第3話 都合も知らず好き勝手
ワンボックスカーから降りると、漂ってくるのは潮の香り。水平線から顔を覗かせる太陽が海を照らしきらめく。この光景を見ていると、今が戦時であることを忘れそうである。もっともその今を『戦』たらしめる敵は『新生物』なる謎の生物であることからして、人為的な戦といっていいのかは疑問なところではある。
「いやぁ。久しく任務だね。まぁ警備任務だし何もなく終わるかな」
「僕、この任務が終わったら彼女と結婚するんだ……」
「コラコラコラ。やめなさい」
不穏なことを口にする稲嶺と猪原にくぎを刺す空見。
「冗談はさておき、10時開放だっけ?」
「そうですね。既に観光客の姿もゲート前に見えていましたし」
稲嶺の問いにワンボックスカー最後部から自分の得物である物騒な物を取り出しながら新谷が答える。
「ほんと、結構な人だったよね」
「そうですね。警備任務に割ける人材の都合上、そう頻繁に沿岸開放は行えませんから。学術研究目的ならまだしも、娯楽目的となるとなおさらですね」
基本的に沿岸警備の仕事は新世代へと回ってくる。学術研究目的ならば自衛隊が動くこともあるみたいだが、娯楽目的でそうした公的武装機関は動かせないということだろう。新世代も一応は対新生物用の公的部隊であるはずだが、比較的そのあたりの自由度は高いのである。
「娯楽目的って話だけど、大学の名前が書かれた車が来てなかった」
空見が自らの自称・村正を日の光に照らしながら問う。
「そのあたりは私にも連絡は来ていませんね。もっとも常に護衛の必要がある本格的な研究目的ならまだしも、雑踏の中でも構わない程度の研究ならば勝手に行っても構いませんし。その程度ではないでしょうか」
「ふ~ん」
聞いておきながら適当な反応の空見。
彼ら4人は話もそこそこに、ひとまず最低限の準備を整え、それぞれ自らの武器を手に開放を行う砂浜の確認。どの程度の広さなのかといった点から、トイレや売店がどこなのかという警備上の問題、さらには砂浜という足が取られやすい地形であるがゆえ、どこならば戦いやすいかという万が一にも備える。
「ところで新谷」
「はい。なんでしょう」
猪原は砂浜を見渡しつつふと閃いたように口にする。
「背中のそれ、目立つな」
「……そうですね」
背中のそれとは狙撃銃のことである。新谷以外にも新世代の中では狙撃銃を用いる者もいるが、その中では彼女は比較的小さいものを使っている。が、やはり空見や稲嶺のような刀に比べると隠密性に欠けるし、猪原のような鉄棒に比べると存在感が尋常ではない。
「ま、まさかそれで警備をする気?」
空見が驚いたように口にするが。
「いえ。私は毎度のごとく後方支援に徹します」
そう口にしながら、首から掛けたマイク付きのヘッドホンを人差し指で叩く。
「「「それがいい」」」
3人が同意。やはり彼女は基本的にはオペレーター、万が一の場合には遠距離攻撃で支援を行うという立ち位置がピッタリである。
「……ん?」
と、新谷がそのヘッドホンを耳に当てる。
「……はい……はい……そうですか」
なにやら交信を行っていた彼女は、ふと顔を上げて3人の方へ目をやる。
「ここの管理スタッフからです。園外にて待機中の一般人から急かされ始めた。そちらの準備が良ければ、少し早いが開放したい……と」
「もう? 今何時よ?」
「まだ9時ですね」
10時開放であるとのことから、予定ではまだ1時間ほどあるはずなのだが。
「チッ。こういう好き勝手言うやつがいるから、パンピー相手の警備任務は嫌いなんだよな」
頭を掻きながら苦情を口にする猪原。10時からと言っているのだから、おとなしく10時まで待っていろと怒鳴ってやりたいほどである。しかしそれは一般人からのクレームであり、矢面に立たされるスタッフには一切の罪はないのである。
「あと15分だけ待ってほしい。もうちょい準備したい」
妥協案を提示する猪原。
「自分はいつでも」
「私は20分……いや、15分でいいや」
稲嶺は準備万端。空見も猪原と同時間を要求。
「分かりました。スタッフにはあと15分、粘ってもらえるように確認してみます」
3人の確認を取り管理スタッフに連絡を取る新谷。一般人に振り回される警備任務、開始前から前途多難である。