第97話 世界樹の森の戦い1
『ぼくは異世界で付与魔法と召喚魔法を天秤にかける』
双葉社モンスター文庫より、本日発売です。
ええと……たぶん。(予約投稿だから確かめられません)
「アラクネは口から蜘蛛の糸を吐き出し、拘束してくるといいます。また高い運動能力を有し、木から木へと飛び移るそうです」
上半身が人間、下半身は蜘蛛のモンスターを見て、ルシアが説明する。
口ぶりからすると、あくまで知識だけで、実際に見たのは初めてなのだろう。
説明を聞く限り、森に特化したモンスターみたいだ。
「蜘蛛の糸は、火に弱いそうです。また弓矢や槍を使っても、光の民の兵士より腕が立つそうです」
ってことは、武器のランクが3くらいか?
そういや、ここを守っていた兵士たちって、敗走したんだよな。
住人も、全員が殺されたとは思わないけど……。
「ここまで飛んでくる途中で、逃げるひとは見かけなかったよね」
「わたくしたちが使用した転移門は、軍事用の転移門として機密指定になっております。光の民の一般人が使用できる転移門は別の場所にあります。そちらに逃げたのでしょう」
「ってことは、モンスターたちもそれを追いかけている?」
「おそらくは。ここにいるのは、追撃に加わらなかった部隊だと思われます」
残りモノか。
それでも、この村全体で三十体以上、いるようだ。
ランク3の敵だけが相手なら、三十体でもなんとかなるだろうけど。
「とりあえず、突っ込んでいい?」
待機に焦れたのか、たまきがいう。
うーん、たしかにいつまでも隠れているわけにはいかないんだけど。
いや……ここは思い切って突っ込んでみるか?
ぼくは、いまのうちに皆に付与魔法をかけておく。
まずは定番のキーン・ウェポン、フィジカル・アップ、マイティ・アーム、クリア・マインド。
ミアとルシアにはスマート・オペレイション。
それと、ディフレクション・スペルからのレジスト・エレメンツ:火。
さらに、ミアにディフレクション・スペルを使う。
ミアは直後にフライを行使し、全員に飛行能力を与える。
身体がふわりと浮きあがり、ルシアが「わわっ」と慌てた。
銀髪の少女は、反射的にぼくの腕にしがみつく。
思ったよりふくよかな双丘が、ぼくの腕で押しつぶされる。
アリスが「むー」とぼくを睨む。
待ってください、いまのはセーフ、緊急避難です。
っていうかきみ、ハーレムOKとかいいながら、割と嫉妬深いよね。
もちろんアリスの嫉妬はぼくにとってご褒美なんですが。
「カズさん、にやにやしてます」
アリスが口を尖らせた。
はい、すんません。
調子に乗りました。
それはさておき。
「たまき、蜘蛛の糸に気をつけて、突っ込んでみてくれ。敵の注意を惹きつけろ。アリスとミアはその後ろで支援。ルシアはぼくと一緒にここで待機」
ところで、と一応、ルシアに訊ねる。
「光の民の倫理観的に、この村をまるごと破壊して敵を倒すと……ぼく、恨まれるかな」
「どうしても必要だった、ということであれば、カズさんの弁護をいたします。ですが、森を不必要に破壊する行為は、彼らにとって好ましいことではありません」
そりゃそーか。
っていうか、村を破壊することより、森を破壊されることを嫌がるわけか。
「それに、生き残っている住民が、まだいるかもしれません」
「敵に占拠されているのに?」
そういったあと、中等部の校舎でオークたちにレイプされていた少女たちの姿を思い出す。
あー、このアラクネってやつらも、そうってことか?
「みなさんがグロブスターと呼ぶモンスターに、生け贄として捧げられているかもしれないということです」
あ、なるほど。
あいつかー、つーかグロブスターの役割について、もっと聞いておくべきだったかな。
いまは時間がないけど。
「わかった。とりあえず、穏便に敵を全滅させられるよう努力する。たまき……ヘイスト」
「ええ、任せて! いってきます!」
たまきはヘイストによって全身を赤く輝かせ、草むらから飛び出す。
地面を蹴り、宙を舞って樹上、三体固まったアラクネに突進する。
アラクネたちはすぐたまきに気づくが……。
「ライトニング・アロー」
ミアが七本もの雷の矢を放つ。
三体に目標をばらけさせているため、一体あたり二本から三本。
だが、命中した雷の矢によって、アラクネたちは鋭い痛みを覚えたようである。
蜘蛛型モンスターが悲鳴をあげる。
たまきへの注意が、一瞬、それる。
その一瞬で、たまきは敵に肉薄していた。
アラクネたちは慌てて槍を構えようとするが……。
「遅いわっ」
たまきが白い剣を振るう。
って、まだアラクネとは三歩ほど距離があるぞ!
