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第8話 脱出

 次に意識を取り戻した時には、私はベッドの上で横になっていた。天井の白いLEDライトは消えており、ベッド脇のスタンドライトの淡い光が部屋を包んでいた。


 さっきまで何があったのかは覚えてる。ただ、全く現実味がなかった。

 あれは本当に起きたことなんだろうか。

 あんなに酷いことが。


 そんなことを考えていると、すぐ隣からしくしくと泣く声が聞こえてきた。その声は、詩織から聞こえてきたものだった。私と彼女は同じベッドで横になっていた。


 私は彼女の方を向いて、声をかけた。


「詩織、大丈夫?」


 するとすぐに返事があった。


「麻弥。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」


 ただ、泣きながら詩織は私に謝ってきた。私が悪いのに。

 私は彼女に言う。


「詩織のせいじゃないよ。むしろ、私が麻弥に会いこなければこんなことにはならなかったんだから」

「ううん。私のせいだよ。麻弥はこっちに来ちゃだめって止めればよかった。私が麻弥に会いたいって思っちゃったから」

「私は自分で来ようと決めたの。詩織のせいじゃない」

「ごめんね、麻弥」

「こっちこそ、ごめんね、詩織」


 彼女はすっかり弱気になってしまっていた。言葉遣いも女の子のものになってしまっている。彼女が自分のことを私っていうのを、初めて聞いた。


 その時に私は決めた。詩織が私を守ろうとしてくれたように、今度は私が詩織を守るんだって。


 その後は、泣きじゃくる詩織を抱きしめてあげて、頭を撫でてあげた。詩織が私の手を握っててくれた時に、私は安心できたから、それと同じように。


 しばらくすると疲れていたのか、詩織は寝てしまった。彼女の寝息が聞こえてくる。安心してくれたのだろうか。


 私はベッドの上で彼女の寝顔を見ながら考えた。

 どうすれば、ここから逃げられるのか。それを必死になって考えた。


 そこで、まずは部屋を隅々まで調べるべきだと言う結論になり、私はベッドを出て、部屋を調べることにした。詩織を起こさないように慎重にベッドから降りた。そして、掛け布団を詩織の頭まで被せた。明かりで目が覚めてしまわないように。


 そこからは私の戦いが始まった。この時の私は妙に冷静で、頭が冴えていたと思う。


 ドアの脇にスイッチがあったので、スイッチを入れた。すると、天井のLEDライトがつき、部屋が白い光で照らされた。


 最初に調べたのは、ドアだった。ドアノブを捻ってドアを開けようとしたが、開かなかった。鍵穴はなく、認証装置もなかった。おそらく外側からしか開かないのだろう。


 そしてふと自分の格好が変わっていることに気づいた。私は白いネグリジェを着ていた。ワンピースのような寝巻きのことだ。確認すると、花柄のブラと下着も身につけていた。着た記憶はないのだけれど。まあ、それは置いておく。


 次に便器を調べてみた。金属製の水洗トイレ。隣にトイレットペーパーが設置してある。

 テーブルを調べてみた。テーブルは床に固定されていた。引き出しはなし。

 スタンドライトを調べてみた。暖色のLEDタイプのもの。オンオフ可能。


 結局、調べても役に立ちそうなものは何もなかった。

 そこで私は考えた。この役に立ちそうにない物を使ってどうやったらここから逃げられるのか。


 まず、ドアに関しては内側から開けることは不可能だとわかった。

 金属製のドアで、破壊することは不可能。


 それなら、ドアが開くまで待つしかない。

 それじゃ、ドアが開いて誰かが入ってきたらどうすればいい。


 曖昧な記憶の中で男の言葉を思い出す。


「明日の朝に食事を持って来させる」


 そんなことを言っていた気がする。とすると、次に入ってくるのはチンピラが1人でやってくる可能性が高い。それなら、チンピラを倒せばどうにかなる。


 問題はどうやって倒すか。


 詩織はもう戦えない。

 それなら私が戦うしかない。


 私が素手で挑んだところで、すぐに捕まってしまうのがオチだ。それならどうする。


 私は必死に考えた。


 確か唐辛子スプレーについて詩織から聞いた時にこんなことも聞いていた。


「スタンガンっていうのもあるんだよ。高電圧で相手を一時的に麻痺させられる。相手の首筋に電撃を浴びせるのが効果的らしいぜ」


 電撃。電気。


 私は部屋の電気製品であるスタンドライトを調べた。コンセントから延長コードを経由して、スタンドライトに電気が流れていた。コンセントからスタンドライトまでのケーブルの長さは合計でおよそ5メートル。これなら。


