責任者との会談
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アース
西から東へと草原を走っていると前方に巨大な建造物が見えてきた。といっても、せいぜい3階建てぐらいだが。アレがリンの言っていた場所か。しかし、このまま行くと戦闘になるだろうな。
「さて、リンは2人の面倒を見ておけ。俺は交渉に行ってくるから動かすなよ」
「はーい」
「それと熊は出しておけ」
「わかった」
あちらからもしっかりと見える所でサイを止める。そして、傍らに立ち上がれば4メートルもある巨大な熊が控える。
「ん、ひなた。お留守番?」
「そうよ。お母さんとお父さんで行ってくるからね。もしもお母さん達が攻撃されたら撃っちゃっていいから」
「ん!」
ひなたがしっかりと頷いた。これで少なくとも攻撃された時はどうにかなるだろう。
「リン、あちらはこちらに気付いたか?」
「うん。慌ててるから気付いたと思うよ」
「そうか。では行ってくる。もしもの時はリン、頼むぞ」
「わかってる。男は僕だけだからね」
「そうだ。わかってるじゃないか」
「うん。いってらっしゃい」
「ああ」
俺はサイから降りて砦に向かって歩いていく。直ぐに隣にエリゼが並ぶ。丁度いい。二人きりになったから聞いてみるか。
「エリゼ、おまえはどういうつもりなんだ?」
「ユエちゃんの事よね?」
「そうだ。リンの為になるのか?」
「なるわよ。ユエちゃんの事は小学生の頃から知ってるし、彼女のご両親とは友達なのよ。それであの子がリンの事を好きなのも知ってた。友達の娘なんだから助けるのは当然でしょ。それに戦力にもなるし、何よりリンに女の子の事を慣れさせて要らない虫がつかないようにしないと」
「確かにあの年齢は女に興味が出だす頃だな。それとリンが持っているスキルを考えるとよからぬ者共は寄ってくるか」
特に日本と違って発展していないこの世界に倫理観を必要以上に求めるのはいけない。誘拐や殺人などもしやすく、盗賊などが普通に居る世界なのだから。
「ええ。私達の可愛いリンに相応しい子以外は要らないわ。その点、ユエちゃんなら身元もわかってるし、リンの事もちゃんと好きになってくれてる。そして、至らない部分は今から教育していけばいいだけの事。ほら、リンに相応しい子でしょ?」
「まあな。子供の部分は俺達が補えば問題もない。ユエちゃんの事はわかった。俺も賛成しよう。今はあんな姿だがリンも男だしな。しかし、あの勧誘の仕方はどうなのだ? 酷いと思うのだが」
「仕方ないじゃない。あの場は逃げないと殺し合いになってたわ。まだ私達の実力は高くないし、子供達にそんな所を見せるのなんて早いと思うの。リンはともかくひなたには早いでしょう。まあ、直ぐにでも慣らした方がいいんでしょうが。それと、ユエちゃんの事だけど……急いで生きる希望をあげたかったのよ。この世界は日本なんかと違って甘くなく、死が常に隣り合わせにあるわ。そんな世界で13歳の女の子が手足のない状態で生きていける? 無理でしょ。それならリンという心の支えを与えて生きる希望を、無理矢理にでも与えた方が何倍もいいわ」
俺達に心のケアをする時間は無いか。それに家族を守る事で精一杯だから、人様の子まで面倒を見るつもりはない。しかし、ユエちゃんは家族になった。ならば彼女も守る対象だ。俺達のモチベーションにも関わってくる。息子の嫁の為なら苦労する事くらい構わないだろう。
「わかった。しかし、リンに嫁か。まさかひなたにも……いや、ひなたに男はやらんぞ!」
「はいはい、わかってるわよ。まあ、ひなたはお兄ちゃん大好きだし大丈夫でしょ」
「ああ。だが、もしもの時は全力で排除してやる」
可愛いひなたに近づく奴は少なくとも俺が作った物を超えて貰おうか。それが最低条件だな。ちなみに候補はユエちゃんと熊達だ。彼女達を改造して障害にしてやる。
「親バカね」
「人の事は言えんだろ」
「ええ、そうよ。という訳で、ユエちゃんも娘って事でいいわよね」
「構わない。リンの嫁にするなら俺達の娘で人様の娘だ。大切に扱うさ」
「そうね。色々と楽しくなってきた――来たわね」
「そうだな」
