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ソロ  作者: 栂ミキ
6/6

黒い外套の男

 ゴクゴク。ドンッ!

 ソロは六杯目の葡萄酒を飲み切ったところでジョッキを置いて立ち上がり、踊り子がいる真ん中へ向って歩き出した。

 ソロは酔って吹けなくなった者の木管を借り、円卓の上に座って、それを吹く。

 踊り子はソロの美しく軽快なメロディーに合わせ、踊り歌った。

 場の中心付近にいた者達は、手拍子やジョッキを円卓に叩く音で合わし、奏でる。即興で吹いたメロディーを周りの者を自然と合わせることができた。

 一階の端で静かに飲んでいる者、階段で寝そうになっている者、二階で飲み比べをしてい者もソロと踊り子の注目し、適当に歌い、飲む。

 宿屋の盛り上がりは最高潮に達した。

 夜明けはまだまだ遠い。



「おう、木管もまたさらに上手くなったな」

 ソロは木管を代わりの奏者に渡し、席に戻るとラウルは言った。もうすでに十数杯を飲んだラウルの顔はもう禁断の果実のように真っ赤で、先ほどの真剣な顔には戻らないだろう。

 ソロは昔からラウルの前で木管を吹き、その音色がラウルはとても気に入っていた。ラウルは音楽はてんで駄目で、ソロが吹き方と運指を教えたこともあった。

「まあね、最近では教会の晩餐のときにも吹いてくれって頼まれたりするんだ」

「さすがだなぁ。明日も演奏したりするのか」

「頼まれてもいるし、するつもりだったけど…」

「しないのか?」

「いや、わからない」

(あいつが許してくれるなら…)

 ソロは答えられずに苦笑いをするだけだった。

「いやー、いい音色だった」

 ラウルは満足そうにため息をついた。そして一気に飲み干す勢いでジョッキを口につけたが、中がもうないのに気づき、すかさずおかわりを頼んだ。

「もう、やめときなって」

「大丈夫。まだ量の内じゃないからよ」

 ニヤニヤ笑った顔が挑発的なものだったので、ソロもそれに乗ってやり、おかわりを頼んだ。

「あの踊り子、美人だったな」

 唐突な呟きにソロは思わず眉を顰めた。

「たしかに美人だけど、あの人にはたしか旦那も子供もいるよ」

「若いのに?」

「若いのに」

 酔っぱらっているラウルの相手が少し面倒くさいということを、今日初めてわかった。それはもちろん七年前は、酒が飲めなかったし、むろんこの時間帯はもうソロは眠っていたからだ。

 しかし、久々にラウルが帰ってきて、話が聞けて、酒を交わし合う。今夜はなんて幸せなんだ。ソロは気持ちが高揚し、急に笑いが止まらなくなった。ラウルも最初は驚いたがソロにつられ大声で笑った。


 ソロは先ほど頼んだおかわりの葡萄酒を飲もうとしたとき、あることを思い出して、ジョッキをそのまま円卓に置いた。ほんの一瞬で歓喜からの恐怖というか、その落差はソロ自身でも驚くほどだった。我に返った。まさにそうだった。

「さっき俺が木管を吹いてたとき、黒い外套を着た男の人が入って来なかった?」

 ラウルは少し考える素振りをし、すぐに答えた。

「ああ、それならあそこのカウンター席の隅で飲んでいる人か?」

 カウンター席に目をやると、窓側の席に黒い外套で、フードを深くかぶっていて、長い黒髪を垂らしている男が酒を飲んでいる。

 その姿は場の明るい雰囲気から明らかに浮いていて、一見とても怪しいが、周りにいる者は全く気にも止めず、まるでそこに誰も座っていないかのように皆は騒いでいた。あの男に気づいているのはソロとラウルだけと思ってしまうくらいだった。

「あの人も旅人かな?」

 ソロはラウルの方を向いて、小さい声で問いた。

「そうかもしれないし、巡教者かもしれない。しかし、あの服は珍しいものだ」

 ラウルはあの男については、何も知らなく、着ている服がどこの地方の物かも知らなかった。当然と言えば当然のことだがだが、ラウルにも知らないことがあるのかと、ソロは少し不満に思った。

 何気なく、ソロはもう一度その男の方に眼をやると、

 ウッ

 一瞬、目が合った。

 ソロは思わず目をそらした。

 少しわざとらしかったかもしれない。

 遠くから、しかも一瞬だったので、顔立ちはよく見えなかったが、眼だけはしっかりと見えた。その男の眼は、ソロを睨みつけているのではなく、意外にも優しそう眼をしていた。しかし、どこか怖かった。優しそうな眼だったのではあるのだが、その優しそうな眼の奥にはとても深い闇が存在しているようにソロは感じた。


