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喫茶店にて

本署から駆けつけた刑事、篠池恵警部補はため息を付いた。


 被害者の名は佐藤洋一、年齢は45歳、仕事はまともに続くことが少ないらしいが、二週間前まで工事現場で働いていたという。現在は無職だ。

 第一発見者の鈴木優子は被害者の自宅。関野アパートの管理人だった。佐藤は家賃を滞納していたということで鈴木は度々佐藤の自宅である202号室を訪ねていたという。今日もいつもと同じようにインターホンを押すが、いつもと同じように佐藤は出なかった。いつもなら諦めるのだが、居留守を使われてるんじゃないかと疑っていた鈴木はドアノブを回してみた。すると、ドアノブはくるっと回りドアが開いた。

「そん時はやっぱ居留守か、と思ったけどね。単に鍵の掛け忘れかもしれないからね、部屋には入らずに玄関で、こんなふうにね。」

鈴木は一旦スゥっと息を吸い込み「鍵開いてるよー!居留守使ってんだろー!」と叫んだ。現場で捜査中の鑑識はビクッとして鈴木の方を振り返った。鈴木はそんなことも気にせずに話を続ける。

「―って言ってみたんだよ。でも返事がない。こりゃ本当に鍵かけ忘れかねえ。不用心だね。帰ってきたら注意しないとね。そのついでに家賃もらわないとね。なんて思いながら、こう顔を下に向けたらね、それまでは気づかなかったんだけどね―。」

目線を下にやった鈴木は、そこで初めて玄関口の床に、ビッシリと赤黒い血が付いていることに気がついたという。その血の跡は1.5メートルほど先の冷蔵庫まで続いていた。鈴木は冷や汗を流しながら恐る恐る冷蔵庫のドアを開いた。冷蔵校は扉が開かれたことに反応して冷却機能を一旦停止する。それに合わせて内蔵されたライトが冷蔵庫の中身を明るく照らす。

202号室は日当たりが悪く、まだ昼間にもかかわらず薄暗い部屋だった。そんな暗い部屋の中で、扉が開かれた冷蔵庫だけが黄色い明かりを灯していた。鈴木の瞳に黄色い光と共に映し出されたのは赤と青だった。その赤は血の色だ。本来は白いシャツだったのだろう。そのシャツの上からナイフが刺され、ナイフを中心に赤黒く染まっている。赤が血の色だと認識し、少し時間が経ってから青の色の正体を理解した。赤いシャツの持ち主、佐藤洋一の青白くなった顔の色だった。


「ここ最近で特に怪しい人は見ていないと?」

「うーん、どうだろうねえ。…あ、そういえば」

「お婆さん!この女性に心当たりないっすか!?」

「おわっ!な、なんだい!」

篠池の聞き込みに突然割り込んできたのは探偵の橘川だ。橘川は例の写真を鈴木に見せたが、その直後に篠池に襟元を引っ張られてしまう。

「伊澤くん…。こいつ部外者でしょ。追い出しなさいよ。」

「申し訳ない、ほら行くぞ。」

そう言って伊澤は橘川を連れて行こうとした。だが鈴木に引き止められた。

「その女…佐藤と時々一緒にいた女だよね。」

「そうなんですよ!私、探偵の橘川と申しますけど、人探しの依頼を受けておりまして、こちらの女性を探してたんですが、どうも今は佐藤洋一さんの愛人か何からしい。それで佐藤さんにお話を聞こうと伺ったんですが、まさかこんなことになっているとは…心中お察しいたします。」

