第90話 使者
白い部屋で、ぼくたちは改めて、再会を喜び合った。
たまきがぼくの胸に飛び込んできて、おでこをグリグリと押しつけてくる。
それを見て、アリスが少し困ったように笑う。
ぼくはアリスを手招きして、その頭を撫でてやる。
「来てくれて、ありがとう」
本当に、心から、感謝の言葉を告げる。
召喚魔法でふたりを呼んだあのとき、ぼくはふたりが出てくることを微塵も疑っていなかった。
でもやはり、ふたりの顔を見て、とても安心したのだ。
ぼくの召喚に応えれば、二度と戻れぬかもしれない旅につきあうことになる。
呼び出された先が死地であるかもしれない。
ふたりはそれでも、ぼくが育芸館に用意した魔法陣に乗ってくれた。
この過酷な闘争の場に飛びこんでくれた。
いくら感謝しても余りあるというものだ。
「さて、再会の喜びが済んだところで」
ミアが、なぜかリュックサックから縄とろうそくを取り出す。
おい、それまだ捨ててなかったのか。
「戦闘中のミスでカズっちをこんなところに飛ばしちゃったたまきちんには、お仕置きが必要」
「あ、その、それはほんと、ごめんなさいっ! でも待って、それはもう充分、志木先輩に怒られたわっ」
「やっぱり反省の色がない……カズっち」
ミアがぼくを見る。
ぼくは肩をすくめる。
「あんまり痛くしてやるなよ」
「え、アリスのときは止めてくれたよね? カズさん、なんかわたしに対して扱いが……っ」
慌てるたまき。
縄を手に、にじり寄るミア。
逃げるたまき。
ふたりが追いかけっこで遊んでいる間に、ぼくはアリスへ向き直る。
「ところで、アリスたちはこれでレベル20か」
「はい。カズさんと別れたあと、左側の通路の先にいったり、外で戦ったりして……」
「詳しく聞かせてくれるか」
アリスからこの二時間の話を聞いた。
洞窟の左側の通路を行った先には、蜂の巣があったらしい。
巣といっても女王蜂がいたわけでもなく、捕まった女子を苗床として蜂の卵を産むような施設であったとか。
「苗床?」
その単語に反応し、ミアが戻ってきた。
おまえほんと、残念なやつだな。
「あの……こんな話、詳しく聞きたいですか?」
「カズっちが、とっても興味あるって」
おいこら、勝手におれの意思を代弁するな。
と思ったけど、でも聞いておいた方がよさそうだな、これ。
オークたちの行動の説明にもなる。
「命が助かった女の子の話だと、グロブスターの触手に掴まれて、一時的にあのなかに取り込まれて、そのあと気づいたら左側の部屋にいたそうなんです。全身が麻痺して動かなくて、おなかがおおきく膨らんでいて、それからまた気づいたら、蜂のモンスターを出産していて……半分以上の子が、出産のときに死んでしまったみたいです。そうじゃなくても、その、気が狂ってしまう子も多くて……。わたしのキュア・マインドでもダメな子がいて、志木さんが、これは自分の責任だから、って」
アリスは言葉を切り、うつむく。
それから、ちいさい声で、呟く。
「殺してあげていました」
そうか、とぼくはうなずく。
誰を、とはいわない。
志木さんは、有言実行、かつてぼくにいった言葉のままに行動したのだ。
ぼくは天井を仰ぐ。
歯を食いしばりながら、狂った生徒に慈悲を渡していく志木さん。
その姿が見えるような気がした。
それでいいのだ。
この先、生きていても意味がないなら。
そして育芸館にとって足手まといとなるだけなら、邪魔になるなら……。
「わたしやたまきちゃんには、手を出すなって」
志木さんらしいことだ、と思った。
でも、アリスやたまきを守ろうとしてくれたことには、感謝しておきたい。
身勝手だけど、ぼくにとってはほかの誰よりも、彼女たちのことが大切なのだ。
「それと、グロブスターに一緒に埋め込まれたまま、帰ってこなかった子もいたみたいです。わたしたちが見た、グロブスターに埋め込まれたままの子には、やっぱり、なにか意味があったのかもしれません」
「そういえば、ぼくたちがワープしたあとのグロブスターは、どうしたんだ」
