表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

商店街での出会い

 2年前、ここには中学生にして最強の不良と呼ばれていた男がいた。

 1人で喧嘩はするな、最低でも3人でしないと相手にすらされないとまで言われるほどの強さの男だ。

 しかし、ある時を境に彼の名前は急に姿を消した。

 姿が消えたと言えど、彼の作り上げた伝説だけは今も多くの者に語り継がれている。

 今の姿を知る者は少ないが……間違いなく彼は今もこの街に姿を変えて生き続けている。

 銀色に染められた髪と額にある大きな野生を感じさせる傷跡、そして基本的に1人で行動していたことから彼の二つ名は……“銀狼”と呼ばれていた。



 夕方の商店街というものは活気に溢れかえっている。

 商人達は今日最後の売上上昇にと張り過ぎて半分潰れている声を荒げ、家族の健康のためにバランスのとれた食事を出してあげようと頭を悩ませる主婦達はより安くより良い商品がないかと小動物のように視線をあちらこちらに飛ばしている。

 そんな中で学生服に身を包んでいる俺の存在というのはかなり稀有なものだと思う。だけど俺にとったらこれが日常であり、今日の終わりの近さを感じさせる大切なものだ。

「よぉ要ちゃん。どうだいこのサンマ、脂がノってて旨いぞ!?」

 俺が贔屓にしている魚屋のおっちゃんが通りかかった俺を呼び止める。

「おっちゃん、それ昨日も聞いたから。てか今日は買い物が目当てじゃなくて単に学校から帰ってる途中だから」

「あれ、そうだったか? 歳をとるとどうも記憶が曖昧に……」

 わざとらしく首を傾げおっちゃんに別れを告げて帰路へ戻る。今日もいつもと変わらない平和な帰り道にーー

「やめてください!」

「……ならないのか」

 普段の商店街ではまずあがらない女の子の何かを拒む声。普段起こらないことが起こるとその部分だけが嫌に目立ってしまう。周りのお客さんも商人達も声のした方向へと顔を向ける。

「いいじゃないか、ちょっと遊ぼうって言ってるだけじゃん」

「そうだよ。俺達こー見えても良い人なんだぜ?」

 良い人は自分のことを良い人とは言わない by俺。

「だからそれなら何度とも言ってるはずです。嫌だと」

「だからさぁ、そう強気にされると余計燃えちゃうのが人間ってやつじゃん?」

 どうやらチャラチャラしてる2人組が高校生くらいの女の子を強引にナンパしているようだ。にしても今時いるんだねぇそんなバカみたいなことするやつが。

「ほら行こうぜ」

 チャラ男の1人が女の子の手首を奪って歩き出す。振り解こうとするのだがすぐ後ろにもう1人の男がいるせいで女の子は強気な行動に出るに出れない様子だ。

「……はぁ」

 深く深く、肺の底から全ての空気を吐き出してしまうのではないかと思われるくらいの溜め息をこぼす。そして俺の足は迷うことなく女の子のもとへ歩みを進め始めた。

「ねぇねぇそこのお兄さん」

 後ろからの呼びかけに心底面倒臭そうな表情を貼り付けてチャラ男2人が振り向く。女の子は既に諦めているのか前を向いたままだ。

「遊びに行くのならさ、俺も連れてってくれない?」

「……あ? お前頭大丈夫か?」

「つーかお前誰だよ。俺達これからこの子と遊びに行くんだから邪魔すんじゃねぇよ」

 あからさまに嫌な顔をされたが俺は笑顔を作ったまま何も答えない。そんな俺の態度が気に食わなかったのかーーてか気に食わない顔をわざと作ってたんだけどーー後ろについて行っていたチャラ男が俺との距離を縮める。それだけかと思っていたのだが、俺の予想を反してチャラ男は俺の胸ぐらを掴んで持ち上げる。これには少しびっくりした。

「俺達優しいからさ、今ならごめんなさいで許してやるよ?」

 笑顔を作っているつもりなのか知らないけどその顔には嫌悪感しか感じない。と、口からこぼれそうになるのを強引に呑み込む。

「君はどうなの? こいつらと遊びたいの?」

 チャラ男の発言をガン無視して女の子に声を掛ける。目の前のチャラ男が何か発言しようとしたのだが睨み付けて黙らせる。

「お〜い、返事してくれないと困るんだけど〜?」

 2度目の呼び掛けでやっと女の子がこちらを向いた。

 可愛いと言うよりは綺麗の方がしっくりとくる大人びた顔立ち。1つ1つのパーツもその配置も何もかもが完璧だと断言出来、間違いなく美人さんだ。だけど残念なことに今はその顔が恐怖やら嫌悪感によって台無しになっている。

 ……どこかで見たような……気のせいか?

