第73話 生贄の少女たち
中等部と高等部をあわせて、最低でも百人から三百人の女子生徒の行方が未だ分からない。
中等部女子寮の生き残りによれば、メイジ・オークらしき存在がオークを指揮して女子生徒を連れ去ったという。
いずこかに。
おそらくは、この洞窟のなかに。
なんのために?
目の前にある光景こそが、その答えだ。
人間の内臓を思わせる全長五メートルほどの不気味な肉塊が、部屋の隅で絶えず蠢いている。
肉のあちこちから触手のようなものが生え出て、天井に向かって手を伸ばすようにゆらめいている。
陽光のもとなら、たぶんそれは、艶めかしいピンク色をしているのだろう。
ナイトサイトだと夕暮れくらいの明るさになるから、それはいま、血のように染まって、余計におぞましく見えた。
その肉塊に、行方不明だった女子生徒たちが囚われている。
いや、喰われている、といった方が正しいだろうか。
身体の大部分は肉の塊に埋まり、顔だけを突きだし、悲痛に喘いでいる者。
腕や脚だけが出て、ぴくぴく痙攣している者。
白い乳房だけが露出している者。
こちらから見えるだけでも、五名か六名。
そんな生贄の生徒たちの姿を前に、ぼくとミアの身体が、一瞬、硬直する。
ミアがごくりと生唾を飲み込み……。
「しょ、触手プレイ」
ぶれねぇなこいつ。
ぼくの緊張が一瞬で解けた。
「そのショゴスっぽいのは後まわしだ! たまき、アリス、左手奥に近づくな! ミア、右のアーチャーに魔法で攻撃!」
「ん、任せて。ライトニング」
ミアの放った電撃が、いましも弓に矢をつがえようとしていた右手のアーチャーの身体を貫く。
アーチャーは全身をけいれんさせ、よろめくようにあとずさりする。
たまきは予備のダガーを手に正面のアーチャーに肉薄する。
アリスはそれより少し先にそのそばのアーチャーへ刺突を放っている。
ふたりとも、ちらりと左奥を見たあと、すぐ顔をそむけていた。
メイジさえ封殺してしまえば、敵の数こそ多いものの、個々はさしたる強敵ではない。
こちらも落とし穴でアイアン・ゴーレムが無力化されているが、こいつはあとでフライでもかければ復帰できる。
いまは、そのフライをかける時間が惜しいのだけれど。
正面のアーチャー十体は、アリスとたまきに肉薄され、弓を地面に落として剣を抜いている。
とはいえ、剣の腕でふたりに敵うはずもない。
たまきも、得物がダガーになったとはいえ、それでもアリスより鋭いひと太刀を放っている。
アーチャーたちが、次々と討ちとられていく。
三体目のアーチャーが倒れたところで、たまきがレベルアップ。
白い部屋に赴く。
※
白い部屋にて。
ぼくたち五人が、顔を見合わせる。
そう、五人。
志木さんが、ひどく青ざめているのだろうぼくの顔を見て、どうしたのだといいたげに首をかしげる。
ぼくたちは、口々に、いま目の前で起きている状況を説明する。
「そう……そんなおぞましいものが……」
志木さんは胸もとで腕を組んで考え込む。
しばしののち、顔を上げ、ぼくを見る。
「で、そいつの名前はショゴスに決まりなわけ?」
そこからかよ。
いや、名前は重要だけど。
皆が苦笑いする。
同時に肩の力が抜けていく。
ちらりと志木さんを見れば、にやりとしていた。
ああ、わざとか。
「ほかに適当な名前があれば」
「グロブスターとかかしらね。グロテスク・ブロブ・モンスター。UMAの一種だったと思うけど、肉塊そのものみたいな生き物のことよ」
おお、頼りになる。
ってゲームのモンスターじゃなくてUMA?