 すると、扉がバタンと急に開いた。

 キョロキョロと周りを見渡す、髪の肩の高さくらいしかない短さの、可愛いらしい娘がそこに立っていた

「やっぱり、いた!」

 聞き覚えのある大きい声。

 大きい声の主は、エリサだった。エリサは店に入ってくるや否やソロを見つけ、ズカズカと怒った様子で歩いて近づいてくる。

「エリサちゃんか?」

「うん、そう」

 ラウルの問いに対し、ソロは小さく頷いた。

「なんで今日来てくれなかったの?手伝うって約束だったよね?」

 ソロの前に立ったエリサは尖った声をぶつけてくる。

 エリサは相当怒っていた。表情からもすぐに怒っている様子と判断できるが、声色と振る舞いでも簡単に察しがつく。

 エリサは乱暴に椅子を引き、ソロ達の円卓に座った。

 エリサが祭りで出店する服の仕上げの手伝いを約束していたのだが、午後はソロは教会の稽古で行けなかった。しかし、仕上げは前回手伝ったときにほとんど完成していたので、服が祭りに間に合わなくなったということはないはずだ。おそらく、祭りの前夜なので、仕上げの終了後にエリサは晩ご飯でも振る舞おうと思っていたのだろう。

「教会で稽古があったし、急に無理になるかもって前回念押ししたけど」

「稽古っていっても、夕方までには終わるはずでしょ?その後にでも来てくれてもよかったじゃん」

「そうだけど……」

 ソロはラウルの方をちらっと見た。ラウルは顔をうずめて、静かに笑っている。

「すぐに帰らないといけない用が、急にできたんだ」

 まだ気づかないのかと、ソロは少し笑みをを浮かべて言った。

「何笑ってるのよ」

 エリサは馬鹿にされているみたい思えたのか、さらに仏頂面を浮かべた。

「ところで…、そこに座っている人、誰?」

 エリサは顔をソロの耳元に近づけて、小さい声で尋ねた。ラウルは七年前と少しも変わっていないのに、なかなか思い出せずにいた。

「久しぶりだね、エリサちゃん。ラウルだよ」

 ラウルは酔って赤いままの顔を上げて、にっこりと笑って挨拶した。エリサは、ラウル?と小さく呟いて、必死に頭の隅々から記憶を掘り起こしている、が……

「ラウルさん?ごめんなさい。覚えてないです」

 私の名前を覚えていてくれて、親切に自己紹介をしてくれた人に対して、エリサは精一杯申し訳なさそうにして、陳謝した。ソロには決して見せない露天商としての顔で。

「覚えてないって、七年前に一緒に遊んでくれたラウル・レイ。俺に剣術を教えてくれた旅人だよ。お前も一緒に教わったろ」

 ソロに毎日引っ付いてたエリサは、ソロがするこすること全部真似していた。もちろん剣術修行も例外ではなかった。エリサもラウルから同じ指導を受けて、怪我で大泣きしたら、よくラウルに優しく頭を撫でてもらっていた。

 やっと思い出したのか、急にエリサの表情が緩んだ。

「あー、ラウルおじさん!思い出した思い出した!」

 ソロと話すときのいつもの大きく明るい声に戻った。

「ごめんごめん、おじさん。こんなに変わってないのに、全然思い出せなかった」

「君は大人びて、美しくなった。あんなに泣き虫だったのが、今は立派な服屋になったんだね」

「あっ、もうソロから聞いた? そうなんだ、もう立派に働いてるよ。あっ、すいませーん」

 緊張が解けた瞬間、エリサは店の手伝いの娘に蜂蜜酒を頼んだ。

「ほんとに久しぶりだね。あれから七年も経つんだー」

「だから、今日はラウルおじさんと帰ってきた聞いたから、そっちに行けなかったんだよ」

 ソロはは少し高圧的に言った。久しぶりに昔の恩人が帰ってきたというのだから、エリサの手伝いを選択肢から消すことは当然のことだろう。

「それはわかったけど、じゃあ今日の来なかった分、明日の店番頼んだわよ」

 エリサはソロの事前に言い訳をぶら下げた態度が癇に障ったのか、いつもの優位性を保つため、下でには決して出ない。

「剣の腕は良くても、かかあ天下の亭主は戦場から帰って来んのが相場だぞ」

 ラウルはラウルは茶化しながら、再び酒を飲み始めた。

「バカ言うなよ。こんなの嫁じゃないよ」

「こんなのって何よ!」

 啀み合ってる二人を他所に、頼んだ蜂蜜酒が運ばれてきた。

「まぁ、旦那さん、奥さん。とりあえず乾杯といきましょうしゃ」

「だから夫婦じゃない!」

 ラウルの茶化しに、二人は同時にラウルの方を振り向いて、大きく叫んだ。


 ん?

 今度はエリサを含めた三人で円卓を囲み乾杯を終えて、ソロがジョッキを口につけた瞬間、例の窓際の黒い男と再び目が合った。先ほど同じく優しそうな眼。その眼の奥はやはり深い闇とともに、鋭さを感じた。しかし先程とは違う、なにか違和感を感じた。

 確かに感じる違和感。

 この違和感は、先程目が合ったときにすぐに目を背けて、しっかりとその男の眼を凝視しなかったので、小さな変化を大袈裟に感じてしまっているせいなのか。それとも男にとって何か状況が変わってしまったせいなのか。

 もしや……

 ソロは用心のため、ジョッキを口につけるだけで、酒は飲まなかった。一方でラウルは一気に飲み干し、エリサも負けじと全部飲み干すや否やおかわりを要求した。

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