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《game.15》別れ


「おっと、これはこれは─────私としたことが、大変失礼をいたしました。今まさに、大事な大事な局面の真っ最中でございますね。どうぞ、私のことはお気になさらず、お続けくださいませ」


恭しいというよりは、むしろ慇懃無礼・・・・な態度で案内人ナビゲーターは頭を下げた。



───────案内人こいつッ!!!



泉は理解した。


なぜ彼が、説明チュートリアルの際に泉が発した「どうせ最後の一人・・になったら現れるんでしょ?」という質問にはっきりと答えなかったのか。


この悪趣味な案内人は、Hell Moneyで最も興奮エキサイティングするであろう、参加者が最後の二人・・になった最終局面の対決を見届けることを、おそらく最初から決めていたに違いないのだ。


小春も戸惑いに近い複雑な表情を浮かべていたが、案内人ナビゲーターを無視することに決めたようで、やがて泉に向き直った。


一度は落としたロッドをしっかり握りしめ、思い詰めた顔で泉に近寄る。


「小春──────」


小春ゆうじんが何をしようとしているのか、泉は悟った。


一瞬驚きはしたが、すぐに納得する。


──────そう、それでいいんだよ………小春。


今までずっと、ここでは怯えてばかりいた小春が、初めて明確な意志を持ってわたしと対峙しようとしている。


に、これでよかった。


この場面で、もし彼女がうずくまって泣き出しでもしてしまったら、泉にはどうしようもなくなったところだ。


「泉ちゃん、ごめんね──────。でも、私──────どうしても勝ちたいの」


顔を強張らせつつも、小春はそう宣言する。


泉は、極度の疲労で震える足を手で激しく叩きながら、何とか立ち上がった。


「上等よ、小春!


どっちが生き残っても恨みっこなし─────


すべての決着を、私たちの手でつけよう」


泉はボゥを出現させたが、その弦は先の剣鉈の射出の衝撃で、切れたままだ。


それを見た案内人ナビゲーターが「ほぅ」と、感心した声で呟く。


「その状態になっても、まだ闘うと言うのですか。何という闘争本能─────素晴らしい!これだから、最後・・最後・・一戦・・というのはたまりませんねぇ」


恍惚の表情で身を震わせる。


しかし泉も小春も、もはやその存在は眼中になく、二人の──────そして、最後の闘いの幕が開けた。


先に動いたのは泉、それに反応する小春。


「【風魔法ウインド】!」


接近戦に持ち込もうと突進してきた泉に、小春が迎撃の攻撃魔法を使う。


「くぅっ!」


魔法で造られた風の刃が泉を襲うが、泉は弓をがわりにかざして致命傷を防ごうとする。しかし、当然すべてを防ぎきれるわけもなく、かざした弓身は傷だらけになり、自らの両腕も風の刃で浅く切られて血が吹き出したが、泉はお構いなしにさらに突進した!


