古木の柘榴
とある日の午前中
智憲は朝から本屋へと出かけた帰り道に近所の公園を通りがかった時の事だった。
ちょっとした芝生広場のわきにベンチに腰掛けるお婆さんを見つけた。正確にはお婆さんの幽霊を見つけた。
歳を取ればだれでも死んでしまうものなので高齢者の幽霊は割と多くお婆さんの幽霊は別段珍しいものではない。しかし、公園にいるとなると話は別である。大抵は死亡間際にいた自宅や病院等にいるもので公園にいるというのは年齢を問わず珍しいのだ。
恐らくは訳ありだろうと見当をつけた智憲は辺りを見渡し誰もいないことを確認するとお婆さんの隣へ腰かけ声をかけた。
「こんにちは。いい天気ですね」
「おやこんにちは。こんな日は外へ出るのがいいわよね」
「散歩ですか。何処か行きたいところでもあるんですか?」
「この間孫が生まれたんですよ。会いに行きたいけれど道がわからなくてね」
「住所は分かりますか?」
「隣町の病院の近くなんだけどね」
隣町の病院なら電車で二駅のところにある。ここからでも一時間ほどで行ける距離である。お婆さんの願いを叶えて帰ってきても十分な時間があるはずだとあたりをつけた智憲はお婆さんのお孫さんを探すことにした。
「お孫さんに会いに行きませんか、もし会えたらお礼にお婆さんの魂をください」
「あらまあ、お迎えに来た死神さんだったかね。それじゃお言葉に甘えておばあちゃんの最後の頼みを聞いてもらおうかしら」
「死神じゃないですけれどね」
智憲は否定しつつも他人から見たら死神や悪魔と大差ないなと苦笑しつつ駅へ向けて歩き出す。
程なくして智憲は自分の読みが外れていたことを知ることになる。智憲の移動速度ならば一時間程度で目的地の病院まで行けただろう。しかし、お婆さんの足は一般人の平均歩行速度よりも遅いということを失念していた。
……遅い、だが置いていくわけにもいかない。お婆さんの記憶だけが頼りなのだ。
半分も進んでいないがさすがにこのままでは不味いのでお婆さんを背負うことにした。
移動速度の問題は解決したが周りに見えない幽霊のお婆さんを背負っている姿というのはさすがに目立つ。まだお昼前の時間帯に人ごみを掻き分けこの姿で電車に乗るのは流石に避けたい。
電車が使えない以上歩くしかないが、路線というのは地図で見ると駅と駅の間隔は狭いように見えるが実際に歩いてみると結構な距離だったりする。軽いとはいえ人ひとりを背負って行くのだからさらに負担が増す。
覚悟を決めて歩き続けること四十分、ようやく隣町の病院近くまで来た智憲は普段から運動しておくんだったと後悔するが得たものもあった。
「おばあちゃん名前は?」
「私の名前は山口 春子。みんなはるちゃんって呼んでくれるのよ」
「お孫さんの名前は?」
「紀子っていうのよ。ランドセルが似合う可愛いこなんだから」
お孫さんは生まれたばかりだったはずじゃなかっただろうか。ランドセルというからには小学生なのではなかろうか。
智憲は嫌な予感がし色々と尋ねてみるとどうも話がかみ合わないことがいくつかある。そもそもお婆さんが子供を三十歳で生んだとし、その子供も同様に三十歳で生むとしたらお婆さんは六十歳前後ということになる。しかし、お婆さんの見た目は七十歳を超えている様に見えるのだ。
予想通り七十歳を超えているのならば孫どころかひ孫が生まれていてもおかしくないはずである。
家についても聞いてみたがどうもはっきりしない。はじめは昔ながらの瓦屋根の平屋建てだったはずだが、話の途中から何故か階段が登場し二階がある家になっていた。
間取りにしても畳敷きの部屋だったりフローリングの部屋だったりと二転三転しどうやら二軒の建物が混ざっているようだった。
おそらくはお婆さんの育った家と子供夫婦が住んでいる家とが混同しているのだろう。
どうもこのお婆さん認知症らしいと智憲はそう結論づけた。幽霊になって患ったのかそもそもそういう状態で亡くなったのかは不明だ。
お婆さんの道案内だけが唯一の手掛かりだというのに正確な情報が得られない中、時たまお婆さんの記憶に残る道を辿って住宅街を進むしかなかった。
ここを右だと言われれば右へ左と言われれば左へ進む。合っているかどうかはわからないがとにかく進む。道なりに表札を見てはいるがこのあたりに山口という家は発見できない。
