アムシャヌス王国との戦争②
お母さんから戦争については聞いていて、ボク達も参加させて欲しいと伝えていた。その件でボク達はお母さんに呼び出され、自宅である精霊樹に戻ってきた。すでにお母さんも戻ってきていて、食堂のテーブルの上に料理が沢山並んでいた。
食堂に漂うのは香辛料のいい匂いで、子供から大人までみんなが大好きな料理が沢山ある。小さな精霊さん達が楽しそうに準備している。
「お帰りなさい」
お母さんは綺麗な金糸のような髪の毛を揺らしながら振り返って、ひなに抱き着いていく。精霊さん達と同じようなエプロンもつけている。
「ひなの好きなカレーハンバーグもあるわよ」
「お~久しぶりのお母さんのご飯~」
「ほらほら、皆も席につきなさい」
ユエや調、ティナ、フランが互いに見合わせてからこちらを見詰めてくる。
「じゃあ、座ろうか」
「はいです」
「カレーなんて久しぶりね」
「これ、食べ物なんですか……」
「不思議だ、です」
「一応、甘口と辛口を用意してあるから、自分で調整してね。甘口でも駄目なら、蜂蜜をいれるといいわ」
「「「は~い!」」」
席について美味しいカレーライスを食べていく。フランやティナ、小さな精霊さん達は辛口に手を出して、すぐに水をいっぱい飲んでいる。調は逆に辛いのをどんどん食べている。ひなは甘口でボクとユエは混ぜた中辛だ。
『エビフライ、美味しいれす~』
『こっちも美味しいよ~』
「お子様ランチも作ってみたわ」
ひな達が大喜びするけれど、なにか不思議だ。ひなやボクの好きな物のオンパレードで、なにか怪しい。
「お母さん、それで話があるんだよね?」
「ええ、そうよ。リン達が戦争に参加することについてだけど、母親としては当然、賛成できないわ。それに余程のことがないか限り、私達の勝ちは確定しているのだから」
「でも……」
「だからこそ、安全な戦争に参加させるということにしたわ」
「いいの?」
「といっても、砦に籠って敵陣や背後を監視してもらうだけよ。他の子は護衛ね」
砦に籠って護衛するというのは参加しているか、微妙だね。少し不満に思うところはある。
「不満そうね。でも、大事なことよ。結界の無い平原や森ではリンの千里眼がかなり有効よ。敵の配置を確認したり、背後から強襲にも対応できるの。逆にこっちは奇襲し放題よ。それと精霊さん達を使って私とリンなら伝言のやり取りができるわ」
「確かに……」
「それに別にやりたくないならやらなくていいわよ。リンはまだ子供なんだし……それにこれからやるのは出来れば見せたくないわ。それでも見るのなら覚悟するのよ」
「うん、大丈夫。覚悟はできてる」
戦争なんて人がいっぱい死ぬだろう。それでも、ユエや皆を守るためには必要なことだと思う。ボクとひな達は狙われるだけの理由があるし。
「でも、惨たらしく殺すつもりだから、見ないで欲しいんだけどね……」
「えっと、大丈夫だと思う……思いたいな……」
「まったく……気持ちが悪くなったらやめるのよ」
「うん」
「なら、よし。明日から早速砦行ってちょうだい。私はここでお別れだけどね」
「お母さんはどうするの?」
「私はこれから相手を背後から強襲するつもりだからね。それとできたら相手の砦も破壊するつもりよ。リンも手伝ってくれるなら、ゲートで移動をお願いしたいわ」
「任せて。精霊さん達を使って伝えてくれたらすぐに対応するからね」
「ありがとう。後はミノタウロスやワーウルフの人達は後方からこちらの砦を攻めるように行軍してくるように言っておいてね。相手側を騙すから」
「どういうこと?」
「こちら側にも敵がいるのよ」
調もこちらに来て教えてくれる。つまり、相手がこちらを監視しているらしい。オークがワーウルフを襲ったのも相手側の計画らしいし、女性を攫ってオークを繁殖させることまでしていたみたい。本当に許せない……といいたいけれど、オークを捕らえて繁殖させているのはボクも同じなんだよね。彼等が話を聞かずにボク達に襲い掛かってくるっていうのもあるけれど……戦隊ヒーローみたいに正義がはっきりしているのでもないと思う。それでもボクはボクにとって大切な人を守るために全力を尽くそう。
「リン君、これ美味しいですよ。はい、あ~ん」
「あ~ん」
今はユエや皆と一緒に食事を楽しもう。全ては明日からだしね。ひなの口元を拭いたり、デザートを一緒に食べたりする。その後、お風呂に皆で入ってから一緒のベッドで眠る。
次の日、お母さんとユエ達が作ってくれた朝食を食べて、ワーウルフやミノタウロスの人達の一部と一緒に砦に向かう準備をする。
準備が整うとお母さんに呼ばれて全員で地下施設にやってきた。駅を作っていたそこには新しい別の道が作られていて、大きな列車が置かれていた。
「これって、貨物列車?」
「アースがゴーレムで作ったわ」