「その人達と遊びに行きたいの?」

 女の子の目を見ての3度目の声掛け。これで反応がなかったらもういっか、そんな風に考えていたのだがちゃんと反応が返ってきた。

 女の子が恐怖の色に染まった瞳で俺を見つめ返し、首を横に振る。それだけで十分だ。

「だってさ、この子お兄さん達と遊びに行きたくなーー」

 俺の言葉はそこで途切れる。口の中が鉄の味で埋め尽くされる。そして頬からは鈍い痛み、そこで俺は初めて自分が殴られたのだと自覚する。

「あんまちょーし乗ってると殴るぞ?」

 いやもう殴つてるじゃんと声に出したかったのたが上手く口が動いてくれない。

「おいおい弱い者イジメなんて止めとけよ」

「い〜や、俺はこいつみたいに正義の味方面してる奴が大ッ嫌いなんだ」

 再び襲う頬の痛み、同じところを殴られたせいでさっきよりも痛みが強い。

「止めて!」

 女の子の悲痛の声が響く。あれ、よく見たらあの子泣いてないか?

 女の子の頬を伝う一筋の涙。悲しさを表現するはずの涙なのに、俺は何故か綺麗だと思った。だけどそう思ったのは一瞬だけ、頭の中でフツフツと怒りが込み上げてくる。

「ははっ、だってよヒーローくん。お姫様があぁ言ってんぜ? ここは素直に諦ーー」

「誰が……」

 俺の声でチャラ男の表情が変わる。コイツだけじゃない、女の子を逃がさまいと手首を握ってる奴も俺の変化に驚いているようだ。

 まぁそれもそうだよな。俺ってどっちかと言えば優しい顔付きらしいし、自分じゃどんな感じなのか分かんねぇけど……

「誰が諦めるってぇ!?」

「おまっ、調子にのーー」

 そこからチャラ男の言葉は途絶え……いや、俺が途絶えさせたと言う方が正確だ。

 口の中一杯に溜まっていた血をチャラ男の目に吐き出し、相手が怯んだ隙に髪の毛を掴んで顔面に膝をめり込ませたのだ。無様に鼻血を出しながら倒れていくチャラ男を俺は多分侮蔑の目で見ていたのだろう。自分では自分の表情を伺えない。

「さて……と」

 制服のシワを延ばしながらもう1人のチャラ男を睨み付ける。目の前で起こったことが未だに理解出来ていないのかバカみたいな顔がより一層バカに見えて中々滑稽だ。

「俺ってば優しいからさ、今ならごめんなさいで許してやるよ?」

 チャラ男と同じ言葉をそっくりそのままお返しする。とは言っても全然許してやるつもりなんてない、相手に言わせるのなんて面白くない、こういう奴には自らの口で言わせるに限る。

 1歩、また1歩と近付く。その度にチャラ男と女の子は半歩ずつ下がっていくんだけどそんなの無意味に決まってる。すぐに距離は目と鼻の先になる。

「おい、もういいからその子離して消えろよ。じゃねぇと……」

「じゃねぇと何なんだよぉ!」

「ーーッ!?」

 さっきのとは違う痛み……肌がピリピリするなんてレベルじゃない、もっとこう……燃えるような、そう、これは……ははっ、懐かしいなぁこの感覚。そうだこれだよ……刃物で切られるってのはこの感覚なんだよ。

「きゃあぁぁぁ!!」

 耳をつんさぐような悲鳴が背中から聞こえてきた。女の子とは違う声だ。だけどどこか遠い……あぁ、これも懐かしいなぁ。

 周りの喧騒が嘘みたいに小さく聞こえる。耳を澄まさないと何言ってるかすら聞こえないほどだ。それと、何故だかは分かんねぇけど視界が広くなる。これも昔とおんなじ、ヤバイ……ちょっと戻りかけてる。

