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依頼人

その女性は栗林公江と名乗っていた。


「どうぞ、こちらに座ってください。たちばな、お茶を頼む。」

「俺の名前は"きっかわ"ですって。川の字を消さないでください。」

上沼俊作はよく人の名前を間違える男だ。この男が設立した上沼探偵事務所は最寄りの駅もバス停も若干遠く、少々不便な立地にあった。客数もそこまで多くはないが上沼自身がこの町でそれなりの人脈を持っているらしく、そのお陰でやっていけているような物だ。そもそも上沼自身が己の人脈について話す時は毎回人名を間違えるので、橘川自身には上沼の人脈が凄いのか大したことないのかよく把握できていないのだが。

「で、今回は人探しというわけですか。…手がかりはこれだけ?」

上沼は橘川の台詞を無視して話を続けた。テーブルの上には写真が置いてある。写真には女性が2人写っていた。左には公江が写っていた。

「右に写っているのが、母の友人で私の面倒を見てくれていた友美さんです。」

「変わった首飾りですね。結構大きいな。」

「それは私の母が友美さんにプレゼントしたものらしいです。特注で作った物らしくて、母の形見でもあるので。成人したら私にくれるって約束していたんです。」

上沼は友美がつけている大きめの首飾りに注目した。左右非対称の特徴的な形をしていた。


依頼者の栗林公江は今年で成人を迎えるという19歳の若い女性だった。この町の人間ではない。県外から来たのだという。今回探して欲しいのは彼女の母代わりの人物、ということだった。

公江の母は10年前に他界した。母はキャバクラで生計を立てていたのだが、その母が昔同じ店で働いていた友人、それが児玉友美だった。

母は実家から縁を切られており、公江も祖父母の話はほとんど聞いたことがないという。父も公江の物心付く前に死んでしまったらしく、母は一人で公江を育てていた。母が亡くなった際、身寄りのいない公江は友美に世話になることになった。それから公江が中学を卒業するまで面倒を見てくれたのだという。公江が就職し、一人暮らしを始めてからも時折連絡をしていたのだが―。

「なるほど、その友美さんの行方がわからなくなったというわけですか。」

「はい、1ヶ月くらい前から連絡が取れなくなりました。自宅に行ってみるともう引っ越してて、仕事も辞めてるし。」

「うーん…そういうのは警察の方が早いんじゃないですかね。」

ふと気になって橘川は突っ込んだ。

「いやぁ、事件性が薄いから難しいんじゃねえかな。どこに言ったのか全く見当はつかないのなら尚更―。警察には言ってみたんですか?」

「警察には……まともに取り扱ってくれませんでした。」

「…そうですか。」

まあ、そうなのか。橘川は隣に座っている上沼をチラッと見た。上沼の表情は少しだけ硬くなっていた。

「どうかしました?」

「……いや、なんでもねえ。」

気になった橘川は小声で尋ねてみたが、ハネられてしまった。

「引越し先の住所も分からないんですか。その、仕事先の人とか。」

「仕事先の人にも聞いてみたんですけど、理由は話さずに突然辞めたみたいなんです。引越し先の住所も誰も知りません。でも、多分なんですが…。」

「多分、と言いますと?」

「多分友美さんは、この街のどこかに住んでると思うんです。」

「この街に?そりゃまたどうして。」

「……。」

「どうかしましたか?」

無言になった公江に上沼が尋ねた。

「いえ、本当に多分なんですけど…。友美さんがよくこの街のことを話してたので。…昔住んでたとか。将来はまたこの街で生活したいとか言ってて…。」

「え、いや…それだけですか?」

「……そうですけど。どこか変ですか?」

「いや、だってあなたにも何も告げずに行方不明なんでしょう?昔住んでた場所で生活したいなんてだけの人がそんな消え方をしますか?」

「そう…ですよね。でも…」

「そうですよ。知人にも引越し先を教えないとか何かしらの事情があるはずですよ。なら…」

「よしかわ。」

「えっ、あっ…すみません。というか、俺の名前は吉川って書いてきっかわと読む方じゃなくて、橘に川で…」

「お嬢さん、話は分かりました。」

「えっ、今ので受けちゃうんですか?」

上沼は橘川の静止を無視して話を続けた。

「まずはこの街に友美さんが住んでいないか探していることにしましょう。」

「…は、はい!お願いします。」

「しかし、情報が少ないので見つからない可能性も高いですよ。とりあえず3日間ほどを目安に調べてみたいと思いますが…それで何も情報がない場合は諦めてもらうしかありませんが。…それでもいいですかな。」

