調の事情
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
調
騎乗スキルを手に入れた後、私達は汗を流すためにお風呂に入る。そこでリンに身体を洗ってもらった。リンも男なんだからいやらしい事をされて気持ち悪い気分にさせられるかと思ったら別にそんな事は無かった。ただ優しくマッサージのように洗ってくれて気持ち良かっただけ。経験値が蓄積されるのも理由の一つなんだろうね。もう一つはリンが男に見えず、どう見ても一部を除いて美少女にしか見えないからかも知れない。でも、やっぱり男に洗われるのは恥ずかしい。今も洗われているティナが恥ずかしそうにしているけれど、嫌がる事はされていない。
両親が親会社の命令で決めた私の婚約者とは違う。あのロリコン野郎は許嫁なのをいいことにお風呂に連れ込んで好き勝手に私の身体を玩具にした変態だ。幸い、最後まではされてないからまだ良かったけれど。私だけなら数千人の社員の為に構わないのだけど、アイツは楓まで手を出そうとしていた。それだけは許せない。
元々楓は父の秘書の娘さんで、私の遊び相手として紹介された子だ。幼い頃から一緒に居て、既に私にとっては妹みたいな者だから、楓にだけは幸せになって欲しい。その為にリンを見極めないといけない。楓を不幸せにするなら私が始末する。奴隷の身では主人を害する事は出来ない。でも、それはあくまでも服従の首輪の効果で首輪が締まって死ぬからだ。人間を止めて身体の全てが炎になった私には意味がない。首輪を外す事も身体を崩して人型を止めれば容易いしね。楓、ユエみたいにテイムされれば話は別だけど、今のままならできる。今のところ、リンなら必要は無いと思うけれど。興味があっても襲わないヘタレだし。
「調ちゃん。何かよからぬ事を考えていませんか?」
「別に何時もの通りだけど……」
「考えているじゃないですか」
「人が何時もよからぬ事を考えていると思ってるなんて……」
「考えていますよね?」
「……考えているわね」
不思議そうに聞いてくるユエに今までの自分の事を思い出してみると、確かに考えていた。両親から与えられる教育を努力して吸収し、どうにかして親会社を貶めて我社を上にするかを必死に考えて生きてきた。うん、間違いなくよからぬ事は何時も考えている。間違いない。
「ユエの為よ」
不安な事もある。私があちらから消えた事で親会社がどうでるか。いえ、それ以前にアイツもこっちに来ている可能性がある。そもそもアイツの会社がこのゲームの制作に関わっていたはずだから。
「調ちゃんでもリン君に危害を加えたら許しませんよ。手を出すのはいいですけど」
「いいの?」
「はい。私はリン君の為になるならなんでも構いませんから」
依存しすぎだよね。どうにかしないと不味いかも。リンのせいでユエが殺人鬼になるのは……ああ、既に吸血鬼だから変わらないのかも知れない。それに殺人は必要な事だ。こっちは日本より安全じゃない。襲われれば相手を殺すのは仕方ない。殺せずに殺されるなんてごめんだし。
「そうなんだ……」
私がリンにくっついてもユエが問題無いなら大丈夫か。リンをどうにかするにしても、まずは力を付けないといけない。リンの力は使えるし、力を蓄えるには丁度いい。
リンの力、成長限界突破に経験値10万倍。努力すれば努力するだけノーリスク、ハイリターンで返ってくる。騎乗スキルがすぐに手に入った事から成長限界突破の効果はただのレベルの上限を開放するだけの効果じゃないはず。おそらく、そのままの通り限界が無いという事。つまり、才能の限界が無いという事で、それは本来習得出来ないはずのスキルすらも習得出来るという事になる。違うかも知れない。もしかしたら、皆は表示されないだけでレベル0で習得できていて、その行動を取ると経験値が蓄積されて一定値を超えたらレベル0から1に変わるだけかも知れない。どちらにしろ、検証をしないとわからない。そんな面倒な事をするよりも力を付ける事が重要だから放置しよう。
力を付けるのは何も戦闘面だけじゃなく、経済力でもそうだ。アイツがこっちに来ていたら絶対に私達にも手を出して来る。そうなるとリンが防波堤になる訳だけど、今のままじゃ辛いかも知れない。ううん、無理。アイツは絶対に課金をしまくっている。自分が強くて最強じゃないと嫌な自己中心的な奴だし。
「調ちゃん。リン君の力になってくださいね」
「わかってる」
私の膝の上で湯船に浸かっているユエを幸せにする為には手段を選んではいられない。まずは私が得意な事を伸ばしていこう。幸い、リンは列車を作るつもりみたいだから、それを利用して商売をすればいいかな。
「ご主人様、目を瞑っていてくださいね」
「う、うん……」
頼りないし、私が頑張ろう。アイツと比べたら月と鼈だし、リンの方がいいに決まっている。アイツのせいで男嫌いな私でも美少女な男の子であるリンならなんとか受け入れられるし。
お風呂から上がった後、リンとこれからの事を部屋で話す事にした。ティナは子供達の面倒を見にいったし、ユエは大人しくベッドに座ってこちらをニコニコと見ている。私とリンはお互いに向き合うようにしてテーブルを挟んで座っている。
「それで、話って何?」
「列車を作るのはいいけれど、どうせならその先もしまよう」
「その先?」
「そう。列車を使った商売。輸送をメインとした会社を作るの。こちらじゃ商会っていうらしいのだけど」
「僕達が商売なんて出来るのかな?」
