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第63話 居残り組

 さて志木さんによれば、現在育芸館を拠点とする生徒は三十一人。

 そのうち、ぼくやアリスを含めた十人が初日組で、すみれを含めた残り二十一人が昨日、ぼくたちによって助け出された者たちだ。


 大半が、オークたちのもとで過剰な暴力にあっていた。

 彼女たちは救出後、アリスのヒールとキュア・マインドによって心身ともに回復している。


 ひと晩が経ち、大部分の生徒は疲労も抜けた様子であった。

 新たに十二名が旺盛な戦意を見せているという。


 昨日の長月桜たち四人を含めて、二十一名中の十六名が戦うことを決意したということだ。

 残りの五名は、いまだ迷っていたり、キュア・マインドをもってしても心が折れてしまったりである。


 アリスとたまきの友人であるすみれの場合、自分が戦いに向いていないと自覚し、守られることを選択している。


「わたし、アリスと同じくらいまわりが見えないですし、たまきと同じくらいおっちょこちょいなんです」


 なんて最強のハイブリッドなんだ。

 たしかにそんな生物を前線に出すのはヤバい。

 後衛ならいいかもしれないけど、慌てた彼女が後ろから火魔法を無差別に連発するというのも、怖い想像になってしまう。


 いちおう、レベル1になる気はあるようで、ほかの人たちが一段落したあとで、適当なオークを倒してもらうことになっていた。

 治療魔法と召喚魔法でも覚えようかといっている。


 食糧と水を地道につくり出し、まわりの手が足りないときは回復役になるということだ。

 ひとりくらいは、こういう担当がいてもいいだろう。

 余裕があればレベル3くらいまで上がって欲しいところである。



        ※



 長月桜が、防具について相談にきた。

 最初、彼女のために皮鎧を召喚したのだが……。


「重くて、動きにくい」


 一度、装着してみて、これではダメだと判断したのだという。


 昨日の夕方、ジェネラルとヘルハウンドを同時に相手にした際には、彼女にずいぶん助けられた。

 彼女の行動は蛮勇というべきものだったが、あの場面でそれだけの勇気を絞り出してくれたからこそ、紙一重での勝利をもぎ取ることができたのである。


 もちろんそれは、ヘルハウンドを正面から引きつけて生き延びた身体能力があってこそ、である。

 彼女のようにスキル以上の戦い方ができる人員は、とても貴重だ。


「うーん、そうだね。どんな防具が欲しい」

「軽くて、硬くて、邪魔にならないもの」


 そうだねー、そんなものがあったらいいよねー。


「無茶をいってる自覚はあるよね」

「無理なら、ジャージでいい」


 戦意旺盛な彼女には、是非ともいい防具をつけて欲しいところだが……。

 動きが阻害される方がまずいか。

 ここは、防御力を犠牲にするのもいたしかたないかなあ。


「そうだ。皮鎧の上半身部分だけを使うとかは、どうだろう」


 彼女のウリである機動力は、主に鍛えられた下半身によるものだ。

 だから下半身は、ジャージで我慢してもらうとして……。


 ぼくは彼女の持ってきた皮鎧を受け取り、ナイフでほかの部位との接合部を切り取った。

 胸当てと肩パッド部分だけを桜に返す。

 これで最低限、上半身の急所だけは守れるはずだ。


 試着した桜は、満足げにうなずき、少しだけ表情をやわらげた。


「ありがとう、カズ……先輩」

「別に先輩、なんて呼ばなくていいよ。ぼくは尊敬されるようなことは、なにもしてない」


 桜は黙って首を振った。

 周囲を見渡して、誰もそばにいないことを確認したあと改めて「そんなこと、ない」という。


「あなたは、我慢強く逆境に耐えられるひと。いまわたしたちに必要な素質を持ったリーダー」

「きみは……」

「わたし、練習で高等部によくいってたから。……あなたのこと、知ってた」


 そうか、とぼくはうなずいた。

 ぼくの姿をずっと見ていたのか、彼女は。

 情けなくいじめられ続けていたぼくを。


