第108話 誘拐
結衣菜は上北と共に呼び出した先生がいる職員室に向かった。
職員室に入ると他の先生達がいつものようにいて、特に変わったところはなかった。
2人が目的の先生の方に訪ねると。
「おお。来てくれたか。すまんな、大事な放課後の時間を貰って。ここで話をするのもなんだから、脇の個室に行こうか」
そう言われ、2人は職員室の端にある面談用の個室へ案内された。
「適当に腰掛けてくれ。今、茶でも入れるから」
個室に備えられたポットでお茶を3人分入れ、先生はそれぞれの前に置き、自らも向かいの席に座った。
「いやぁ。君達のあの発想は面白くてね。どうしてあんな発想になったのか聞かせて欲しいのだ」
「はぁ」
「………………」
結衣菜は適当な返事を返すが、上北は出されたお茶を手にし、中のお茶を無言でグルグル回していた。そして、お茶を飲まずに机に置く。
その時、先生の眉がピクッと反応した。それを見逃す上北ではない。上北は「なるほどな」と呟いた。
「まぁまずはお茶でも飲んでくれ」
先生にお茶を進められ、結衣菜はお茶に手を伸ばすが、上北が隣からお茶を持ち上げる前の結衣菜の手を押さえた。
いきなりの行動に息を飲む結衣菜だったが、上北の表情を見て、何かを悟った。
「……………どうしたのかね?」
「もう茶番はやめろ。この茶に何を入れてある」
「何って、普通にお茶だが?」
「しらを切るならいい。俺達は別に喉が乾いていないから、今飲む必要はない。とっとと話をするとしようか」
「………………」
上北の言葉に何か言いたそうにする先生だが、深呼吸をして、話を聞く姿勢を取った。
それからは普通に物理学の話を始めた。
だが、しばらく話をしていると、妙に眠気が上北を襲ってきた。
(なんだこの眠気は………)
ふと視線を隣に座る結衣菜に向けると、背もたれに完全に預けて寝ていた。
そして、目の前に座る先生も、いきなりドサッとソファーに倒れるようにして眠ってしまう。
(っ!?しまった!!この部屋に…………は……………)
上北もそれに気付いた時には、意識を手放してしまうのであった。
部屋の中には、ただ静かに季節が早すぎる加湿器の動く音だけが響いていた。
そこに1人の男がやってきた。
☆ ☆ ☆
「くくくっ、あーはっはっは!!」
車を運転しながら、沸き起こる笑いを押さえないで笑う人物がいた。
「こんなにすんなり行くのであれば、最初からこうすれば良かった!」
男、東雲は車の後部座席を見た。
後部座席には1人の女子生徒、結衣菜が寝かされていた。結衣菜の髪や服が乱れているので、乱暴に扱われたことがわかる。
東雲は職員室横の個室に監視カメラを仕掛けて、結衣菜と上北、物理の先生が会話しているところを見張っていた。
3人が完全に寝たところで、そこに向かった。
東雲は入ってすぐに加湿器を止め、窓の換気をする。そして、個室の端にある段ボールと台車を組み立てた。
1つの段ボールを開いた状態の上に、結衣菜を台車の持ち手に寄り掛からせるように座らせた。
そして、結衣菜が隠れるように合計3箱の段ボールを使い、台車にL字型に積み上げられた荷物に見えるようにカモフラージュした。
職員室を出る時に「今日が最終日でしたね。お疲れ様でした」と声を掛けられたが、普通に返事をし、台車を押しながら職員室を出た。
他の先生達には、今日が最終日である東雲の荷物を運んでいるとしか思われなかったのだ。
そして、校舎裏に停めていた車の後部座席に結衣菜を乱雑に投げ込み、邪魔な台車と段ボールをも車のトランクに手早く片付けた。
ここまでくれば車で逃走するだけだ。
だが、このまま自分の会社に連れていけば、恐らく東雲にとって忌々しい相手である天音 久遠と上北にすぐに場所は割れてしまうと考えていた。
そこで東雲は、自分の息がまったく掛かっていないマンションの一室を借りた。
しかし、学校の放課後である夕方では人の目があり、普通に車からその部屋まで運ぶ際に見られてしまう可能性があった。
だからと言って、車の中に結衣菜を乗せたまま移動を続けるというのも危険だし、駐車場にただ停めているのも危険だった。
そこで東雲はあるデパートにやってきた。
理由はこのデパートの駐車場が機械式立体駐車場というところだ。
東雲はここに停めている間に結衣菜が目を覚ましてもいいように、手と足を紐で結び、口にガムテープを張った。更に、結衣菜の服をまさぐってスマホを奪い、SIMカードを抜いて、自分のカバンに入れた。
息ができるように窓も少し開け、東雲は機械式立体駐車場に結衣菜を乗せたまま、その場を後にした。
(後は閉店間際に取りにくれば問題ないだろう)
東雲は今日の夜からの日々が楽しみでしょうがなくなったのか、不気味な笑みを浮かべていた。
☆ ☆ ☆
「上北!おい上北っ!!」
「う、うぅ」
久遠先生に結衣菜が拐われたと聞いた俺達は、結衣菜と一緒にいたはずの上北を起こそうとしていた。
というのも、上北と物理の先生は、職員室横の個室で2人で倒れていたのだ。
今は2人共、保健室のベッドで寝かされている状態だ。
上北は俺の声に反応するように、うなされるような声を出した。俺はもう少しだと思い、上北に声を掛け続ける。
「…………ここ、は」
すると、上北が薄目を開けて、身体を起こそうとする。
「目を覚ましたか!!上北!結衣菜はどうなったんだ!!」
「ちょっと落ち着いて琳佳君!」
上北に掴み掛かる俺を、一緒に来ていた詩穗に止められる。
「あ、わりぃ」
俺は上北から手を離し、落ち着くために深呼吸をする。
「上北、結衣菜はどうなったんだ?」
「…………ちょっと待ってくれ。まだ少し頭がぼーっとしててな」
上北も目を閉じ、深呼吸を始めた。
「………うむ。だいぶ頭が回ってきたな。俺と一ノ瀬は、職員室横の個室であの教師と普通に話し合っていた。いや、あの教師はグルだったか。出されたお茶に何か入れていたようだからな」
上北はいつもの調子を取り戻し、あの場でのことを説明してきた。
「待って上北君」
だが、詩穗はそれを手で制止ながら止めてきた。すると詩穗は指で隣のベッドを指した。
俺はそのグルだった教師が、そこで寝ていることを思い出した。上北もすぐに覚り、ベッドから立ち上がった。
そして、俺達は一や久遠先生がいる部室へ戻っていった。