「資金と地位のある後見人さえ入れば大丈夫。私には伝手が無かったんだけれど、エリゼさん達ならあるんじゃない? あのヴェロニカさんなら」
最初は商売でもして孤児院の経営を助けようかと思ったけれど、私じゃ登録出来なかった。身分が保証されていないし、元手になるものもなかった。でも、リンは違う。元手を作る手段も、伝手もある。
「確かにできるかも」
「全部私がするから、リンはお金を出して人を紹介してくれるだけでいい。もしも問題が起きれば責任は私が取るから」
「調、それは駄目だよ」
「なんで?」
何が駄目なんだろ? ただ資金を提供して株主になるだけなのに。それも私が稼いだお金の殆どを受け取れるのだし、何も問題は無いと思うんだけど。
「調は僕の何?」
「私はリンの奴隷だけど……」
「うん。調は僕の奴隷だから、調がやった事の責任は全部僕に来る」
「それなら最悪の場合、切り捨てたらいい」
「それを決めるのも僕だよ。そして、僕は調を切り捨てたりしない。責任も全部僕のものだ。調に背負わせたりしない。だから、調はやりたい事をやっていればいい」
「いいの?」
「うん。もちろん犯罪行為は駄目だよ」
リンは甘すぎる。騙されて借金とか負いそう。ユエの方を見ると頑張れと言われた気がした。
「わかった。じゃあ、資金は全部私が管理するから売買契約とか全部私を通す事。リン達にはお小遣いをあげるからそこからやり繰りしてね」
「え?」
「交渉とか面倒な事は全部私に任せてリンはいざという時だけお願いね」
「う、うん。わかったよ。でも、教えてね? 覚えるから」
「わかった。それじゃあ、ヴェロニカさんに話を通して商会の後見人になってもらって。それからエリゼさん達にも話して武具類や食料品の輸送を私達が行なえるようにお願いして」
「それぐらいならすぐに出来るよ」
これで資金は出来る。本来掛かる輸送費の六割で引き受ければいいだけだ。こちらには空間転移とアイテムボックスがある。最初はこれで運んで、列車が出来たら人を使って列車で運ぶ。何時までも輸送にリンを使うのは勿体無いし。
「じゃあ、次は列車の件だね」
「リン君、列車の動力はアンデットにするんですよね?」
「最初はそうだよ。だからひなたにも協力をしてもらう」
「ひなたは闇魔法を使うんだっけ」
「そうですよ。ですので、提案があります」
「「?」」
ユエの言葉に二人して首を傾げる。今まで参加をしてこなかったのに、列車の事に関しては口を入れて来た。という事は自信があるって事ね。
「ドリルホーン・ライノクスを列車の動力にしてしまえばいいと思います」
「アレは大き過ぎないかな?」
「その方がモンスターさんや盗賊さんは襲わないと思います。それに大きいという事は輸送出来る量も増えます」
確かに護衛や武装を考えるとコストパフォーマンスがいいかも。まあ、ドリルホーン・ライノクスが何かは知らないけれど、アンデットで大きいという事らしいからどうにかなると思う。
「小さい方が線路も使わないし、小回りが効かない?」
「リン君、小型化は最初からは難しいです。まずは大型を作って構造を理解してからじゃないと問題が多数起きると思いますよ」
「そうね。最初は試作機で量産は度外視するべきね。これが物作りの基本として私達には伝わってきているし」
「先人の知恵か……そうだね。じゃあ、大きいのを作ろうか」
「人も同時に運べれば経済の活性化に繋がるから、お金もどんどん入ってくる。最初は砦とここを繋ぐだけでも利益が生まれる。砦の実情を聞くと買い物や遊ぶ事も録にできていないし、家族とも会えないらしいじゃない。でも、ここに家族を住まわせて微かな時間で行き来できるとしたら……」
「お母さん達に相談しないといけないけど、充分な利益は生まれるよね」
商店も作るらしいからここでお金を落としてもらえる。街までレールを引けば更に人が流れて来る。当然、現状は秘匿した方がいいから砦だけになるのだけれど、後々必要になる。砦の戦力を増強する事も考えないと。
「砦の戦力はどうしますか?」
「そっちは大丈夫。兵士の人達を何人か送ってもらってシルバーウルフ達のパートナーになってもらうつもりだから。シルバーウルフの機動力と戦闘力なら充分に戦えると思うしね」
「高機動による奇襲は確かに有効ね。魔法兵や弓兵が騎乗して臨機応変に動けばそれだけで敵の被害は大きくなるでしょう」
「そうですね。連射式クロスボウでも持てば完璧ですね」
「其の辺はお父さんの領分だね。僕はシルバーウルフ達を育てるだけだ。うん、明日からはダンジョンでのレベルアップと同時に森にも入ろう」
「森ですか?」
「そう。伝令や偵察用の鳥も欲しいし、卵も食べたい。お肉の確保も大事だし、シルバーウルフやアリス達を育てるついでにね」
確かに畜産も必要ね。お肉も食べたいし、卵があればおやつも作れる。何より卵は高級品。量産できれば特産品になる。問題があるとすれば――
「森は苦手だけど、仕方ないか」
「調ちゃんは仕方ないですよね」
「森林火災は勘弁願いたいね」
炎が使えず、チェーンブレードで切るだけしか出来ない。もちろん、それでも充分なんだけど。
「さて、お父さん達に話してこようかな」
「お願いね」
「任せて」
「まあ、お二人ならすぐに許可をくれると思いますよ」
ユエの言葉通り、エリゼさんとアースさんはあっさりと商会を作る許可と輸送契約を行なってくれた。そうなるとヴェロニカさんもあっさりと陥落して彼女の上司であるクロードって人への書状を書いてくれた。これで何とかなりそう。