「おら! それ以上近付いたらまた傷増えんぞ!?」

 チャラ男の手にはおもちゃみたいな折りたたみナイフが握られている。だけどあれだ、持ってると言うよりかは持たせてもらっているに近い、どうせイキって持ってるんだろうけど、刃物ってのはそんな安々と持っていいもんじゃねえんだよ……

「お前に3つ忠告してやる」

「はぁ? 何言っーー」

「1つ……」

 決して大声を出しているのではないのに、それだけでチャラ男は言葉を発するのを止める。

「刃物もつならそれだけの覚悟決めろ。そうじゃなきゃお前が痛い目みんぞ」

「黙れ黙れ黙れ!」

「きゃっ!」

 チャラ男は女の子を投げ捨て、俺の腹目掛けてナイフを突こうとする。だけどダメだなぁ……足はバラバラで体重移動もなっちゃいねぇ。

「2つ……」

 俺は余裕でチャラ男の手首を掴み、背後にターンしながら腕を締め上げる。関節技ってのは力がなくても相手を制することが出来る。切られた利き手の右手を使わなくてもチャラ男を制することが出来る。

「いてぇ……」

「俺に血を見せたのが最大のミスだな」

 そのお陰かしんねぇけどちょっと昔を思い出しちまったじゃねぇかよ。

 痛みでチャラ男の表情が歪む。んな大して締め上げてないのに最近の調子乗ってる奴はホント根性がないというか何というか…

「そんで3つ目は……」

 わざと関節技を解いて自由を取り戻させる。怒りで頭に血が上ってるこいつの次の動きなんて手に取るように分かる。100%……

「うおぁ!」

 殴りにかかってくる。

「女の子は丁重に扱いやがれクソ野郎が!」

 パンチを最小限の動きで回避、左足を前に出して半回転。チャラ男の顔面が胸元くらいの高さにきた。相手は勢いそのまま、軽く握った左拳をフックのフォームで顔面にぶつける。完璧に入ったカウンターパンチ、しかも顎を狙ったから多分脳震盪起こしてる。

 チャラ男の身体が糸の切れた操り人形のように前へと何の抵抗もなく倒れる。まぁパンチは軽く打ったし、大事にはいたらないだろ。

「こらぁお前らぁ!!」

 今更感を拭いきれないほどの遅い登場をしてきたのは商店街の東口にある交番のお巡りさん。アニメのように警棒を手に持って走る様はカッコ悪かったり……なんとも微妙だ。

「ってなんだ要くんかぁ。何なに、また喧嘩しちゃったの?」

 騒動の原因が俺だと知るとお巡りさんは急にヤル気をなくしたのか警棒をしまって苦笑いを浮かべている。

「喧嘩なんかじゃないよ。向こうがバカだったからお仕置きしてあげただけ」

 お巡りさんが来たからか商店街の皆がぞろぞろと集まり出した。

「また派手にヤったもんだ」

「けどまぁ、俺達の時代に比べたら可愛いもんじゃねぇか?」

「確かに言えてらぁ」

 けたけたとおっちゃん達は笑ってはいるがこっちはそれどころではない、さっきまでは気になっていなかったが冷静になると手の痛みが酷くなっている。よくみたらぽたぽたと道に血の跡が残っている。出血は予想以上に多いみたいだ。

「あの、大丈夫……ですか?」

 声を掛けたてきたのは女の子、血を見たからか、はたまた喧嘩を目の前で繰り広げられたかは定かではないが顔は真っ青に染まっている。

「あぁ、こんなもん唾でも塗っとけば治ーー」

「るわけないでしょバカちんが!」

 俺の言葉を制したのは花屋のおばちゃん。思いっきり後頭部を殴られてとても痛い、少なくとも手の痛みがぶっ飛んでしまうレベルに痛い。

「あんたとお嬢さんは私の家に来る! 男どもは後片付け! お巡りさんはこのバカどもを連行なりなんなりする! さぁ、サッサと行動する!」

 鶴の一言ならぬおばちゃんの一声で一斉に皆が動き出す。誰も逆らうなんてことはしない、逆らったら最後何が待っているのか……想像もしたくない。

 怪我をしていない方の手で女の子を立ち上がらせると俺は後ろえりを捕まえられズルズルと引っ張られる。仮にも怪我人だというのになんと荒っぽい運び方だと、喉まで出かかっていた言葉を呑み込んだ。



