第96話 世界樹
もとの場所、木のうろにできた空洞の謁見室に戻る。
リーンさんは、ルシアと視線を交わし、うなずきあう。
「よかったわ、ルシア」
「あなたのおかげです、リーン」
ふたりは仲良しさんなわけか。
光の民の代表者であるリーンさんは、そんな仲良しさんを、ぼくたちのパーティに送り込むのか。
いや、リーンさんは為政者だ。
個人の好悪とは切り離して、ルシアを駒として使っているのかもしれないけれど。
それでも彼女がルシアという友人を大切にしていることは、その気持ちは、いまの笑顔ひとつで伝わってくる。
わざわざそれをぼくに見せるということは、つまり、それだけぼくたちを信用しているぞ、という圧力か。
あるいはそれ以上に、どうかルシアを頼むと、為政者の立場を超えて「お願い」しているのか。
どちらでもいい。
ぼくたちにとって、ルシアはこの上ない「お買い得」な人材だ。
というかマジでもらっちゃうよこのひと。
もう返さないよ。
「あなたがたには、森の南西、第二十三街区に向かっていただきます。敵の一部隊がそちら方面より侵入してきたようなのです」
「数は、どれくらいなんですか。あとモンスターの種類は」
「百体以上、五百体以下だと思われます。種類についての情報は、まだわたしのもとに到達しておりません。前線の指揮官にお聞きください」
なるほど、五百体以下か。
オークなら五百体って、ぼくたちの山を襲った集団がそれくらいだよな。
ましてやホブゴブリンが五百もいると……そこに幹部クラスが混じると、ぼくたちだけじゃ無理だ。
「基本的には、現地の部隊がことに当たります。みなさんには、特に強力なモンスターがいた場合の対応をお願いいたしたいと思います」
「わかりました」
うん、その使い方が、一番いいんだろうな。
経験値を稼ぐ分には、雑魚を散らした方がいいんだろうけど。
「ルシア、転移門への案内をお願いいたしますね」
「わかりました、リーン。では、行ってまいります」
ルシアが口もとで笑った。
とても自然な笑み。
さきほどの冷たい笑みとは違い、目もとも緩んでいる。
ああ、こいつ、こんな風に笑えるじゃないか。
※
ぼくたちは、一度転移門で世界樹に向かい、そこから地方転移門へワープするのだという。
ルシアが転移門まで案内してくれた。
彼女の指示に従い、魔法陣のなかに入る。
そばに待機していたローブの兵士が、朗々と歌を歌った。
どこか君が代を思わせる、渋い歌だった。
え、なに? と思う間もなく、転移特有の、あの意識が途絶える不快感。
直後、ぼくたちの周囲の景色が変化している。
ぼくたちは、体育館ほどもある巨大な広間に出現した。
まわりには多数の兵士。
彼らはここにテレポート・アウトしては、キビキビと歩いて外に出ていく。
外で、人々が騒ぐ音がする。
いや、ええと、これは……。
ぼくたちは、誘われるように広間の外へ出た。
予想通り、この巨大な広間もまた、超巨大な樹のうろを利用してつくられたものであった。
そして。
外に出たとたん、強い風が吹き抜けて、ぼくはよろめいた。
耳鳴りがする。
いや、これは……風に乗って、鈴の音のような歌が聞こえてきているのだ。
「誰かが……歌っている?」
「はい。結界を維持しているのです」
ぼくたちの一番後ろから、ルシアがいった。
「これは世界樹を周囲の空間から切り離し、この転移門以外から出入りできないようにする、特殊な結界魔法なのです」
「歌が?」
「はい」
え、でも。
この音は、どちらかというとフルートの音色のようで、でも歌のように耳に響いて……。
「いったい、誰がこんな……ヒトのものとも思えないような音を……」
「世界樹です。世界樹が、歌っているのです」
ぼくはルシアをまじまじと見た。
彼女はさきほどまでと同様、平然としていた。
えー、マジ、なのか。
「魔法がある世界。木が歌ってもおかしくない」
