い部屋のパソコンのモニターに、書き込みの文字が浮かび上がる。
『求む、Hell Moneyへの新たな参加者。
来たれ、一攫千金を夢見る者たち。
リスクを是とし、真に己が魂を焦がす覚悟がある者をHell Moneyは歓迎いたします。
ただし。
その覚悟のない輩は、決してこのアプリに手を出すことなかれ。
では、勇気ある皆様の参加をお待ちしております。
~Hell Money管理人~』
その書き込みに対して、すぐに一つの反応があり、モニターに次の書き込みが映し出される。
『上等よ。
今度こそ決着をつけてやるから、首を洗って待ってなさい、クソ野郎。
~お前を狩る者~』
『承知いたしました、楽しみにお待ちしております。
~Hell Money管理人~』
この短いやりとりに、野次馬的な幾つかの別人からの反応がついたが、当の本人たちは二度とそれらに反応しなかった。
プツン。
唐突に、モニターの電源が切れてブラックアウトする。
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そのアプリは、勝って大金を得ることができる天からの救済か。
それとも、敗けた者を煉獄の業火へと誘う悪魔の誘惑か。
『われは悲しみの市への入口なり、われは永久なる悩みへの入口なり、われは滅びの民への入口なり、汝らここに入らん者、すべての望みを棄てよ』
《ダンテ「神曲──地獄編」より》
もう一度、モニターに電源が入り、ディスプレイが一際大きく輝いて、文字が浮かび上がった。
『Hell✞Money』
モニターから、何者かの声が聞こえてくる。
それはまるで歌うような、とても魅惑的な声音で、耳にするだけで脳が痺れるような快感を伴う声だった。
「これは、とある一人の少女が狡猾な悪魔の仕組んだゲームの中で、その魂を燃やし尽くすまで戦い続ける脚本。
果たして、最後に勝つのは少女かそれとも悪魔か──────?
もし、どうしてもその結末を知りたい方は、代償を負って本ゲームに御参加し、どうぞ見届けてくださいませ。
おっと───────私、でございますか?
生憎、私の真名はあなた方のどんな言語でも発音できませんので、ただ《案内人》とお呼びくださいませ。
もしその気があるなら、私が最高の遊戯に御招待いたしますよ?
では───────」
そこで声が途切れ、モニターと部屋が再び暗くなる。
そして、ただの静寂が時と空間を支配した。
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(fin)
拙い作品を読んでいただき、ありがとうございました。最後までお付き合いいただいた読者様に、心よりお礼を申し上げます。
この物語は“ある一人の女性が見た夢の話”を骨格として、その舞台設定や脚本をすべて1から構築し直して、吉宗がオリジナルとして書き上げたものです。
素敵なイラストで作品に生命を吹き込んでくださったイラストレーターの『つれ様』に感謝するとともに、この物語を書くきっかけをくださった『いっか氏』にお礼を申し上げます。
今後、この『Hell✞Money』に続編の予定はありません。それぞれの登場人物の顛末等は、読者の方の想像で補完いただければ幸いです。
読者の皆様とは、私の別の作品でまたお目にかかることを願って、筆を置かせていただきます。
2019年4月26日
吉宗ケイ太郎




