第58話 体育祭 5
「ぐっ」
俺は今、自分の背より高い壁をよじ登ろうとしていた。要はSASU〇〇の○○立つ壁というやつだ。
ここまでの関門はアスレチックの公園で鍛えた甲斐があったのか、それなりにクリア出来た。
「タイムアップです!」
制限時間もそれなりに余っていたのだが、ここで俺は無念にも制限時間を過ぎてしまった。
はっきりと言っておくが、いくらあれを簡易版にしたとしても、これはかなりきつい。
体力が残っていれば行けそうなのだが、ここまで来るので疲れてしまうのだ。
実際に俺で30人中22人目なのだが、クリアした人はたった1人だ。
それも残り僅か数秒でぎりぎりクリアしていた。
俺の後の人も途中で落ちたり、登れなかったりで、クリアする人が出ないまま、最後の挑戦者の莉愛に回ってきた。
挑戦者の紅一点ということもあり、スタート位置に莉愛が立った時に大きな歓声が上がる。主に男子から。
「残念だったな」
「うおっ!?いきなり話し掛けてくんな!」
いつの間にか上北が隣にいた。
「りん君、お疲れ様」
そして反対側には結衣菜も来て、俺を労ってくれた。
「これでも昔より簡単になったそうだぞ」
「そうなのか?」
「ああ。聞いた話ではあのセットをそのまま借りていたらしいからな」
「マジか」
そんなことを話している内に、莉愛がスタートの合図と一緒に飛び出した。
「莉愛さん、大丈夫かな」
「桜坂なら大丈夫だろう」
「だな。莉愛は俺達の中でずば抜けて運動神経いいし」
中学生の頃、莉愛は駆け足では俺達より速く、何かしらのスポーツをやらせると、全て難なくこなし活躍してしまうのだ。
「昔と違うところといえば、重りがあるところだな」
「まぁ、さらし巻いて本気出すって言ってたから、そこは大丈夫なんじゃないか?」
莉愛は予想通りに難なく関門を次々とクリアしていく。
観客からは予想以上の莉愛の動きに歓声と戸惑いを見せている。
そして、俺が脱落したあの壁を、莉愛は助走から片手だけを引っ掛けて、助走の勢いを殺さずに、台に乗るような感じに軽く乗り越えてしまう。
そして、制限時間を半分近く残してクリアするのだった。
「え、ウソ」
「やはり桜坂に任せて正解だったな」
「本当莉愛には負けるよ」
その光景を見た結衣菜はポカーンとして見つめ、俺と上北は予想通りの結果になり、莉愛の方を見ていた。
莉愛はクリアすると、すたこらと俺達の方へと駆け寄って来て、そのまま俺に抱き付いてきた。
「やったよ!琳佳!」
「よくやったな」
「えへへ~」
頭を撫でてやると、懐いた猫のように甘えてきた。
「莉愛さん」
「は、はい!」
結衣菜が声を掛けると、莉愛はシュタッと俺から離れ、背筋を伸ばした。
「その、クリア、おめでと」
「へ?・・・あ、うん。ありがと」
どうやら結衣菜はただ祝いの言葉を言おうとしていただけのようだ。
「なんなんだ、こいつらは?」
「その、いろいろあってな」
小声で話し掛けてきた上北と話している内に、次のステージの準備が終わり、莉愛は第2ステージのスタート地点の方へと向かっていった。
☆ ☆ ☆
第2ステージは第1ステージよりも力が必要となる関門が多くなっている。普通に考えて女子にはかなり厳しい。
第1ステージをクリアした男子も、中盤で力尽き、落下してリタイアとなってしまった。
莉愛も第2ステージの最後の関門の思い壁を持ち上げて進むところで力が及ばず、リタイアになってしまう。
莉愛の運動神経は良いのだが、いかんせん女子だ。なので力は良くても普通の男子かそれ以下なのだ。
だが、今回の参加者の中ではトップであることは間違いはない。
ということで、学校側はまたあれをやることになったらしい。
「ねぇ琳佳、あの先生って何者なの?」
隣にいる莉愛が指差す方には、第1ステージのスタート地点に老教師、猿飛先生が静かに立っていた。
「えっと、普段は古文とかの先生だったはず。後は忍者部の顧問とか」
「忍者?ふーん・・・なるほど」
何かに納得がいったのか、莉愛は静かに頷いた。
「りん君、なんか向こうに取材カメラが来てるみたいだよ」
「へ?」
俺を挟んで、莉愛と反対側にいる結衣菜が視線を向けた先には、何かの取材カメラがあった。
「そいつは」
「あれは地元テレビの番組の人達みたい。この辺りの地域でしか放送しないらしいよ」
「そうなんだ」
上北の説明を遮って詩穗が教えてくれた。
「猿飛先生って地元じゃ有名人だから来たんじゃないかな」
なるほど。だからギャラリーがさっき以上に溢れているんだな。
『あー、あー、こほん。準備が出来たので、これより猿飛先生によるエキシビションを始めたいと思います』
司会進行がそう言うと、歓声が上がった。
『それでは猿飛先生、お願いします』
猿飛先生は一礼してから静かに前へと歩き始めた。と思った瞬間、俺は猿飛先生の姿を見失った。
「「「え?」」」
両脇からも俺と同じ様な戸惑う声が聞こえた。
気が付けば既に1つ目の関門を突破しており、次の関門へと足を踏み入れていた。
他の観客も何が起こったか分からなかったのか、ざわざわと声が聞こえてくる。
「あの御方は凄いだろ?」
「あ、ああ」
後ろから上北が話しかけてくる。確かにあの先生は凄いとしか言い様がなかった。
猿飛先生は第1ステージをほんの30秒ぐらいでクリアしてしまった。
その後の第2、第3、第4ステージも、その辺を散歩するかのようにクリアしてしまうのだった。




