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首飾り

瀬滝一巡査長は後輩の伊澤純也巡査に話を聞いて、「そりゃ大変だったなあ」と他人ごとのように言っていた。


「で、その探偵くんが依頼を受けていた探し人が、犯人かもしれないってわけですか。」

瀬滝は篠池に渡された書類に印刷された児玉友美の見ながら「これがこの前、お前が話してたやつかぁ。」と伊澤を見ながら言った。

「もし目撃情報とか会ったら、私に連絡してね。」

「…でも、あれから三日たってますよ。もう遠くに、逃亡しちゃってるんじゃないですかね。」

伊澤の問いに篠池は「かもしれないけどね。」と溜息をついた。


事件から三日間、佐藤洋一を殺したのは児玉友美と見て行方を追っていた。事件発覚初日に、上沼探偵事務所が依頼を受けていた案件を知ることができ、依頼者の栗林公江から得られた情報は大きく、早期解決の兆しにも思えたが、それから三日間は特に操作状況が進行する気配はなかった。今日は篠池が直接伊澤のいる交番へ趣き、話を聞きに来ていたのだった。

「犯人だとすれば逃亡している可能性は高いけど、どこに逃亡したか全く予測できないのよ。せいぜい彼女の地元を探すくらい。でも地元にはここ二〇年間以上、帰ってきた気配はないみたい。実家とはほぼ疎遠状態みたいだし…なんでもいいから手がかりが欲しいものだわ。」

篠池はため息を付いて、伊澤をジッと睨んだ。伊澤はそれに気づいて冷や汗をかきながら苦笑した。

「それと、他にも聞きたいことが…あっちょっと失礼。」


篠池の携帯が鳴り、セリフは途中で遮られた。篠池は小声で「奥、借りるわね。」と瀬滝に告げ、交番の奥へ向かっていった。

瀬滝は、ここでの会話は篠池に聞こえないだろうと確認して「随分と感じの悪い女だな。あ」とつぶやいた。

「美人なのにもったいねえ。」

「…そうっすね。」

苦笑の表情を続けていた伊澤は「あっ、パトロール行ってきます。」と思い出したかのように告げて交番から逃げるようにパトロールへ出かけた。



空は晴れ晴れとしていて、静かで心地よい風が注いでいる。先日の事件のことなど、すっかり忘れさせてくれそうだ。なんて気持ちになりながらも、忘れさせてくれるようなものではないらしい。パトロールをしながらも、伊澤の足は無意識に事件現場の方角へ向かっていた。それに気づいたのはあのゴミ屋敷―雨川宅が視界に入ってきたからだ。そういえばあの日はこの家を訪問した所から始まったのだ。


何度見ても凄い光景だな―。

伊澤はぼんやりとそんな事を考えていた。先日と同じように、薄汚れた無彩色の家電器具。木製や鉄製の家具は雨で変色している。もう何年使われていないのか分からない大小様々な道具たち。その家具の一部には例の首飾りが引っ掛けてあった。しかしここ数日の間に新たに加わった「モノ」も存在するようだ。伊澤の記憶が確かならば、薄汚れた電子ケトル、あれは確か無かったはずだ。画面が割れたタブレット、油で汚れたフライパンも増えている。他にも猫のぬいぐるみ、腕の亡くなった怪獣フィギュア、手足が動くマネキン―。

