第79話 城塞都市の戦い3
人間がふたり、並んで歩ける程度の路地だった。
ずしん、ずしんとジャイアントの足音が響く。
建物の角を曲がり、路地裏に身長四メートルの巨体が姿を現す。
その後ろには、緑の肌の兵士、ホブゴブリンの部隊が続いている。
そこに、ぼくとミアが姿を現す。
距離は二十メートルあるかないか。
敵がこちらに気づく前に、ミアが魔法を使う。
「ストーン・バインド」
ジャイアントの足もとの地面が、強い吸着力を持ち、この巨人を足止めする。
いらだちの声をあげるジャイアント。
ホブゴブリンの集団は、ぼくたちの姿を見て、一斉に距離を詰めてくる。
十名ものホブゴブリンが、二列縦隊で、盾を構えて整然と突進してくる。
おそろしい迫力だった。
いましも背を向けて逃げ出したくなるところを、必死でこらえる。
彼らがぼくたちの五メートルほど手前まで到達したころ。
先頭の四名が、穴に落ちた。
さきほどまで頑丈な煉瓦が敷き詰められていたはずの地面に、ぽっかりと大穴が空いたのだ。
あらかじめミアがアース・ピットを使い、さらに風魔法ランク5のリファクションという幻影魔法でその穴を隠していたのである。
地魔法と風魔法のコンビネーションにより、見事な即席の罠が完成したのだった。
これではもう、ぼくが穴を掘る必要なんてない。
いや、スコップもないし、こんな煉瓦敷きの地面で穴なんて掘れないけど。
落とし穴の横幅は、路地の道幅いっぱい。
確実に先頭の二体は落ちると読んでいた。
四体も落ちてくれたのは、なんともラッキーだ。
「ポイズン・スモッグ」
ミアは、穴のなかめがけて毒霧の魔法を使う。
穴のなかに落ちたホブゴブリンたちから、悲鳴があがる。
残りのホブゴブリンたちが罠にかかったと気づき、立ち往生するところを……。
ウィンド・エレメンタル二体が、横の建物の屋根から飛びかかる。
使い魔たちに与えた任務は、混乱を巻き起こし、一体でも多くの敵を穴のなかに落とすこと。
さらに二体のホブゴブリンが、落とし穴に転落する。
道幅が狭いことが幸いし、ホブゴブリンは立ち往生していた。
いくら規律がしっかりしているといっても、彼らにとって、こんなかたちの攻撃は想定外だろう。
たとえ、ジャイアントの一体が悲鳴をあげたことによって彼らがここに来たとしてもだ。
フライで少し浮き上がったミアの魔法攻撃が、混乱するホブゴブリンたちを痛めつける。
ワールウィンドによってホブゴブリンの退路を断ち、一列に並ぶ彼らをライトニングで何度も打ちのめす。
楽勝ムードに見えるが、じつは時間との勝負だ。
十数メートル先で足止めしているジャイアントが、いつ足場をちからまかせに破壊してくるか。
それまでにこのホブゴブリンたちを始末できるか。
と……。
まだ穴に落ちていない四体が誰も倒れないうちに、ぼくがレベルアップする。
ってことは、穴に落ちた六体だけで経験値が溜まったか……。
※
「さて、それじゃ」
ぼくは白い部屋で、さっそくPCに向かう。
ミアに了解をとったあと、召喚魔法のレベルを上げる。
これで、ようやく本格的な準備が整う、か。
問題は倒した敵の宝石を拾えないから、まだメニー・タンズの魔法を買えないことだけど……。
いまは目の前の敵を片づける方が重要だ。
和久:レベル22 付与魔法5/召喚魔法6→7 スキルポイント8→1
ぼくたちはもとの場所に戻る。
※
戦場に戻ってすぐ。
ミアはさらに、ライトニングを放つ。
ホブゴブリンのうち一体を仕留めてみせる。
「こいつら、あんまりタフくない」
さらにもう一発のライトニングで、もう一体のホブゴブリンが血の海に沈む。
ここでミアがレベルアップ。
※
「む、むむ。ホブゴブ八体目でわたし、レベルアップ……」
白い部屋で、ぼくとミアは経験値の計算をする。
ホブゴブリン八体を倒したとして……。
ホブゴブリンの経験値は、おそらく。
「オーク四体分、でほぼアタリ」
ミアがいう。
ぼくも同意する。
間違いないだろう。
数が多い敵の経験値は、計算しやすいな。
ミアのスキルポイントは温存する。
まず風魔法をランク6にしたい。
ミア:レベル15 地魔法4/風魔法5 スキルポイント5
もとの場所に戻る。
※
残るホブゴブリンは二体。
だがここに至り、二体は協力して、背後に存在するワール・ウィンドでできた突風の壁を突破しようと試みる。