公江は了承した。



「駄目…です。な…にもわか、らないっす…。」

「そっかぁ。こっちも調べてみたんだけどなあ。まあ、思っていた通りなんだがこの女は住民票とか移してないな。地道に調べていくしかあるまい。今日はそのまま帰っていいぞ。」

「りょーか…いぃ。」

橘川は電話を切った。もう夜中の3時だ。色んなキャバクラに入ってみては、酒を飲みキャバ嬢やスタッフに聞いてはみたが収穫はない。探偵の名刺を見せても警察ではないからそう簡単には対応してくれないらしく「もっと高いお酒頼んでくれないと教えなーい。」だの言い出す輩も多くて結果的に色んな酒をチャンポンするハメになった。それで何も収穫ないんだから困ったものだ。経費でタダ酒が飲めたと喜ぶ気にもなれなかった。そもそもこういうのって経費で落とせるのだろうか―?

「お客さんだいぶ飲んでますね。」

タクシーの運転手が話しかけてきた。

「そーなんですよ。」

「ずいぶん楽しんできたんですねえ。いいなあ。」

運転手はにこやかに話しながら「吐きそうだったら言ってくださいね」と付け加えた。

「楽しんできたんじゃないっすよぉ。仕事なんですよ、しーごーとー。」

「お酒飲むのがですか?」

「そうそう、あいつら酒頼まないと何も教えてくれないんですよー。よくわからないたっかい酒飲まされて、さあ教えろって言ってみたら皆揃って『しーらーなーいっ♪』ですよ。ひどくねえ?探偵なめてるわぁー。」

「探偵さんなんですか?何か調べ事を?」

「よっくぞ聞いてくれました!この写真の人探してるんだけど、あんた何か知らない?」

そういって橘川は運転手に写真を見せた。そして我に返ってヤバいと気づいた。いかん、酔っ払って意味なく探偵だって名乗ってしまった。

「ああ、しまった。探偵には守秘義務があったんだった。すんません、写真返してくださいっ!」

「あ、はい…分かりました。」

そう言って運転手は写真を橘川に返した。

「…ちなみに、心当たりとかありました?」

「いや…知らないですねぇ。」

「ですよね~。」

「同じような首飾りを見たことがあるくらいですかね。それくらいじゃたいした手がかりにはならないかな。珍しいものであれば別だけど。」

「ああ、なんか貰い物らしいですよ。変わった形してますよね。別に珍しいものとかでは…」

橘川は昼間の会話のやりとりを思い出した。この首飾りは確か特注の―。

「う、運転手さん!」

突然叫びだした橘川に運転手は目を丸くして口を開いた。

「この首飾り、どこで見たか教えてください!」



翌日、橘川は運転手に聞いていた雨川さんという人の家を探していた。運転手の自宅がこの辺にあるらしい。雨川宅はゴミ屋敷として有名だそうだ。最近、雨川宅の前を歩いた時に「相変わらず凄いなあ」と思いながら塀越しに庭をちら見した時に、ゴミの山の中であの首飾りを見たのだという。家具の出っ張った部分に引っ掛けてあったらしい。

上手く見つけることが出来ずにウロウロしていると、途中で近所の主婦に怪しまれていたらしい。上手く誤魔化したが大丈夫だろうか―。

「あっ、見つけた。あれか。」


塀越しにも分かる。庭に積まれたゴミの山。うっすらと苔が茂った家具から、まだ使えそうだが古い家電器具などの山。そんな粗大ゴミの隙間を無くすように小さなオモチャや壊れたノートパソコン等が埋まっている。テレビでしか見たことがなかったゴミ屋敷が今、橘川の目の前に存在していた。


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