近づいてくる俺達に気付いたようだ。防壁の上に兵を配置させつついつでもこちらに攻撃できるようにしている。防壁の上に居るのは人間が殆どだが、多少は獣人も居るようだ。
更に歩いていくと門を開いて少数の騎馬兵が出てきた。俺達は止まって土魔法を行使する。理由は簡単だ。テーブルと椅子を作ったのだ。これでこちらが攻撃するつもりが無い事がわかるだろう。もしもこれで攻撃してくるなら知らん。その場合は全力で抗わせて貰う。
少しして騎馬兵が俺達から50メートルの位置で停止した。しかし、この世界の馬はでかくていいもんだ。馬自身も鎧とかで武装し、全身甲冑の騎士を乗せているのだからその強靭差が理解できる。
「我が名はアベル・ハシント!! ミリニア王国の騎士だ!! 名と要件を申せ!」
大きな声でこちらからに叫んでくる騎士。声からして男だな。しかし、どう返答するか……やはり相手に合わせるのがいいか。洋画の映画であった感じで。
「我が名はアース!! 西より逃げてきた!! こちらに戦う気は無い!! 責任者との会談を希望する!!」
「嘘は言ってないわね」
「当然だ」
そう、嘘は言っていない。実際に西から逃げてきたからな。
「了解した! しばし待たれよ!」
何騎かが引き返していく。それにしても容易く引き返したな。責任者を呼んでくるのかわからないが、よっぽどアレが怖いと見える。
「思ったよりも楽そうね」
「そうだな。サイや熊などの大型モンスターを捕獲できたのが大きい。それにあちらも俺達の姿を見て勝手に想像してくれただろう」
「そうね」
亡命を希望していると思ってくれたはずだ。西には恐らく敵国が存在し、そちらの方角から差別や迫害を受けている亜人が大型モンスターを連れてやって来たのだから。俺達が敵側だとしたらそのまま突撃して相手の体勢が整わないうちに戦端を開いている。それを思えばわざわざ相手に時間を与えているのだから少なくとも警戒度は多少低いだろう。
「早速来たわね」
「みたいだな」
こちらの声を聴いていたのか、騎馬兵が戻る前に門が開いて数騎がこちらにやって来て戻った連中と合流した。それから直ぐに鎧を着ていない青年がやって来た。
「初めまして。私はクロード・ウルカレル。ウルカレル男爵領の国境砦を任されています」
長い金髪を後ろで三つ編みにしたエメラルドブルーの瞳を持つ青年。優男の感じだが、油断はできないな。
「私はアース。こちらは妻のエリゼです」
「よろしくお願いします」
「ドワーフの方がエルフの方を妻にしているとは驚きです」
「よく言われます。どうぞお座りください。立ったままでは疲れるでしょうから座って交渉しましょう。お付きの方々にも椅子をご用意致しましょうか?」
「と、仰せだがどうする?」
「結構であります! 我々はクロード様の護衛でありますので!」
全員が整列して率いている隊長であろう者が代表して返事をした。統率は取れているようだな。
「という事です。わざわざすいません」
「いえ、お気になさらず」
「では、交渉に入りましょう。お互いに時間を無駄にしたくありませんから」
「そうですね。交渉という事で、まずはそちらのご要望をお聞きしてもよろしいですか?」
「もちろんです」
エリゼは控えて貰って俺が前に出た方がいいだろうな。
「それと敬語は結構です。外に出ているだけで危険なので手早く終わらせましょう」
「了解した。こちらの要求は簡単だ。我々一家を受け入れて拠点となる土地を貰いたい。あちらの国はドワーフやエルフの迫害が強いのでな」
「確かにヴィクルンド王国は人間至上主義国ですからね。かと言って、我が国もあそこまで酷くはありませんが差別があります。ここは辺境なので実力主義で通していますが」
少なくともあちらよりはましか。実力主義ならば俺達にとっては問題ない。売り込む材料は既に提示してあちらは食いついている。後はどう高く売るかだ。
「そちらが我々家族に便宜を図ってくれるなら緊急時を含めて色々と手伝いはできる」
「それはあちらの戦力をお貸しいただけるという事ですか?」
「それもある。見ての通り俺はドワーフで、妻はエルフだ」
「はい」
「そして2人とも魔法が得意だ」
「魔法が、ですか」
「妻は食糧生産に協力できるし、俺は鍛冶で協力できる。敵国がいるのだから武器と食料はいくらあっても足らんだろう?」
「もちろんです。その辺りが悩みの種なんですよね。補給も大変で」
