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第64話 ジャイアント・ワスプ

 数十分後。

 まず戻ってきたのは、0レベルの子たちを1レベルにするべく出かけたアリスたちだった。

 最初の六人はめでたく全員、1レベルになれたようだ。


「途中で一度、蜂に出くわしたの」


 サポートとして同行していた志木さんが報告してくれる。


「アリスちゃんに、一度、わざと針に当たってもらったわ。傷口からしびれが走ったって。麻痺毒みたいなものがついているわね。なるべく当たらない方がよさそうよ」

「ちょっ」


 おい、ぼくのアリスになにしてくれはるんですかねえ。

 思わずヤクザっぽい言葉が出そうになった。

 慌てて口ごもる。


「ち、違うんです、カズさん。わたしが試してみたいっていったんです。わたしならすぐ回復できますし」


 アリスが慌ててフォローした。

 たしかにレベルの高いアリスなら、たいていの攻撃を受けきれるだろうが……。

 ランク4にもなった治療魔法を持つ彼女が動けなくなったら、困るのはぼくたち全員である。


 だが志木さんは平然としていた。

 最初から、なんとかなると判断していたのか。


 まあ、そうなんだろう。

 彼女に限って、そんなところで詰みの可能性を考慮してなかった、とは考え辛い。


「麻痺毒はキュア・ポイズンで治療できたわ。針に刺されてからすぐ治療すれば大丈夫ね。予想通り、ショック症状みたいなものもないみたい」


 キュア・ポイズンは治療魔法のランク2だ。

 うーん、こりゃランク2の術者を何人か育てる必要がありそうだなあ。


「でも、ショック症状が起こる可能性もあったんだろう」

「勘違いしているみたいだけど、ショック症状といっても、蜂に刺されてすぐ変化が起こるわけじゃないわ。あれはアレルギーの一種だと考えてちょうだい」

「あー、そうなんだ?」

「あなたと違って、わたしたちは何年も山のなかで暮らしているのよ。虫のことも、少しくらい詳しくなるわ」


 志木さんはそういって、アリスを見た。

 アリスも「そうですね……わたしも最初は虫、苦手でした」と苦笑いしている。

 そうか、そういうものか……。


「ジャイアント・ワスプそのものは、アリスのジャベリンの投擲でなんとかなる範囲ね。一撃だったわよ」

「それは、心強い報告だな」

「わたしの投擲ランク2だと、包丁を二本、投げる必要があったわ」


 志木さんはアリスとふたりでグループを組んでいたらしい。

 二度、蜂を倒し、一体目でアリスがレベル16にレベルアップした。

 志木さんは二体目でレベルアップし、レベル4になったという。


「あなたから聞いたアリスちゃんの経験値が確かなら、ジャイアント・ワスプの経験値は、オーク三体分ね」

「それがわかっただけで、上々かな」

「それで、アリスちゃんのスキルポイントが7になったから、わたしが勝手に判断しちゃったけど……よかったかしら」

「なにを上げたんだ」

「治療魔法よ。今後を考えると、ラピッド・ヒールがあるといいんじゃないかしら」


 なるほど、とぼくはうなずいた。

 治療魔法ランク5のラピッド・ヒールは、発動が一瞬で、しかも通常のヒールの三倍の回復性能を持つ高性能の回復魔法だ。

 いや、通常のヒールはMP消費が1で、ラピッド・ヒールはMP消費が5だから、MP効率はだいぶ悪いんだけど……。


 ここまで激戦をくぐりぬけてきたぼくたちは、身にしみて理解している。

 戦場において必要なのは、迅速かつ高性能な治療なのだ。


 MP消費は、この際、問題にならない。

 このラピッド・ヒールがあれば、戦闘はだいぶ安定するに違いない。


「ほかに治療魔法ランク5だと、サステナンスもあるわ。万が一を考えると、安心できるでしょう」

「それは……そうだな。実際に役に立って欲しくはないけど」


 サステナンスは、生命を繋ぎとめる魔法だ。

 Q&Aによれば、たとえば首を刎ねられた者でも、その直後にこの魔法をかけることで死亡から免れることができるという。

 仮死状態を維持する魔法、とでもいえばいいだろうか。


 ただし、この魔法の持続時間はわずか三十秒で固定、ランクが上がっても時間が伸びない。

 三十秒以内にキュア・ディフィジットとヒールで損傷を修復してやらなければ、対象は完全に死亡する。


 首を刎ねられたときの保険、と考えるとなんともアレだが……。

 この魔法がある、というだけで安心できるというのはおおきい。


「いい選択肢だと思うよ。志木さん、ありがとう。アリス、これからも頼むぞ」

「はい、任せてください!」


 アリスは元気よくうなずく。

 ふたりは別の六人を連れて、もう一度、出撃していった。



        ※



 アリス・志木組と入れ替わるように、たまき・ミア組が戻ってくる。


 火魔法による蜂狩りの成果は、上々だったようだ。

 やはり火魔法は、ミアの地魔法や風魔法より、よほど大きな傷を与えていたという。


「火が特効なのは間違いない」


 ミアがいう。

 倒したジャイアント・ワスプは合計で六体。


「でも、ソニック・エッジを近くで炸裂させるだけでコントロールを失って地面に落ちることも。風魔法で牽制も充分アリ」