と、思ったのだ、が。
まるで剣が伸びたかのように見えた。
少し離れた位置からの白い光輝を残した斬撃によって、アラクネの胴が真っ二つに切り裂かれる。
えー、いまのって……。
「ん。レベルアップ」
ミアが呟く。
※
「見た見た、カズさん! わたしの必殺技!」
「あ、ああ、見た……けど」
白い部屋にいくなり、たまきが嬉々として飛びついてきた。
とりあえず頭を撫でてやる。
けど、これって……。
「メキシュ・グラウ相手じゃ効かないので、さっきは使わなかったんですけど」
アリスが苦笑いする。
「たまきちゃん、ランク8になったとき、切り裂くちからを遠くに飛ばせるようになったって……」
「おおう、ファンタジー」
ミアがあんぐりと口をあける。
いやまあ、ファンタジーではあるんだけどさ。
ぼくだって、呆気にとられてるよ。
「どうやったんだ」
「少し離れた相手に当たる気がしたの。だから、ずばしゃー、ってやったら、ずばーっってなって、どしゃーん、だわ!」
「日本語で話せ」
いやまあ、だいたいニュアンスはわかるけどさ。
「ん。武道でいう、遠当てっぽい。はるかに威力があるけど」
ミアがいう。
波動拳とかソニックブームみたいなもんか。
これはもう、理屈どうこうじゃなくて、そういうもの、なんだろうなあ。
ランク8、マジぱねえっす……。
「でもね、遠くの相手にはきかないし、威力もあまり出ないの。だからメキシュ・グラウには使わなかったんだ」
「だいたい、どのくらい先まで飛ばせるんだ」
「いまみたいに叩き斬るなら、二、三歩先が限界かなあ。相手を吹き飛ばすだけなら、十歩先でもできるわ」
おお、やりかた次第では、結構便利そうだ。
たまきにそんな臨機応変さを望めるかというと、どうにも微妙な気はするけど……。
これ、ランク8になったら誰でも使えるのかな。
あるいは、ランク8プラス白い剣のちからなのか。
実験してみよう。
ぼくは適当な剣を召喚し、たまきに渡す。
「これでぼくに、その遠当てを使ってみてくれ」
そういって、十歩離れたところに立つ。
たまきは「任せて!」といって剣を振るい……。
風圧は、すごかった。
さすがにランク8だと思う。
でも、それだけだった。
「あ、あれー?」
「たまき、次は白い剣でやってみてくれ」
「そうね、わかったわ!」
たまきは白い剣に持ち替え、斬撃を放つ。
十歩の距離を置いて、その光輝がグンと伸長する。
気づいたとき。
ぼくの身体は、吹き飛ばされていた。
白い部屋の壁に激しく叩きつけられる。
「カズさん、だいじょうぶですか!」
「わ、わあっ、カズさん!」
アリスとたまきが駆け寄ってくる。
たまきは涙目だ。
いや、ぼくがやれっていったんだからさ、気にするなよ。
お腹を見れば、ジャージの前に、一本、黒く煤けたスジが入っていた。
これが……遠当ての威力。
っていうか、白い剣の追加能力、みたいなものなのか?
