第98話 世界樹の森の戦い2
ルシアは語る。
グロブスターとは、モンスターたちがその地に穿つ楔であると。
どういう原理かはわからないが、生け贄の女性をエネルギーに変換して、転移門の役割を果たすという。
またトークンと組み合わせることで、一部のモンスターを生み出すこともあるという。
後者については、アリスたちが洞窟で見た、蜂のことだろう。
グロブスターによって蜂の卵を産みつけられた少女たち。
ぞっとする話だった。
「生け贄にできるのは、女性だけなのか」
「報告書を見る限り、そのように考えられているようです。わたくしは現物を見たことがありません」
なるほど、そりゃ王女さまにあんなエログロなもの見せないよなあ。
とはいえまあ、ぼくたちの山でも、オークは女の子だけを選んで洞窟に連れていった。
グロブスターの生け贄にできるのは、本当に女性だけなんだろう。
こんな世界だ、マナがどうとか適当な理由があるに違いない。
そのあたりについては思考停止した方がよさそうだ。
事実として、グロブスターという存在がモンスター侵略軍の基軸になっているのだから。
「グロブスターを放置すると、その地はモンスターの拠点となってしまいます。転移門のエネルギーさえあれば、次々と新たなモンスターを呼び出せるのです。メキシュ・グラウのような戦略級のモンスターが複数呼ばれてしまえば、その地の奪還はほぼ絶望的であるといえます」
あー、なるほど、そりゃそうだよな。
さっきのヘシュ・レシュ・ナシュでの戦いの場合、ホブゴブリンの隊長が、グロブスターを苦し紛れに呼び出した。
そのグロブスターが、一体だけ、メキシュ・グラウを召喚した。
町が占拠され、女性たちが生け贄となった場合、メキシュ・グラウが複数体、呼び出されていたかもしれないってことか。
というか、だったらいま、この地にグロブスターがいたら……だいぶマズいんじゃ。
「はい。グロブスターが出現する条件はよくわかっていませんが、もしこの二十三番街区に神兵級モンスターが複数出現したならば、この地の放棄は決定的となるでしょう」
「奪還を狙ったりはしないわけ?」
「この地を転移門ネットワークから切り離してしまえば、モンスターが世界樹の中心部に現れる心配もありません。今日、いたずらに戦力を擦り減らすわけにはいかないのです。決戦は、明日なのですから」
ああ、そういやそうだった。
明日、世界が滅亡するようななにかが起こるんだっけ。
だからここでの戦いは……あくまで、オマケみたいなもんなんだよな。
いやまあ、オマケといっても、この地のひとたちにとっては死活問題なんだろうけど。
でもリーンさんたち指導者にとっては、千人の一般人の死よりも百人の兵士の命の方が重要なのだ。
なにせ明日、失敗すれば、この大陸の人々はすべてを失うのだから。
「加えて、グロブスターは、世界を転換させます。いくつもの国が、モンスターによる長い占拠ののち、ひとが住めぬ不気味な魔界に変貌しました」
「魔界って……」
「腐臭漂う草原、奈落の底のような不気味な生物で溢れる森、そして濁った毒の湖、そういったもので構成された……おそろしい世界だと聞きます」
あー、つまり普通の大地を腐海にしちゃうような、そんな感じか。
どれくらい放置していたら、そうなるのかな。
ぼくたちの山の場合、三日目の午前中にあれを始末したわけだけど……。
「ま、そういうことなら、さっさとグロブスターを見つけて、潰そうか」
「そうね、わたしに任せて! あんなグロ物体、ずばーんってぶったぎってやるわ!」
たまきは相変わらず、鼻息が荒い。
うん、えーと、まあ、期待してます。
ミアのスキルポイントは貯めるしかない。
ぼくたちはもとの場所に戻る。
ミア:レベル20 地魔法4/風魔法7 スキルポイント2
※
白い部屋から帰還して、すぐ。
たまきは剣を薙ぎ払い、残る二体の蜘蛛人間を始末する。
そのタイミングで、最初に倒したアラクネが宝石に変わる。
青い宝石が一個だった。
うわー、こいつ一体で、エリートと同じくらいのちからがあるってことか。
こりゃたしかに、普通の兵士じゃどうしようもない。
樹上の町が騒がしくなる。
あちこちの樹のうろから、アラクネが顔を出す。
作戦通り、たまきはあまり遠くまでいかず、橋を渡って迂闊に近づいてきたアラクネ二体の方へ突進する。
アラクネたちは、立ち止まり……。
一斉に、口から白い糸の束を吐き出す。
「わっ、わーっ」
勢いのついていたたまきは、蜘蛛の糸が展開されるなかに突っ込み、見事、からめとられてしまう。
白い繭ができあがった。
あーもー、充分に警告したのに!