ミアがいった。
うわー、おまえ順応性高いなあ。
「でも、ルシアさん。その世界樹って、どこにあるんですか」
「あそこです」
ルシアが指差す、正面。
そこには、ただ緑色の壁面だけがあった。
いや、違う。
ぼくはすぐ、思い違いに気づく。
それが一本の木なのだと、認識を修正する。
上下左右、見渡す限り果てしなく続くその壁面は、あまりに近すぎるがゆえの錯覚。
それがとてつもない大樹であるがゆえに、天を仰げば雲すら突き抜ける絶壁のようにしか見えない。
常識を突き抜けた雄大さゆえに、地平線の彼方までもその絶壁が続いているようにしか見えない。
本来、円柱の形状をしているのだろう。
ずっと遠くから見れば、どでかい、どでかい、巨大な木が見えるのだろう。
「これが……世界樹、か」
ぼくは、感嘆の声を出す。
思わず、喘いでしまう。
圧倒されていた。
背筋が震える。
深い深い、畏怖を覚える。
こんなものを見て、いったいなんと口にすればいいのだろう。
こんな存在を前にして、どんな気持ちになればいいのだろう。
そして、ぼくは、こんなものが存在する世界に対して、どんな態度で臨めば……。
「うわー、でっかーい」
たまきが、彼女らしい、とてもシンプルな感想を口にした。
いやはやまったく、彼女には敵わない。
ぼくは思わず、苦笑いする。
そうだ、ただでかい、と口をあんぐり開ければいい。
あるものを、あるように捉えて、そこで終わりにすればいいのだと気づく。
いや、たまきに気づかされてしまう。
「ルシアさん、行こう。戦場に」
「わかりました。こちらです」
ルシアの案内で、樹上に渡された橋を歩きだす。
そう、世界樹の観光なんてあとでいい。
世界樹の意味について考察するのは、暇になってからでいい。
いまぼくたちがするべきことは、ただ戦うことである。
モンスターの脅威を打ち破り、共闘関係となった光の民を助けるのだ。
ぼくたちは別の大樹のうろに入る。
そこの転移門から、ワープする。
※
二度目にテレポートアウトした先は、ひどく混雑していた。
屈強な光の民の戦士たちが、樹のうろから出てきたぼくたちを一斉に睨む。
百人以上の視線を浴びて、ぼくは思わず、たじろいだ。
ぼくが気おされたことに気づいたのだろう。
犬耳を生やしたけむくじゃらの大男が、これみよがしにバカにした表情で、上体を揺らしながら器用に吊り橋を渡って近寄ってくる。
「なんだ、こんなやつらが、リーンさまのおっしゃっていた援軍ってわけか」
犬耳の獣人は、ぼくを見下ろして、鼻で笑う。
睨みすえてくる。
「お前みたいなガキに、なにができる」
なぜか、そんな彼の馬鹿にした態度が、シバのやつに重なった。
ぼくの脳裏を、あの忌まわしい日々の光景がよぎる。
フラッシュバック。
まずい、とぼくはとっさに顔をそむける。
ここでパニックを起こすのだけはダメだ。
だがその態度は、余計に相手の嗜虐心を刺激してしまったようである。
「こいつ、おれなんかにビビってやがるぜ」
ぼくに、一歩、近づく気配。
やばい、震えが止まらない。
そんなぼくに、犬耳の男が手を伸ばしてきて……。
ぼくの手が、ぎゅっと握られる。
右手をアリスが、左手をミアが。
ぼくの震えが止まる。
そして。
「そこまでに、してよ」
顔をあげれば、いつの間に動いたのか。
たまきが白い剣を抜き、犬耳の男の首筋にその刃先を突きつけていた。
まさに電光石火。
たまきの行動に、場の空気が変化する。
余所者に侮られた、と感じた血気盛んな男たちが、ほかの吊り橋からも接近してくる。
太い木のうろから出たところの広場で、ぼくたちは逃げ場がない。
一方、光の民は、三方向の吊り橋から距離を詰めてくる。
いやまあ、相手になっても、いいんだけど。
「カズっち、もうビビってない?」
「実はまだ、かなりビビってる」
