イベント
目覚めたら心地良い温もりが消えていたので、目を開けるとティナの綺麗な顔が視界に入ってくる。ティナは膝枕をしたまま僕の頭を撫でてくれていたみたい。お互いに目が合うと優しく微笑んでくれる。
「おはようございます」
「うん、おはよう。僕はどれくらい寝ていた?」
「1時間くらいです」
お昼ご飯を食べてからの訓練で15時過ぎまでやって、そこからおやつを食べて寝たし、16時から17時の間くらいか。
「ティナ、ありがとう。辛くなかった?」
「これくらい大丈夫ですから、何時でもどうぞ」
「うん。またお願いするね」
「はい」
ベッドから起き上がってティナに手を差し出すと、彼女は手を握り返してくれる。そのままベッドから引き寄せるようにして立たせてあげる。
「他の子達は?」
「女王様の下へと向かわれました」
ティナの言う女王とはお母さんの事だ。つまり、皆はお母さんの所に居る事になる。でも、お母さんは砦に行ってたはずだけれど、帰ってきたのかな?
「う~ん」
「どう致しましたか?」
「砦で忙しくしていると思ってたんだけど、何かあるのかな?」
「ばれんたいん、でーがどうとか言っておられました。後はヴェロニカ様がご主人様にお願いがあるそうですよ」
バレンタインデーか。こっちにはそういうイベントは無いんだろうけど、女の子はこういうイベントが好きだしね。まあ、男の子の方もチョコを何個貰えたかで一喜一憂するんだけどね。
「ヴェロニカさんからのお願いか、そっちはそっちで気になるね」
「そうですね。それで、ばれんたいん、でーなるものはなんなのでしょうか?」
「えっと……バレンタインデーは僕の国では女性が男性に対して、親愛の情や愛情の告白として思いを込めてチョコレートをプレゼントする日なんだ」
本当は聖人ウァレンティヌスを悼み祈りを捧げる日であり、キリスト教で2月14日に祝われていた聖名祝日らしいんだよね。日本じゃ完全に意味が違うけれど。
「では、私もご主人様や子供達に差し上げた方が宜しいですね」
「貰えれば嬉しいけれど、強要はしたくないから別にいいよ?」
強要して貰うのとか、悲しくなるしね。もちろん、貰えたら嬉しいけれど。
「いえ、作らせて貰います。そのちょこれーとなる物はよく分かりませんが」
「それじゃあ、お母さん達に聞くといいよ。それとひなたの事を報告しておいて」
「分かりました」
ティナを見送った後、僕はこれからどうするかを考える。やる事は色々とある。
先ずは列車に関してだけど、ラプシンの街と砦までは線路を繋げられたから何時でも走らせられる。線路に関しては時空間魔法で一部の場所以外では線路内に侵入門出来なくしてあるし、地面を掘って反対側に移動出来るトンネルも作った。砦に関しては内部までそのまま入れるけれど、ラプシンは外に駅を作成するしかなかった。こちらは街中に設置する事を認められなかったから仕方ない。まあ、色々と忙しいらしいからね。
さて、僕のやる事はヴェロニカさんを探す事かな。探すのは簡単だしさっさとやってしまおう。
「精霊さん、ヴェロニカさんはどこに居るかな?」
『えっとねー』
『ヴぇろにかのへやだよー』
「ありがとう」
千里眼で部屋の前を確認して短距離転移を行う。到着してから扉をノックする。
「リンだけど、いい?」
「空いてますよ~」
扉を開けて中に入る。部屋の中はなんだか甘い匂いがする。そんな部屋の中でヴェロニカさんは羊皮紙を片手に持ちながら、テーブルに広げた地図に何かを置いていっている。
「呼んでたみたいだけれど、どうしたの?」
「リン君にお願いがあるのですよ~」
「お願い?」
ヴェロニカさんから僕に対してのお願いなんて珍しいね。僕はお菓子とか作らないし、仕事関係はお母さんやお父さんがやってるはずだし。
「どちらかという仕事の依頼なんですけれどね~」
外れちゃったや。僕に仕事の依頼か。そうなると列車を使った輸送関連かな?
「内容次第だね。ヴェロニカさんからの依頼なら優先的に受けたいと思うけれどね」
「それはありがたいですね~。内容は至って簡単です。冬を越えられそうに無い村々に食料を届けて頂きたいのです」
これは受けないと餓死や凍死とかで死人が出るって事ですか!?
「えっと、届けるのは問題ないよ。でも、代金はどうなるの?」
「兵士さん達の給料から出される事になります。仕送りの変わりに食料を家族の人達に届けてくれとの事ですね。一応、こちらからも出しますが、それでも足りなくなります。こちらもお金の余裕が無いので仕方が無いのですけれどね~」
「無い袖は振れないって事だね」
「はい。これでもエリゼさんに借金を申し入れているぐらいですから」
何人か死んじゃうのか。どうにかして助けてあげたいんだけど……何か方法はないかな?
