第2話 世界
よくSNSでやりとりする女の子がいる。彼女のハンドルネームは「ベガ」。意味は織姫。そんな彼女にあやかって私はハンドルネームを「アルタイル」にした。意味は彦星。私は女だけど、別に良いじゃない。
ベガとは、最近では通話をしたりもする。彼女は私と同じ15歳らしい。らしいというのは、ベガと直接会ったことが一度もないからだ。
今日も家に帰ってから、ベガにスマホでメッセージを送る。
(やっほー)
するとすぐに返信が来た。
(やっほー)
やまびこか。
続いてメッセージを送る。
(通話できる?)
すると返信がくる。
(いいよー)
ということなので、アプリの通話ボタンを押す。
呼び出し音の後に、ベガの声が聞こえてきた。
「アルタイル、聞こえる?」
私はその声に答える。
「聞こえるよ、ベガ。こんばんは」
「ああ。こんばんは、だな」
少し気になることがあるので、彼女に聞いておく。
「今日は通話大丈夫そう?」
「あー、親が荒れなきゃ大丈夫なんだが。まあ、多分大丈夫だろ」
「そっか。ならよかった」
ベガは両親から虐待を受けているようで、たまに通話途中で親の罵声が聞こえてきたり、急に通話が切れたりする。私は彼女に保護施設などに逃げ込むことを提案したこともあったが、彼女は言葉を濁す。きっと施設を頼りたくないのだろう。それか、両親を見捨てられないか。ベガが苦しんでいることを知りながらも何もできない私はいつも歯がゆい思いをしている。
「アルタイルは今日何があったか聞かせてくれ」
「いいよ。今日はね、学校に行って、その後喫茶店に行ってきたよ」
「おー。いいな、喫茶店。行ってみてえな」
ベガは学校に通っておらず、友達もいないようだった。そんな子がこの日本にいるなんて信じられなかったけど、彼女は嘘をついていないと思う。だって、ベガはいつも私の話を楽しそうに、そして憧れるように聞いているから。
私には何もできない。けど、私の話で彼女が喜んでくれるのなら、いいなと思って。
私は明るい話をメインに今日の話を聞かせてあげた。
「モンブラン。食ってみてえな」
そんな感想を言うベガ。
ベガは自分の話をしようとしない。両親から虐待を受けていることも、自分から話そうとはしなかった。
そんな彼女と私がなぜ仲良くなったのかといえば、彼女と私は考え方がとても近かったから。この世界にどこか息苦しさを感じていたから。だから私たちはお互いに惹かれあったんだと思う。
彼女には何もしてあげられないけど、苦しんでる彼女を放っておけない。それに、実際に会って、話してみたい。そんな思いがずっとあった。だから私は彼女に提案してみた。
「ねえ、ベガ」
「なんだ、アルタイル」
「私たち会ってみない?」
「それはリアルでってことか?」
「そう」
少し間が空いてから、ベガの声が聞こえてくる。
「やめておいた方がいいと思うぜ」
「なんで?」
「俺がそっちに行けないから」
「それなら私がそっちに行くよ。どこに住んでるの?」
そう聞くと、彼女は少し長い間を空けてから答えた。
「俺は外地に住んでる」
「えっ」
外地。AIによって危険因子と判定された人々が住む、無法地帯。
私に近い存在だと感じていた彼女が外地に住んでいたなんて。
けど、納得した。彼女が虐待を受けていることも。学校に通えないことも。友達が居ないことも。AIの支配する内地であれば、そういったことは起き得ない。けど、外地であれば、そうではない。
私はベガに話しかける。
「ごめん。驚いて」
「いいって。内地の人からしたら、外地に同い年の子がいるなんて想像もできないだろうし」
「私もベガが外地に住んでるなんて想像もしてなかった。けど、色々と納得した」
「そりゃ良かった。それで、どうする?というか、そもそも内地から外地って入れるのか?」
「ちょっと待って。調べてみる」
私はカバンに入れてあったタブレットを取り出して検索をかけてみる。内地から外地への行き方について調べてみると、どうやら行くことは可能だということがわかった。なので、ベガにそのことを伝える。
「今調べてみたけど、行けるみたい」
「こっちでも調べてみたけど、一応入っては来れるみたいだな。ただ、外地は危険地帯扱いされてて、何があっても自己責任とか書いてあるけど。それでも来るか?」
怖いという気持ちはある。けど、彼女に会ってみたいという気持ちの方が強かった。
「行く。そして、ベガに会ってみたい」
「それでこそ、俺の親友だ。ただ、本当に気をつけて来いよ。こっちは物騒なことこの上ないからな。というか、アルタイルはどこに住んでるんだ?」
「岡山だけど」
「ってことは案外距離的には近いな。俺は香川に住んでるぜ」
「距離は近いのに、なんだかとても遠いね」
「ああ、そうだな。クソッタレのAIのせいで」
「過激だね。ベガは」
けど、そんな過激なことを言うベガだからこそ、私は好きなのだ。
「そう言うアルタイルも、AIのことはあんまり信じてないだろ」
「確かにそうだけど。ちなみにこの会話もAIに聞かれてるからね」
「知らねえよ。どうせ俺は内地には入れないんだしな」
普通の人ならこんな会話をしない。AIに疑いを持つことは危険因子扱いされているから。けど、だからこそ、こんな会話ができることが嬉しいのだ。
「私は外地送りにはされたくないのだけど」
「もし危険因子判定されてこっちに来ることになったら、歓迎してやるよ。というかその時は一緒に住もうな」