「いててっ」

「我慢なさい男の子だろ」

「男の子だろうと痛いものは痛ーーいぎゃあぁ押し付けないでぇ!」

 苦痛の表情を浮かべる俺におばちゃんは容赦なく消毒液を湿らせたコットンを押し付ける。もう押し付けられて痛いし消毒液が染みて痛いし、頭の中で痛いがゲシュタルト崩壊始め出しそうな勢いで痛い。そんな俺を女の子は些かましになった顔色で見守っている。ただ、見ているだけで痛みが伝わってくるからか顔はこっちを向いているのに焦点をわざとズラしているように見える。

「はいお終い!」

「はぅうぇぁ!?」

 仕上げとばかりに包帯の上から傷口を叩かれて俺の口からは言葉と言えない声が漏れる。

 やることが終わったらおばちゃんはすぐに店番へと戻る。部屋に残されたのは痛みでいまだ畳の床に顔面を押し付けている俺と状況を呑み込みきれていない女の子だけ、チラリと顔を伺うとバッチリ視線がぶつかる。不思議と目が離せなくて見つめ合う形に……

「えと……大丈夫ですか?」

 沈黙に耐えきれなかったのか女の子の方から話しかけてきてくれた。

「まぁ怪我は慣れてるから全然、それよりおばちゃんの処置のダメージの方がデカイ」

「あ、あはは……」

 苦笑い、まぁ、反応に困るよね。言ってから気付きました。

「はぁ〜……よっこらせ」

 おっさんのような掛け声で座り直し、女の子と向かい合う。

「怪我はないか?」

「は、はい。お陰でなんとも」

 今更ながらの怪我の確認。だけど許して欲しい、こんな話題しか出て来なかったんだから。取り敢えず沈黙だけは避けたいと思っての言葉だ。

「その、怪我させちゃって……ホントごめんなさい」

 深々と正座からの土下座。日本特有のその謝罪方法は言葉が同じだろうと相手に自身の誠意を伝えるのにこれ以上のものはないと個人的に思う。

「いやいや、俺の方こそ怖い思いさせて悪い。もっと早く助けに入るべきだったな」

「いえ、そんなことないです。助けてくれただけで……十分です。でも怪我をさせてしまって……」

 お互いに申し訳ない申し訳ないの応酬、日本人だからかは知らないけどこれじゃあ埒があかない。再び訪れる沈黙、だけど視線だけはお互い外さない、別に視線を逸らしたら負けなんてルールはないし、むしろ今は逸らして当然の場面。なのにはずさなーーいや、外せない。

「……ぷっ」

「……えっ?」

「いやあの……ごめ、ふははっ……」

 突然笑いだした俺に怪訝な表情を向けてくる。まぁ当然と言えば当然だし明らかにおかしい反応をしているのは俺なんだけど……

「くはっ……駄目だ、ツボった」

 何でかなぁ。腹の底から笑いが止まらねぇ。

 気が付けば俺は腹を抱えて大笑いしていた。もう自分でも頭がおかしくなったんじゃないかと思ってしまうくらいだ。これ傍目から見たら完全にイカレてる奴だぞ俺、でも止めらねぇ。