「お父さんの馬鹿! ひなが作りたかったのに……」
「これ一台だけだから、残りはひなが作りなさい。それに適当に作ったらしいから、改造の余地があるみたいよ」
「これ、トロッコを大きくしただけよね?」
「そうですね」
あった貨物列車はゴーレムで動かすみたいだけれど、構造的には馬車と変わらないし、貨物車も屋根がない奴だ。
「むぅ~頑張る」
「ひな、それに白騎士と黒騎士、アレに馬の足とかつけるのとかどう? 確か、そんなモンスターがいたよね」
「ケンタウロスですね」
「……カッコ良くない……」
「まあ、そうよね。馬として用意した方がいいわね」
フランがこちらにやってきて、ボクの袖を引っ張ってくる。
「いかねー、です?」
「ああ、そうだったね。すぐにいくよ」
話している間にもワーウルフさんやミノタウロスさん達の一部は荷物を積み込んですでに列車に乗っていた。ボク達も乗り込んで砦に向かって発進する。
屋根のない貨物列車の中はつり革を掴んで立って進むので、座る場所なんてない。それでも結構な速度で移動するので揺れやすい。ボクはユエ達を抱きしめたり、抱きしめられながら進んでいく。女の子の柔らかい身体と髪の毛から漂ってくる良い匂いが漂ってくる。特にフランとティナは地下の真っ暗な中を進む列車になれていないから、怖いのだろう。フランは全身で抱き着いてきて、ティナは袖を掴んできている。密着している彼女達にどきどきしていると、無事に到着できた。
砦の地下は巨大な地下施設になっていた。聞いた感じでは地上部分よりも地下の部分が圧倒的に広くて、隠し通路が複数あってそこから地上に出られるようになっているらしい。
「じゃあ、私は別行動をとるからリン達は砦の中に入って指揮所に。他の皆は荷物を運び込んでから中の人に指示をしてもらうように」
「「「はい」」」
「送らなくていいの?」
「いいわ。森の中で色々とやることがあるからね」
「うん、わかった。またね。気を付けていってらっしゃい」
「ええ、皆もね」
お母さんは地上に出るためにここで別れることになるみたい。お母さんはボク達を一人一人抱きしめてから、外にでて風の精霊さんと飛び立っていった。ボク達はお母さんを見送ってから砦に努めている騎士の人に案内してもらい、指揮所に入った。
指揮所ではクロードさんや父さんがテーブルの上に地図と駒が置かれている。二人は入ってきたボク達をみて、受け入れてくれる。
「ギュンター、紅茶とお菓子を用意してくれ」
「畏まりました」
「リンはこっちにきてくれ。他の子はそっちで座っていてくれていい。お前達は基本的にリンを護衛してくれればいいからな」
「ええ、わかったわ」
「あの、負傷者がでたら教えてください。治療しますから……」
「それは助かります。ですが、いまのところは問題ありません。それでリン君、早速ですがお願いできますか?」
「えっと、千里眼で相手を調べたらいいんだよね?」
「そうです。この赤色の駒が敵で、黄色が不明、青が味方です。この地図に配置してください」
テーブルの上にはバスムル平原と書かれた地図と色とりどりの駒が置かれている。ボクは言われた通りに千里眼で覗いてみる。視界がどんどん草原の奥へと進んでいく。その中に草原をこちらに向けて沢山の人が進んできている姿がみえた。
「あの、多分敵だと思う人がいたんだけど、判断はどうしたらいいかな?」
「そういえば国旗とか、マークとか知ってるの?」
「知らないや。みたことはあるけれど、流石に覚えていないよ」
「そうですね。では、こちらの資料を参考にしてください」
クロードさんが部屋にあった本棚から一冊の本と書類を取り出してみせてくれる。それには沢山の紋章が描かれていた。
「これがアムシャヌス王国の紋章です。こちらはあちらの貴族家の紋章などもあります」
アムシャヌス王国の紋章は人に跪く亜人の姿といったものだった。酷い旗だけれど、今は相手が持つ旗や鎧の紋章で識別して地図に駒を置いていく。それに先行している部隊やその人数も伝えていく。
「まだ作戦予定地域まで時間がありますね」
「これだと相手の本隊が平原の半分を過ぎるのはだいたい二、三日ってところか」
「そうですね。これは相手の先遣部隊と外部防壁での防衛戦をみせたほうがいいですね。アースさん、一番外の放棄する予定の防壁ですが、そちらにこちらの兵士の鎧を着せたゴーレムを複数配置して時間稼ぎをできますか?」
「できるとは思うが、流石に兵士の何人かは必要だぞ」
「ええ、わかっています。最初に口上を伝えあってからすぐに撤退しますので被害はないようにしたいです」
「それならばれる可能性は低いか」
「はい」
えっと、お父さん達は偽兵を使って敵を引き寄せてから、後方の部隊をお母さんが襲撃する予定みたい。お母さん、大丈夫かな?