売り込みはこの辺りでいいな。後はこちらの要望を通しつつ相手の出方次第だな。
「とりあえずこのぐらいでどうだ? もちろん、俺達の護衛に戦力は要らない。過剰なぐらいにはあるからな」
「そのようですね。こちらとしてはどちらか一体を防衛の為にこちらに常時貸出して欲しいですね。見せかけだけでも敵軍は攻撃を控えるでしょうから」
「だろうな。あのような大型モンスターが居るのに対策をせずに突撃など馬鹿がする事だ」
「まさにその通りです。居てくれるだけで非常に助かりますからね。ですが、それを行ってもらうと私としては貰い過ぎになるんです。正直言いまして鍛冶師も不足しているので、ドワーフの貴方だけでもこの条件は受け入れさせて貰いたいぐらいです。このテーブルと椅子を見ても貴方の実力はわかりますから」
「それはありがたい」
土魔法はまだ3なのだが、予想以上にレベルが低いのか? 意匠は多少施したとはいえ……しかし、このまま交渉を続けてもあちらが得を得るだけで終わるというのに態々自分から言ってきたな。
「ですので他に要望はありませんか?」
「俺の方は工房と素材が手に入る場所だな」
「ダンジョンの近くの土地を貰いたいわ。それもかなり広く」
「ダンジョンに広い土地ですか……」
「そこで大規模に食料を生産してあげるわ。私達はダンジョンを攻略したいの」
「確かにダンジョンを攻略すると我々にも得があります。実際に戦争のせいで攻略は進んでいませんから。他には?」
「領内を開発する権限が欲しいわね。どうせ道とかろくに整備されてないのでしょう?」
「ええ、はい。未開地が多いですよ。モンスターも多い……ではこうしましょう。ダンジョンがある場所を起点にして未開地を開発してくれた分だけ貴方達の土地としていいです。近場に鉱石が取れるダンジョンがありますので、その近くの村の所属という事にして好きに開発してください」
かなりいい条件だな。しかし、そうなると税金とかが高そうだな。
「税金はどうなる?」
「税金に関してはモンスターをお借りするので免除します。その代わり武器を優先的に我々に売る事を条件とさせて頂きます。緊急時には残りのモンスターと共にご協力もお願いします。当然、他にも色々と便宜を図らせて貰います」
俺は今の条件で問題ないだろうと思うので、エリゼを見る。エリゼも頷いた。
「了解した。それで契約しよう」
「ありがとうございます。領内からの移動に関しては申し訳ございませんが、しばらくは禁止させて頂きます。亡命者にはスパイの疑惑が付きまとうので、こちらが問題ないと思うまでの期間です。そうですね、実際に貢献して頂ければ判断します」
「わかった。その辺は理解しているので問題ない」
「では、人数と種族をお教えください」
「ドワーフ1、エルフ1、私達の子供としてハーフが2人」
「ドワーフとエルフのハーフが2人ですか。非常に珍しいですね」
「ああ。そして息子の婚約者としてダンピールの少女が一人だ」
「ダンピール、ですか……すいません、そちらに関しては対策を取らせて頂きます」
ダンピールと聞いて顔色が変わったな。まあ、隠すことも出来たが事前に教えておいた方がいいと判断した。
「それなら問題ないわ」
「と、いいますと?」
「既にテイムしてあるのよ」
「奴隷化ではなくテイムですか」
「そうよ」
「吸血種のテイミングスキルをお持ちとは驚きですね」
「うちの息子はテイミング関係のスキルは多いの。その分でも貴方達に協力できると思うわ。だからね?」
現代の戦争でもそうだが、機動力というのは重要性が高い。特にこの世界だと自ら突撃して敵を倒すようなモンスターが居るのだからな。
「そうですね。騎馬の数は限られていますし、テイミング系上位スキルをお持ちのようで助かります。ダンピールもテイミングされているなら単独行動以外を認めましょう。条件としてはテイミングされている証を表に出す事ですね」
「証?」
「俺達は知らないな」
「人型なら胸の中心より少し上辺りに出ますね。もしかしたら胸を露出しないといけない場合、隷属の首輪を嵌めて頂ければそれで結構です。もちろんモンスター達には隷属の首輪を嵌めて頂きます」
「首輪は出来たら嵌めたくないから、露出の方ね。一応、首輪も貰えるかしら?」
