第53話 体育祭の朝
俺の家に莉愛が来てからは、騒がしい毎日を送った。
莉愛は結衣菜のことを認めないと言いつつも、一緒に暮らしていることもあり、ほんの少し仲良く(俺主観)なっているような気もする。
俺と結衣菜は体育祭の練習もあり、帰りが遅くなると伝えると、莉愛はお惣菜を買ってきて、夕飯を準備してくれることもあった。
料理が出来ない莉愛が無理して作ってくれるよりはマシなので、文句はない。
ただ、台所の流しの隅に失敗したであろう残骸が置いてあることもあった。
料理の練習をすることは悪いことではないので、何も言っていない。
まぁ、莉愛の料理が出てきていない時点で失敗しているのだろうから、体育祭が終わって時間が作れるようになったら、俺か結衣菜が教えてあげようと考えている。
寝てる時に結衣菜と莉愛の襲撃が何回かあったが、比較的平和?な夜を過ごしていた。
そして、体育祭の日がやってきた。
「ねぇねぇ琳佳、莉愛も見に行っていいんだよね?」
「あぁ。一応許可は取ってあるから、俺の家族枠で入れるはずだ」
祝芽峰高等学校の体育祭は地味に入校制限が厳しかったりする。
おそらく制限無しで入れてしまうと、いろいろと問題が起こるからだろう。
「やった。ってことは音無 莉愛って名乗った方がいいってことだよね?きゃ」
莉愛は照れ臭そうにして言ってきた。
「いや。普通に桜坂 莉愛でいいから」
今日は土曜日で、莉愛の中学校は休みだ。少し前から体育祭を見に行きたいと言っていたので、久遠先生に頼んでおいたのだ。
「りん君、そろそろ出ないと遅れるよ。はい、りん君の体操着」
結衣菜は俺の体操着が入った袋を渡しながら言ってきた。
俺と結衣菜は一般入場する莉愛より早めに登校しなければならない。
「莉愛、戸締まり頼んだぞ」
「はーい」
俺と結衣菜は少し急ぎ足で、家を出ていった。
☆ ☆ ☆
「おはようさん」
「おはよう」
俺達はクラスに入ると同時に挨拶をする。
あまり話さないクラスメイトも何人か挨拶を返してくれる中、自分の席に向かう。
「2人共、おはよ」
「おはよう」
「おはよ、詩穗ちゃん」
詩穗は既に体操着に着替えて席に着いていた。
「上北とかは来てないのか?」
俺は隣の席を見ながら詩穗に聞いた。
「ううん。一君と一緒に着替えに行ってるよ」
この学校には更衣室があるので、そこに着替えに行っているようだ。
確かに荷物は机に掛けられている。
「結衣菜、俺達も着替えに行くか」
「うん」
俺達は体操着を持ち、席を立つ。
「あ、琳佳君」
「なんだ?」
詩穗が呼び止めて来たので、足を止める。
「上北君に変な事しないように言ってくれる?」
「変な事?」
「うん。もしくは変な事をしそうだったら止めて欲しいな」
詩穗が何を心配しているのか分からないが、それ無理な相談だ。
「あいつ自体が変な奴だから、それは難しいんじゃないか?」
「それはまぁ、そうなんだけど」
詩穗も困り顔で納得する。
「でも、一応注意しておいてくれないかな?私も注意するから」
「わかった。とりあえず様子は見ておく」
俺はそう返事をして、体操着に着替えるために、更衣室へと向かった。
☆ ☆ ☆
「琳佳、おはよう」
「おう」
更衣室入り口前で結衣菜と別れ、男子更衣室に入ると、着替え終わった一と会った。
「あれ?上北は?」
「上北なら早々着替えてどこかに行ったよ」
手遅れだったか。ま、最初から止められないとは思ってたけど。
「たぶんまたあれじゃないかな?」
「だよな。たぶん」
俺は一のその言葉で何となく予想がついてしまう。
恐らくこの時間なら、中学3年の時にやったあれの準備だ。
「ここでも人は集まるのか?」
「中学よりその辺りの自由は利くし、増えるんじゃないかな?ここの学校ってお祭り騒ぎとか好きそうだしね」
確かにそれはあるか。でも先生に見つかったらヤバイことに変わりはない。
「それより琳佳。早く着替えないとホームルームに遅れるよ」
「あ」
俺は急いで着替えることにする。一は先に戻ると言って、更衣室を出ていった。
朝、結衣菜から渡された袋から体操着を出すと、ピンク色のハンカチのような布が床にひらりと落ちた。
(ん?袋に入れるときに紛れ込んだか?)
ピンク色だから、結衣菜の物だろう。俺はハンカチを拾い拡げてみると、それは三角形をしており・・・。
「っ!?」
俺は周りにいる他の生徒に見られないように、素早くそれを隠した。
(これパンツかよ!?ってこれは結衣菜のだよな?穿いてる所見たことある気がする)
俺はそれを周りに見えないように、確認する。
(と、とにかくこれは置いといて着替えよう)
俺は手早く着替え、それをポケットに隠して教室へ戻ることにした。
☆ ☆ ☆
教室に戻ると、既に結衣菜は戻っており、詩穗と楽しそうにお喋りをしていた。
「結衣菜」
「あ、りん君。遅かったね」
何も事情を知らない結衣菜は、笑顔でこちらを振り向いた。
「あ、あのさ」
俺は周りに見えないようにポケットの中の物を取りだし、結衣菜の手を掴んで、それを握らせる。
「そ、それ、体操着の袋に紛れ込んでたぞ」
「え?・・・~っ!!」
結衣菜はそれを見て、顔を一気に真っ赤に染めた。
「結衣菜ちゃん、大胆だね」
「ちっちがっ!!これはっ!!」
側にいた詩穗には俺が渡した物が見えたらしい。
結衣菜は驚きながら、立ち上がって大きな声で反論した。
「あ」
そこで、クラス中の視線が自分に集中していることに気が付く。
手には俺が渡した物が握られている。結衣菜は顔を真っ赤にしながら、それをカバン奥にしまい、机に突っ伏してしまう。
「結衣菜、ごめんな」
「結衣菜ちゃん、ごめんね」
結衣菜のミスが原因とはいえ、流石に可哀想になり、俺と詩穗は照れ続ける結衣菜に謝るのだった。