「確かにそれはそれで面白そうではあるね」
「だろ」
そう言って笑うベガ。
学校の友達である早希は良い子ではあるのだけど、AIを盲信しすぎていて、私とはあまり考え方が合わない。その一方で、ベガはAIが大っ嫌いなので、私とは話が合う。多分私は危険因子なのだろう。今のところ私はAIから危険因子判定は受けていないものの、時間の問題のような気もする。
その後、他愛のない話をしてから、次に会う時についての話になった。
「それじゃ、次の日曜に会うってことでいいか?」
ベガからそう聞かれる。
「いいよ。次の日曜は暇だから」
「よし。それじゃ、楽しみにしてるぜ」
「何か気をつけることってある?」
「正直気をつけることしかないんだが。とりあえずヘアスプレーと香水は禁止。服装は出来るだけ地味なやつで」
「なんで?」
「なんで、って。あー、これだから純粋培養は」
「私を純粋培養扱いしないでよ」
「いや、純粋培養だろ。内地育ちじゃん」
むむっ。いや確かにそうだけど。
「で、何が問題なの?」
「男に襲われないようにするためって言ってわかる?」
「ごめん、わからない。わかるように言ってくれる?」
「はぁー」
なんかベガの長い溜息が聞こえてきた。そんなに変なこと言ってるのかな、私。
「アルタイルの住む世界って平和なんだな」
そんな風にベガは言う。
「まあ、平和だね。争いも差別もないし」
「俺にはそんな世界が想像できないけどな。けど、だからといって内地のAIに支配された生活が幸せだとも思わないが」
「私もそれには同意するけど。とりあえず、さっきの男に襲われないようにって話について教えてくれる?」
それから、ベガによる解説が始まった。
「アルタイルはレイプって言葉を知ってる?」
「知らないけど。何それ?」
「レイプも知らないのか。すごいな内地の人は」
ベガは話を続ける。
「アルタイルは流石に性交渉がどういったものなのかは知ってるよな?」
「流石に知ってるよ。そうじゃなきゃ、生理がなんなのかわからないじゃん」
「そこから説明しなくて良いのはよかった。話が長くなりすぎる」
彼女の説明が始まる。
「レイプっていうのは、男が女に無理やり性交渉を行うっていう性犯罪の一つのことなんだけど、理解できる?」
「無理やりって言うと、同意なくってこと?」
「そう。女の意思を無視して、強引にってこと」
「そんなことをしようとする男性がいるの?」
「こっちの世界からしたら、むしろそんなことをしようと考えない男がいることが驚きなんだが」
「ということは外地ではレイプをしたい男性が沢山いるって考えた方がいいってこと?」
「理解が早くて助かる」
怖っ。外地怖すぎる。というか、本当に無法地帯だったんだ。
「私の中で一気に外地の危険度が上がったのだけど」
「大丈夫。俺の中ではさらに外地の危険度は高いだろうから」
彼女に一応聞いてみる。
「外地でレイプを取り締まる存在は?」
「ないよ」
「助けを呼んだとして、助けてくれる人は?」
「いないよ」
「ですよねー」
彼女の話を聞くと、改めて外地がいかに危険かということと、彼女がよくそんな世界で生きていられるなという驚きがある。
彼女に確認を取ってみる。
「それでさっきのヘアスプレーと香水がダメってことと、地味な服装っていうのが繋がるんだね」
「そうそう。ちなみに理由はわかる?」
「地味な服装っていうのはわかるんだけど、ヘアスプレーと香水はどういうこと?」
「匂いで女だとバレないため」
「そのレベルからなんだ」
「そうだよ」
彼女が男みたいな話し方をするのも理由がわかった気がする。
「それじゃ、ベガはいつも男の格好をしてるの?」
「ああ、そうだぜ。女の格好なんてしてたら、速攻でガラの悪い連中に狙われる」
「物騒すぎるでしょ、外地」
「だから、物騒なんだって」
疑問について聞いてみる。
「それじゃ、女の子は外を出歩いてないの?」
「基本的に未成年の女は出歩いてないな。危険すぎる。20代でも危険だな。30代以上になると比較的安全になる。結局のところ、若い女が狙われるってことだからな」
「それじゃ、ベガなんて未成年だし、女の子じゃん。危険極まりないじゃん」
「そうなんだよ。ほんとに。だから男装なんてやってんだよ」
「なるほどね」
ベガの苦しみの一端がまた見えた気がする。
次に、私の服装について聞いてみた。
「私はどんな格好でそっちに行くべきだと思う?」
「スニーカー、ジーンズ、Tシャツ、フード付きパーカー。全部中古にしとけ。極力目立たなくて、身体のラインが出ないようなやつがいいな。女だって髪でバレるから、頭はフードで隠さないとダメだ。あと、顔を見られてもバレるから、黒いマスクをつけとくといいと思うぜ」
「それってベガの普段の格好?」
「…そうとも言う。本当はスカートとか着たいんだけどな。こっちじゃ危険すぎるし。スカートは部屋着としては着たいんだが、親は外で着れない服なんて無駄だって言って、絶対買ってくれねえし」
「大変だね」
「ああ、本当にな」
ベガの話を聞いていると、外地は女の子がとても住みづらそうな場所だなと思う。というかむしろ住んじゃいけない場所だとさえ思う。
「服についてはわかった。あとで写真送るから、チェックしてもらってもいい?」
「いいぜ。楽しみにしとく」
「ありがと。それじゃ、今日はこの辺で終わりにしようか」
「ああ、いいぜ」
「おやすみ、ベガ」
「おやすみ、アルタイル」
そして私たちは通話を終えた。