「も、もぉ! 何なんですか一体! ………ふふっ」

「ひ〜ひ〜…」

「…ぷっ、あははっ」

 俺につられて女の子も笑う、部屋には笑い声だけがこだましている。もう手の痛みなんてどこかに飛んでいってしまっていた。

「あ〜あ、腹いてぇ〜」

「はぁ、はぁ、何ですかいきなり、こっちは真剣に心配してるって言うのに……」

「いやぁ何でだろうなぁ。でもまぁ、心配して顔暗くしてるより、笑ってる方がぜってぇいいに決まってるだろ?」

「…………ですね」

 視線がぶつかる。だが今度はさっきまでみたいな雰囲気ではない、これが当たり前のように極々自然に目が合う。

「ま、ホント気にしないでいいからさ。俺が自分で首突っ込んだ結果なんだし」

「はい、でも最後に言わせてください。助けてくれてありがとうございます。そして……ごめんなさい」

 一瞬だけ表情に雲がかかったが、一瞬は一瞬だけ、顔を上げたら晴れ晴れとした笑顔がそこにあった。

「……あんたらねぇ」

「どわぁ!?」

 突然耳に入った他の人の声に思わず立ち上がってしまうほど驚いた。いやもう心臓が倍くらいに拡張してから半分くらいにまで縮小した気分だよガチで。

「ここは茶店じゃないんだから! イチャイチャするなら他所でやっとくれ!」

「イ、イチャイチャって…」

「そ、そそそそんなことしてませぇん!」

 頬を真っ赤に染めて女の子は抗議するんだけどそんな顔だと説得力の欠片もない、むしろそうですと肯定しているようなもんだ。

「うるさい! あたしがイチャイチャしてるように見えたのならそれが真実なんだよ!」

 俺の荷物は無情にも外に放り出され、女の子は手首を、俺は髪の毛を引っ張られて店の外に……うん、もう痛さに慣れてきた自分が怖い。

「ほらリア充は帰った帰った!」

 虫けらを追いやるようにシッシッってされた。んだよ、さっきまでの優しいおばちゃ……優しかったかな? うん、優しかった、はず……

 結局逃げるように花屋を後にした俺と女の子はそのまま解散と言う雰囲気ではなかったので、自販機でジュースを買って近くの公園のベンチに座ることにした。

「ほいミルクティー」

「あ、ありがとうございます」

 女の子のご要望でミルクティーを、自分にはコーヒーを買ってベンチに腰を落とす。太陽はすっかり姿を地平線に隠し、待ちわびたぞと月が煌々と太陽の光を反射して輝いている。

 俺が缶コーヒーのプルタブを開けると隣の女の子が驚きの表情を貼り付けて凝視している。両手は何故か空中にあって何かを掴もうとしようとしている。

「え、なにどうした?」

「なんで片手でプルタブを開けれるんですか?」

 あぁ、俺が開けられないと思ったのか、腕が上がってるのは開けてくれようとしたからか。

「なんでもなにもそれくらい出切るだろ。よければ君のも開けてやろうか?」

「ば、馬鹿にしないでください!」

 そう言って早速口を開いてミルクティーを飲もうとするのだが、公園にはプルタブのかちょん、かちょんという開きそうで開かない虚しい音がただただ響くばかりだ。

「…………開けてやろうか?」

「……はい、お願いします」

 ミルクティーを受け取ってプルタブに指を掛け、力を少し込めるとカシュッって独特の音が鳴る。

「そんな苦いものよく飲めますね……」

 よく皆に言われる。だけど好きなものは仕方がない。

「俺からしたらミルクティーをよく飲めるなって感覚だよ。俺紅茶って苦手だからな」

「えぇ〜美味しいのに」

 そう言ってミルクティーを飲む女の子の表情は心底ミルクティーが好きなんだと俺に見せ付けているように見えた。

「…………」

「…………」

 夜の公園というものは静かなものだ。

 昼は子ども達が遊んで活気に溢れているが、夜にはその面影すら見せない。特にここの公園は電車の線路からも道路からも離れているせいで余計にだ。そんな中に無言の男女2人というのは色々面倒だ。特にバカなチンピラにでも見つかると…………

「よぉ〜そこのおにぃちゃんおねぇちゃん」

 え、ホントに来ちゃったの?

 前を見れば耳や唇にピアスを空けて、もう明らかに調子に乗っていると一目で分かるチンピラが3人いる。目の前の奴は中肉中背で1番ピアスの数が多いチンピラA、その後ろにひょろっこくて一見陰キャのに見えなくもない男。だけどそいつの顔にはいやらしい笑が浮かんでいてベンチのすぐそばにある電灯が影を作って気味悪さすら感じるチンピラB。そしてその隣に脂肪を蓄えた男がポテチの袋を片手に更なる脂肪を蓄積するチンピラC。

