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第94話 秘密兵器

 敵の侵攻と聞いて、リーンさんがぼくと視線を合わせる。

 ぼくは、うなずいて立ち上がる。

 アリスたちもぼくに続き、起立する。


「あなたがここまで便宜を図ってくださるのは、ぼくたちを戦力としてアテにしてるから、ですよね」

「無理に、とは申しません。ですが現状、ちからを持つ者にお願いをしないほど、わたくしたちに余裕があるわけではないのです」


 ぼくは、三人の仲間を順に見た。

 アリスは「カズさんに、どこまでもついていきます」と笑った。

 たまきは「任せて! なんだってわたしが倒してあげるわ」とナチュラルに増長している。


 そして、ミアは、相変わらずあまり表情を変えず、ぶっきらぼうな口調で「ん。やるべきことを、やろう、カズっち」といった。


「ミア、きみは少し、変わったな」

「そう?」

「なんというか、落ちつきが出てきた気がする。昨日までに比べて」

「だとしたら、カズっちの横にずっといるから。焦らなくていいと思えるようになったから」


 焦り、とはなんだと首をかしげた。

 ミアは口もとを吊り上げて、笑う。


「自分のこと、誰かに認めて欲しいって気持ち」

「ぼくは、きみがいなきゃ困るな」

「ん。だから、もう迷わない」


 ぼくは「わかった、頼りにする」とミアの頭の上に手を乗せ、リーンさんに向き直った。

 神託についてどこまで信じるか、はひとまず置いておくべきだろう。

 そのうえで、しかしリーンさんたち光の民との共闘は、山に戻るための最短の道に思える。


 ならば、共闘相手を助けるのは、当然のことだ。

 少なくとも、助けるフリをする程度のことは。

 最悪、適当に戦果を挙げて離脱すればいいだろう。


「ぼくたちを使ってください。どこに行けばいいですか」


 リーンさんが、ぱん、と手を打ち鳴らす。

 それまでなんの気配も、なんの調度もなかった部屋の奥が変化する。

 部屋を横断するカーテンが生まれた。


 いや、違う。

 それはきっと、もとからあったのだ。

 幻の魔法かなにかがかかっていたのだろう。


 なるほど、と驚きから回復しつつ、ぼくは納得する。

 リーンさんはたったひとり、無防備にぼくたちの前にいると……そう思わせていた。

 実際は違って、あのカーテンの向こう側で護衛たちが待ち構えていたのだろう。


 その魔法が、いま、消えた。

 リーンさんの背後のカーテンの一部が持ち上がる。

 侍女と思わしき女性たちの手が見えた。


 カーテンをくぐり、ひとりの女性が出てくる。

 動きやすそうな皮鎧を身につけ、腰に小剣を下げている。


 年のころは、ぼくと同じくらいだろう。

 人形のように白い肌をした、銀の髪とルビーの瞳を持つ少女だった。

 華奢な身体つきをしていて、獣人特有の三つ目、四つ目の耳がない。


 一瞬、人種かと思った。

 だがすぐ、そうではないと気づく。

 銀髪から覗く切れ長の耳を見てしまったからだ。


「エルフ……なんですか」


 ぼくがその言葉を発した瞬間。

 血のように赤い双眸が、強い意志をもって、まっすぐにぼくを射貫く。


「ルシア、とお呼びくださいませ、カズさま」

「あ……っ」


 ぼくは息を呑んだ。

 圧倒されそうになる。

 慌てて、首を振る。


 もう一度、彼女と視線を合わせる。

 今度は、さっきほど呑まれなかった。

 ひとつ、うなずいてみせる。


「ええと……さま、はいらないです、ルシア……さん」


 ルシアは、座布団の上であぐらをかくリーンさんと、一瞬、視線を交わす。

 リーンさんが微笑んだ。


「ルシアは、いまは一兵卒としてあなたに仕えることを望んでいます。どうぞ、使い勝手のいい部下として、お使いください。使い潰してくださっても結構です」


 ちょっと待って、聞き捨てならない単語が出てきたぞ。

 まず、「いまは」ってなんだ。

 使い潰してもいい、ってどういうことだ。


「彼女は、一か月前まで、とある国の王の娘にして、王位後継者第十七位でした」


 エルフの王女、ということか?