「すいません、この女性は今どこにいるかとかわかりますかねえ。」

伊澤が口を出すが、直後に篠池の冷たい視線に気づき「あ、すいません」と謝った。

「まったく…まあ、その女性も何か関係あるかもしれないけど…捜査は順序良く進めないと混乱するだけでしょうが。鈴木さん、こいつのことは気にせずに話の続きを。」

「続き?」

「ほら、さっき私が怪しい人とか見てないか聞いたら「そういえば」って何か思い出したでしょう?」

「え、ああ、そうだ、そうだったね。」

「ほらもう、話がグダグダじゃない。伊澤くん、そいつ連れてあっちに―。」

「えっと、その女だよ。」

鈴木の発言は篠池の発言を止めた。

「私がさっき思い出したのもその女だよ。一緒にいるのをよく見かけたから怪しいと思ったんだ。行方不明なのかね?ますます怪しいね。」


篠池は伊澤と警察学校時代からの同期生だった。どうも昔から伊澤に対して当たりが強い。なにか嫌われるようなことはした覚えはないのだが。篠池は女ながらにどうもヤリ手らしく刑事課に配属され、若くして警部補にまで出世の身だった。未だ巡査の身である伊澤にとって、篠池の目線は尚更肩身が狭くなるものだった。

「ま、捜査のご協力ありがとうございます。」

篠池は最後までしかめっ面のまま、探偵の橘川に「その依頼主の女性にも連絡取れないかしら?」と聞いてきたので橘川は公江に確認の電話をしてみた。事件のことを聞いた公江は最初は驚いていたが、すぐに落ち着いていた様子だった。話したいことがあるということで、捜査の聞き込みも兼ねて近場の喫茶店で待ち合わせの約束をした。


喫茶店で席についた後も篠池はしかめっ面の表情を崩すことはなかった。

「なんか、怖い人ですね。美人なのに。」

「俺、嫌われてるっぽいから。」

「そうなんですか。なんでまたそんな。」

「聞こえてるわよ。」

「すいません。」

二人の小言は篠池に聞こえており、その冷たい目線で睨まれていた。

近場の喫茶店まで案内した伊澤は、役目は終わったとばかりに「それじゃ交番に戻りますね。」と言って帰ってしまった。

半ば橘川を押し付けられたような状況になってしまい、篠池はますます苛立っていた。二人は殆ど話すこともないまま公江を待っていた。5分ほどして栗林公江は喫茶店にやって来た。

「遅くなってすみません。」

「いえいえ、いま来たとこっすよ。ほらこの席どうぞ。」

橘川は公江に椅子を引いてあげた。公江は「あ、どうも」と席に座った。

「あの…事件のことは電話で聞きましたけど。」

「ええ、あなたの探してる児玉さんがもしかしたら関係しているかもしれないの。なんでもいいから彼女について教えてくれないかしら。」

「えっと、一ついいでしょうか。」

「何かしら。」

「…その男性はいつ亡くなられたのか、もう分かっているんでしょうか。」

「見つかったのは今日だけど、亡くなったのは昨日より以前だと思うわ。…冷蔵庫に入れられていたから死亡時刻の特定は難しいでしょうね。」

「じゃあ、ずっと前に亡くなってた可能性もあるってことですか。」

「そうね。それが何か?」

「なにか気になることでもあるんですか?」

疑問に思いつい口を挟んだ橘川は公江と目があった。いや公江は篠池から目をそらし、悲しみの表情を浮かべて橘川に目線を向けたのだ。公江は一旦まぶたを閉じ、何かを思いつめるようにして、再び篠池に目線を向けて話を続けた。


「そっか、じゃあ探偵さんに依頼してたけど、すでに遅かったかもしれないんですね。」

「え?」

「どういうこと?」

「…その男性を殺したのは、私が探していた児玉友美さんだと思います。」

そのまさかの発言に橘川も篠池も目を丸くした。二人の驚きの表情を確認した公江は橘川に顔を向けて「黙っていてすみません。」と続けた。

「友美さんの行方が分からなくなる前日、実は友美さんと電話で話していたんです。」

公江は探偵に依頼した時に、隠していた情報を吐き出した。


「友美さんは居なくなる前に私にいました…「あの男を殺してやる。」と―。」


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