昼時はとっくに過ぎており時計を見ると午後三時をまわっていた。半日歩き続けた足は既に悲鳴を上げているがここまでした以上手ぶらで帰るわけにもいかない。
見つけた小さな公園でこの先どうするか考えているとお婆さんは隣に座ってうつらうつらと船を漕いでいるではないか。幽霊も居眠りをするのかと新たな発見をしつつも今度こそ正確な情報を得ようとお婆さんを起こし何度目かの質問を投げかける。既に質問のネタは尽き殆どかまかけだが何か新しい情報を得ようと必死だ。
「お婆さんそろそろうちに帰りますよ。庭の花を見に行きましょう」
「庭の花かい?そういえばそろそろ柘榴の木が花をつける頃だね」
柘榴の木は今までにない情報だ。庭に柘榴の木が植えてある家は珍しいので探せば見つかるかもしれない。
お婆さんの記憶力を考えればすでに柘榴の木はないかもしれないが僅かな希望をもって探すことにした。
今まで歩いた道沿いの家に柘榴の木はなかったはずだと新しい道を進む。
しかし、同じようなところを行ったり来たりしながら探すもそれらしい家は見当たらない。時間だけが過ぎていき次第に焦り始めてきた。
そんな時、智憲の目に一軒の新聞販売所が飛び込んできた。新聞配達で町中を行きかう彼らならば何か知っているかもしれない。
お婆さんに外で待っていてもらうと夕刊の配達前で忙しそうにしている店内へ声をかけた。
「すみません、道を教えてほしいのですが」
「どうした兄さん迷ったのか」
「このあたりで山口さんという庭に柘榴の木のある家をご存じないでしょうか」
「柘榴の木がある山口さん家か。誰か知ってるか」
皆心当たりを探すが山口という名に覚えはないらしい。
「柘榴の木なら田中さん家にありますけどね」
ひとりのアルバイト店員がそんなことを言い出した。
「田中さんですか。その家には少し前まで高齢のお婆さんが住んでいませんでしたか」
「確かに住んでいたな。一年ほど前に亡くなってしまったがな」
「家の場所を教えてもらえますか」
「だれか地図を取ってくれ」
店員に詳しい場所を聞くとお婆さんを連れて柘榴の木があるという田中家へ向かうことにした。
一年ほど前までお婆さんが住んでおり庭に柘榴の木がある家。田中という点を除けばお婆さんの記憶と合わせてかなり条件にあう家である。
しかし、表札が変わっているということは既に住んでいない可能性もあるのだが、そのことはお婆さんに黙っていた。時たま自分の事すらわからなくなるような状態ではあるが気を持たせておいて後で間違っていたと悲しませることもあるまい。
教えられたとおりに進んでいくとまだ新しい二階建ての大きな家が見えた。外壁や庭の様子から築数年といった感じの綺麗な家だ。庭先には柘榴の老木が一本植えてあり所々花を咲かせている。
お婆さんにこの家かと確認してみるも反応はいまいちで目的の家かどうかわからない様子である。せっかくそれらしい家を見つけたものの本人の記憶が当てにならないとなるとお手上げだ。
お婆さんを下ろし諦めるか悩んでいると家から一人の少女が出てきた。十七・八歳といったところだろうか今風の若い子が好きそうな恰好をした子である。
少女は智憲が家の前で立っているのを見つけると不審者かと警戒しつつ声をかけてきた。
「うちに何か用ですか」
「すみません。ここに山口 春子さんというお婆さんがいると聞いてきたのですが御在宅でしょうか」
「えっ。おばあちゃんなら一年前に亡くなりましたけど」
智憲のことをセールスマンか何かだと思っていた少女は突然死んだ祖母の名前を出され驚いた。しかし、おばあちゃんにこんな若い知り合いがいただろうかと思い直し一層疑いの眼差しを向けるのだったが、智憲のとっさに考えた昔世話になったという話を聞いて渋々納得する。
世話をしたのは智憲の方だが言ったところで信じてもらえないことは分かっているので伏せておいた。
話によると少女の名前は田中紀子でお婆さんの探していた孫娘に間違いなかった。姓が田中なのは父方の姓を名乗っているからだろう。歳は十六歳で既に高校に通っておりお婆さんの記憶とはだいぶ違っていた。やはりだいぶ記憶が混乱していたようだ。
この家も数年前に建て替えたらしくお婆さんの思い出が残っている家はもうないとのことだ。唯一残っているのが庭に植えられた柘榴の木であれは以前の家にあったものをお婆さんが引っ越してくる際に持ってきたそうだ。
