ココロの掃除。
「おい!誰だこんなところに大量のティッシュを捨てたのは!?」
驚きと怒りで体が震える。
夜のごみ掃除のボランティアを初めて今年で3年になる。
べつに世界を綺麗にしたいとかそういうことじゃない。
ただ街を綺麗にしてると自分の心も綺麗になるような気がしたからだ。
若い頃、いろんな人に迷惑をかけた。
時には暴力を振るったこともある。
今思い返すとなんであんなことをしたんだとつくづく後悔する。
だから、加代子は家を出ていってしまったのだ。
「加代子…。ごめんな。俺…。お前のこと大切にできなくて…」
そんな時に出会ったのがボランティアでごみ掃除をしていた俺の師匠である哲二さんだった。
哲二さんは言った。
「高雄さん。街のゴミと一緒に心の後悔も全部まとめて掃除しようや!」と。
俺は哲二さんと出会えたことに心から感謝している。
大切なことは全て哲二さんから学んだといっても過言ではない。
哲二さんはこうも言った。
「高雄さん。平気でゴミを捨てる人間は悪い人間だよ」と。
だからこそ俺は今、猛烈に怒っている。
街の片隅にティッシュを大量に捨てたやつを。
ティッシュを手に取る。「カラオケ歌吉本日オープン!」と書いてある。
ここに行けば何か手掛かりがつかめるかもしれない。
哲二さんがいない今、ゴミを捨てたヤツに正義の鉄槌を下せるのは俺しかいない。
俺は捨ててあった大量のティッシュを拾い集めてゴミ袋に入れ、勢いよくカラオケ歌吉へと向かった。
「いらっしゃいませ!カラオケ歌吉へようこそ!」
受付のお姉さんの声が周囲に響く。
俺は事細かに歌吉のティッシュが大量に捨てられていた件を説明した。
「そういえば、ついさっきティッシュを大量に持ち込んだ人が来ましたよ。たしかお笑い芸人って言ってたような…」
「名前は!?」
聞く声にも不思議と力がこもる。
「名前は知りません。ただ、芸名はレジェンド・チンパンジーって言ってました」
「レジェンド・チンパンジー??なんなんだ。その人をバカにしたような名前は!!そんな名前だから平気でゴミを捨てるんだよ!!」
俺はつい怒鳴ってしまった。
それと同時にレジェンド・チンパンジーと名乗る男の顔を無性に見たくなった。
「そいつがどこに行ったか知りませんか?」
「さぁ…。ごめんなさい。わかりません」
受付のお姉さんはペコリと頭を下げた。
「わかりました。いろいろ教えていただきありがとうございました」
そう言うと俺は店を出ようとした時だった。
「あっ!そういえばその人、黄色いパーカーを着てましたよ。猿人って書いた黄色いパーカーです!」
「猿人…。そいつよっぽど猿が好きなんだな…。わかりました。いろいろありがとうございました」
俺は店を出た。
さて、どうしよう。確実な手掛かりがなくなった。
黄色いパーカーかぁ…。
残念なことにここは人通りの多い駅前だ。
この中から黄色いパーカーを着た男を探すなんて容易なことではない。
そう思ってたその時だ。
「カラオケ歌吉本日オープン」と書いてある看板を持った少女がこっちに向かってくる。
なんとその側には「猿人」のパーカーを着た男がいるではないか!
この二人の関係性はわからないがたぶん友達か何かなのだろう。
俺はここぞとばかりに二人に近づいた。
ティッシュを大量にポイ捨てしたことを注意しに!
「ちょっとそこのキミ、歌吉のティッシュ街角に捨てたでしょ!ポイ捨てはダメだよ。しっかり決められた手順に従って捨てないと。街が汚れちゃうよ!」
俺ははっきりとそう言った。
「えっ…。なんでそれを知ってるんです??」
男はキョトンとした顔でそう言った。
「キミが着てるそのパーカーが決め手だよ」
俺はデカデカとパーカーに印刷された猿吉の文字を指差しながらそう言った。
「すいませんでした!」
男は深々と頭を下げた。
「あれだけたくさんのティッシュをもって帰るのもめんどくさくて…。今度からゴミの処理や分別はきちんとします」
丁寧に謝った後、男は自分がいかに売れないお笑い芸人なのかを延々と話始めた。
男の顔をよく見ると、目から涙が落ちている。
聞いているとなんだか俺も悲しくなってきた。
「ほら、これで涙を拭きなさい」
俺は歌吉のティッシュを男に差し出した。
「キミ、お腹減ってるんだろ?牛丼食べに行くか?おごるよ」
「えっ…。いいんですか??」
「あぁ、腹一杯食って面白いネタを考えなさい。面白いことを言ってこそ真のお笑い芸人だろ?」
俺は微笑みながらそう言った。
「はい…。頑張ります。ご馳走になります!」
男はペコリと頭を下げた。
「隣のお嬢ちゃんも一緒に牛丼食べに行くかい?」
「えっ!私もいいんですか??」
看板を持ったまま二人の会話を聞いてた少女はビックリしながらそう言った。
「あぁ、いいとも。今日1日ティッシュ配り疲れたろ。お疲れさま」
「顔も名前も知りませんが本当に良い人なんですね!」
少女はニコニコしながらそう言った。
「フ…。本当に良い人なんかじゃない。若い頃、悪いことばかりしてたから今は良いことばかりしてるのさ。あと、俺はこの街が好きなんだよ」
星がキラキラ輝く空を見上げて俺はそう言った。
街を掃除してるとこういう不思議な出会いもある。
これだから、ゴミ拾いはやめられない。
そして、俺とレジェンド・チンパンジー(芸名)とティッシュ配りの少女は牛丼屋に向かって歩きだした。
心からおいしい牛丼を食べるために。
あと数時間もすれば日付が変わり、今日という日が終わる。
でも俺達の物語は終わらない。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ティッシュ配りの少女と売れないお笑い芸人についてはシリーズを参照してみてください。
またべつのストーリーがあります。