第94話 突然の取材
巨大パフェを食べた後も、結衣菜と一緒にぶらぶらとウィンドウショッピングをしていた。
「すみません。私こういう者なんですけど、お二人の写真いいですか?」
そんな時、1人の若い男性が名刺を見せながら、声を掛けてきた。
名刺にはファッション雑誌で聞いたことのある名前が書かれていた。
「え?本当にこの雑誌の?」
俺でも聞いたことのある名前なので、それなりに有名な名前だ。
まさか、そんな雑誌の関係者がこんなところにいるとは思わなかったので、変に警戒をしてしまう。
ちなみに結衣菜は声が掛けられる前に、俺の後ろに隠れてしまっている。やはりまだ慣れない異性は苦手なんだろう。
俺はもらった名刺を結衣菜にも見せてやると、結衣菜は驚いたのか、目をまんまるに見開いた。
「ほ、本当に?」
「はい。もちろんです。今私は『街角カップル』という題材で取材してまして、このモールでいろんなカップルを見定めていたのです。そして、あなた方を見た瞬間に『これだ!』と思いましてね。ですから………」
男性は逃がすまいとしているのか、女性である結衣菜の興味を惹くようなことを、次々と口にしていく。
だが、それは逆効果だ。
結衣菜は異性が苦手なのは以前から変わっていない。よって、俺の後ろへと徐々に隠れていってしまっている。
これはなかったことにするんだろうなぁ、と思った瞬間。
「い、1枚………だけなら」
と、か細い声で結衣菜がそんなことを言った。
「ありがとうございます!!彼氏さんもよろしいですか?」
「は、はい」
結衣菜の言葉に驚いてしまい、俺はつい頷いてしまう。
「ありがとうございます!!!それではあちらの噴水をバックに撮りますので、あちらに立って頂いてよろしいでしょうか」
嬉しそうに指示する男性はカメラを出して、準備を始めた。
そして、俺と結衣菜はカメラマンの男性が指示した噴水の方へと移動する。
「いいのか?」
「う、うん。あの雑誌は私も読んだことあるし、興味もあるし」
「載るかもしれないんだぞ?」
「でもこんな機会なんて滅多にないだろうし」
「それはまぁ………」
確かにこっちまで来ることもあまりないだろうし、いつも取材しているわけではないだろうからな。
(はぁ。俺も覚悟決めるか)
言われた位置に着くと、カメラマンは「もっとくっついて」等の指示を出してきた。
てっきりファッション雑誌だから、そこまでくっつかないと思っていたんだが、意外とくっつかせるように指示をしてくる。
「うーん、もっとくっついてみようか」
そう指示を出した時に、ふと結衣菜の顔を見たら、くっつかせる理由をなんとなく察した。
俺が近くになる度に、少し怯えていた表情が頬を染めた可愛らしい笑顔に変わって行くのだ。
ファッション雑誌のカメラマンとしても、服と一緒にモデルの表情にもこだわりたいのだろう。
しかも今回は一枚だけという制約付き。
だからなのか、その後もカメラマンの細かな指示は続き、俺と結衣菜の距離はゼロといっても過言ではない距離になってしまった。
「本当にこれでいいんですか?」
「いいよいいよ。そのまま動かないで」
俺の右手は結衣菜の背中から反対の腰に手を回し、軽く抱き締めている。
結衣菜は俺の腕の中にすっぽりと収まるように入り、カメラマンの方を向きつつもピッタリと身体をくっつけて来ている。
照れと嬉しさが混ぜ合わさった表情はなんかグッと来るもんがある。
カメラマンはこの表情に持ってくるのに10分も掛けていた。
そして、撮影された写真を俺達に見せて来て、結衣菜が満足そうな顔をしたことで、終了した。
しかも別れ際にその撮ってくれた写真のデータを俺と結衣菜のスマホにコピーしてくれた。
普段はそんなことをしないらしいのだが、結衣菜の欲しそうな顔を見ての断念したそうだ。
この後も、俺達は夕方近くになるまでショッピングモールで過ごした。
結局、この日に買ったのはお互いに似合うと感じたペアルックの服1着ずつだった。
☆ ☆ ☆
「お疲れ様。その顔はちゃんと撮れたようだね」
「撮ってきましたよ。確かに社長の言うとおり素材はかなりの上玉でした」
先程、琳佳と結衣菜を撮影したカメラマンは事務所に戻ると、本来はここにいないはずの人に声を掛けられ、撮ってきたことを報告した。
カメラマンは撮ってきた写真を社長こと東雲 誠哉に見せた。
すると、写真を見た東雲は嫌なものを見たように、顔を歪ませた。
「なんでこいつとくっつけて撮ってきたんだ」
「今回の取材は『カップル』という題材ですから」
この題材は嘘ではなく、『夏の恋』をテーマにした実際の雑誌で使うものだ。
カメラマンは琳佳と結衣菜の写真は上手く撮れたと自負があり、雑誌の掲載を考えていた。
「だからといってこんなに近付けないでもいいだろ」
「いえ、この女の子の表情がベストに写るポジションがそこでしたので」
「ちっ」
カメラマンの答えを聞いた東雲は更に顔を歪ませる。
「本来なら僕がその位置にいたはずなのに」
東雲はぶつぶつと呪詛を唱えるように呟いていた。
「この写真は破棄しておけ。胸糞が悪くなる」
「………は?」
撮ってくるようにお願いされ、お願いされた対象を上手く撮れたと自負する写真を消せと言われたカメラマンは、少し怒気を含んだ声で聞き返してしまった。
「いいから消せ。これは社長命令だ」
「………………」
カメラマンはすぐに操作をして、その写真のデータを消した。
東雲はそれを確認すると、機嫌が悪いままその部屋を出ていった。
「……………簡単に消せるわけ」
カメラマンの自分のスマホを出すと、先程消したはずの写真が写っていた。