だが幸い、ぼくたちとたまきの距離は三十メートルといったところだ。
これは、充分に攻撃魔法の届く範囲内である。
「ルシア、ファイア・アローだ。目標、たまき」
「え……? は、はいっ」
一瞬、戸惑ったルシアだが、ぼくの命令に従い、ファイア・アローを放つ。
五本の矢は、白い糸にからめとられたたまきに全弾命中。
たまきの全身が、燃え上がる。
いや、本当に燃えているのは、たまきをからめとった粘性の蜘蛛の糸だ。
たまき自身には、レジストがかかっている。
さしたるダメージではないはずだ。
はたして、たまきは「あっつーいっ」と叫びつつ、白い剣をぶんまわす。
火のついた蜘蛛の糸が四方に飛び散る。
その一部はアラクネたちのもとにも届く。
蜘蛛人間は、慌てて身についた火を消そうとバタバタする。
ルシアによると、このあたりには昨日、大雨が降ったらしい。
木々は根から水を大量に吸い上げ、また樹皮も湿っている。
「いまのうちだ、アリス、ミア」
「はいっ」
「ん」
アリスが突進する。
ミアの放ったライトニング・アローが、アラクネたちを串刺しにする。
たまきは空中でぐるぐる回転して、目をまわした様子で、ふらふらしている。
「ふあぁ、カズさぁん、助けてーっ」
おい、こら……。
いやまあ、囮としての役目は果たしているんだけどさ。
アリスの刺突が、アラクネの一体の心臓を貫く。
ここでぼくがレベルアップする。
※
白い部屋に来たとたん。
アリスが「だいじょうぶ、たまきちゃん」と火だるまになった親友を気遣う。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ! レジストのおかげであんまり熱くなかったわ!」
「ごめんよ、たまき。でも、あのときはあれが一番だと思った」
「わかっているわ、カズさん。……でも」
といって、たまきは上目遣いにぼくを見上げ、にへらと笑う。
「あとでたっぷり、慰めて欲しいわ」
「あー、うん、そりゃもちろん、たまきの気が済むまで」
とりあえず頭を撫でてやると、たまきは気持ちよさそうに目を細める。
ま、いまはこれでいいだろう。
さて……。
「それじゃ、ぼくはこれで、召喚魔法を上げようと思う」
「付与魔法じゃなくて、いいんですか」
アリスがきょとんとする。
まあたしかに、五人パーティになったから、付与魔法を上げると戦力の向上も著しいわけなんだけど……。
前衛が増えたならともかく、後衛が三人になったわけだからなあ。
「敵の数も多い。使い勝手のいい盾がいれば、アリスは中衛として戦える。かわりに使い魔がたまきのフォローをすればいい。たまきがひとりで孤立するのは……な?」
「あ……そうですね」
「え、なに? なんでカズさんとアリス、見つめ合って以心伝心っぽい感じになっちゃってるの?」
なんでもなにも、いまの一連の戦いでよくわかっただろうに……。
きみって子は、ほんと、ひとりにさせると危なっかしいのだ。
いや、そこがいいってのもあるんだけどさ。
少なくとも、未知の敵に対して物おじせず突っ込めるというのは、ある種の才能だと思う。
これがミアなら、慎重にいきすぎていたことだろう。
「ん。適材適所」
「そういうもの……なのでしょうか」
ルシアが小首をかしげていた。
うん、いやまあ、わからなくてもいいです、こんな妙な信頼感。
かくしてぼくは、召喚魔法をランク8に上げる。
和久:レベル26 付与魔法5/召喚魔法7→8 スキルポイント9→1
※
もとの場所に戻ってすぐ。
残る一体は、ミアが放った二発目のライトニング・アローによって矢ぶすまにされ、絶命する。
青い宝石へと変化する。
よし、順調だ。
とはいえ敵はすでにこちらに気づき、あちこちから集まってきている。
こうなると、さすがに前衛の手が足りないだろうから……。
「サモン・グレーターエレメンタル:ファイア」
ぼくの呼びかけに応じ、身の丈二メートル半を超える炎に包まれた巨人が出現する。
巨人の手には、炎に包まれた長い曲刀が握られていた。
ランク8の召喚魔法は、ランク5のエレメンタル召喚の上位版なのだ。
今回出てきたファイア・エレメンタルも、ランク5バージョンよりひとまわりおおきい。
その戦闘力も、桁違いだ。
使い魔の戦闘力はおおむねランク-2であるから、このファイア・エレメンタルは、アリスと同じくらい強いはずである。
「ミア、こいつに……」
「ん。フライ」
こちらのもとまで降りてきたミアの飛翔魔法によって、ファイア・エレメンタルの身体がふわりと宙に浮く。
ぼくもファイア・エレメンタルにキーン・ウェポン、フィジカル・アップ、マイティ・アームをかける。
「アリス、下がれ! ファイア・エレメンタルはアリスのかわりにたまきのサポート! いけ!」
「心得た、ご主人」
ファイア・エレメンタルは野太い声でそういって、舞い上がる。
ぼくとルシアとミアは、アリスに護衛されながら慎重に上昇する。
その間も、たまきとファイア・エレメンタルは敵の陣の薄いところへ突撃、破壊を撒き散らす。
さらに一体、アラクネを倒したところで、ルシアが「レベルアップしました」と告げる。
次の瞬間、ぼくたちは白い部屋に赴いていた。