第20話 幼馴染との初デート
「りん君、おまたせ」
結衣菜が小走りで走ってきて、可愛らしい笑顔で挨拶をしてきた。
「・・・・・・」
「りん君?」
「あ、わりぃ。見惚れてた」
「っ~~~」
俺は素直に言葉にすると、結衣菜は顔を真っ赤にしてしまう。
以前の見た私服とはまた違う私服で、少しフリルが多めの可愛らしい服装だ。
色も薄ピンクで春らしい感じがする。といっても、もう5月なので少し汗ばむ時期になってきている。
「ほら、そろそろ行くぞ」
「う、うん!」
俺が手を差し伸ばしながら言うと、結衣菜はギュっと手を握ってくる。
「りん君とデート♪りん君とデート♪」
結衣菜が小声で腕を少し大きく振りながら歌い出した。
それだけ嬉しいってことなんだろうけど、人前で歌うのはやめてほしい。
周りには数人だが、近所の人の目があるのだ。
俺は近所の人と視線が合うと、軽く会釈を返して進んでいく。
(これは恥ずかしすぎる!)
まぁ、今回のお出掛けは、結衣菜が歌っている内容の通り、これは結衣菜との初のデートとなのだ。俺も普段あまり着ないちょっとおしゃれな服をチョイスしていたりする。
だが、俺も楽しみといえば楽しみなのだが、このデートのきっかけになった会話を思い出すと、少し嫌な予感がするのだった。
☆ ☆ ☆
部活紹介フェスタの最終日はアイドル研究会の撮影会だけで終わった。
詩穗はともかく、結衣菜の撮影は大変だった。
元々人見知りということもあり、1人でカメラの前に立つと顔がひきつってしまうのだ。
顔だけの拡大写真の撮影では、俺が手を繋ぐことで、笑顔を撮ることが出来たが、全身の姿の写真の方は俺が近くにいるわけにもいかずに、少しぎこちない笑顔になってしまった。
それでも、アイドル研究会の会長は嬉しそうに帰っていってくれた。どうやら断れると思っていたようだ。
「上北、これで依頼は終わりなのか?」
「だろうな。俺も内容までは聞いていなかったしな。報酬の学食の無料券も貰った」
上北はそういいながら、報酬の学食の無料券を見せてくれた。
「これは2人で使うといい」
「ほんとに!ありがとう!」
「あ、ありがとう」
詩穗は分かりやすいぐらいに喜んで受け取るが、結衣菜はまだ緊張しているのか、ぎこちなく受け取った。
「ああ、そうだ。一ノ瀬にはこれも渡しておこう」
「・・・・・・これは?」
よく見えなかったが、結衣菜が受け取ったのは2枚のチケットみたいだ。
「近くの水族館の割引券だそうだ。音無と一緒に行ってくるといい」
「りん君と・・・・」
「なんで俺となんだ?」
そう言うとなぜか上北だけではなく、詩穗と一も俺を見て怪訝そうな顔をする。
「お前以外に考えられないだろう。割引券も2枚しかないから、ペアで行くとなると一ノ瀬と音無が行くのがベストだと考えたんだが」
「そうだね。一ノ瀬さんと琳佳はもうセットみたいな感じだしね」
「そうだよ、琳佳君。それにほら、結衣菜ちゃんを見てみなよ」
「ん?」
やばい。すげぇ嬉しそうな顔をしている。これは断れないな。
「ということで、お前らはデートに行ってくるといい」
「わかったよ」
「・・・デート」
その言葉で結衣菜は更に妄想の世界に入っていくのだった。
☆ ☆ ☆
まぁ、そんなやり取りがあり、ゴールデンウィークに入ったので、早速そのデートとやらを計画して結衣菜と一緒にいるというわけだ。
「りん君りん君。ペンギンさんとかいるかな?」
「確かいたはずだぞ」
水族館は一応歩いて行ける距離にはある。何せ祝賀峰駅の近くにあり、ショッピングモールのリニューアルと同時期にこっちも増設とかをしていたはずだ。
なので、俺も少し楽しみではあるのだ。
以前、水族館に行ったのはまだ母親がいる時なので、増設した場所は行ったことがないのだ。
「イルカさんはいるかな?」
「確か増設したエリアにイルカショーの場所が新たに出来てたはずだ」
「そうなんだ。楽しみだなぁ」
俺は結衣菜とそんなやり取りをしている間に水族館が見えてきた。
駅近くということと、ゴールデンウィークに入っていたこともあり、人がいつもより多くなっている。
「ん?」
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
人混みの中に知っている顔が見えたような気がしたような・・・気のせいか。
「りん君、早く入ろうよ」
「そうだな」
俺と結衣菜は水族館の入り口に向かって歩き出した。
☆ ☆ ☆
「危なかったな」
「もう、上北君が顔出し過ぎなんだよ」
「ねえ、こんなことやめない?」
琳佳と結衣菜を少し離れている場所から覗いている影が3つあった。
「何を言っている。一よ」
「そうだよ。結衣菜ちゃんのあの幸せそうな顔は見なきゃ損だよ」
「・・・はぁ」
一は良心が痛むのか、あまり乗り気ではない。
(やり過ぎないように見張るしかないか)
一は心の中でそう決めるのだった。
「私達で何か雰囲気とか作れないかな?」
「それはいいな。スタッフにも協力を要請するのも手かもしれないな。幸いその伝もある」
「流石だね」
目の前でそんな会話をする上北と詩穗を止められるか、自信がなくなってくる一であった。
☆ ☆ ☆
「りん君りん君!見て見て!」
水族館に入ると、結衣菜は小さい子供のように俺の手を引っ張りながら、魚の入っている水槽の前に立った。
入り口の方は川魚が中心に展示されているようだ。
「へぇ、結構いろんな種類が展示してるんだな」
「あ、この子ちっちゃくて可愛い」
過去に俺が見た時より展示されている魚の種類が多く感じる。
「お、ドクターフィッシュだって」
「あ、それ知ってるよ。皮膚の角質とか食べてくれるあれでしょ」
「やってみないか?」
「うん。いいよ」
ドクターフィッシュのエリアはそれなりに人がいるが、すぐに隙間が出来て、体験することができた。
俺もドクターフィッシュは初めての体験なので少し緊張をしている。
「りん君、手、入れないの?」
「あ、ああ。そうだな」
いざ目の前にすると少し躊躇してしまう。
(これ、手食われたりしないよな?)
やはり何事も初めては緊張するもんだな。
「ほら、りん君」
「お、おい。自分でやるって」
結衣菜は俺の手首を掴み、ドクターフィッシュの入った水槽に突っ込ませようとしてきた。
「あ、あれ?なんで私の方に来るの!?」
ドクターフィッシュは俺の手ではなく、俺の手首を掴んだまま一緒に水槽の中に手を入れてしまった結衣菜の手に寄ってたかってきていた。
「くすぐったい」
「確かにこれはくすぐったいな」
俺の方にも少しだがドクターフィッシュが群がってきていた。
なんだか不思議な感じだった。吸われている感じはあるが、別に痛いわけではない。本当にくすぐったいのだ。
「ふぅ、楽しかったね」
「だな。これは俺も初めてやったしな」
俺達はドクターフィッシュを満喫して次のエリアへと向かった。