「―え?」

動くマネキンは例の首飾りに手を伸ばしている。高い位置に引っ掛けてあるため、古い椅子に乗って手を伸ばすが、もう少しで届かないようだ。そうやって四苦八苦していたが。

「何やってんだおめえ!」

そこで怒鳴ったのはゴミ屋敷の主人、雨川だ。雨川はマネキンの存在に気づき、庭に出てきていたのだった。

「またおめえか!不法親友で訴えるぞ!」

「ひいっ、すみません。でもあの首飾りを見せて欲しいだけなんですよ。ちょっと見せてくださいよ。」

「何度も言ってんだろうが、うちの私物にさわんな!」

「私物って…全部拾ってきたもんでしょうに。」

「拾った時点で俺のだろうが。さっさと出て行かないと警察呼ぶぞ。」


マネキンは渋々雨川宅から出てきた。いや、こいつはマネキンではない。この胡散臭い風貌は。

「何やってんだ。探偵。」

「え、うわっ!あのジジイ本当に警察呼びやがった!つーかおまわりさん仕事はやっ!?」

「知らなかったのか。瞬間移動は警察の必須スキルだ。」

「…って、あれっ?伊澤さん?」

探偵、橘川巧は見覚えのある顔に気づいた。それが伊澤であると確認するのに時間はかからなかった。

「とりあえず不法侵入で逮捕な。」

「勘弁して下さいよ。まだ被害届け出てないじゃないっすか。セーフっすよ。セーフ。」

「なんかもう面倒臭いし、現行犯逮捕ってことでいいだろ。」

そう言いながら伊澤は手錠を取り出す。橘川は「いや、マジ勘弁してくださいって」と言いながら許しを請いた。


栗林君江からの依頼はとりあえず終わったものの、橘川にはどうしても気になることがあったらしい。それはゴミ屋敷に引っかかっていた、あの首飾りのことだった。

「なんであんなとこにひっかかってるんだと思います?」

「そりゃあ。どっかで拾ってきたんじゃないのか?児玉友美さんがどっかで落としたのを。」

「果たしてそうでしょうか?大切な友人の形見をそう簡単に落とすでしょうかね?」

「何が言いたい?」

「雨川さんが本当に首飾りを拾ったとしても、それは決して偶然ではないと思うんです。」

「雨川さんも事件に関係してるとでも?」

「まだわかりません。それを調べてるんですよ。」

そんなまさか―。とは思ったが、例えば雨川がどこで拾ったのかだけでも分かれば児玉友美の行方の手がかりになるのかもしれない。ならば調べる価値は十分にあるのだろう。恥ずかしながら伊澤は今の今まで首飾りの謎をすっかり忘れていた。覚えていれば篠池に教えていただろうに―。

「確かにそうだが、それは警察の仕事だろう。篠池刑事に伝えておくから、お前は余計なことせずに帰れ。」

「篠池さんには教えましたよ。でも、事件には関係ないと判断したみたいっすね。」

「―え、そうなのか?」

伊澤は橘川の予想外の返答に戸惑った。

「どこで拾ったのかは忘れたって雨川さんは言い張ってたんですけどね。そもそもあれ友美さんの首飾りとは別物なんですよ。」

「…そうなの?」

「見て下さいよこれ。」

橘川はそう言いながら例の写真を取り出した。

「この写真とよく見比べたら、よく似てるんですけどね、左右逆なんですよ。」


伊澤は言われた通りに見比べてみた。遠くてよく見えなかったのだけど、今回は橘川が双眼鏡を持参していた。双眼鏡で見えた首飾りと写真とを見比べてみると―確かに左右逆だった。

「本当だ。」

「篠池さん凄いっすよね。よく気づいたなあ。」

「写真が左右反転してる―わけではなさそうだな。」

写真の首飾りと引っかかっている首飾りとでは、基本的には左右逆であった。基本的に、と付け加えたのは正確な左右逆ではなく、微妙に細部が異なっていたからだ。よく見れば確かに写真とは別物であるとわかった。

「篠池さんはよく似た別物と判断したみたいっすね。」

「だから事件とは無関係と―。いやまて、だったらお前は何を調べてるんだ。」

橘川が調査している理由を聞いていたのに、聞けば聞くほど調査する理由になっていない。話が破綻してしまった。


「今の話じゃ事件とは関係ないどころか、お前が受けた以来とも無関係じゃないか。お前は一体何が気になってるんだよ。」

「だから、雨川さんがあの首飾りをどこで手に入れたのかってことですよ。」

「だからそれを調べてどうするんだよ。無関係なんだろう。」

伊澤は聞けば聞くほど混乱しそうになった。こいつは何を考えているんだ。

「よく思い出してくださいよ。この写真の首飾りは特注だって話じゃないですか。」

「え?ああ、そういやそういう話もしてたかな。」

「特注なのに…なんでそれとよく似た首飾りがあるんです?おかしいと思いませんか。」

橘川はそう言い切った。

「ん、まあ確かにそうだけど…。」

「僕が思うにですね…こいつらは対になってるんですよ。」

「つい?」

「対です。対。多分この写真の物と、あそこに引っかかってる物は2つ合わせて本来の形になるんじゃないかと。」

「…?あっ、ペアってことか!」

「そうっす!ほら、ここの何だか欠けたような形になってる部分、あっちにかかってる奴にも同じような形になってる部分があったんですよ。ここをお互い合わせてみるとピッタリ合わさるんじゃないっすかね。」

首飾りは左右非対称だが、その部分がパズルを組み合わせるようにぴったり当てはまるとするならば、完成したものは左右対称の形になるのだろう。

「ということは…あれって。」

「こっちの写真の物は、本来栗林君江さんのお母さんの物です。それと対になっているアレは、おそらくお父さんのものかと。」

「お父さんって…それって、つまり―。」


栗林君江の父親―それはつまり、先日殺された佐藤洋一だ。

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