第85話 城塞都市の戦い9
時間を稼ぐといっても、まだ百五十体以上いるであろうホブゴブリンと二体のジャイアントに突撃するわけにはいかない。
かといって、黙っていれば彼らはすぐ隊列を整え、この屋敷に侵攻して来るだろう。
敵に最低でも一体の魔術師がいる関係上、顔を見せるだけでも危険だ。
攻撃はする。
しかし直接攻撃はNG。
できれば顔も見えないほどの距離からの攻撃。
いちおう、方法はある。
まず使えないだろうと思っていた召喚魔法だけれど、意外なところで出番がまわってきた。
ぼくは敵の集結地点から見て反時計まわり、北の方に移動し、ウィンド・エレメンタルを監視に立たせつつ、魔法を行使する。
「サモン・シージエンジン」
召喚魔法ランク7のこの魔法によって、巨大な投石器を呼び出す。
一般にカタパルトと呼ばれるこの木組みの機械は、古代から使われた由緒正しい攻城兵器だ。
しかもぼくが呼び出したこれは、十個の大岩がすでに自動装填されているという、妙に近代的なシロモノであった。
ちなみにこれは使い魔扱いではない。
MP消費はたったの7で済む。
だから遠慮なく、あと三個、このカタパルトを並べ……。
操作は簡単だ。
レバーで射角を定め、発射ボタンを押すだけでいい。
使い魔であるウィンド・エレメンタル二体とケンタウロスナイト、それにぼくで、同時に投石ボタンを押す。
風が、唸った。
一斉に投石された大岩が、街路を横切って飛び、ホブゴブリンたちに襲いかかって……いるはずだ。
ウィンド・エレメンタルたちが舞い上がり、着弾を観測する。
地面が揺れた。
建物いくつか離れた先で、土煙があがる。
やったか。
「外れました」
ウィンド・エレメンタル観測員が教えてくれる。
ダメか。
だいぶ後ろの方に落ちたとのことだ。
まあ、次弾はもっと上手くやろう。
斜角を修正し、二射目。
着弾の揺れと共に、今度は激しい悲鳴があがってきた。
おっ、少し被害を出せたか。
「ホブゴブリン、二十体ほど、こちらに来ています」
そりゃ、被害が出たら、そう来るか。
でも、まだ本隊は固まっているとのこと。
ならば三射目だ。
「やった、おおあたりー」
ウィンド・エレメンタルたちがはしゃぐ。
聞けば、四体ばかり、同時に潰したようだ。
ということは……。
思った通り、ぼくはレベルアップする。
白い部屋にワープ。
※
ミアと白い部屋で情報交換をする。
どうやらミアも同時にレベルアップしたようだ。
ほとんど同じくらいの経験値でレベルアップするタイミングだったんだなあ。
で、そのミアだけど。
血だらけだった。
左肩を押さえている。
「ん、へいき。ちょっと斬られただけ」
「ぜんぜん平気じゃないだろう。……モンスターか」
ミアは首を振る。
「人間。兵士さん」
「まさか……」
「ん。怪しいよね、いきなり現れて、脱出させてやる、なんて」
ミアは皮肉気に口もとを吊り上げる。
「モンスターの手先だと思われても、仕方がない」
「すぐ助けにいく。もういい、そんなところさっさと離れて……」
「だから、だいじょうぶ。もう、問題なくなった。交渉は、そこそこ順調」
「そこそこって、どういうことだよ」
改めて、詳しい話を聞いた。
なんでも、得体の知れない侵入者であるミアのことを、生き残りの兵士が胡散臭く思ったらしい。
兵士は殺気立ち、いきなり殺そうとしてきた。
その剣がミアの肩をかすった。
でも、兵士に好き勝手をさせたのは、そこまでだった。
ミアはスリーピング・ソングでその兵士を眠らせ、残りの兵士が迫る前にフライで手の届かないところに移動した。
「ついでに、連れてきた子供にもフライをかけてあげた。で、みんなにこれかけられるよ? っていった」
「あー、そうか。実際にやってみせた方が、心も動くか」
