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警官の制服を着た伊澤が尋ねたとあれば、流石の雨川も話くらいは多少聞いてやろうという気にはなってくれたようだ。聞いてみたいのは、どうやらあの首飾りはこの前死体で見つかった佐藤洋一の所有物だったかもしれないということ。あれをどこで拾ったのか、もしくは本人から譲り受けたものだったのか、という内容だった。
「なにっ、佐藤が?それは本当かよ。」
雨川は佐藤洋一とは面識はあったらしい。だがこの前の事件騒ぎの被害者が佐藤であったことは知らなかったようだ。
「殺人事件があったってえ話は聞いていたが…そうか、佐藤だったのか。」
「佐藤さんと面識はあったんですね?」
「まあな。でもあの首飾りは佐藤にもらったもんじゃねえよ。…佐藤のもんだったかもしれないってのは勘違いじゃないのか?」
「でもペアになるっぽいんで、元旦那さんである佐藤さんの可能性は高いと思うんすよ。」
「………。」
橘川の言葉に雨川は少しだけ無言になった。伊澤は雨川の表情を見て何らかの違和感を覚えた。雨川の無言の表情に何らかの含みがあるような気がしたのだ。しかし、それが何であるかは分からない。伊澤は「雨川さん―?」と声をかけた。
「ん、ああ。」
雨川は反応して、少し驚いたような声を発した。
「とりあえずですね、貰った物とかじゃないなら拾った物なんでしょ?どこで拾ったかとか思い出せないもんですかね?」
「いちいち覚えてるわけねえだろう。帰ってくれ。」
あ、怒りだした―。伊澤も橘川も雨川の性格は把握しつつある。これ以上の詮索は無理だと判断した。
◆
「やっぱり篠池刑事に任せないか。」
伊澤は橘川に提案する。
「まだ事件と直接関係があるとも限らないわけですし、まともに取り合ってもらえないでしょう。」
「でも黙っておくというのはどうなんだ。あんまりいい気がしない。」
「伊澤さん。あんただって警察でしょう?手柄とか取りたくないですか?」
「…俺はただの交番勤務だ。管轄が違う。」
「じゃあ事件解決には全く興味が無いと?ドラマとか映画みたいにパパっと犯人逮捕!とかやりたくはないっすか?」
―正直、その願望はあった。もしここで手柄を取ることがあれば、刑事課への移動なんかもありえるのかもしれない。警察になったからには、刑事という役職に多少なりとも興味はある。だが、しかし―。
「あと、少しだけな。」
「そうこなくっちゃ。」
◆
それから、およそ五分ほど経った頃だった。橘川の携帯に電話がかかってきた。電話の相手は所長の上沼だ。
「おい、橘橋。」
「橘川です。何ですか?」
「お前今どこにいる?自宅か?」
「ちょっと出かけてます。すぐには戻れませんけど何かありました?今日は俺休みですよね?」
「この前の例の事件に首突っ込んでいやしないかと思ってな。」
ありゃりゃ、バレてる。と橘川は心の中で呟いた。
「やだなあ、そんなことは。」
「まあ、休みの日に何しようが勝手だがな。言っとくがドラマみてえに偶然巻き込まれた探偵が事件解決、なんて上手い具合にはいかねえぞ。」
「そ、そうっすよねえ。でも断定はできないんじゃないっすか。」
「いいや、断定するね。ややこしくかき乱すだけだ。」
「…そうっすか。」
「ま、悔しかったらやるだけやってみな。」
きひひ、と上沼の笑い声が聞こえた。この男、橘川を止めるつもりはないらしい。むしろ煽って楽しんでいる。
「…嫌な上司っすね。」
「まあ、そんな気を悪くすんな。代わりにいい情報を与えてやっからよ。」
「え?いい情報?」
「実はお前がいない間に事務所に篠池って女刑事が訪ねてきてな。」
「篠池さんがっすか?」
「無愛想だけどいい女だなありゃ。んで、頼まれたんで、ちょっと調べてやったのよ。」
「え?え?なんで刑事がわざわざうちなんかに?」
「なんかとは失礼だな。お前知らなかったか?俺は警察にもちょっとだけコネがあんのよ。あの女刑事の上司に俺の知り合いがいてな。お前からもらった名刺を見せたら『面白い奴と出会ったな。捜査の参考としてその探偵事務所訪ねてみな。』ってみたいなことを言われたらしい。」
「初耳っすよそんなん。ドラマみたいに上手く行かないとか言っといて、自分はドラマに出てくる探偵みたいなことしてるじゃないっすか。」
「まあ、お前とは年季が違うからな。」
年季とか言う問題では無いと思うが―。橘川はそう突っ込みたいのを我慢して話を続けた。
「それで、いい情報ってのは何ですか?」