4-小夜子
4話
小夜子
「約束、覚えてる?」
カウンターの向かいには驚きながらも、少しだけ口の橋を上げる柏田さんがいる。
「本当に近いうちに会いましたね」
「口にすると願いは叶うってなんかで読んだ」
冷静に返す俺とは裏腹に彼女は以前にもまして柔らかな笑顔を見せてくる。
「で、名前は?」
「あまり言いたくないんです」
「何で」
「古臭い名前だから」
「へーどんな?」
少しの間下唇をかるく噛んでから、はにかんで「小夜子」と答えた。
「いい名前じゃん」
「思ってもないくせに」
冗談めいたやりとりと彼女の愛らしくもミステリアスな微笑みについ笑みがこぼれる。
「思ってるよ。素敵だよ」
うつむきながら小さく動いた唇からは「どうも」とこぼれた声が届いた。
このままいけばその小さな頭に触れることくらい出来るんじゃないかとふしだらな考えが浮かびてが伸びそうになるのを必死て堪えた。
「映画は借りないんですね」
からかうような口調に急に目が覚めたような感覚に陥り、視線を落とすとそこには俺の日常が如実に現れていた。
「あー…まあね」
「男の人にとっては映画みたいなもの?」
さっきまで癒されていた微笑みが少し痛い。
自分の情けない姿が今まさに彼女の手の中にあると思うと急に恥ずかしくなって来た。
「そうなんじゃないかな」
「何で曖昧な返事なの」
吹き出すような問いかけに俺は素直にジョークで返す余裕はなく、つい真似たつもりがきつい口調で口走る。
「別に見たくて借りてんじゃないんだけどね。こんなの」
自分でもひやっとした。
彼女の顔が一瞬だけこわばったように見え、一秒の沈黙がやけに怖かった。
「2160円です」
明るい彼女の声が俺の傷をえぐる。
違うと一言言いたかった。
きっと俺が言いたかったのは君が思ってるような考えではないと。
しかし、時は無情にも俺に立て直す時間をくれなかった。
やけに早いレジ捌きで会計を済まし、作った笑顔で俺に商品を渡す彼女を見ると、体は反射的に逃げるように店を出ていた。
いつもの景色を眺めながら、深いため息を一つ。
こんな流れになるとは。
その日はなかなか寝付けずに珍しく昔からの友人に連絡をとった。
案外早くに返事は届き、夜に落ちあい食事をした。
行き当たりばったりで店を探し、カウンターが空いていた焼き鳥屋の暖簾をくぐった。
「どうしたんだよ急に。元気だったか?」
彼は高校の同級生で今は就活に失敗してフリーターをしている男。
いろんな話や経験を共にしてきたが、あって話すのはなんだかんだ二年ぶりだ。
「ああ。まあぼちぼちだ」
「変わってねーな。そういうとこ。相変わらず陰気臭いUKロックなんか聴いてんのか?」
「毎日聴いてるよ」
やっぱりなと眩しい笑顔を向けてくるこいつは同じ職無し男には見えないほどハツラツとしている。
「就活失敗したやつの笑顔じゃねえな」
「なんで知ってんだ」
「今はどこからでも情報が流れてくんだよ」
「え、こえー。それシャレにならねえな」
といいつつ顔はまるで宝くじが当たったかのよう。
しばらくしょうもない会話をして、酒を進めた。