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ソロ  作者: 栂ミキ
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西ローマ帝国 ラヴェンナ

四七六年 七月


 泥まみれになりながらもただただ地面を掘る奴隷達は、何を考えているのだろうか。自分もいつかはこうなるのか、冷たく暗い土の中に、人知れず埋められていくのは怖いとか。

 いや、おそらく何も考えていないだろう。ただ土を掘ることだけで必死で。

 しかし、奴隷以外もそうだ。こうやって上から奴隷が働くのを監視し、そこに埋められる貧しい死体を見下す。これは物理的に見下すのであって、地位とかそういうのではない。死体を扱うといってもこう毎日だと、もうそれは作業になってしまう。

 ローマ帝国内に出稼ぎ、或は成すがままにやってきた異邦人が、帝国の大不況に陥るととは思わなかったのだろう。また死体には、明らかにローマ人の顔立ちの者も混ざっている。

 もうローマ帝国は終わりだ。帝国内にいる誰もがそう思い始めた時代であった。

 家を出たときとは打って変わっての雨雲に、細く、でも確かに人を濡らす雫で、地面は泥濘んでいた。でもその分、土を掘るのは捗っているようだ。

「おいソロ、外套はどうした? 寒いだろう」

 同じ修道院見習いは、自分の外套をはためかせ、眉をひそめて訊ねた。ソロは教会に忘れたと軽くあしらった。教会を出るときはまだ、雨雲一つなかったからだ。

 教父が足を折った羊を生け贄として、死体が積まれている大穴に放り込んだ。そして、聖書を読み出す。先程までは土を掘る音、教会の者達の話声、それと時々罵声が行き交っていたが、このときばかりは教父の声以外の音はしなかった。

 こうした光景をこう毎日見ると、何も考えなくなるを通り越して、頭が爆発するほど痛くなってくる。生きている者と死んでいる者の違いとか、本当にこの儀式は意味があるのかとか、自分自身もいつかはこうなるのかとか、ソロは何度も同じようなことを頭で往復させるのだ。

 しかし、その中でも毎日決まって考えてしまうことがある。この死体にもここまで生きてきた人生があったのだろうか、という常人が考えたらすぐに答えが出るようなことだ。ましてや、常人なら気にも止めないようなことだ。それはもちろん、「ある」が正解なのだが、しかし毎日ここから見る腐った死体は、もうソロにとっては木や石ころのように見えてしまうのだ。今までこの死体は本当に生きていたのだろうか、息をしていたのだろうかと疑ってしまう。

 それと同時に、「お前は生きろ!」という言葉がソロの頭を何度もノックする。

 これは五年前くらいから夢に出て来るようになり、ソロはいつもベッドから体を起こしてはこの声の正体を探ろうとするが、見つけ出すことはできない。

 しかし、葬儀の監視の任のときに何故か、この夢のことを考えていると、この声の正体に近づけそうになる。それでも、惜しいところで取り逃がしてしまうのだ。

 掘った土を被せ終えると、ここからソロは教会の中には、街の子供達に剣の稽古を付けてやらなければならない。街一番の剣の腕を持つ者は、仕事が増えるのだ。

 この何万と死体が埋まった野原を去るときには、全身の服を湿らせた雨は止み、雨雲の隙間から小さな光が何本も漏れていた。


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