「あなたは、自暴自棄にならなかった。刃を研ぎ澄ませて、反撃の機会をうかがってた。そういう目をしていたから、よく覚えている」

「ぼくは、そんなだった?」


 桜は、こくんとうなずいた。


「スポーツでトップクラスの争いをしていれば、わかる。そういう目をしているひとは、強い」


 なるほど、そういうものか。

 ぼく自身にはよくわからないけれど、ひょっとしたら、そんな生意気な目をしているせいで、余計にシバの怒りを買ったのかもしれない。

 黙っているぼくを見て、どう思ったか、桜は少し慌てた様子で、ぼくに頭を下げる。


「ごめんなさい」

「ええと、なに?」

「あなたを辱めるつもりはなかった」

「ああ、そういうこと……」


 たしかに、高等部での記憶は屈辱的なものばかりだ。

 アリスとシバが顔を合わせたところを見ただけでひどく取り乱してしまったのだから、いいわけのしようもない。


 でも、シバは死んだ。

 ぼくが殺した。


「もう、終わったことだよ」

「そう」

「あいつが死んだら、そこそこ満足しちゃったのかもしれない」


 実際のところ、また高等部にいったら。

 高等部のひとたちに会ったら。

 彼らがぼくを嘲るような目で見てきたら。


 ぼくはどうなるか、わかったものじゃない。

 だけど、あまりそのことについて考えたくない、というのが本音なのだ。


 それに、たぶん。

 ぼくの隣には、いつもアリスがいてくれる。

 たまきが、ミアがいてくれる。


 だからきっと、だいじょうぶだと思う。

 そう、思いたい。


「あ、そういえば、シバが死んだこととか、そもそも高等部の状況とか、聞いているの?」

「あなたがお風呂で気絶したあと、アリス先輩たちが、少し説明してくれた」


 そうか、とぼくはうなずく。

 志木さんも、そのあたりはアリスに任せたのか。

 いや昨夜の時点じゃ、志木さんには本当に簡単な説明しかしていなかったから、アリスが改めてそのへんをやってくれたってことか。


「わたしは、あなたほど割り切れそうにない」


 長月桜はうつむいて、ゆっくりと首を振る。

 ポニーテールが、文字通り尻尾のように揺れた。


「一昨日から、昨日。カズ先輩たちに助け出されるまで、わたしたちはずっと、はかない希望にすがってきた。オークたちを、全員、めちゃくちゃにしてやるって、黒い欲望にすがって、生きながらえてきた。わたしが生き残ったのは、たぶん、その強い想いがあったから。生きることを諦めたひとから、死んでいった」


 だから、と顔をあげ、桜はぼくを見つめる。

 胸もとで拳を握り、口の端をつり上げて、皮肉に笑う。


「カズ先輩と違って、わたしの気持ちは、歯止めがきかない。オークたちを殺しつくしてやるまで、胸のなかの黒い炎みたいな気持ちが消えることはないんだと思う」

「きみは……そんな気持ちで戦っていたら、死ぬよ」


 昨日から思っていたことだ。

 いうべきかどうか、ずっと迷っていたことだ。

 彼女に告げるなら、いましかないだろう。


 はたして桜は、顔を少し傾け、困ったように微笑む。


「死んだら、わたしはきっと、楽になれるんですよ」

「うん、知ってる。ぼくたちみんな、多かれ少なかれ、同じようなものだと思う。でもだからこそ、ぼくはきみに死んで欲しくないな。きみひとり勝ち逃げするのは、ずるいと思う」

「わたしは、もっと苦しまなくちゃいけませんか」


 その言葉には、感情がまったくこもっていなかった。

 淡々と、まるで明日の一時間目の授業は数学ですか国語ですか、とでもいうかのような口調。

 だからぼくは、彼女にならって、なるべく平坦な口調で言葉を返すことにする。


「うん。ぼくたちはみんな、もっと血反吐を吐いて、地べたをはいずって、生きあがくべきだよ」

「なぜでしょう」

「たぶんいまが、ぼくたちの最大人数だから、かな。これ以上、オークから生徒を助け出すことはできないと思う。高等部とも決別してしまった。今後、ぼくたちがひとり死ぬたび、残されたひとたちはいっそうの地獄を這いずりまわることになる。だからぼくたちは、ひとりも死んじゃいけない。仲間のために」


