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不器用な松

 街というコミュニティの中で生活する以上隣人とのトラブルは避けることのできない問題である。問題が起きる以上それを取り締まり処理する役目を負う警察という役割が存在する。

 警察官は日々ルールを守らない者たちを取り締まり悪から住民を守っている。しかし、彼らとて無敵ではない。守るべき者が人ならばそれを害する悪もまた人であり取り締まる側も人である。普段の行いに関わらず死は平等に訪れ善も悪も関係なく未練を残して彷徨うのである。

 


 中心街と町はずれの住宅街の丁度間に位置するところにひとつの交差点がある。そこは通勤時間になると車や人の往来が激しいところだがそれ以外の時間帯だと人通りの少ないよくある交差点だった。

 その交差点には毎朝決まった時間に警察官が立ち日々の往来を見守り道行く人に声をかけていた。

 彼らは正義感でそこに立っているわけではなく仕事として立っている。当然厄介事も舞い込んでくるだろうし天気が悪い日は立ち番などしたくはないだろうが業務に変更はない。

 出川 駿(でがわ はやお)もそんな警察官のひとりである。高校を卒業し警察官になった駿は無遅刻無欠勤でこれといった趣味もない仕事一筋な男であった。

 同期のやつらで残っているものは殆どが出世したか内勤勤めであったが彼は交番一筋の町のおまわりさんであり続けた。彼にとって警察官というのは大きな事件を解決する華々しいものではなく町に暮らす人々のためにあるものだという理想とするところがあってのものだった。

 彼を見る人の目も様々で出世し損ねたやつと笑うものもいれば警察官の鏡だと評価するものもいる。古くからの友人に言わせれば不器用な生き方しかできんやつなのだと酒を飲みながら言うことだろう。

 駿にしても変に目をつけられるよりも平穏無事に過ごせた方がいいので特にこだわっていなかった。


 そんな駿もあと数年もすれば勤続四十年という年、今日もいつも通り朝から仕事に勤しんでいた。二月の空気はとても冷たく定年が見えてきた体には厳しいものがあるが仕事はそんなことを酌んではくれない。

 天気予報によれば今晩にも雪が降りそうだということで街の様子もどこか慌ただしいものがある。街中が浮ついていようと彼の仕事に変わりはない。いつも通り交差点に立って道行く人々を見守るだけである。

 鼻先を赤くして歩いていくランドセルの列や慌ただしく進むスーツ姿は時代が変わろうと変わらぬ様子を見せている。駿のことを覚えている人はいないだろう。しかし、駿はこの光景を忘れることはなかった。


「出川さん立ち番お疲れ様です」

「留守の間何かあったか」

「落し物が届いたくらいですね」


 すっかり冷え切った駿が交番に戻ると同僚が温かいお茶を差し出してきた。こいつも随分と気が利くようになったじゃないかと思ったが本人に言うと調子にのるので心の内にしまっておいた。去年この交番に配属されてきたときは全然使えない新人だったが、一年鍛えた甲斐もあり多少は使えるやつと評価が上がっていた。

 お茶をすすりストーブに当たりながら今日の予定を確認するも特にかわったことはないので無線連絡がなければ今日一日ゆっくり出来そうであった。

 交番というところには色々な人が訪れる場所である。落し物をした人や道を聞く人、犯罪に巻き込まれた人が被害届を出しにきたり喧嘩をして頭に血が上ったやつら等様々だ。性別や年齢に関係なく困った人達が助けを求めてやってくる。中には悪事を働き現行犯で連れてこられるどうしようもない者もいるが少数だ。

 時には手に負えない事情でやってくるものもいるが助けを求められた以上答えてやらねばならない。連日の冷え込み故に数こそ少ないが今日も沢山の人が訪れたていた。

 そうこうしているうちに時刻は昼時となり、駿は作り置きのご飯とみそ汁に持ってきた魚の甘露煮で腹を満たしながら窓の外を窺っていた。テレビのニュースを覗いてみたがどの番組も午後から雪が降るの一点張りでどうにかもってくれという駿の願いに応えてくれそうにない。

 雪が降るとろくな事が起こらないのは毎年の事で予想がついていたため職業柄雪を好きにはなれなかった。それに、今更雪が降ったくらいで童心に帰るほど若くもない。

 それから午後からの時間も訪問者の相手をするくらいでゆっくりと過ぎていき、夕方の見回りに後輩を送り出すころにはぽつぽつと雪が降り始めていた。雪が降って喜んでいるのは子供くらいのもので行き交う人々は白い息を吐きながら足早に家へ向かっていた。

 駿はお茶を入れなおし残った書類仕事を片付けるとぼんやりと外を眺めながらひとり物思いにふけった。この年まで仕事一筋でやってきて家族もいないしこれといった趣味のある人生ではなかったため、家に帰るであろう親子連れをみると自分にも違う人生があったかもしれないと考えてしまう。

 だからといって今までの生き方に悔いがあるわけではない。ただ、歳を取ったせいか最近自分の生き方に自信が持てなくなってきたのだ。

 走馬灯のように昔の思い出に浸っていた駿だったがバタバタとうるさい音を立てて帰ってくきた後輩に現実へと引き戻され仕事中であることを思い出した。


「ただいま戻りました。外は本降りになってきましたよ、こりゃ積もりますね」


 後輩は頭に積もった雪を払いストーブの前に陣取ると、ぶつくさと文句を言っている割には雪が降ったことがうれしいのか声が弾んでいる。社会人になったとはいえまだまだ精神は子供のようだ。