「リン君は優しいですね~」
「え?」
「顔に出ていますよ。まあ、リン君が助けたいと思うなら食料を沢山用意して、口減らしにされる人達と交換する事ですね」
「それって、奴隷を貰う変わりに食料をあげるって事?」
「そうです。リン君も商売人になったんですから無償で渡す事は駄目ですからね」
「他の人達の利益が損なわれたり、何時でも助けて貰えると思ってしまうからだね」
「そういう事です。奴隷になった人達はここで働いて借金を返して貰えばいいですからね。村は食料が入ると同時に口減らしができ、奴隷の人は衣食住が保証されて働く場所も用意してもらえるので、どちらも得をします。もちろん、リン君達も労働力が手に入りますしね」
まあ、確かにそっちの方がいいか。駅員や運転手達も用意しないといけないし、人手は沢山欲しい。奴隷の人なら教育中は言う事を聞いてくれる。
「分かった。その依頼、受けるね」
「はい、よろしくお願いしますね~」
「うん。それで、その地図が行く場所?」
「そうなります。一から説明していきますね」
地図を使った説明を受けながら千里眼で現地を確認していく。色々と聞きながら作業をしていると、この地図はあまり正確じゃない事がわかった。僕の千里眼だと距離も全部正確に出てくるし、現在を実際に見ながらだから地図と現実との差異がよく分かる。
「う~ん……」
「どうしましたか?」
「もっと正確な地図を作ろうか」
「えっと、これはかなり正確な地図なんですが……」
「全然駄目だよ。僕も使うし、作ってあげるね」
「は、はい。お願いします」
「うん。じゃあ、ちょっと作ってくるね」
「いってらっしゃい~私もチョコレートを作ってますね」
「は~い」
ヴェロニカさんの部屋を後にして僕は大きな岩がある岩山のような所に転移する。そこで時間経過が外界とは違う空間を作成して作業時間を確保する。それから精霊さん達にお願いして僕のイメージ通りに周辺の岩を使ってジオラマを作成していく。何度か失敗しつつ、地下まで含めた精巧なジオラマを作成する。これは線路を引く為の計画を立てるのに必要な事だ。次にこれらを平面の地図として書き起こしていく。ジオラマを上からみた状態で、練習用に地面にね。何度も練習すると地図を書くのが上手くなって来る。ひたすら書いて誤差が0.01くらいになるまで精巧に書けるようにして、羊皮紙に清書していく。まあ、こちらも失敗して何枚か燃やして破棄した。何枚か重ね合わせた地図を数枚作成して、ジオラマを回収してから戻るともう晩御飯の時間になっていた。
「で、なにこれ?」
「ヴァレンタインデーのチョコレートよ」
「頑張って作ってやったから、感謝しやがれ、です」
テーブルの上には精霊さんが頑張ってチョコレートの液体を上に運んでは自分ごと流れ落ちているチョコレートフォンジュ。泳いでいるような精霊さんも居るけど気にしない。他はチョコパンにチョコパイ、チョコレートケーキなどなどチョコレート尽くしのメニューになっていた。
「本当は身体にチョコレートを塗って、リン君に食べて貰おうと思ったんですが……」
「駄目だからね!」
「止められてしまいました」
「ナイスだよ、調!」
流石にそれは無い。なので、調にグッと親指を立てて合図を送ると調も返して来た。
「チョコレートアイスも作りましたから、後ほどお食べ下さい」
「うん、ありがとう」
「本当に美味しそうですね~」
「僕は胸焼けがしそうだけどね」
ティナとヴェロニカさんも楽しそうにしている。子供達もまだか、まだか、とうろうろしている。
「あれ、ひなたは?」
「折檻中ですよ、リン君」
「こえー、こえーぞ、です」
「明日まで出したら駄目だって」
「お母さんは?」
「既に砦に戻られましたよ~。アースさんに届けるそうです」
「そっか。じゃあ、いただいちゃおうか」
「「はい」」
チョコレート尽くしの甘い甘い食卓を囲み、皆で食べていく。
「リン君、リン君」
「何?」
「あ~ん」
「あ、あ~ん」
「次はフランだ、です」
皆にチョコレート料理を食べさせて貰える大変嬉しいひと時だった。ただ、甘すぎ! しかも、どんどん食べさせようとしてくるし、断る訳にもいかないしで……大変な事になった。特に調とユエが食べさせてくる。
「リン、ホワイトデーは倍返しじゃなくて、3倍以上だからね」
「っ!?」
お腹が物理的に大きくなった僕は食堂でテーブルにうつぶせになり、チョコレートフォンジュの液体チョコレートがついた指でチョコレー……と書き残して気を失った。
チョコレートが嫌いなのに何故、チョコレートネタを書かねばならない!
これがお菓子業界の陰謀か……