 ソニック・エッジは風魔法のランク2だ。

 名前の通り、風の刃を放つ魔法である。

 よくゲームにあるカマイタチ系の魔法なのだ。


 なおミアによると、カマイタチが真空の刃であるという説は現在では科学的に否定されているとかなんとか。

 どうやらこの世界の魔法においては、そんな科学的、物理的法則はまったく関係ないらしい。

 魔法ってすごいなあ。


 Q&Aによると、攻撃魔法とは、マナに方向性と指向性を持たせる類いのなんたらかんたらであるらしい。

 なんたらかんたらについては、情報統制なのか白い部屋の主が教えてくれなかった部分である。

 現状わかってることから考えるに、つまりソニック・エッジは風属性に染めた攻撃性のマナを放つ魔法なのだろう。


 その風属性に染まったマナは、副次的現象として周囲に突風を巻き起こす。

 突風に煽られ、巨大な蜂は姿勢の制御を失う。

 ミアが実験したのは、そんな部分なのだと思う。


 こうしてまとめてみると、ほんとミアって頭がいいよなあ。

 はたしてたまきもぼくと同様の感想を抱いたようである。


「ミアは本当にすごいわ。考えることが、お兄さんにそっくりだわ!」

「ん。たまきちん、ちょっとしゃがんで」

「え、なになに」


 素直にミアの前でしゃがむたまき。

 ミアは、たまきの無防備な額に、ちからいっぱいのデコピンをかます。

 たまきは両手で頭を押さえてうずくまった。


「い、いったーいっ。ひどいよ、ミア。いきなりなにするの!」

「喧嘩は買う」

「けっ、喧嘩なんてぜんぜん売ってないわ。ミア、なに怒ってるの? わっ、待って、顔がマジだ」


 ぼくは慌てて、ふたりの間に割って入った。


「ミア、あまりたまきを責めるな。彼女は天然なんだ」

「知ってるけど、ここは素直にツッコむべきかなと」


 ミアはぐっと拳を握って、無表情にぼくを見上げる。

 普段と同じように見えて、でもやっぱり結構怒っているような雰囲気を醸し出していた。


「結城先輩もそうだけど、ミアも頭がいいな、って褒めているんだぞ」

「ん。それは違う」


 ミアは首を振る。


「兄の方が、はるかに頭がいい」


 小柄な少女は、けっ、とそっぽを向いた。


「腹立たしいけど、兄は本物の天才。わたしはせいぜい、秀才どまり」


 いっちゃうかー。

 自分のこと秀才っていっちゃうかー。

 ははは、こやつめ。


「でも、兄の才能の使い方はヒドい」

「それは昨日の夜だけで、よくわかった」

「肉親として、腹が立つ」


 はたから見ていると、近親憎悪の類いにしか見えないけど。

 もちろんそんなこと、言葉にはしない。

 こんな朝っぱらから地雷を踏む気はない。


 だがミアは、ぼくの考えを見透かしたかのように、不機嫌に睨んでくる。


「カズっち」

「いかが致しましたでしょうか、ミアさん」

「なぜ敬語?」

「ミアさんが不機嫌でいらっしゃるからです」


 ミアはおおきくため息をつき、肩を落とす。


「本当に、兄は天才。わたしなんて、足もとにも及ばない。だから劣等感で余計、苛立ってるのは、わかってる」

「そこまでなのか……」


 たしかに、必殺仕事人の真似事でオークを絞殺するとか、ちょっと理解不能だ。

 主にその情熱のかけかたが意味不明である。

 落とし穴を掘る方がよっぽど楽だと思う。


「カズっちも、わりと天然なところある」

「そう……かな?」


 ミアのツッコミに、ぼくは首を横に傾ける。


 そうこうするうち、アリスたちがまた戻ってきた。

 合計して十二人全員がレベル1になったとのことだ。

 これでようやく、本来の作戦行動に移れる。



        ※



 ロビーにて。


「少し休んでMPが回復したら、本格的な北の森の攻略に移るわ」


 志木さんが、全員を見渡し、宣言する。


「出撃するのは二パーティ、八人よ」


 志木さんが名前を順に挙げていく。

 ぼくたち精鋭パーティの四人に、志木さん、長月桜、そして火魔法を使えるふたり。

 志木さんたちサポートパーティは、精鋭パーティに不足している遠距離火力役を担当する。


「それじゃ、まずはカズくん。カラスでの偵察、お願いできるかしら」


 志木さんにいわれるまま、ぼくはカラスを召喚して、リモート・ビューイングでカラスの目を借りる。

 カラスが北の森へ飛ぶ。

 簡単な偵察の結果、ひとつの事実が判明した。


「北の森では、樹上にオークが隠れている。粗末なものながら、弓を持っているみたいだね」


 これは凶報だった。

 ぼくたち精鋭パーティの構成は、接近戦を前提としている。

 樹の上から矢を射かけてくるような敵は想定していなかった。


「こりゃ、ひょっとしたらサポートパーティがメインになるかもしれないぞ」

「うーん、それはそれでアリ、なんだけど……」


 志木さんは少し考え込んだあと、顔をあげる。


「少しフォーメーションを変えましょう。わたしが先行偵察するわ」


 ずいぶんと大胆な提案に、ぼくたちは驚く。



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