ぼくはひきつった笑顔を浮かべた。
「じゃあ、逃げよっか」
「でも」
「もう、いいよ。わたしたちがいらないなら、わたしたちは、勝手に動こう」
「あ……ああ」
そうだな、とぼくはうなずく。
たしかにミアのいう通りだ。
彼らを説得するために時間を費やすより、実際に戦ってみせた方がよほど手っ取り早い。
いやまあ、だいたい全部、怯えちゃったぼくが悪いんだけど。
そりゃ、侮るよなあ。
リーダー失格だなあ。
「ん。カズっちのことを知らないやつには、好きなだけいわせておけばいい。ルシアちん、敵が侵攻してきた方角って、わかる」
「はい。おそらく、この先の村が襲われたはずですが……このまま行くのですか」
一連のなりゆきを見守っていたルシアが、戸惑いがちに訊ねてくる。
ぼくは、意を決してうなずいてみせる。
彼女を失望させたかもしれないけれど、それでもやはり、ぼくはこのパーティのリーダーなのだ。
「形はどうであれ、まずは敵を削る。ぼくたちなら、単独で被害なく、それができる」
ルシアはもう少しなにかいってくると思ったが、「そうですね」とうなずいただけだった。
ぼくがディフレクション・スペルをミアにかける。
ミアがフライを全員に拡散させる。
ぼくたちは空に舞い上がり、唖然とする光の民をおいてけぼりにして、一路、敵のいる方角へ飛ぶ。
※
三十分ほどのち。
ぼくたちは、地上の茂みに潜み、炎に包まれた樹上の村を下から観察していた。
たぶん、あそこも光の民の住処であったのだろう。
兵士たちは、完全においてきぼりにしていた。
彼らが途中で戦いに巻き込まれなければ、一時間後くらいに到着するだろう。
ぼくたちの戦いが終わった、そのあとに。
いやまあ、どうしてもぼくたちだけでは敵わない敵だったら、兵士たちのちからを借りるかもしれないけど……。
でもその場合、メキシュ・グラウより強い敵が出てくるとか、千体くらいのモンスターが出てきているとかだよなあ。
転移門を通じて戦力を融通しやすいとはいえ、短時間でそんなにたくさんの兵隊を集められるとは、とても思えない。
結局のところ、だいたいぼくたちでなんとかしなきゃいけない。
ルシアの知る限りの情報を総合した結果だから、おおむね正しいと思う。
なおルシアによれば、光の民の一般兵士は剣術ランク2程度であるらしい。
さっきぼくたちに因縁をつけてきたやつも、そのくらいだという。
もっとも彼らは、弓も上手で、剣よりは槍の方が得意である。
盾にも熟達している。
そりゃまあ、そうだよな。
スキル・システムなんてない人々にとってみれば、いろいろ少しずつできた方が、兵士として優秀になる。
ぼくたちと違って、スキル・ポイントなんてないんだから。
というか、このスキル・ポイントシステムがいろいろおかしい。
アリスなんて、素人だったにも関わらず、初日の夕方には一般兵士の技量を越えていたのだから、もうなんだかなーである。
まあその話は、またにするとして……。
ぼくたちは、樹上の村を観察している。
いや、樹上の村だった、が正しいのだろうか。
村は壊滅していた。
守備隊は全滅、村人たちも殺されたか、逃げたか。
橋のおおくは焼け落とされ、樹のうろのいくつかも激しく炎が噴き出している。
そして、残った橋の上を、木々の周囲を徘徊する者たちがいる。
その上半身は、青白い肌のヒトのようであった。
だが下半身は、六つ脚の蜘蛛である。
あれも……モンスター、なのか。
「アラクネ」
ルシアがなにかいう前に、ミアが呟く。
あ、てめー、タンズの汎用言語システムを操ろうとしやがったな。
いやまあ、メキシュ・グラウみたいに馴染みがない固有名詞より、ぼくたちにとってわかりやすい名前の方がいいけどさ。
はたして、直後にルシアは。
「はい。あれはアラクネというモンスターです」
そういった。
……ミアが、にやりとする。
おまえなあ。




