電話
あの日、最後に友美から公江へ向けた電話の内容。それは公江の父親を見つけた、という報告だった。
公江の父親は亡くなったと聞かされていた。しかし本当は失踪していたのだ。公江の母と友美はそれをずっと隠していた。
父親の名前は佐藤洋一。公江の母の名は雪江と言った。雪江と佐藤洋一は籍を入れていない同棲してる愛人の関係―所謂、内縁関係といったところか。同棲していたのは一年ほどの期間だった。
佐藤が家を出て行ったきっかけは雪江の妊娠だった。雪江には佐藤と同棲する前に付き合っていた男がいたという。佐藤は前の男との子供じゃないのかと疑っていた。
佐藤が家を出て行く際に、もう一度話し合おうと言いよった雪江だったが、佐藤は雪江を強く跳ね除けて消えてしまったという。妊婦の身であったのだが、佐藤には自覚がなかったのか、どうでもいいと考えていたのだろうか。玄関口で倒れている雪江を見つけた友美は、直ぐに救急車を呼んだ。
幸い、お腹の子に直接的な影響は無かったようで数カ月後に公江は産まれた。しかし、雪江の体力はひどく消耗していた。公江の出産時にも体力的には結構な無理をしていたらしく、出産後の雪江はそれまでとは違い、病弱な身体であり、友美に支えられて生きていたようなものだった。
そして公江が十歳を迎えた年、雪江はこの世を去った。直接的な死因は病気だったが、医者によると、その病気にかかる前から体力が落ちていて免疫力の減少が進行しており、いつ病気にかかってもおかしくないような状態だったという。
それが佐藤の出て行った日に、佐藤に跳ね除けられ、倒れてしまうほどの衝撃を与えられてしまったせいなのかどうかは定かではない。しかし、友美は雪江がそうなってしまったのは全て佐藤のせいだと確信を持っていた。雪江は、佐藤に殺されたのだ。
雪江の死をキッカケにして友美は密かに佐藤を探していたらしい。どう探していたのかは公江には分からない。公江と同じように探偵にでも依頼していたのだろうか―。とにかく、友美は佐藤を見つけたらしい。佐藤を見つけ、雪江の敵を討つ決心をしたらしい友美は、全てを公江に電話で告げた。最後に「あの男、殺してやる―。」と最後に告げて。
そして友美は姿を消した。
栗林公江が上沼探偵所を訪れる一ヶ月前の出来事である。
◆
全てを話し終えた公江は橘川に向けて「黙っててすみません。」と詫びを入れた。
「警察に行ったけど、まともに対応してくれなかったっていうのは嘘だったんです。友美さんが過ちを犯してしまう前に、止めたかったんです。警察に相談しようかとも思いましたけど、大事にしたくなかったので―。」
「それで、うちに依頼しに来たわけですね。」
「はい、間に合いませんでしたが…。」
公江は瞳が潤い始めていた。涙を目に溜めているようだった。
「…話はわかったわ。でも、近所の人は児玉友美さんは愛人だって思ってたようだけど…。」
「愛人として近づいて、殺す機会を伺っていたってことっすかね。」
「…そんな。友美さんが。」
公江は目に溜めていた涙をついにこぼしてしまった。それに気づいた橘川は焦ってフォローに入った。
「あ、いや、まだ友美さんが犯人って決まったわけじゃないっすかね。人間って殺したいって思ってても、中々殺せるもんじゃないし…。」
「…え、でも。」
「まあ、そこ胡散臭い探偵の言う通りね。でも他に手がかりもないし、とりあえずは児玉友美さんを探す方向で捜査してみるわ。」
「…刑事さん、友美さんをおねがいします。」
公江は涙を拭い、篠池にお辞儀をした。篠池は公江を見て、何を思ったのか軽く笑って公江の頭をなでた。
「まだ確証はないんだから、あなたくらいは彼女を信じてあげなさい。あなたの母親代わりとして育ててくれた人なんでしょう?」
「…刑事さん。」
「それに、もし本当に児玉さんが犯人だったとしたら、きっと自分を追い詰めるほどに、自分が犯した行為に悩んでいるに違いないわ。そんな彼女を支えてあげられるのはあなたしかいないのよ。だから彼女のためにも、元気を出しなさい。」
「はい…そうですね。ありがとうございます。」
公江は涙をこぼしながらも笑顔を取り戻した。
そのやりとりを見ながら橘川は「俺のさっきのフォローって無意味だったかなあ。」と呟いていた。