こんなちから、ジェネラルは使ってこなかったように……。
と考えたとき、ふと思い出す。
「指弾って、この白い剣のちからで増幅してたのか!」
忘れもしない、ミアの腕をちぎり取ったあの一撃の威力。
ただ石を飛ばしただけにもかかわらず途方もなかったあの破壊力は、ひょっとして、この白い剣のちからだったのかもしれない。
あいつから白い剣を奪ったときには、すでに指弾を封じたあとだったせいで、気づかなかった。
いやまあ、いまとなっては真相はわからないし、どうでもいいことなのかもしれないけど。
「うーん、カズさん、わたしも石をバシーっって飛ばしてみる?」
「やめとけ、やめとけ。たまきはそんな複雑なことしなくていい。目の前の敵を剣で斬り伏せていればいいんだ」
「わかったわ! あれ、なんでアリスもミアちゃんも、そんな生温かい目なの?」
きょとんとするたまきの頭を、ぼくはよしよしと撫でた。
いいんだ、きみはそれでいいんだ。
昔から、アホの子ほどかわいいっていうだろう。
さて。
それはそれとして、とぼくはルシアに向き直る。
「なにか、いいたいことがあれば、いまのうちに聞くよ」
ぼくたちのやりとりを黙って見ていたルシアは、ハッとした様子でぼくを見る。
しばし、沈黙。
まあ、ぼくから切り出すか。
「たとえば、さっき、ぼくが兵士ひとりにビビってたこととか、不思議に思っていたみたいだから」
「はい。カズさん、あなたはまるで、気弱な一般人のように思えました。なのに、いざ戦いとなると、誰よりも冷静に戦場を見て、的確な判断を下せるようです」
「ほんの二日前の昼までは、気弱な一般人だったからね。わかるだろう。ぼくたちがこの三日間を生き延びることができたのは、スキルシステムのおかげだ」
でも、心はスキルのようには成長しない。
クリア・マインドがかかっていたらまた違うのかもしれないけど、あいにくあのときは、付与魔法が切れていた。
生身のぼくは、所詮、その程度なのだ。
「ひどくアンバランスなのですね」
「ああ。きみにも、このことは理解しておいて欲しい。……ひょっとしたら、きみが指揮を執った方が上手くいくかもしれない」
ルシアは首を振った。
「たとえ、たった三日の経験しかないとしても、あなたがたはその三日間で、常人の数年分の経験を積んでいたのでしょう。手慣れた戦い方を見れば、わかります。対してわたしは、手に入れた魔法を使うタイミングすら逸してしまいました」
なるほど、それはあるかな。
もう、何体オークを倒したかわからない。
ホブゴブリンだって、まとめてたくさん殺した。
そして、メキシュ=グラウ。
神兵級と呼ばれるあれにすら、臆せず戦うことができた。
たしかに、ことモンスターを相手にしての戦いでは、一日の長がある気がする。
「心配なさらずとも、カズさん。わたくしはあなたの立場を奪う気などありません。あなたが戦い以外に素人だとしても、影から補助いたしましょう。ただ、ひとつだけ申し上げるなら……。指揮官は、堂々としていてください。あなたが堂々としているだけで、この部隊の活躍を見た光の民の兵士たちは、勇気づけられるのです」
なるほど、そうかもしれない。
あの兵士が怒ったのも、心強い援軍として期待していた相手が、ぼくみたいな弱々しい男だったからなのかもしれない。
まあ、いい。
ぼくは肩をすくめてみせる。
いまは、目の前の状況について対処しよう。
「グロブスターについて、詳しく教えてくれないか」
「え、あ、はいっ」
ルシアはぼうっとしていたようだが、はっとわれに返る。
「どうした」
「い、いえ、あの。たまきさまが、あまりに……すごくて」
「あ、ぼく以外もみんな、呼び捨てでいいよ。じつのところ、ぼくも呼び捨てでいいけど……ま、そのへんは好きなように。とにかく、さま、は禁止。いいね」
ルシアは首を振ったあと、「では、たまきさん、で」とうなずく。
「ランク8とは、なんともすさまじいものなのですね」
「ああ、すごいよ。というか、そのすごいランク8にぼくが付与魔法をたくさんかけても、メキシュ・グラウを相手にはひとりじゃ勝てない」
「当然です。あれは……本当に、とてつもない存在なのですから」
そうみたいだなあ。
正直、あれが複数出てくるような事態は、ゴメンこうむりたいところである。
「ところで、グロブスターの話でしたね」
「ああ。さっきちょっと名前が出たから、思い出したんだ。あれはいったい……なんなんだ」
ルシアは目を伏せた。
しばし、沈黙する。
なにごとか決心を促すように、二度、三度と首を振り……。
顔をあげ、ぼくを見る。
「あれは、モンスターたちの侵略の動機そのもの、すべてを終わらせるための兵器です」
亡国の王女は、胸もとに置いた手をぎゅっと握った。
激しい感情を押さえ込もうとしているのだと、ぼくは気づく。
そして彼女は、次の言葉を告げる。
「わたくしの国の森は、グロブスターによって、二度ともとに戻らぬほど破壊されました」