「こんなところで、しかも2人っきりで、何してたの俺達も混ぜてよぉ」

 うわぁ、これは俺の中でも希に見るウザイやつだ。

 「いやいや、別に何にもしてないですよ。そろそろ帰ろうかって話してただけなんで」

 女の子の手を引いてベンチから立ち上がり公園を後にしようとしたのだが、そう上手くいく訳がないのが世の中ってものだ。

「ちょい待ち」

 チンピラAが女の子の手首を掴む。

「お前はどうでもいいけど、この子は俺達と一緒に来てもらおうかなぁ〜」

 だよね。うん。そうくると思ってたよ。

「あら、私はそっちの男の子好きよぉ?」

「お前その女言葉キメぇって何回言わせんだよ」

「うっさいわねぇ。てかあんたまたそんなもの食って、ますますデブになるわよ?」

 どうやらチンピラBはオカマのようだ。残念ながら俺は健全な女の子が好きな男の子だから出来ればそのウットリした目を閉じていただきたい、虫酸が走ってしかたない。

「あの、俺達帰りたいんですけど……」

「いやいや、帰すわけねぇじゃ〜ん」

 後ろで行われているコントに乗じて逃げようと思ったのたがそれは叶わない。俺1人なら喧嘩なり何なりで逃げるのは簡単なんだけど、生憎今は女の子がいるし……

 一応安全に穏便に逃げる方法はある。だけどこれをするのは正直気が引けるし、出来ればこのことは隠しておきたいのだけど……

「ほら行こうよぉ〜」

「は、離してください」

 そうも言ってられないよな……

「……はぁ〜」

 盛大な溜め息を吐く。女の子を含め全員の視線が俺に集まった。

「すみません、ちょっと耳かしてもらえますか?」

 チャラ男Aの許可も得ずに俺は耳に口を近付け、魔法の言葉を囁く。魔法の言葉を信じられないと言いたげな表情を返されたので、俺は額にかかっている髪を手で押し上げる。

「……っていうことなので、俺達帰ってもいいですか?」

「あ、あぁ……はい、すみませんでした」

 先ほどとは打って変わったチャラ男Aの態度に皆が驚く中、女の子の腕を引いて公園を後にした。



「あの……」

 街灯が照らす住宅街の道で、公園を出てから無言だった女の子が俺に話し掛ける。

「さっき、何を言ったんですか?」

「別に大したことは言ってないよ」

 少しだけ納得していないような顔を向けられたがそれ以上の詮索はされなかった。まぁ迫られてものらりくらりと逃げるつもりだっけど……

 すっかりぬるくなってしまったコーヒーを飲み干し、自販機の横にあったゴミ箱に捨てる。この子とは不思議と沈黙が苦にならない、そういうタイプの人は俺の近くには少ないから新鮮だ。

「あ、私の家ここなんです」

 数分歩いたところで女の子が普通の一軒家の前で足を止めた。意外にもそこは俺の家にほど近い場所だった。

「わざわざ送ってもらっちゃってごめんなさい」

「ん、まぁあんなのがあった後で1人で帰すのは流石にな」

 1日で不良とチンピラに絡まれるのなんてそうそうあることではない、この子には何か寄せ付けるものがあるのではないかと疑ってしまう。

「そんじゃ、これけらは気ぃつけて」

 無事に家まで送ったので俺も帰路に就こうと背中を向けたのだが、それは女の子が肩を掴むことによって阻止される。

「私、助けてもらったのにお礼が出来ていません」

「いや、お礼なんて大丈夫だから」

「いいえ、そういうわけにはいきません」

 決して譲れない。そんな女の子の瞳は……少しだけあいつに似ている。こっちがどんな正論で立ち向かおうとも、あいつは屁理屈と女の武器、それと自分の意見を曲げない強い意志によってことごとくこちらを諦めさせてきた。

「……分かったよ。今度会うまでに何か決めとくから」

 こんな性格のやつには次の機会を作っておいて忘れた振りをするのが1番効果的だ。そうあいつに学ばされている俺はそのまま帰ろうとしたのだが再びそれは阻止される。今度はグイッと携帯を顔の前に押し出された。ガラパゴス携帯の画面にはプロフィールと書かれてある。

「私のメアドです。この場で登録して、この場で空メールを送ってください」

 …………まさかここまでとは思ってなかった。

 流石にこれを回避するのは無理だと早々に判断し、渋々スマフォでメアドを入力、空メールを送る。

「あ、お名前聞いてもよろしいですか? というか言ってくれないと困ります」

「……お城の城に簡単な方の沢、攻撃の要って字で城沢要だ」

「城…沢、か……な……めっと」

 若干平均より遅いタッチで俺の名前を入力する。登録が完了して満足したのかパタリと携帯を折ってポケットに直した。

「では城沢さん、今日はありがとうございました。このご恩は必ず返しますね」

「へいへい……」

 テキトーに返事をしてさっきよりも確実に重なった疲れを引きずりながらャ歩みを再開する。

「また、明日会いましょう」

「……えっ」

 不可解な発言に足を止めて振り返るのだがドアの閉まる音だけが虚しく闇の中に溶けていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