 桜は、戸惑ったようにぼくを見つめる。


「仲間……ですか」

「違うかな。少なくともぼくは、きみのことを仲間だと思っているけど」

「戦うための駒が必要だから、わたしたちを助けたんですよね」

「その一面もある。否定はしないよ」


 ぼくは苦笑いする。

 事実、志木さんとぼくが作戦を立てるとき、感情的なものは極力、排除する。

 感傷や甘い見込みでは、相手を説得できないからだ。


 ぼくは志木さんを説得するために、理論武装する。

 志木さんはぼくを論破するために、理論武装する。


 だからぼくたちが立てた作戦は、いつだってひどく冷徹だ。

 そうじゃないと、この先を生き残れないと、ぼくたちは互いに知っている。

 でも、それとこれとは話が別だ。


 ぼくは、いま育芸館を拠点とする三十一人に親近感を抱いている。

 そうでなければ、昨日、下山田茜しもやまだ・あかねが死んだとき、あれほどのショックを受けたりはしない。


 ああ、その通りだ。

 結局のところ、ぼくは甘ちゃんなのである。

 二度と彼女みたいな犠牲者を出したくないだけなのだろう。


「それとも、長月桜さん。きみは、ぼくたちのことを仲間だとは思えないかな」

「そういうわけでは……ないです、けど」


 戸惑う桜は、しかしよく見れば、わずかに頬を紅潮させていた。

 どうやら、ぼくが青くさいことをいっているのが、よほど恥ずかしいようだ。


 しょうがないじゃないか、とぼくはスネたように唇を尖らせる。

 事実、ぼくはもう、ぼくの指揮でひとが死ぬところを見たくないんだ。


 敵ならいくらでも殺してみせよう。

 高等部のひとたちが邪魔するなら、彼らも殺そう。


 でも、仲間は別だ。

 叶うなら、ぼくの庇護下に入ったひとたちは、ひとりも傷ついて欲しくない。


 そういったことを、ぼくはたどたどしい口調で説明する。

 たどたどしいのは、それがとてもとても青くさい青年の主張で、いってて恥ずかしいからだ。

 いやぼくは青年だし、こんなときこそぼくたちは青くさいことを声高に主張していいと思うのだけれど……。


 それはそれとして、これまでぼくたちが培ってきた常識が、ぼくを照れさせる。

 はたしてそれは、桜さんも同じだったようで、彼女はぼくが語り終えたあと、かわいらしく肩をすくめてみせた。


「先輩って、思ったよりずっと恥ずかしいひとだったんですね」

「うん、わかっているから、追い打ちはやめたまえ」

「でも、そういうところ、いいと思います」


 普段、あまり感情を表に出さない少女である桜は、にっこりと笑った。

 花がぱっと咲いたような、素敵な笑顔だった。


 思わずどきりとして、それから慌てて首を振る。

 そんなぼくの様子に、桜はまた、くすりとする。


「間違えないでくださいね。尊敬している、ってことです。アリス先輩たちに対抗する気とか、ありません」

「わかってるよ、もう……」


 ぼくは後ろ頭を掻く。

 ああもう、調子が崩れるなあ。


「でも」


 と桜は真面目な顔になって、ぼくを見つめてくる。


「先輩の意気込みは、いいと思います。それでもやっぱり、わたしたちにあまり感情移入して欲しくないです」

「死んだとき、心が潰されるから……か?」

「はい。先輩はもっと、まわりが死ぬことに慣れるべきです」


 難しいことをいう。

 ぼくはきっと、苦虫をかみつぶしたような表情になっていたことだろう。

 桜は、申し訳なさそうに頭を下げる。


「生意気、いいました」

「いや、うん、ありがとう。ぼくを心配してくれるのは、嬉しい」

「これだけは覚えていてください。みんな、だいたいそう思っているってこと」

「みんなって」

「昨日、オークから助け出されたひとたちは、ずっと、まわりで仲間が死んでいく様子を見ていたんです。わたしたちはもうとっくに、まわりのひとたちが死に続けることに慣れているんです。ひょっとしたら、自分が死ぬことすらも、当然だって。だから、なおさら、先輩たちのことが心配です」


 そういってぼくと目を合わせる少女の瞳は、どこかうつろだった。

 ああ……とぼくは、おおきく息を吐く。

 その瞳に吸い込まれるようで、なにもいえなくなってしまう。


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