 ぼくたちは顔を見合わせ、戸惑う。

 リーンさんはゆっくりと首を振った。


「その国は、いまはありません。国が存在した森もろとも、モンスターによって滅びました。指導者も、民も、そして木々すらも。彼女は、わたくしたちの庇護のもと、かの国の言葉で終わらせる者を意味する言葉、ルシアと名を変え、一族の最後の始末をつけることを望んでいます。その命がモンスターを倒すために使われるなら、なおよいと」


 なるほど、ぼくは理解する。

 彼女は長月桜と同じだ。

 身分が高い分、ある意味、無責任といえるかもしれないが……。


 自分ひとりの命の使い方をどうしようが、ぼくにとってはどうでもいいことかもしれない。

 結局のところ、ぼくが守ることができるのは、せいぜいがぼくの仲間たち、このパーティの皆と、育芸館の人々くらいだ。

 さっきはなりゆきから町のひとたちを助けたけれど、彼ら全員をずっと守っていくことなんて、所詮、できやしなかった。


 彼女が自分からモンスターに向かっていくなら、止めることなどできないし、止める気もない。

 ただし、一緒に行動している状態で、そんな自殺行為に走るのは困る。

 使い潰せる駒としていい、といわれたところで……。


「あいにくと、ぼくは召喚魔法の使い手です。捨て駒にする使い魔にはことかきません。自殺志願者は不要です」

「召喚魔法とて、無限に使えるというわけではないのでしょう?」

「メキシュ・グラウとの戦いを見ていたのなら、おわかりのはずです。ぼくたちの戦闘に、戦いの心得もない素人など必要ありません。邪魔なだけです」


 まあ、ちょっと前までは、ぼくたちも素人だったんだけどさ。

 ミアが、まさにそうツッコミを入れたそうな顔でこちらを見てくる。

 無視する。


 いまのぼくたちにとって、彼女のような素人が邪魔なことは事実だからだ。

 いや、おそらく、だけど……。

 邪魔なのは、彼女だけではないだろう。


 メキシュ・グラウに対する反応を見るに、この世界樹に集まる戦力のどれをとっても、ぼくたちの戦いにはついてこられない。

 たぶん、ぼくたちは、強い。

 尋常じゃなく、圧倒的に、彼らをひとまとめにしたよりも強いのだろう。


 はたして、リーンさんは、ぼくを見上げ……。

 にっこりとする。

 あ、これは……。


 してやられた、かな。

 いまのリーンさんの顔、まるで志木さんだった。


「試したことを、お許しください。そうおっしゃられるあなたにこそ、彼女を預けたいと思います」

「どういうことですか」


 彼女は、ぼくたちがルシアを託すにふさわしい相手か、その人間性を試したのだ。

 そのことをぼくは理解する。


 まあ、それはいいとしよう。

 でも、じゃあ。

 そのうえでなお、ぼくたちにとって彼女が役に立つと?


「わたくしが百の言葉を尽くすより、証拠をお見せした方がよろしいでしょう。ルシア」

「ええ、リーン」


 ルシアはリーンさんとうなずきを交わす。

 そのあと、ぼくの前に進み出て……。

 右手を差し出してくる。


 彼女に導かれるまま、ぼくは呆然と右手を出す。

 互いの手が重ね合わさる。

 ぼくの右手にあるものと同じ赤いぼんやりとした輪が、彼女の右手の小指にも生まれる。


 パーティ・メンバーになったという印だった。

 え? あれ、これは、どういうこと?

 ミアの話では、この世界のひととはパーティを組めなかったんじゃ……。


「わたくしの国は、モンスターと戦うためのちからを得るため、特殊な品種改良を繰り返してきました。一族のなかで、ある種、もっとも成功を収めたのが……このわたくし、ルシアです」