 私は延長ケーブルからスタンドライトのコンセントを抜いた。そして、スタンドライトのケーブルの根元を調べる。作りはそんなに頑丈じゃなさそう。


 私は力いっぱいスタンドライトのケーブルを引っこ抜くために引っ張った。すると少し大変だったものの引っこ抜くことができた。


 運良くケーブルの銅線はむき出しの状態になっていた。これならいけそう。

 私は2本のケーブルを少し割いた。勝手にショートされては困る。


 これで武器はできた。後はコンセントに繋いで、むき出しの銅線を入ってきた人の首筋に当てればいい。それで一時的に動けなくなるはず。


 あとは準備をしないといけない。今が何時なのかわからない以上、いつ人が入ってきてもおかしくない。この部屋には窓も時計もないので、時間を知る手段がないのだ。


 忍びないが、詩織を起こすことにした。


「詩織、起きて」

「うーん。何?、麻弥」


 完全に寝ぼけているが、取り乱した様子はないようだった。これなら大丈夫だろうか。


 私は彼女に伝える。


「逃げる準備するよ」

「逃げれれるの?」

「大丈夫。作戦は立てたから」


 そう言ってから私は逃げる段取りを詩織に伝えた。


 彼女は言う。


「逃げられないよ」


 それに対して私ははっきりと答えた。


「絶対に逃げられる。信じて」

「うん。わかった」


 もはや詩織が別人のように大人しくなってしまっていることが気がかりだったが、それについて考えるのは後にしよう。


 詩織の格好を確認すると、彼女はピンクのネグリジェを着ていた。服の中を確認すると、私と同じく花柄のブラと下着を身につけていた。これは、あの男の趣味なのだろうか。


 彼女にはベッドに座っていてもらって、私は準備を済ませる。


 まず、ケーブルを引っこ抜いたスタンドライトは元あった机の上に戻しておく。見た目は壊れていないから不審には思われないはずだ。


 今の私のこのネグリジェのまま外に出たらすぐにガラの悪い男に捕まってしまうのは明白だった。なので、変装する必要がある。変装に使う服は、次に入ってくるチンピラの服を使うことにした。ただ、私の場合、胸が多少大きい方なので、確実にチンピラの服を着ただけだと、女だと確実にバレる。あと髪の毛や顔を見られてもバレる。


 なので、ベッドの白いシーツを割いて、さらしとバンダナとマスクを作ることにした。ネグリジェとブラを一旦脱いで、さらしを巻く。そしてまたネグリジェを着た。ブラはベッドの下に隠した。そして、頭にはバンダナを巻き、口にはマスクを当てた。


 詩織に聞いてみる。


「どうかな?」

「変だけど。女だとはバレないと思うよ。服装以外は」

「服装がダメなんだけどね」


 服装に関してはまだ仕方ない。ネグリジェしかないのだし。

 ちなみに詩織に関しては、ネグリジェを着たまま外に出てもらうことにした。前に詩織が言っていたが、女連れの男にはあまり変な連中は寄って来ないそうだ。


 ただ、靴に関しては、私はチンピラの靴を拝借する予定だが、詩織の靴がない。なので、ベッドシーツを割いて、彼女の足に巻きつけた。ついでに、チンピラの腕と足を拘束して、口に布をかませるために、シーツをさらに3つ割いた。