 それから一晩経つと外は一面銀世界へと変貌していた。このあたりで積もるほど降るのは珍しいため除雪車なんて便利なものはなく道路には轍が出来ている。

 二人はというと朝から見える範囲だけでもと交番前の雪かきに追われていた。車道までは手が回らないので歩道だけでもとスコップで道を作っていく。


「出川さん、この調子じゃすぐに元通りですね」

「だな、程々にして戻るか」


 未だ降り続ける中二人が雪をどかした道には既にうっすらと雪が積もっていて一時間もすれば雪かきの後は残らないだろうことが容易に想像できた。

 交番に戻ってテレビをつけると全国的に記録的な大雪であると報道しており今日一日雪景色であることは間違いないようだ。

 二人して冷えた体をストーブで温めていると


「おはようございます、今日は寒いですね」

「おう、おはよう。やっと帰れるな」

「それが通勤時間は事故の増加が予想されるので昼まで待機だそうです」

「まったく安月給だってのに」


 交代の警察官がやってきたのでこの寒さから逃げられると思ったのもつかの間、残業の通達があったらしく当分帰れそうになかった。体が悲鳴を上げていようとやれと言われれば断れないのが勤め人の性であると言い聞かせ渋々見回りに出かけなければならない。

 いつもの交差点に行くと、歩道は踏み固められた雪で覆われており慣れない足元に悪戦苦闘している出勤風景が広がっていた。よく見ると既にお尻のあたりに濡れた後が見える人もいる。

 駿はいつもと違う光景に目を光らせながら寒空のもと立ち番をしていると小学生の列が横断歩道を渡っており手に雪を持ってはしゃいでいるのが見える。普段みない雪が降れば子供は大はしゃぎだ。

 微笑ましい光景を見ていると最後尾の子が転んで雪まみれになってしまった。雪道ではしゃぐから転ぶんだぞと内心思いつつ見ているとむこうから一台のトラックが突っ込んでくるのが見えた。信号を見上げると既に変わっておりブレーキを踏む様子はない。

 駿は考える前に走り出していた。警察官としてのカンがあれは轢かれると警鐘を鳴らしているのだ。

 トラックは交差点に差し掛かると転んでいる子供に気が付いてブレーキを踏むが雪道で止まるはずもなく騒音をまき散らしていた。

 そして止まった時には泣きじゃくる子供達と血まみれの警察官だけがそこにあった。



「それ以来ずっとここにいるんだ」


 駿は長い昔話を語り終えると昔を思い出し懐かしんでいるようだった。

 深夜の人気のない交差点、そこには死んでも猶警察官であろうとする男と人の姿をした何かである智憲(とものり)の姿だけが存在していた。

 夜の交差点には人間と呼べるものは居なかったが、間違いなくそこに二人の人がいて警察官として生き抜いたひとりの男の話をしていた。


「後悔はなかったんですか?」

「最初はドジった自分が馬鹿らしくなったよ。毎日真面目に働いて最後の最後でトラックに撥ねられて死んじまうんじゃ何のために生きてきたんかわからないじゃないか。でもな、あの時助けるために警察官やってきたんだと思ったら少しだけ楽になったよ。兄さんも誰かの為に何かしてやりたいって思えるようになったらこの感じがわかるさ」


 そういう駿は後悔とも達成感とも取れるような諦めのついた顔をしており自分なりに答えが出ているのが見て取れた。

 智憲は最後に何か願いはないのかと聞こうとしたが口には出さなかった。きっとこの人なら最後まで警察官でいたいというに違いないと思えたのだ。


 ひとしきり話を聞くと早速家に帰り絵に取り掛かることにした。家に着くころには既に夜は明けており眠気と疲労が襲っていたが気にせず描き上げる。

 今回の絵は『交差点に立つ警察官』を描くと帰り道で決めていたため手早くイメージを紙に描きおろしていきあっという間に下書きを描き終える。しかし、何かが気に入らない。何度か書き直すもあの交差点とは何処か違う印象を与えるのだ。

 翌日も同じ絵に挑戦するがやはり何か物足りない印象であった。なぜならその絵からは出川 駿という警察官の絵だということが感じられないのだ。警察官として生き警察官として死んだ男の姿、人生を警察官という職に捧げた男の姿、そういうものが伝わってこないためにこの絵には物足りなさがあった。

 他人から見たら絵の中の警察官がどういう人物であろうと関係ないだろう。しかし、これは風景がではなく人物画である以上どういう人物なのか思いを込めなければいけないと智憲なりの考えがあっての事なのでそこを曲げるわけには行けない。

 それから数日の後、悩んだ末に智憲は答えを出した。題は『交差点に立つ警察官』であり最初と同じであるがその絵には人はひとりも描かれていなかった。夜の寝静まった交差点に雪が積もっている風景とひとり分の足跡ただそれだけである。

 愚直に生き、死んでなお警察官であり続けた彼の姿を普通に描いたのでは伝わらない。姿はなくとも誰かがいる存在感、それこそが彼を表現するにふさわしい唯一の方法だと信じこの絵にいきついたのだ。

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