「おぉぉぉぉぉッ!!!」


「!」


勢いを殺すことなく、むしろ加速して近づいてくる泉に、小春は驚いて追撃の攻撃魔法を繰り出す。


「【炎魔法ファイヤー】──────」


「させないッ!」


ロッドから炎が出現する前に、泉は風魔法の攻撃でボロボロになった弓を、打撃武器のように振り回した。


「あっ──────」


ロッドの先端に、泉が振るった弓身がギリギリ、かすめるように当たった。


その直後、杖が向いた上空に炎が吹き上がり、小春の攻撃が不発に終わって─────


無防備になった小春に、泉は腰から組みついていた。


レスリングで言うところの“高速タックル”で、格闘スキルを持たない小春はなす術もなく倒れ込み、そのまま二人はゴロゴロと地面を転がる。


そして──────


泉が、小春の上に馬乗りになっていた。


膝で両腕を封じられ、魔法を使うこともできない。


密着した二人の荒い息づかいだけが、森に静かに響く。


泉には、下になった小春の心臓の鼓動がよくわかる。


小春は振りほどこうと必死にもがくが、泉は狩人ハンターの【近接格闘術】を使っているので、小春の抵抗など無に等しい。


泉は、手にしている弓を振り上げた。


もはやとしての機能は失われているが、打撃用の鈍器としては十分に活用できる。


これを何度か、小春の小さな頭に振り下ろせば──────


小春の命を奪うとともに、泉の勝利が確定する。


結果として、それで妹の、朝比奈心を救えるというなら、迷わず自分は実行すべきなのだろう。



しかし──────


不意に力を緩め、泉は小春の上から体を退けた。


「えっ?」


思わず小春が、驚きの声を上げる。


泉は立ち上がると、自らの相棒である弓を森の奥にブンッ!と投げ捨てた。


「ちょ、泉ちゃん!あなた、一体どういうつもりなのッ?!」


急いで立ち上がりながら、背中を見せて立ち尽くす泉を小春は激しく攻めたてた。


泉は無言だったが、やがてポツリと言った。


「小春──────


この勝負、アンタの勝ちでいいよ」


「え」


「私はもう抵抗しないからさ、好きな攻撃魔法を使いなさいよ。それで小春の勝ちが決まるから」


「何で、何で──────!泉ちゃんだって、心ちゃんのために負けられないんじゃなかったの?!それが、こんな──────わたしに勝ちを譲るなんて終わり方で、本当にいいのッ?!」


激しくなじる小春へ、泉は静かに答えた。


「それでいいの。


私ね、最初から──────アンタとここで再会した瞬間から、実はわかってたの。アンタを殺して目的を達成するのは、私には多分無理だって。


心も──────あの優しい子なら、きっとわかってくれる。私が友達こはるを蹴落としてまで、自分を助けようとしても、あの子は喜ばないと思う」


「────────!」


小春は絶句した。


朝比奈泉は、勝利の権利を放棄・・した。


自分の寿命を代償にしてまで瀬名を倒し、あと一歩で最終勝利者になれたはずが、最後の最後で自分こはるのために、今までの苦労をすべてなげうって、勝者になることを拒んだのだ。


小春は、唇を噛んだ。


目の前の泉には、瀬名と戦った時の激情も、逆に悲愴感もない。


何もかもを受け入れたような──────ただただ、柔らかな表情──────まるで母親が幼子を見守るような、優しく慈愛に溢れた眼差しで、自分を見つめていた。



その瞬間、小春の中でHell Moneyで起きたすべての出来事がフラッシュバックする。



泉から大男との闘争を助太刀され、命を救われたこと。


その後、森の中で久しぶりに語り合ったこと。


藤浪結菜と朔田との出会い、高坂や伊吹楓との共闘、そして最強の敵・瀬名渉との死闘。


どれも、泉の存在なくては、自分がここまで生き残るのは無理だっただろう。


その泉が、今、自分に勝ちを譲ろうとしている。



私は、私は────────!



いつの間にか、小春は涙で頬を濡らしていた。


その涙を拭うこともせず、顔を上げて言う。



「泉ちゃん、あなたは………とても、ズルい人だよ。


そんなあなたに、私は──────


…………ううん。


そうだね、もう………、迷わないよ。


だから、これで全部終わりにしよう─────


雷魔法サンダー】!」



小春がロッドをかざし、その言葉を唱えると赤い空から黒雲がたちこもった。


泉は特に何の防御姿勢もとらず、相変わらず穏やかな顔のまま、静かに目を閉じた。


──────よく決断できたね、小春。


アンタは、偉いよ──────


そして。


心、ごめんね。お姉ちゃんはになりきれなかったよ──────


最愛の妹へ謝罪し、泉は覚悟を決めた。


そこへ、上空から不可避の閃光─────魔法の雷撃が降り注ぐ!


ガガガーーーーーンッ!!!


稲光の後に、凄まじい雷音が響いた。


轟音の後、辺り一面にが焦げた、独特な臭いが立ちこめる。


─────ゆっくりと目を開けた時、泉は自分がHell Moneyから元の世界に──────死んだことで現実へと戻ってきたものだと思っていた。


しかし、眼前には目を閉じる前と変わらぬ赤い空が広がっている。


おかしい、なぜ──────?