一体がウィンド・エレメンタルの攻撃を引きつけているうちに、もう一体が盾をかざして突入したのだ。
風の抵抗を受け、ぼろぼろになりながらも、一体のホブゴブリンが向こう側によろめき出る。
ちょうどそのタイミングで、ジャイアントが吸着する足場を粉砕した。
ホブゴブリンが、なにごとか叫び、ジャイアントに指示を出す。
ジャイアントはうなずき……。
くるり、ときびすを返す。
走り出す。
いや、逃げ出している。
まずい、ホブゴブリンならともかく、ジャイアントを本隊のもとに帰しては……。
と、そんなぼくの手を、上空のミアがぐいと掴む。
ミアはそのまま、フライで上昇し、ジャイアントを追う。
フライの魔法でふたり分を支えられるのは、ぼくが事前に、ミアにもマイティ・アームをかけておいたからだろう。
それでも重量の分、スピードは鈍るから……。
「カズっち、あとはひとりで追って」
「わ、わかった」
ミアはぼくにフライをかけ、前に放り出す。
ぼくは悲鳴をあげ、きりもみ回転しながら、必死で方角を調整する。
ホブゴブリン二体の頭上を抜け、ジャイアントに追いすがり……。
「サモン・ケンタウロスナイト」
ぼくの真下の地面に、下半身が馬で上半身がたくましい体躯を持つ男性の使い魔が召喚される。
右手にはランス、左手には盾、腰には予備の剣。
背中には弓と矢筒を背負っている。
金属の鎧を身にまとい、頭もフルフェイスだ。
ケンタウロスナイトは、召喚された直後から猛スピードでぼくに併走する。
というか、フライのかかったぼくと同じスピードにもかかわらず、まだ余裕がありそうだ。
「あのジャイアントを倒せ!」
ぼくは命じる。
ケンタウロスナイトはなにかぼくにはわからない言葉で叫び、猛スピードでジャイアントとの距離を詰めた。
彼我の距離があっという間に縮まり……。
ケンタウロスナイトは跳躍する。
ジャイアントの背中に、身体ごとぶつかっていく。
鋭く長いランスは、巨人の心臓を背後から一撃で貫いた。
ジャイアントは断末魔の悲鳴をあげて、うつぶせに倒れる。
ケンタウロスナイトは、とどめとばかりにランスを捨て、腰の剣を抜刀して首に一撃。
ジャイアントの身体が薄れていく。
そしてぼくの身体は、建物の壁面にぶち当ってようやく止まる。
痛い、めちゃくちゃ痛い。
おおきな怪我はないけど、背中がこすれて、皮が剥けてそうだ。
ともあれ、ぼくは立ち上がり……。
振り向けば、ちょうど二体のウィンド・エレメンタルが、ホブゴブリンの残り二体を始末しているところだった。
なんとか、敵を全滅させることができた。
※
四種のエレメンタルには毒がきかないと、Q&Aで答えが出ている。
毒霧はもう消えているけれど、穴のなかの宝石は、だから一応ウィンド・エレメンタルに任せた。
ちなみにホブゴブリンは、一体につき赤い宝石を五個、落としている。
ホブゴブリン十体でトークン五十個分。
さらにジャイアント一体で三十個分。
この戦いだけで八十個分も集まり、いまぼくたちのトークンは合計で二百六十個分だ。
これでメニー・タンズを買うことができる。
問題はぼくもミアもレベルアップしたばかりということくらいだ。
白い部屋にいかないと、ミアベンダーは使えない。
はっはっは、次のレベルアップはいつになることか……。
「逆に考えるんだ、カズっち。敵はまだたくさんいるや、レベルアップし放題だと考えるんだ」
「なんとも前向きなことで……」
いやまあ実際、それくらい前向きに考えないと、これだけの敵を相手にやってられるか、というところではある。
こうして相手にしたジャイアントが、あと四体。
ホブゴブリンは少なくとも百五十体以上。
そしてまだ交戦していない、最低でも火魔法ランク3を使うメイジ・ホブゴブリンが五体以上。
ヘルハウンドとはまた別の狼のようなモンスターもいる。
「いちばん厄介なのは、ホブゴブリンたちの協調性の高さだな……。今回は失敗していたけど、危機にあたって協力して戦おうとする。ぼくたちにとっては、とても危険なことだ」
「ん。次も上手くいくとは思わない方がいい」
ふたりの意見は一致していた。
そのためにも……。
「とにかく敵の鼻づらを掴んで、ひっぱりまわすこと、か」
「テンポアド、大事」
精鋭ではあれども数が少ないぼくたちは、先手を取り続けなくてはならない。
ぼくたちは、休む間もなく、次の戦いに向けて移動を開始する。