いや、クトゥルー神話から持ってきたぼくがいえた話じゃないけど。
「グロブスター……あれ、クジラの死骸という説が濃厚」
「ミアちゃん、よく知っているわね」
「UMAはオタクのたしなみ」
いえい、と親指を立てるミア。
いやまあどんなたしなみがあってもいいけどさあ。
ミアのおかげで、また少し空気が明るくなった。
さっきも、彼女がボケたおかげで、ぼくはわれに返れたしなあ。
天然じゃなくて、計算でやっているんだろう。
得難い人材だと思う。
「ちなみにグロブスターはUMAじゃなくて、実際に浜に打ち上げられた正体不明の肉塊で……」
「そのあたりは、今度聞くわ」
嬉しそうに語り始めるミアを、志木さんが遠慮なく遮る。
やっぱり素でやっているのかもしれない。
「それじゃ、そのグロブスターの話だけど……カズくん、あなたはどう思っているかしら」
「どうって……女の子たちがどうなっているか、って話じゃないよな」
「彼女たちには気の毒だけど、本質的な問題じゃないわ。最悪の場合、殺してあげた方が幸せかもしれないけど」
アリスとたまきが、ひっ、と押し殺した声をあげる。
非情なことをきっぱりと宣言する志木さんは、きっと彼女たちに自身の言葉を印象づけようとしているのだろう。
理由は簡単だ。
ぼくは、賀谷和久は、慈愛に満ちた象徴、皆を輝き照らすリーダーでなければならないからである。
対して志木さんは、厳しく皆を統制し、ときには横暴に振る舞う鉄の女を演じる。
いやあ、慈愛とか輝くとか自分でいっててなんだけど、寒気がするなあ。
とはいえこれは、必要なことだ。
うん、頭では理解しているんだ。
アメとムチ。
組織の両輪だ。
志木さんには割に合わない役割を任せることになるが、これもお互い、納得づくの差配である。
なんだかアリスとたまきを騙しているようで、ちょっと心が痛いけれど……。
でも、ふたりに割り切ってもらうことは大切だ。
助けられる命なら助けたいけれど、たとえば気が狂った子の命を救ったとして、キュア・マインドでもそれを治せなかったとしたら……そのときは。
四肢を欠損した者も、そうだ。
キュア・ディフィジットで修復するには、欠損した部位が必要である。
平時ならともかく、いまの育芸館に、そういった人々を支える余裕はない。
いずれ非情な決断を下すことになるだろう、という予想はついていた。
そのときは自分が命令を下す、と志木さんは胸を張っている。
それはいつだって、自分の権利であり、義務なのだと。
ぼくはきっと、彼女の勇気に甘えることになるだろう。
そしてそれは、ひょっとしたら、この戦いの直後かもしれない。
「で、問題はグロブスターが女の子を喰って、なにをしているか、って話だよね」
「ええ。カズくん、あなたはそこ、どう思っている?」
「正直、そういうのはミアの方が詳しい気がするんだけど……」
全員の視線が集中したミアは、わざとらしく咳をして、とろんとした目で周囲を見渡す。
「どんなエッチな話がいい?」
「これ以上、空気をなごませなくていいから」
じゃあ、とミアは口もとに手を当て、しばし考え込む。
「ゲーム的に、生贄に捧げて出てくるものって、マナとか悪い神さまとか……モンスター」
「モンスター、か。……蜂か?」
「モンスターの種を仕込まれた女性……望まぬ出産……そして永遠の凌辱……ごくり」
つくづく、ブレないやつだなあ。
さっきも少し話をしたけど、今朝になって蜂が大量に出てきたのには、なにかありそうである。
とはいえ……どうなんだろう。
いまの戦いの場には、ジャイアント・ワスプがいなかった。
ここが産卵場だとしたら、その痕跡がまったくないのは、どうなのか。
たまたまということもあるかもしれないけど、でも、うーん。
「グロブスターがワープゲート的なものにマナを送り込んでいる的なパターンが、一番ありそうな感じ?」
「やっぱり、それかねえ」
ぼくは志木さんと顔を見合わせる。
こんなグロテスクな展開はともかくとして、なんらかのかたちでそういった儀式を行っているのではないか、というのはぼくと志木さんが仮定した展開のひとつだった。
昨日の夜、ぼくが見つけた石碑の一件もある。
そもそもどうしてこの洞窟からオークが湧きだしてきたのか、という話にもつながってくる。
「悪い神さまが召喚されるってのは、考えたくないな」
「邪神が出てきて、勝てるかしら」
「槍術や剣術のランクが9になれば……どうなんだろうなあ」
とりあえず、ほぼ剣術一本伸ばしであるたまきでも、剣術をランク9にするにはあと5レベルも必要だ。