 詩織は言う。


「シーツって万能だね」

「確かにね」


 これで準備は終わった。


 部屋の照明を消し、詩織にはベッドで布団を被った状態で待ってもらい、私はドアの死角からコンセントに繋いだむき出しの電源ケーブルを手に持って、しゃがんだ状態で息を潜めた。


 2時間ほど経った頃だろうか。ドアの外から足音が聞こえてきた。足音は多分1人のものだけ。


 私は立ち上がり、いつでも攻撃できる準備を整えた。


 カチャ。


 鍵が開いた音がした。

 そして間の抜けた声が聞こえてくる。


「朝ごはん持ってきたぜ。って、まだ寝てんのかい」


 そう言いながらチンピラが部屋のスイッチを入れようとした瞬間に、私はチンピラの首筋にむき出しの電源ケーブルを当てた。


 すると、すぐにその男は痺れて、倒れてしまった。

 私は廊下に置いてあった朝食を部屋に置いた後、すぐにドアを閉め、部屋の照明をつけて、そのチンピラを拘束した。

 私は震える手で、そのチンピラの手首を後ろ手に縛り、足首を縛り、口に布をかませた。


 その後は、私はすぐにそのチンピラの服を脱がせた。私にとっては少しサイズが大きかったものの、着れるレベルではあったので助かった。Tシャツとジーンズとスニーカーの格好に私は着替えた。チンピラはもごもご言っていたが放置しておく。


 私はまず、チンピラの服の中の持ち物をチェックした。するとジーンスのポケットにスマホが入っていた。スマホにはロックがかかっていた。指紋認証式のロック。


 幸いチンピラ本人はそこにいたので、強引にチンピラの指をスマホに触れさせた。

 しかし。


(認証エラー。ロックの解除に失敗しました)


 そう表示された。指を変えて何度やってもダメだった。

 その様子を見ていた詩織が言う。


「スマホは本人が自分に意思で指紋認証しないとロックが解除されないようになっているんだよ。だから、無理やり指紋認証だけしても解除できないよ」


 それならこのスマホは使えないのだろうか。

 改めて画面を見てみると、SOSの文字が右下にあった。

 その文字をタップしてみた。


 すると呼び出し音が鳴った。


「緊急通報サービスです。ご用件はなんでしょうか?」


 AIによる合成音声が聞こえてきた。その声を聞いて少しホッとしてしまった。

 私はこう話した。


「誘拐されました。助けてください」


 するとすぐに返事が返ってきた。


「緊急事案であることが確認されました。四国管理局にお繋ぎします」


 数度の呼び出し音の後に、声が聞こえてきた。


「四国管理局です。斎川さんですね。どうされました?」


 四国管理局で私の案内をしてくれたお姉さんの声だった。


「誘拐されました。助けてください」

「少しお待ちください。確認します」


 すると数秒で返事が返ってきた。


「AIで確認しました。当事象は誘拐事件と判定されています。問題解決のため、斎川麻弥と星月詩織のプロフィールデータへのアクセスを実行します」


 その声を聞いて、やっぱりAIは全部見ていたんだ。けど、何もしなかったということがわかった。


 スマホからまた声が聞こえてくる。


「あなたと星月さんが性犯罪の被害に遭ったことを確認しました。現在通報に使われている端末の紛失時位置情報検索機能を無効化しました。これで、そのスマートフォンの位置情報を辿って、加害者に追われる危険性は無くなりました。脱出をガイドします。絶対に通話を切らず、耳にスマホを当て続けてください」

「はい。わかりました」


 スマホを右手で持って耳に当てた。

 そして、私は左手で詩織の手を握る。絶対に彼女を助けてみせる。そう思って。


 スマホから声が聞こえてくる。


「現在あなたがいる場所は、古いビルの5階です。まず、非常階段まで案内します。途中経路に人は確認されていません」


 スマホからの声に従って、私は部屋を出て、廊下を進む。


「そこを右に曲がってください」


 そんな風に声に従っていると、古びた金属製のドアがあった。

 そのドアを開けようとすると、スマホから声が聞こえてきた。


「待ってください。それを開けると警報が鳴ってしまいます。警報を解除します。…解除しました。開けても大丈夫です」


 その声の通り、ドアを開けても警報は鳴らなかった。AIは警備システムまで全て掌握しているのかと私は少し不気味に感じてしまった。その後、声に従って私たちは階段を降りていく。