智憲はこれ以上長話をしてもボロを出すだけだと話を切り上げ立ち去ることにした。先ほどからお婆さんが一言も発していないが涙ぐんでいるのは雰囲気で伝わってきている。きっと言いたいことが沢山あるだろうが、今の彼女がそれを伝えることはできない。智憲が伝えることもできるが見知らぬ人に言われても心までは届かないだろう。
智憲とお婆さんは行きに通った公園まで戻ってくると疲れた体をベンチに置きやり遂げた満足感に浸っていた。
「お兄ちゃんありがとうね。おかげで最後に孫の元気な姿が見れたよ」
お婆さんはしわだらけの顔を涙で濡らしながらお礼をするのだった。その姿は先ほどまでの年老いた姿でなくはじめに見た優しい顔のお婆さんという感じ。
そして、そのまま何度もありがとうと繰り返すと消えていった。
智憲はコンビ弁当を買って家に帰ると早速スケッチブックを開いた。モデルはもちろんお婆さんである。行きは時間がかかったが帰りは電車で十分とあっけない。
ベンチに座っている姿やこちらを見上げている姿、立ち姿などいくつか書いてみるがしっくりこない。モデルが悪いわけではなく何かが足りないのだ。
お婆さんはどんな時に笑っていただろうか。今日一日を振り返ってみると家族の話をした時ではなかっただろうか。智憲に思い当たるのはそのくらいだった。
『家族とは一緒に暮らす者たち』それくらいは智憲も知っている。しかし、彼は自分を育ててくれた父親しかしらない。その父親すら世界中放浪しておりたまにしか帰ってこない有様だ。母親や親戚にはあった事すらない。
そんな彼にとって家族のありがたみや温かさというものは未知のモノであるが故に、家族を思ってほほ笑むという姿を描き出すのは難しいことだ。
描き上げた頃にはすっかり夜も更けておりコンビニ弁当は冷え切ってしまっていた。
翌朝から本番に取り掛かかるも家族について答えが出ない心境での作業はなかなか進まない。
家族とは帰るべき場所、自分でいられるところ、好きな相手と作るもの、いろいろ浮かんだがどれも現実味がなかった。
そもそも人間の姿をしているが人間でない彼に人並みの家族が持てるのだろうか。
最近仲の良い彼女の顔が浮かんだが、自分の正体を明かし拒絶されたらと思うと打ち明けることはできないでいた。
自分でいられる場所というのはどうだろうか。人間として生活しているが人とは違う自分を肯定してくれる場所なんて在るのだろうか。少なくとも自分は知らない。
答えの出ないまま数日が経過し絵は完成まじかとなった。今のままでも老婆の絵としてそれなりに完成してはいるが何かが足りないという感じがする。言ってみれば目の入っていない龍の絵のようなものだ。
悩んだところでどうにかなるはずもないのでリフレッシュしにいつもの喫茶店へ行くことにした。丁度今日は由紀子との約束の日でもあるためすっぽかすわけにもいかない。
店の入り口をくぐると珈琲の香りが漂ってきて智憲のお腹を刺激する。窓ぎわの席に彼女がいることを確認すると店員にブレンド珈琲とトーストを頼み向かいの席にお邪魔する。
「おはよう」
「おはようございます」
いつもと同じ挨拶をし友達がどうしたこの間あれをしたなど他愛のない世間話に花を咲かせるちょっとした時間。智憲にとってそれは特別な時間であり自分が人であると思える貴重な時間だ。
しかし、それも時間が来れば終わってしまう。名残惜しいが学校へ行く彼女を送り出すとひとり余韻に浸る智憲だったが、家に残した絵のことを考えた時気が付いた。『ああ、自分は今幸せなのだ』と、あの絵に足りないのはこの感じなのだと。そこに至った瞬間頭の中でピースが上手くはまった気がした。
智憲は残った珈琲を飲み干すと絵を完成させるべく店を出ると、家に帰りすぐさま筆をとり作業に取り掛かる。先ほどの余韻を忘れないうちに形にし残しておかねばならない。
そうして出来上がったのはひとりの赤ん坊を抱いた老婆の絵であった。はじめは老婆だけを描く予定でいたがそれでは家族を思う人の姿は描けないと悟ったのである。
家族を思う笑顔は家族がいなければ成り立たない。それが智憲の出した答えである。
絵を見ながらひとりの茶飲み友達を思い出し、自分にもいつかこんな風に笑う時が来るのだろうかと少しの間思いにひたると筆を置くのだった。