「品種改良……」

「ひととモンスターを重ね合わせる、特殊な実験でした。多大な犠牲を払った兵器の作成は、いまこのときをもって完成したのです」


 ルシアは目をつぶる。

 小声で「これから、レベルアップいたします」と呟く。

 ぼくたちが唖然とするなか……。


 視界が揺らぐ。

 気づくと、ぼくたちは。

 白い部屋にワープしていた。



        ※



 白い部屋には、ぼくたち四人のほか、当然のような顔をして、ルシアがいる。

 ルシアが、周囲を見渡し「なるほど」と呟く。


「ここが神託にあった、可能性の広間、ですね」


 可能性の広間。

 初耳の単語だ。


 いやまあ、たしかにそういわれてみれば、そういえなくもないなと考える。

 スキルを取得するイコール、可能性を得る、ということか。


 ミアが兵士たちに聞いた限りでは、パーティ・システムやスキル・システムは、この世界の人々に適用されていないようだった。

 あれらの能力は、ぼくたち、異世界から来てしまった者専用なのだ。

 と、そう思っていた、のだけれど……。


 いつもと同様の白い部屋には、一台余分に机と椅子、そしてノートPCが設置されていた。

 ルシアのノートPCなのだろう。


「ルシアさん、PCを見てもいいですか」

「PC、とは、そこに載っている機械でしょうか。どうぞ、ご覧になってください」


 あ、やっぱパソコンなんて知らないか。

 どういうことなんだろう。

 リーダーであるぼくの主観にあわせた部屋になっているとか……そういうこと、なのかな。


 ノートPCの画面には、予想通り、ルシアのデータが日本語で表示されていた。

 名前も「ルシア」になっている。


 本当の名前は別にある、ってさっきリーンさんがいってたけど……。

 ここが完全にぼくの主観によって構成された空間だとすると、いろいろ納得できなくもない。

 というか、そうじゃないと納得できないレベルだ。


「ん。レベル1」


 ぼくの脇からPCの画面を覗き込んだミアがいう。


「ということは、ルシアちんはレベル0の状態でパーティを組んだ?」

「あー、そうなるか。というか、どうしてパーティとかのことを知っていたんだ」


 ぼくたちはルシアを見る。

 ルシアは平然と「神託にあった通りに」と答えた。

 あー、神託かー。


 便利だな、おい。

 神さまに任せればなんでもOKってか。

 いやまあ実際、こんな部屋、こんな装置があるからなあ。


 白い部屋。

 スキル。


 神さま的なものを仮定でもしなきゃちょっと考えにくいレベルのテクノロジーである。

 それとも、魔法でなんとかなるのか?

 どっちでもいい、とにかくそういうアレな感じのソレだ。


「その神託っていうのは、ぼくたちのことについて、なにかいっていたのか」

「森の木々を束ねるものアルヴァナは、おっしゃいました。きたるべきとき、異世界から来る方々が、わたくしたちにちからを与えてくれると。わたくしは、そのために生まれ落ち、そのために育てられました。わたくしの国は、わたくしのちからを使い、大陸に覇を唱えるはずでした」


 大陸に覇を唱える、か。

 エルフたちの国は、覇権主義だったのか。

 いや、ぼくたちの世界の常識をあてはめちゃいけないのかな。


 しかし、とルシアは首を振る。


「行動を起こす前に、モンスターの軍勢が、わが国を落としました。おそらくは、わたくしのこのちからを狙って」


 あー、なるほど。

 そりゃ、このちから、危険すぎるとしかいいようがないよなあ。

 本来は、ぼくたちだけが持っているはずのちからだもんなあ。


 でも彼女は、この世界で生まれた存在でありながら、ぼくらと同じスキルシステムのなかにいる。

 見たところ、レベルは1で、ほかの点は特にぼくらと変わりがないようだけど……。


「あれ、待って、カズっち。スキルの下に、ウィンドウが重なってる」


 ミアはそういって、ルシアのノートPCのマウスを動かし、重なったウィンドウを横にずらした。

 メイン・ウィンドウの後ろから出てきたのは、特殊能力、と呼ばれるウィンドウだった。

 特殊能力ウィンドウには、ふたつの単語が表示されている。


 魔力解放。

 レベルアップ抑制。


 これ、ふたつとも、この子が持つ能力……ってことか?

 つーか、どっちも凄そうなんだけど……。


「この魔力解放という特殊能力について、ルシアさん、あなたはご存じでしたか」

「はい。特殊な紋章を身体に刻みつけることで、放出するマナの量を調整するという……わたくしの国が開発した秘術です。製造の方法については、国の滅びと共に失われてしまいましたが」

「あなただけは、その能力を使える、と」


 さっそくQ&Aしてみた。

 とりあえず、特殊能力について。


 返答は以下の通りである。

 かなり意訳があるが、たぶんこれで間違ってないはずだ。


・特殊能力ウィンドウに表示される特殊能力をなんらかの方法で得た場合、このウィンドウが生まれる。なんらかの方法とは、ミアベンダーを含む。


 ミアが素早くミアベンダーに駆け寄った。


「増えてる」


 そう呟き、目を皿のようにしてパネルの文字に目を走らせる。

 だが、しばらくののち……。


「高い」


 がっくりと肩を落として戻ってきた。


「やっぱり、いまじゃ無理か」

「3000ポイント溜まってから出なおそう」


 ま、そうだよな。

 特殊能力とか、これあまりにも有用すぎるもんな、そりゃお高いか。

 ぼくたちは顔を見合わせ、苦笑いする。


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