「兵士たちより、まわりのご婦人方が信じた。奥さんにどやされて、兵士たちもしぶしぶって感じ」
そういえば、兵士のほとんどはこの町のひとで、徴兵されたんだっけか。
女房は強し、ってことかね。
「兵士さんも、必死だった。奥さんを、子供を守るために、死に物狂いだった」
「そう……か」
そんな風にいわれてしまっては、ぼくはもう、なにもいえない。
彼らだって、もう勝ち目がないことはわかっていた。
それでも家族のため、愛する者のため、抗おうと覚悟を決めていた。
ミアは、そんな人々の前に現れた、生き残るための唯一の道しるべのはずだ。
ただ問題は、ミアが、そのことを相手に理解させなければならないということである。
そりゃあいきなり現れた少女が、すべて自分に任せておけといったところで……困るよなあ。
「説得、難しい」
「スムーズにいかなかったのは、仕方がない。ミアはよくやったよ」
「やっぱり、どこかの交渉人みたいに、一度は拷問されないといけない?」
「そんな別の意味で身体を張る交渉人は、ひとりでたくさんだ」
あと、きみが拷問されるところなんて見たくないです。
ま、ともあれ、話がまとまりそうなのはなによりだ。
本当は、もっと時間がかかると思ったのだけれど……。
「じゃあ、すぐそっちに行く」
「ん、そうして。たぶんもう、時間がない」
「えーと、それって、つまり?」
「そっちはカタパルトの爆音で聞こえなかったかもしれないけど」
と前置きして、ミアはいう。
「東の方から、へんな音が響いてきた。だんだんおおきくなってる。あと、鳥が一斉に山から飛び立って、逃げた」
あー、もうか。
って、それ、本当に時間がないんじゃ……。
「急いで」
「わかった、全力で行くよ。もう少し敵の数を削いで、経験値にしたかったところだけど……」
「諦める。生きてこその、経験値稼ぎ」
もっともだった。
そして、同時にふと気づく。
「そういえば、兵士たちってさ。レベルアップとか、どうなってるんだろうな、この世界」
「ん?」
「だってさ、ホブゴブリンを倒せば、一体で経験値120点だぞ。二体も倒せばレベル3になるわけでさ」
「あー、パーティとかのシステムは、知らないっぽい」
それは説明したのか。
まあ当然か。パーティに入れれば、範囲魔法の効果に入れられるしな。
でも、パーティに入ってないとなると……レベル0なのか?
「古参の兵士でも、パーティとかできないっぽい。モンスターを倒したことがあっても、レベルアップとか知らない感じ。たぶん……」
「そうか、ぼくたちとは、根本的に違うわけか」
「わたしたちの成長は、特別」
やはりそうなのか。
いやまあ、PCとか白い教室っぽい部屋とか、すごく現代風な感じで、ちっともファンタジーっぽくないなあとは思っていたけれど。
スキルとかレベルとか、じつにコンピュータRPGっぽくて、なんだかなあと思っていたけれど。
それらは、ぼくら専用にしつらえられたシステムなのか。
ぼくたち、あの山にいた人々だけが、この世界においてひどく異質なのか。
であれば、ぼくたちがこの世界に現れた意味とは、いったいなんなのだろう。
そう、魔王がいる世界で、モンスターがいて、そのモンスターを倒すことでメリットがあるぼくたちとは……。
「カズっち、難しく考えるのは、やめよう」
「うーん、そうしたいところなんだけどねえ」
ミアは、「ん」とうなずき、ぼくを床に座らせあぐらをかかせると、そのなかに飛び込んできた。
ぼくは少女の小柄な身体を、背中から抱き留める。
ミアはぼくを見上げる。
「カズっち、ひとりで難しく考えるの、悪い癖」
そう、堂々と宣言する。
ぼくは「うー」と癇癪を起こした子供のように唸る。
