第29話 恋人になり
結衣菜と恋人になった翌日。
俺はいつもより早起きをしてしまい、朝食を親父の分も作り置きをして、早々と家を出た。
もちろん、結衣菜と登校するためだ。
いつもより時間は早くはあるが、俺は結衣菜と一緒にいたい衝動に勝てずに、家を出てしまったのだ。
以前までは心のどこかで結衣菜とはずっといられないと考えていたのだろう。
問題が解決し、晴れて結衣菜と恋人になってからは、その留め具が壊れたように、結衣菜のことしか考えられなくなっていた。
そして、アパートの結衣菜の部屋の前にやってきた。
「・・・・・・インターホン押した方がいいよな」
最近スマホばかりで連絡を取っていたから、インターホンを押していいか迷ってしまう。
意を決して、インターホンを鳴らす。
ピンポーンという音が鳴り響き、部屋の中から物音が聞こえてくる。
そして、玄関の扉が少し開いた。
そこから、ひょっこりと結衣菜が顔を覗かせる。
「お、おはよ」
「おう」
「な、なんでここに?」
「結衣菜と一緒にいたいからだけど」
「そう・・・なんだ。少しだけ待って貰ってもいい?着替えるから」
よく見ると、髪は少しぼさぼさで服もパジャマのままだった。
「わかった」
「ご、ごめんね」
結衣菜は一旦玄関の扉を閉めて、慌てて中に戻っていった。
そして、数分経った頃。
「お、おまたせ」
結衣菜は制服に着替えて、俺を部屋の中に招き入れた。
そういや俺、結衣菜の部屋に上がるのは初めてだ。
部屋に入ると、甘い花のような香りが漂ってくる。
部屋は綺麗に片付けられており、女の子らしい雑貨やぬいぐるみ等が定位置であろう場所に置かれている。
「・・・あまり見ないで」
「わりぃ」
ついキョロキョロと部屋を見てしまっていたようだ。
「その、朝ごはん食べるから少し待ってて貰ってもいい?」
「ああ、俺が早過ぎたみたいだからな」
いつもは30分後ぐらいに出るぐらいだから、時間には余裕がある。
結衣菜は俺から少し距離を取って座り、朝食のパンを食べ始める。それに俺は違和感を覚えた。
「なぁ」
「・・・・なに?」
「離れて座らなくてもいいんじゃないか?いつも近すぎるぐらいなんだから」
そう。いつもなら密着するぐらい当たり前のような距離だったのに、今は離れて座っている。
そのことが気になった。
「だって・・・」
「だって?」
「・・・恥ずかしい」
「・・・・・・・・・・・は?」
結衣菜は顔を真っ赤にしながら言う。
「え?でもいつもは」
「あれは・・・その、お父さんが来るまでに何とかしなきゃって無理してたというか・・・、それにいざりん君と付き合えたって自覚したら・・・その、意識しちゃって」
結衣菜の語尾はどんどん小さくなっていく。
「そう・・・なのか?」
俺の質問に結衣菜は頷いて答えた。
まぁ、顔を真っ赤にして見上げてくる結衣菜はめちゃくちゃ可愛いからいいけど、何か凄く新鮮だ。
それから少しの間、小動物のようにパンを食べる結衣菜を見て待っていると。
「・・・おまたせ」
「じゃあ、行くか」
結衣菜がパンを食べ終わったので、準備をしてアパートを出ることにした。
そして、俺は当たり前のようにいつもみたいに手を差し出すが、結衣菜はなかなか手を握ってこない。
「どうした?」
「こ、これで」
結衣菜は俺の手ではなく、袖の部分を握ってきた。
「これでも・・・いい?」
「あ、ああ。大丈夫たけど」
「ありがとう」
いつも手を繋いだり、腕を組んだりしているのに、これだと逆に目立ちそうな気がしたが、あえて言わないでおく。
登校中、俺は結衣菜に話を振るが、結衣菜は「うん」と小さな声で答えるだけで、あまり話をしてこなかった。
でも、学校に到着する頃には落ち着いてきて、話を出来るようになってきた。そして、そのまま二人で教室に一緒に入ろうとする。
カシャッ
教室のドアを開けると同時にカメラのシャッター音が響いた。
「よし、いいのが撮れたぞ」
「どれどれ見せて。・・・うん、結衣菜ちゃんの恥じらい顔と幸せ顔が混ざってていい感じだね」
目の前にはカメラを除き込む上北と詩穗の姿があった。
「な、何撮ってるんだ!」
「何って、お前らのツーショット写真だが?」
「何に使うつもりだ!」
