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第27話 すれ違い

「結衣菜ちゃんのこと好きなんでしょ?」


 詩穗からそんな質問をされた。


 結衣菜のことは好きだ。

 だけど、結衣菜の父親である重信さんの言葉が頭によぎり、その言葉は出て来なかった。


「今は言えない」

「言えない・・・かぁ」


 詩穗は俺の目を真っ直ぐに見てくる。

 それでも赤の他人である詩穗にはあのことを言うわけにはいかない。

 最初に結衣菜に確認しなければならないことだから。


「・・・・・・はぁ。琳佳君が何を考えているかは分からないけど、結衣菜ちゃんは」

「俺のことを好きなんだろ?」

「それはまぁ・・・あの態度じゃわかるよね」


 結衣菜は再会してからというもの、俺にべったりとくっ付いて来ていたんだ。昔、一緒に遊んでいた頃の様に。


 そして、そんな結衣菜を俺も昔から好きだったから、何も言わなかった。

 昔に戻ったようで楽しかったから。

 だけど、結衣菜には許嫁がいる。

 その事実が俺に告白する際の妨げになっていた。

 だから、感情より楽しい結衣菜との時間を優先した。


「ん~・・・・ああぁ!!もう!!なんで私がこんなに悩まなきゃならないのよ!!」


 突然詩穗が爆発したように声を張り上げた。


「琳佳君!!」

「はい!」


 詩穗は俺を見上げるようにして顔を近付けて名前を呼んできた。

 俺は詩穗の勢いに押し負け、背筋を伸ばして返事をしてしまった。


「結衣菜ちゃんはそこに隠れてるから当人同士で話をして!!」


 詩穗は自棄になったのか後ろの薮を指差して言い放った。


「あたし帰る!!」


 そのまま詩穗は帰って行ってしまった。


「・・・・・・・・・結衣菜?」


 俺はベンチの後ろの藪の方にいる結衣菜に声を掛ける。


「・・・・・りん君」


 結衣菜はひょこっと顔を出して俺の声に返事をしてくれる。


「・・・・こっち来いよ」

「・・・・・うん」


 結衣菜は藪から出てきて俺の隣に腰掛ける。だが、距離は離れたままだ。


「あ~・・・結衣菜はさ。許嫁ってどう思う?」

「・・・許嫁って、将来の結婚を約束するやつ?」

「そうだ」

「・・・・・・・そっか。だからか」


 結衣菜は何かを悟ったのか、目に涙を溜め始めた。


「結衣菜、どうしたんだ?」


 俺は結衣菜が泣きそうだったので声を掛けるが、結衣菜は黙って俯いてしまうだけだった。

 ただ、重力に引かれ、涙が結衣菜の太ももに落ちていく。


「だったら私なんて・・・。りん君、ごめんなさい。・・・もう私・・・・わたしはりん君に・・・ぐす、りんぐんに会わないようにするから。だから・・・だから嫌いには」

「結衣菜!!」


 結衣菜は耐えられなくなったのか、話途中で俺を残して走ってどこかへ走って行ってしまった。


「・・・結衣菜の奴、どうしたんだ」


 許嫁が今でもいるかどうかを聞こうとしたのに、俺は何1つ分からないまま、結衣菜が走っていった方を見ることしか出来なかった。



 ☆     ☆     ☆



「うぅ・・・りん君、ぐす・・・りんくん」


 私はりん君から逃げるようにして自宅のアパートに帰り、布団にくるまって泣いていた。


「なんで・・・・なんで私がりん君の許嫁じゃないの?なんで私じゃないの?誰がりん君の・・・」


 私はさっき逃げてきた。


『俺には許嫁がいる。だから結衣菜とはいられない』


 そんな言葉が出る予感がしただけで、その場にいられなくなった。


 まだはっきりと言ってきた訳ではないが、りん君は私に聞き辛そうな顔をして言ってきた。

 もう私にとってのそれは、否定的な何かとしか取れなかった。


「・・・・・・・戻ってくるんじゃなかった」


 私はりん君との再会をしたことを悔やみながら泣いていると、そこに私のスマホに1件のメールが届く音が響いた。



 ☆     ☆     ☆



 俺は翌日、結衣菜の様子が気になり、朝早くに結衣菜のアパートを訪れていた。


「・・・もう行っちまったのか?」


 インターホンを押しても、中から物音すら聞こえてこない。


「・・・・・・学校に行けば会えるか」


 俺はそう思い、登校をした。

 いつも隣に結衣菜がいた場所には何もなく、片腕が寂しい感じがした。


「あ、琳佳君、おはよう」

「音無、おはよう」


 教室の自分の席に着こうとすると、詩穗と上北が挨拶をしてきた。


「ああ、おはよう。結衣菜は?」

「え?まだ来てないよ」

「そうか」


 家にはいなかったと思ったが、学校にも来ていないのか。


「一ノ瀬はお前と一緒にいつも登校してくるだろう。お前こそ、一ノ瀬はどうしたのだ?」

「・・・今日は会ってないよ」

「・・・・・・・琳佳君?何かしたの?」

「え?いや、その・・・」


 詩穗は昨日の事を知っているのかどうかはわからないが、最初のセッティングをしたのは詩穗だ。

 何かを知っていてもおかしくはない。


「その・・・な。ちょっと話をしようと思ったら逃げられてな」