きっと、苦虫を噛みつぶしたような表情をしているだろうな、と思った。
「カズっち。わたしたちは、ただ巻き込まれただけ。このちからを与えた側がなにを期待しているとしても、そのちからでわたしたちが生き延びたとしても、この部屋の持ち主の思惑通りに動く必要なんてない」
「それは……そうなんだけどさ。だいたい、英雄になりたいっていいだしたのは、ミアだろう」
「人助けより、カズっちの方が、大事だよ?」
当然だというように、ミアは小首をかしげてみせる。
「百人を見殺しにしてカズっちが助かるなら、わたしは全力で百人を見捨てるよ」
「そりゃまた、ぼくは愛されてるな」
「ん」
ミアは答えのかわりに、ぼくの首筋に口づけした。
ぞくりとする感覚が背筋を這い上る。
思わず、彼女を抱きしめる腕にちからがこもった。
「感じた?」
「おまえなあ」
「我慢できなくなったら、押し倒しても……」
「そのへんにしとけ」
拳で、こつんと軽くミアの頭を叩く。
今度はミアが「うー」と呻く番だった。
「へたれー」
「ぼく、もう、恋人がふたりもいるんで……」
「わたし、仲間はずれは、寂しいよ?」
ミアは正面を向いて、首筋に手を這わせてくる。
ミアの胸が当たって……。
残念ながら、とても平坦だった。
「いま、残念なやつだと思った?」
「思ってません」
「嘘つき」
ぷうと膨れてみせる。
ミアのちいさな手が、ぼくの頬を軽くつねる。
ぼくは苦笑いする。
「町のひとを助けて、それから、どうする」
ミアに訊ねる。
中一の少女にそんなことを聞いてどうするのだという思いはあるけれど、でも、彼らを助けたいと願ったのはミアだ。
その意思は尊重したい。
「シンプルに考える。敵がいて、味方になりそうなひとが、いる」
ミアは考え考え、ゆっくりと話した。
「だったら、いまは、味方になりそうなひとたちを、味方にしたい。それから先は、あとから考えよう」
「その結果、せっかく助けたひとたちを見捨てることになっても?」
「わたし、さっき、いったよ」
ミアはぼくをまっすぐに見上げて、胸を張る。
「あのひとたち全員とカズっちなら、わたしはカズっちを選ぶ。彼らが足手まといになって、カズっちの身が危うくなるようなら、切り捨てる」
そう、はっきりと宣言してみせる。
そこに迷いは、ひとかけらもない。
「それでいいのか」
「別に正義の味方がしたいわけじゃ、ない。英雄になるには、まず称えてもらいたいひとたちが生き残ってくれないといけない」
「ミアは……ぼくに褒めてもらいたいから、英雄になるの?」
「ん。ほかのひとにも褒めてもらいたいよ? でも、まず第一は、カズっち。わたしは、カズっちにとっての、英雄になりたい」
どうして、とはあえて聞かない。
彼女はとうに、決断したのだろう。
それはアリスが一昨日下した決断であり、たまきが昨日下した決断だ。
だったら、いいだろう。
せめて女の子の三人くらい、背負ってみせよう。
昨日までの二日間、ぼくが生き残ることができたのは、ほかならぬ彼女たち三人のおかげなのだから。
その恩を、ぼくは忘れない。
それは、身体の関係じゃないミアでも同じことだ。
いやむしろ、そんな彼女だからこそ、言葉で信頼を紡がないといけないのかもしれない。
「ぼくは、ミアを褒めるよ。きみはすごいやつだ。よくやった。……これからも、頼む」
そういって、やさしく頭を撫でる。
ミアは目細め、「ん」とうなずく。
「ところで、スキルポイントは風魔法につぎ込む、でいいんだな」
「もちろん。これでランク7」
和久:レベル25 付与魔法5/召喚魔法7 スキルポイント7
ミア:レベル19 地魔法4/風魔法6→7 スキルポイント7→0
いくつか細かい打ち合わせをしたあと、ぼくたちはもとの場所に戻る。