「特に使う予定は無いが・・・。なんなら校内新聞にでも載っけるか?」
「載っけるな!!」
俺達を公開処刑にするつもりなのだろうか。
「結衣菜ちゃん、後でデータあげるからね」
「~~~~っ!?!?」
結衣菜はいつも以上に意識をしているせいか、倒れそうになるぐらいまで顔を真っ赤にする。
せっかく普段通りに戻ってきていたのに、余計なことをしやがって。でも
「そのデータ、俺にもくれないか?」
「り、りん君!?」
「もちろんいいよ。何ならスマホの待ち受けにでもすればいいんじゃない?お揃いになるよ?」
「っ!?」
「お、おい!結衣菜!?」
結衣菜は恥ずかしさの限界を越えたのか、俺の背中に抱き付いて顔を埋めてきた。
「うぅ~~~・・・・」
「だ、大丈夫か?」
「結衣菜ちゃん?」
うめき声のようなのが聞こえたので聞いてみる。
「し、幸せすぎて死にそうだよぉ」
その言葉を聞いて、俺や上北、詩穗は少し呆然とした後、笑顔が溢れた。
結衣菜が可愛過ぎたからだ
俺と結衣菜は席までの行くのにも、周りのクラスメイトからは冷やかしのような掛け声があがり、改めて結衣菜と付き合い始めたという実感が湧いてきていたのだった。
☆ ☆ ☆
それから数日が経った。
結衣菜は大分落ち着き、以前のように話せるようになってきた。といっても、付き合う前より、顔が赤くなりやすいが。
放課後は部活でポニーの捕獲とか変な活動もあったが、結衣菜と公園で散歩デートしたり、喫茶店でお茶したりと、恋人らしい充実した生活を送っていた。
その結果、俺と結衣菜は以前の時と比べて、より一層ベタベタしているようになったらしい。
らしいというのは、上北や詩穗から聞いたからだ。俺はそんなつもりはないからわからない。
恐らく、以前は俺からは結衣菜に攻めていかなかったからだと思う。
今では俺から結衣菜にくっつくこともあるので、余計にそう見えるのかもしれない。
「あ~あ、私も彼氏欲しいなぁ」
そんな俺達を見て、一番羨ましそうにしているのは詩穗だ。
今も学食で食べているカレーのスプーンを加えながらぼやいている。
詩穗は色々と協力をしてくれたが、ここまでいちゃつかれるとは思ってなかったらしい。
「友人が幸せそうなんだ。そこは祝福するべきであろう」
そう言うのは上北。まぁ、こいつはこいつで変わってるから、あまり気にしないでおく。
「ははは、僕は琳佳が幸せならそれでいいけど」
うん、一は本当にいいやつだ。
「ところで、琳佳は試験勉強してるかい?」
そんな話をしながら昼食を食べていると嫌な単語が聞こえてきた。
「・・・・・・・・え、何て言った?」
「だから、試験勉強。来週から試験でしょ?」
「・・・・・・・・・してねぇ」
そうだ!結衣菜といちゃいちゃばっかしてて、すっかり忘れてた!
「りん君、してないの?」
「ゆ、結衣菜はしてたのか?」
「うん。夜とかにりん君とメールでやり取りしながらやってたよ。りん君は?」
「・・・マンガ読んでた」
「そ、そうなんだ」
俺の言葉を聞いて、結衣菜も唖然としている。
「わ、私が勉強教えようか?」
「お願いします」
俺が頭を下げて、結衣菜にお願いをしている姿を上北はにやにやしながら見ていた。
「・・・なんだよ」
「いや、将来が見えたような気がしてな」
失礼な。それは俺が結衣菜の尻に敷かれるということか。
「わ、私はりん君をお尻なんかに敷かないよ!?」
「わかってるさ」
結衣菜の言葉をサラッと避ける上北。
「でも結衣菜ちゃん、社会と科学とかって苦手じゃなかった?」
「うっ」
結衣菜は国数英は出来るのだが、その他が微妙らしいそうだ。
「それなら僕が教えようかい?」
「いいのか?」
はっきり言うと、一に教えてもらえると心強い。結衣菜と2人きりになれないのは残念だが。
「一君ってどれぐらい勉強出来るの?」
「そうだねぇ・・・。今回の試験は何もなければ全部満点行くんじゃないかな」
一の実力を知らない結衣菜が聞くと、とんでもないことを言う。
「・・・勉強教えて下さい」
「私もいいかな?」
そこに便乗するように詩穗も名乗り出た。
「それなら今日の放課後、部室を借りて勉強会しようか。久遠先生には言えば貸してくれると思うし」
『お願いします』
上北以外の皆で一に頭を下げるのだった。