今日、これからワラワラジャイアント・ワスプやアーチャーがわき出てくるなら、それも可能かもしれないけれど……。
そんな展開は、正直、想定したくないなあ。
「とにかく、そういったいくつかの想定をもとに行動しましょう。わたしもすぐそっちにいくわ」
「志木さんは、戦闘が終わるまでは顔を出さなくていいから」
「そうさせてもらうわ。ラクして経験値だけもらっていくつもりだから、安心して」
そうしてくれると、本当に助かる。
志木さんというリーダーがいなくなったら、ぼくたち育芸館組は、たちまち瓦解するだろう。
ぼくひとりでは、三十人もの女子生徒をまとめきれる気がしない。
ここで少しでも志木さんをパワーレべリングできるなら、それは組織全体にとって幸いなのだ。
ぼくたちはさらにいくつか打ち合わせをしたあと、もとの場所に戻る。
たまき:レベル18 剣術7/肉体1 スキルポイント7
※
戦場に帰還して、すぐ。
右手で孤軍奮闘していたウィンド・エレメンタルが、距離を取ったアーチャー四体からの集中砲火を受けて、地面に倒れ、姿を消す。
だがウィンド・エレメンタルもアーチャー一体を道連れにしている。
これでアリスがレベルアップ。
スキルポイントは槍術につぎ込んでもらう。
アリスの槍術が6になった。
アリス:レベル18 槍術5→6/治療魔法5 スキルポイント6→0
簡単な打ち合わせだけすませ、白い部屋から出る。
その直後、ミアのライトニングが別の一体を葬り去る。
これで右手は残り二体だ。
邪魔者がいなくなったアーチャーたちは、ぼくとミアを狙って矢を放とうとするが……。
「ワールウィンド」
ミアが射線上に激しい竜巻をつくりだし、これを邪魔する。
正面ではアリスとたまきが、剣を手にしたアーチャーと乱戦を繰り広げている。
ふたりとも、アーチャーを圧倒し、次々と倒していくが……。
そのとき、右手奥の暗闇からメイジが姿を現す。
メイジの杖が、アリスを指し示す。
いや、正確には、アリスの持つ鉄槍だ。
まずい、あれが来る。
「アリス!」
「だいじょうぶ……ですっ!」
アリスは、両手でぐっと槍を強く握った。
唇をきつく噛んでいる。
ヒート・メタルによって赤熱化した槍を、根性だけで握りなおしたのだ。
「ディスペル」
アリスはさらに、自らの槍の柄に魔法を使う。
治療魔法ランク3のディスペルは、任意の魔法効果を打ち消す魔法だ。
今回の場合、ヒート・メタルの赤熱効果をキャンセルしたのだろう。
それによって焼けたアリスの手は、そのままだ。
それでも、メイジは動揺するようにあとずさった。
自分の魔法がレジストされ、さらにディスペルされたことに驚いた様子である。
これは志木さんの考えた作戦だった。
ヒート・メタルをディスペルすることに、あまりおおきな意味はない。
しかし魔法がキャンセルされれば、相手は同じ手を使い辛くなる。
相手を心理的に誘導するのだ、と志木さんはいう。
ミアもそうだとうなずいている。
このクソゲーマーどもめと、白い部屋でぼくは口汚く罵った。
「褒め言葉ね」
「ん。褒め言葉」
ふたりとも、誇らしげに胸を張った。
なんだか納得がいかない。
それはさておき。
志木さんの予想通り、メイジ・オークは別の魔法に切り替える。
石つぶてを飛ばすランク1魔法、ストーン・バレットだ。
だがランク1程度なら、たいしたダメージにはならない。
むしろその隙に、アリスが背負ったジャベリンを抜いて、メイジめがけ投擲する。
投げ槍は見事にメイジの胸を貫く。
メイジは口から激しく吐血し、その場に倒れ伏す。
ここでぼくたちは、またも白い部屋へ。
今度は志木さんがレベルアップしたようだ。
※
「ちょうどスキルポイントが4になったから、偵察をあげるわね」
志木さんは生存性能優先だ。
当然、それでいいとぼくたちはうなずく。
「戻ったあとの作戦だけど、アリス、そのままこっちの援護に来てくれ。右手のアーチャーを」
「はい、わかりました」
正面は、すでにふたりの前衛で半分以上、掃除してしまっていた。
残りの四体は、たまきひとりでだいじょうぶだろう。
右手のアーチャー二体は、竜巻をまわりこんで射撃位置につこうとしている。
このアーチャーたちに対する対策として、ぼくはアリスを動かすことにする。
左手では、五体のアーチャーと二体のウィンド・エレメンタルが膠着状態だ。
こちらは、これでいい。
「じゃあ、白い部屋を出るわね」
志木さんがPCを操作する。
志木:レベル8 偵察3→4/投擲3 スキルポイント4→0
戦闘は終局へと向かう。