エリゼ
森の奥深くに入った私は巨大な朽ちかけている大樹の下にやって来た。ここには味方を増やすためきた。この森には太古に封印された古い精霊が住んでいて、彼女は精霊を通して要望を打診してきた。
『新しい女王陛下に謁見できて光栄です』
「ドリアードね」
大樹の中から現れたのは緑色の髪の毛を持つショートカットの精霊少女。彼女はこの大樹に住み、この森の植物の支配者であったらしい。
『そうです。女王陛下』
「貴方の要求は新しい住処よね」
『はい。それと契約です。私はもうまもなく大樹の寿命で消えることになります。魔力は女王陛下の作ってくださった精霊樹のお陰でどうにかなりましたが……』
「寿命は仕方ないわね」
『はい。というわけで、契約しましょう。私と女王陛下は相性がいいですので、とてもお役に立ちます』
彼女は大樹の精霊であり、植物に属する。それは私が持つ植物を改造する力ととても相性がいい。
「それはありがたいけれど、古い精霊なのに感じる力は弱いわね?」
『封印と宿り木の老衰でランクダウンしています。衰えているの仕方ありません』
「そう。まあ、いいわ。契約しましょう。食事もたっぷりと用意してあるから、思う存分食べ尽していいわよ」
『それは楽しみです』
私と彼女が突き出した互いの掌と額を合わせて、契約を行う。彼女が私の中に入ってくる。これで動けなかった彼女は動けるようになり、私の魔力を使って力を行使できる。
『名前をください』
「貴方の名前はユグドラシル。普段は私の自宅にある精霊樹の管理を任せるわ」
『ありがとうございます。謹んで拝命致します』
「じゃあ、行きましょうか」
『はい。生気をたっぷりと食べさせてもらいます』
「では、案内してちょうだい」
『こちらです』
深い深い森の中をフードを被り、ユグドラシルの案内で歩いていく。
『あ、少々お待ちください』
「どうしたの?」
『どうせなら、私の前の宿り木を杖にしてしまいましょう。かなり強力な杖になります』
「私、夫の作品以外は使う気がないの」
『でしたら、それを基礎として力だけを移しちゃいましょう』
「ならお願いしようかしら」
『お任せください』
私が持つ杖にユグドラシルの元いた大樹から光が流れ込んでくる。その後、大樹は砂となって消えていった。けれど、杖からはとても強い力を感じるわね。それも結構禍々しい感じの。
『では、こちらにどうぞ』
「ゆっくりでいいわよ」
『はい』
木々が勝手に避けていく森の中を進み、目標の地点である草原の中間地点まで移動する。
「ユグドラシル、草原の地下と森に根を張っておきなさい。ばれないようにね」
『ばれないようになると、土を掘り出さないといけませんよ』
「ええ、それでお願い。皆も手伝って」
『『『は~い』』』
可愛らしい土の精霊達を中心にお願いする。土の精霊達は黄色い帽子を被った幼い子達がこれまた小さなスコップで土を掻き出していく。明らかに小さなスコップのひとかきで百キロくらいの土が取り出されているだけれど、その姿は幼い子が土遊びをしているみたいでとても愛らしい。ユグドラシルは幼い子供をみるお姉ちゃんみたいになっていた。