「桜ちゃんが、倒しました。そうしたら、女の子の死体だけ残して、すっと消えてしまって……あとには黄色い宝石が、ひとつ」
アリスは、ポーチから宝石を取り出した。
なかを覗くと、どうやらこれまでに集めた青い宝石などもかなりの量が入っている。
これは……志木さんが集めてくれたものだなあ。
やっぱり、志木さんにはいくら感謝してもし足りない。
ええい、現金なやつだと笑わば笑え。
「それで、この黄色い宝石の価値ですけど……パソコンさんに聞いてみたら、赤い宝石の百個分だって」
「トークン100点か」
それはすごい。
いや、すごい……のかなあ。
メキシュ・グラウ、あれだけの敵を倒して、ようやく黄色い宝石が二個である。
オーク二百体分である。
……あれ、そういえば、メキシュ・グラウの経験値はどれくらいなんだろう。
「ん。わたしがレベルアップしていないってことは、あいつのレベルは42以下」
「あー、ミアは正確に計算できてたっけか。アリス、たまき、きみたちは?」
「一応、倒した敵はメモしてあります。グロブスターは別パーティの桜ちゃんが倒したので、たぶん正確だと思いますけど……」
それから、皆で顔を突き合わせ、大学ノートで何度も検算した結果……。
「うーん、だいたいこの範囲か?」
「みたい……ですね」
「ほんとだねー」
「ん。カズっちが倒した数を間違えてなければ、たぶん合ってる」
町における戦いの最後のあたり、ミアは町のひとの説得に奔走していた。
ぼくがカタパルトの砲撃でホブゴブリンを潰した数が合っていなければ、計算が狂う。
でもたぶん、間違いはない……ハズ。
「なら、メキシュ・グラウのレベルは……41か、42」
40レベルオーバー、か。
ぼくたちは、揃っておおきなため息をつく。
「そりゃ強いはずだよなあ。いままでで一番強かったジェネラルでも、20レベル以下のはずだもんなあ」
「いきなり倍以上のレベルの敵なんて、びっくりだわ」
そのレベルが倍以上の敵と、いささか劣勢ながらも長いこと打ち合っていたたまきが、呑気に笑う。
あの戦い、たまきの振るっていた白い剣なんて、ぼくには太刀筋がまったく見えていなかったもんなあ。
ランク8であれなら、ランク9になったらどうなってしまうことやら。
「でさ、メキシュ・グラウってなんなわけ? わたし、きっとラスボスだと思うんだけど」
「あー、うん、そうだったら……よかったんだけどなあ」
ぼくは兵士から聞いた話をざっと説明する。
たまきとアリスが仲良く揃って顔をしかめた。
「あれで量産兵士……なの? うわあ、なにそれ」
「あんなのが何体も……ちょっと考えたくないです」
ふたりの感想は、もっともである。
ミアも肩をすくめる。
「インフレ、いくない」
「あくまで神話では、らしいけどね。本当に何体もいるのかはわからない。それ以上の問題は、このままランク9にしても、あのクラスとかろうじて互角程度にしかならないってことで……」
それも、あくまで接近戦に持ち込んで互角、ということだ。
遠距離では勝ち目がなかった。
今回はほかに障害もなかったため、敵にとりつくことができたが……。
これでさらにとりまきがいたとしたら、厳しい。
いや、厳しいなんてもんじゃない。
あと、もうひとつ。
「あれ以上が出てきたら、もうぼくたちの手に負えない」
ぼくが指摘する。
ミアが「考えないようにしていたのに……」とうらみがましい目でぼくを睨む。
そんなこといわれてもなあ。
「これまでは、ランク9になれば魔王みたいなやつが出てきても互角に戦えるんじゃないかと思っていたけど、どうやらそうじゃないらしい」
「MMOは、カンストしてからが本番」
ええい、ゲーム脳め。
いや待て、ネトゲか……。
「そういうゲームって、カンストしてからは、レア装備を集めたりしてパワーアップするんだよな」
「ん。場合にもよるけど、定番は……レイドとかで強いモンスターを狩る。強い装備が出る。もっと強いモンスターを狩れる。以下インフレ」
つまりぼくらも、これからは装備を整えなきゃいけない?