辺りを見渡してみて、疑問の答えがすぐにわかった。


雷が直撃したのは、自分ではなく。


黒焦げとなって倒れているのは、その魔法を発したはずの──────園原小春、本人だった。


「こ、小春ッ!!!なんてバカな真似を?!」


急いで駆け寄るが、雷の直撃を受けて全身が焼け焦げた小春は、すで虫の息の状態だった。


「どうして───────!」


「あ………泉ちゃ、ん?え、へへへ、ごめんね─────最後の最後で、わたし、失敗・・、しちゃったよ」


変わり果てた姿の小春のすぐそばに膝をつき、泉は彼女の手をとった。


「小春、小春ッ!しっかりしなさい!


アンタ、私に勝つつもりだったんでしょうッ?!どんなことをしても勝ち残って、家族を取り戻すって言ってたじゃない!私なら、最後まで付き合ってあげるから───────だから、気をしっかり持ちなさい!」


泉が叱咤すると、小春は目にうっすらと涙を浮かべながら、力なく微笑んだ。


「うん、うん。そう、だった、ね……。でも、泉ちゃん……わたし、眠く、なってきちゃった、よ。


だから、泉ちゃんは、わたしの分まで………きっと、心ちゃんを──────」


小春の声が途切れる。


「小春?」


泉が聞き返す。


しかし、返事はない。


そして、握っていた小春の小さな手から力が抜けたことで、親友が逝ったことを泉は悟った。


「小春、どうして───────」


すでに亡骸となった小春の手を握りしめ、体を震わせる。


そこへ、案内人ナビゲーターが声をかけた。


「どうして?


それを、あなたが言いますか?


朝比奈様、あなたには何もかもわかっておいででしょう?勝ちを譲られた園原様が、いかに惨めな思いをされたか。これはあなた自身が招いた─────」


「うるさい、黙れッッッ!!!」


泉の絶叫が森に響いた。


「そんなんじゃ、絶対にない!そもそも、あんたなんかに私たちのことを語られたくないわ──────!」


案内人ナビゲーターが肩をすくめる。


「なるほどなるほど、良薬しんじつは口に苦いものですからね、まぁそれは良いでしょう──────


朝比奈泉様、あらためましてHell Moneyの最終勝利、おめでとうございます。近年滅多にお目にかかれない素晴らしい闘いを拝見させていただいたことを感謝するとともに、案内人ナビゲーターとして祝福させていただきます」


胸に手を当て、恭しく頭を下げる案内人ナビゲーター


「つきましては、朝比奈様に勝利者の特典とHell Moneyの真実・・をお伝えいたしますので、お疲れのところ恐縮ですが、もうしばらくだけ私にお付き合いくだされば幸いです」


案内人ナビゲーターの長口上の間に、小春の遺体が地面の焼け跡だけを残して、ゆっくり消えていく。


それを最後まで見届けてから、泉は勢いよく立ち上がって案内人ナビゲーターと正面から向かい合った。


こんな形で小春ゆうじんを喪った心の傷は、決して浅くはない。いや、それどころか、本当は泣き叫んで、腕が千切れるぐらいに地面を叩きたいぐらいの心境だったが、この案内人ナビゲーターの前で、そんな姿を絶対に見せたくない。


小春──────


アンタの優しさは、お人好しのレベルを超えて本当にバカだよ──────と、泉は唇を噛んだ。


せっかく譲った勝ちを、まさかまた譲り返されるとは思わなかった。


だが、悔しいことに、今はその感傷に浸っているわけにはいかない。


燃えるような瞳で、美しい青年をキッと睨みつける。


「聞かせてもらおうじゃない。人の弱味に漬け込んだこのクソったれの世界ヘルマネーに、何の真実・・があるかは知らないけど、これ以上何を見聞きしても驚かない自信はあるわ」


「それはご立派なご覚悟です。では、ご清聴いただきましょうか」


案内人は頷き、淡々と語り始めた。



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