 階段を降りると、そこは暗い裏路地であった。

 スマホの声が言う。


「この先を真っ直ぐ進むと大通りです。大通りに出たら左に曲がってください」


 その声の指示に従う。少し歩くと大通りに出た。左に曲がって歩いていく。

 今は時間的には朝の7時頃。あまり人はいないようだった。


 それからスマホのガイドに従い、30分ほど歩くと、駅の入り口に着いた。

 警備ロボットの手前まで。


 声は言う。


「お疲れ様でした。斎川さんは駅の中へどうぞ」


 私は?詩織はどうなるの?

 私は聞いた。


「詩織はどうなるんですか?」


 すると残念そうな声で返事が返ってきた。


「詩織さんは中には入れません」

「どうして?」

「それは彼女が内地に入る許可を持っていないからです」

「許可を取るにはどうしたらいいんですか?」

「警備ロボットに話しかけていただければ、申請はできます。しかし…」


 私は管理局の職員の言うことを無視して、通話を切り、スマホをポケットにしまった。

 そして、警備ロボットに話しかけた。


「すみません」


 するとロボットはこう答えた。


「四国管理局鉄道にようこそ。ご用件はなんでしょうか?」

「この子の内地への入場申請をお願いします」


 すると即座にロボットは返答した。


「星月詩織の内地への入場申請を実行します」


 そして10秒ほど待つと返事が返ってきた。


「星川詩織の内地への入場申請は拒否されました」

「なんで!」

「星川詩織は危険因子だと判定されています。そのため、内地への入場は許可されません」

「危険因子だと判定した理由は?」

「危険因子判定の理由に関する情報へのアクセス権をあなたは所有していません。アクセスは拒否されました」

「矯正施設へは?」

「星川詩織は矯正の可能性なしと判定されています。矯正施設への収容は許可されません」


 私は帰れても、詩織はこのまま。そんな。


 さらに、私は聞かなければいいのに、ロボットに聞いてしまった。


「私は危険因子なの?」

「斎川麻弥のプロフィールにアクセスします。少々お待ちください」


 数秒で返事は返ってきた。


「斎川麻弥は危険因子と判定されています。ただ、矯正プログラムによって、矯正が可能との判定がされています」


 私も危険因子。

 なんだ、詩織と同じじゃない。


 そして私はさらにロボットに聞いた。


「私が矯正可能で、詩織が矯正の可能性がないって言うけど、何が違うの?」


 それに対しては予想通りの答えが返ってきた。


「危険因子の矯正可能性に関するデータへのアクセス権をあなたは所有していません。アクセスは拒否されました」


 結局全部ブラックボックス。

 何も開示されない。

 全てあの男の言った通り。


 もうどうしたらいいんだろ。


 そんな私に詩織が話しかけてくれた。


「ねえ、麻弥」

「何?詩織」


 彼女は笑ってこう言った。


「麻弥は内地に帰って。私は大丈夫だから」

「けど、こんな場所にいたら、また何をされるかわからないじゃない。それに、あなたの親が今のあなたを見たら、何をするかわからないじゃない。それでも良いっていうの?」


 彼女はそれでも笑ってこう答えた。


「結局、私と麻弥は住む世界が違ったんだね。けど、私は麻弥と会えて本当によかった」

「私もだよ。私も詩織と会えて本当によかった」


 私たちは人目を憚らず、お互いを抱きしめて泣いてしまった。

 彼女と私の違いなんて本当に、本当に些細なもの。

 それにもかかわらず、私は彼女とは離れ離れになるしかない。


 その後、私は詩織を彼女の家まで連れていった。その時に私と彼女がレイプされたことを彼女の母親に伝えた。その時の彼女の母親の言葉が今でも忘れられない。


「全部あんたのせいだからね!あんたが来なければこんなことにはならなかったのに!」

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