「あとは、課金して限界突破とか」
「ミアベンダーでなんかできたりするのかなあ」
そのミアベンダーにはいろいろなアイテムが新しく出ているけれど、残念ながら限界突破の類いはないようだ。
そもそも、アリスたちが持ってきた分でも、トークン300ポイント分しかない。
ぼくたちが町の戦いで拾った分が、100ポイントと少しだ。
さっき倒したメキシュ・グラウが200ポイントだから、合わせて……600ポイント。
それくらいじゃ、たいしたものは買えないなあ。
アイテムを複製するにしても、いま複製してオイシイものなんてないし。
それから、さらにいろいろ報告を受けた。
洞窟で助け出せた「正気の」少女は、たったの三人。
これは仕方のないことだろう。
蜂の襲撃は一段落ついたという。
これからは長月桜を中心とした部隊で中等部の各施設をまわり、オークの残党を始末していくそうだ。
もうジェネラルはいないだろうし、地道にやっていけば今日中には山の西側を平定できるだろう、とのことである。
最低限、食糧やらなんやらの倉庫は確保しておきたいところであった。
なるほど、志木さんとしては、おおむね育芸館の守りに関して目途がついているということか。
唯一の懸念は、高等部の状況だったが……。
「一度だけ、ミアのお兄さんのお使いってひとが来たわ。美人でおっぱいのおおきなお姉さんだったわ!」
とても嬉しそうに、たまきがいう。
「そ、それは……兄さんの……恋人?」
「いや、別にそういうわけじゃないみたいだけど」
ミアは残念、と舌打ちする。
うん、ゴシップの種が欲しかったんですね、わかります。
「高等部は、いまふたつの勢力に分かれて、オークを掃討中だって」
「ふたつ、っていうのは……」
「男子寮に立てこもってたひとたちの生き残りと、ミアのお兄さんを中心としたグループ」
そうか、とぼくはうなずく。
結城先輩は、ぼくと約束した通り、高等部の残党勢力を糾合してくれたのか。
男子寮の生き残りがまだ勢力を保っているのは……数だけは多かったからだろうか。
「てなわけで、ゆっくりとイチャラブ新婚旅行してこいってさー」
なるほど、志木さんが気づいてないはずはないから、これはたまきとアリスに気兼ねなく育芸館を離れていいように、という気遣いなのだろう。
はたしてミアが、ぼくと視線を合わせ、ゆっくりとうなずく。
うん、あいにくと、ゆっくりしている暇はないはずだ。
この世界、いろいろと切羽詰まったなにかが起きていることは間違いないのである。
でなきゃ、あの領主も、民を囮にするような狂気の作戦を立てたりはしないだろう。
ぼくも、最初は領主の正気を疑っていた。
ただ己の保身のために、町をまるごと犠牲にするのかと。
だけど、最後に領主の部隊がメキシュ・グラウを足止めにかかったとき……。
なんとなく、理解してしまったのだ。
そこにあったのは、敵に対する限りない憎悪。
長月桜をはじめ、ぼくたちが助けた子たちがオークに対して放ってきた、どこまでも歯止めがきかない憎悪の念である。
「まず、もうちょいよく、町のひとから話を聞く」
「ああ、そうだな」
さらにぼくたちは互いの労をねぎらい、話をし、いろいろと打ち合わせを終えたうえで……。
もとの場所に戻る。
壊れた町と、かろうじて逃げ出した人々の待つ地へ。
アリス:レベル20 槍術6/治療魔法5 スキルポイント4
たまき:レベル20 剣術8/肉体1 スキルポイント3
※
ぼくたちは草原に戻る。
抜けるように青い空に、一羽の鷹が舞っていた。
それ以外、鳥の姿はない。
さきほどまでの激闘は、この周辺から、あらゆる動物たちを追い散らしてしまった。
なのにその鷹だけは、悠々と空を舞っている。
まるで周囲を観察するかのように、おおきく弧を描いている。
ぼくはふと、自分がカラスで偵察させていたことを思い出す。
そう、鷹の動きは、ぼくがカラスによる鳥瞰偵察を行うときと酷似していた。
鷹をじっと見つめるぼくに気づき、ミアが声をかけてくる。
ぼくはミアに懸念を語る。
「ん。じゃあ……呼んでみる?」
「あー、できるか」
ミアはうなずき、「ウィスパー・サウンド」と風魔法ランク3の魔法を使う。
さきほどホブゴブリンたちも連絡に使っていたが、ウィスパー・サウンドは遠くの目標に声を届ける魔法だ。
ミアにはメニー・タンズがかかっているから、鷹を操る者がなんであれ、声が聞けるなら反応があるはずである。
もっとも、ぼくの鳥瞰偵察の場合、リモート・ビューイングでは声が聞こえず、対象のコントロールもできない。
そういったことを可能にするには、召喚魔法のランク8、リモート・コントロールが必要である。
だが、鷹は……反応した。
ぼくたちのもとへ降下してきて、ぼくたちの頭上をぐるぐると舞ったあと……。
ミアが、まるで鷹匠のように腕を掲げる。
鷹はミアの手に着地する。
「初めまして、異世界のかた」
鷹が、しゃべった。
若い女性の声だった。