「もちろんこちらで用意します」
「では、あの熊とサイ、狼と虎、ダンピールの分を頼もうか」
「えっと、熊というのはドラゴンベアで、サイというのがあのドリルホーン・ライノクスですよね?」
「名前は知らなかったがそうだろうな。確か、後はブラッドタイガーにガルムという奴だったな」
俺が名前を言ってやったら若造、クロードは青ざめた。
「て、テイミングされているのでしょうか?」
「まさか。あの子達は死体をアンデット化してあるの」
「四匹で殺し合っていたようでな。そこを策を使って仕留め、娘がアンデット化した。だから飲まず食わずで休まず働けるぞ」
「あははは、そうですか。どうやら私の常識は通じないようですね。用意しますので、お願いですから領内で暴れさせないでくださいね!」
「相手次第だな」
「他の人達に警告しておく事ね」
「わかりました。言っておきます。それともしも手を出された場合に限り殺っちゃってください。損失した戦力分、働いてくればいいですから」
一瞬で諦めて損失が少ない方を取りやがったな。
「私達は良薬にもなるけど、その反対にもなり得るからね」
「取り扱い注意ですね。あの、すいませんけど胃薬ありますか?」
「手持ちにはないわね」
「そうですか……今度お願いします」
「ええ」
クロードは条件を書いた書類にハンコとサイン、血判を押してこちらに渡してきた。
「どうぞ。こちらに署名ください」
「ああ」
俺はしっかりと読んだフリをしてからエリゼに渡す。エリゼがしっかりと読んで書いていく。エリゼは読み書きもできるようにスキルを取っているので問題ない。
「はい。精霊の名の下に契約は成立されたわ。もしも破られたら罰が降るからね」
「大丈夫です。エルフを相手にして契約では嘘はつきません」
やれやれ、精霊魔法は万能だな。契約書は三枚作成してお互いに一枚ずつ持つ。最後の一枚はエリゼが呼び出した天秤を持つ精霊、リブラが持っていった。
「あ、契約が終わった所で早速お仕事を頼んでいいですか?」
「いきなりだな」
「ええ。武器の修理をお願いします」
「わかった」
「それじゃあ、私は子供達を呼んでくるわ」
「では、アベル。彼、アースさんを武器庫に案内してあげてくれ。私は他の手続きをしなければいけないので。その後、奥さん達には案内をつけます。今日の宿も用意しないといけませんし、あの大きなドリルホーン・ライノクスとドラゴンベアの場所も考えないといけませんから」
「了解であります!」
アイテムボックスとかは隠した方が無難だな。エリゼにアイコンタクトをするとエリゼも頷いてくれた。
「では、御案内致します」
「よろしく頼む」
俺はアベルという騎士に付いていく。砦の中は石で作られた中世の城。本当にファンタジー世界に来たのだと実感できる。建築方式も古いが科学技術を使わずに作成されたと見れば素晴らしいの一言だ。それにしても俺は運がいい。前は運が悪いと思っていたが、息子が助かった上に建築士としては自分の力を思う存分に発揮できる場所が与えられたのだから。
そんな事を考えていると武器庫に到着した。その一角には壊れた剣などが積み上げられている。本当に鍛冶師が不足しているのか。
「直せますか?」
「鉱石はあるか?」
「多少なら……」
「なら、何本か駄目になってもいいか? それを材料にして修復する」
「もちろんです! 使えない道具に意味はありませんし、戦友達の思いが篭った武器を持ち、彼らの意思を受け継いで戦えるかと思うと嬉しくなります。どうか修理をお願いします」
「そういうのは嫌いじゃない。いいだろう、やってやる。だが、即席になる。ちゃんとした物は工房を作ってからだ。引き取りに来るからその時にまた渡してくれ」
「はい。ですが、ドリルホーン・ライノクスとドラゴンベアが守る砦に突撃するなんて自分はやりたくないです」
「俺も嫌だな。西で戦う姿を見たが、アレはバケモンだ」
「ですよね」
「だが、今は味方だ。必要以上に怖がるんじゃないぞ」
「ええ、わかっています」
会話をしながら何本かを鉄の塊に変えて欠けた剣などを修理していく。魔法で強制的に直しているので完全には直らない。埋めてるだけだしな。いや、錬金術で行えばいいか。鍛造ではないから良い剣じゃないが仕方ないな。