「逃げた?逃げたって結衣菜ちゃんが?」

「あ、ああ」


 嘘は言っていない。実際に許嫁の話をしようと思ったら逃げられたしな。


「音無、例の件を聞こうとしただけだろ?」

「あ、ああ」


 そういや聞こうとしていた内容は上北にばれているんだったな。


「それで逃げたというのか。・・・・・ばれて嫌になったとかか?」

「それで結衣菜が逃げるのは考えづらい。ばれて泣くぐらいなら最初から俺と接触はしてこないだろ?」

「確かに」

「ねぇ、2人で何を分かったふうに話してるの?」


 詩穗だけが結衣菜に許嫁がいることを知らないので、話に入れずにいた。


「はーい!ホームルーム始めるよー」


 そこに久遠先生がやって来たので、話は中断になってしまう。


 結局、結衣菜は登校してこなかった。



 それから2時限目が始まって少し経った頃。


「ねぇ、琳佳」

「なんだ?はじめ


 珍しく、授業中にはじめが俺に声を掛けてきた。


「あれ」

「あれ?」


 俺ははじめの視線の先を見てみた。


 そこにはお金持ちが乗っていそうな黒塗りの車が学校の正門辺りに見えた。


「あの車がどうかしたのか?」

「車じゃないよ。ほら、あの女生徒。一ノ瀬さんじゃない?」

「・・・あ」


 この校舎から正門に向かって歩いて行く結衣菜を発見する。ってことはあの車は結衣菜のところのっ!?


「くそ!」

「音無君!?」


 俺は授業中でもお構いなしに立ち上がる。

 そして、少し遠回りになるが、階段から外へ目指すため、廊下に出ようとする。

 そんな俺を久遠先生は驚いて名前を呼ぶ。

 だが、それで止まる俺ではない。今は1分1秒が惜しい。


「音無!こっちの方が早い!!」

「っと、サンキュー!」


 上北が俺に渡したものは鈎爪付きのロープだ。なんでこんなのを持っているのかはわからないが、これなら窓からすぐに外へ出られる。


 上北はすでに窓を開けて、準備をしてくれていた。


 俺は3階にも関わらず、窓枠に鈎爪を引っ掛けて、壁を駆け降りるように降りていく。

 掴んでいる手は袖でちゃんとカバーをして、擦れないようにしている。


(こんなのやるのは中学以来だな)


 俺は中学の頃はこういったアクロバット的な遊びを上北とはじめとやってきた。


 久々で勢いが付き過ぎたのか、少し焦げ臭い匂いがする。


 そんなこともお構いなしに俺は地面に着地して、結衣菜がいる正門の方へと走った。


「結衣菜!!」

「っ!?」


 結衣菜は車に乗ろうとしたところで、俺の声に反応して、ビクッとした後、ゆっくりと振り向いた。


「・・・りん君、なんで」

「君は琳佳君か。久しぶりだな」


 結衣菜の他に運転席からそんな声が聞こえた。


(やっぱり重信さんか)


 そのことは予想してはいた。


 自分が決めたことは押し通す性格の持ち主。


「お久しぶりです、重信さん」


 俺は緊張しながらも挨拶をする。


 俺が挨拶をしている時も、重信さんは俺に威圧的な眼光を向けていた。


「琳佳君、君は何をしにきた?」

「お願いが」

「私は昔言ったことを忘れたのか?」

「・・・いえ、忘れてはいません」


 俺は結衣菜と一緒にいたいと言いたいはずなのに、実際に重信さんを前にしたら、冷や汗が出て来て、消極的になってしまっていた。


(ここまで俺は苦手意識を持っていたのか)


 俺は重信さんに対して、トラウマを抱えていたようだ。


 結衣菜は押し黙る俺と重信さんの会話を聞いて、きょとんとした顔で俺を見てきていた。


「・・・・・・お父さん、りん君に何か言っていたの?」

「昔にな。お前にはまだ言っていなかったが、これから会いに行くのはお前の許嫁だ。昔、琳佳君にはそのことは伝えてあるから、問題はない」

「っ・・・」


 俺は重信さんの言葉をただ聞くことしか出来なかった。


「そんなの嫌だよ!!私は」

「これは私の会社の未来を考えてのことだ。口出しはしないでもらおう」

「嫌なものは嫌!なんで私がお父さんの会社のために結婚しなきゃ」

「誰がお前をここまで育てたと思ってるんだ」


 何やら目の前で親子喧嘩が唐突に始まってしまった。

 そこにある人物がやってきた。

 その人物の後ろには上北を始め、詩穗やはじめまでいる。


「ねぇ、校門前で喧嘩するのはよしてもらえないかな?」

「もう!お父さんなんて大嫌い!」

「どう言われようとこれを変えるのは」


 その人物が声を掛けるも、2人の口喧嘩は止まらない。


「しげちゃん」


 と、その人物が重信さんのことをしげちゃんと呼び出した。って、しげちゃんって。


「誰がしげちゃん・・・だ・・・・・・」


 案の定、しげちゃんと呼ばれたことが気に食わなかったのか、鬼のような形相でその人物を見る。

 しかし、顔を見た途端に声を失ってしまう。


「いいから来てくれるかしら?」

「・・・・・・はい」


 その人物、久遠先生は遥か自分より年上の重信さんを一言で黙らせてしまうのだった。


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