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第62話 分散出撃

 結局、ぼくたちは、三チームにわかれることになった。

 たまきとミアに火魔法を使える生徒ふたりを加えた、ジャイアント・ワスプ討伐チーム。

 アリスと志木さん、数名の前衛を護衛とした、新人をレベル1にするチーム。


 残りはぼくと共に育芸館を守ることになる。

 といっても、ぼくの主な役割は、召喚魔法による武器防具の召喚と、ハード・ウェポン、ハード・アーマーによる仲間の戦力底上げだ。

 あと、休んでMPを回復させること。


「飛行する敵が来た以上、本当は弓の使い手を育てたいけど……その余裕はなさそうだわ」


 と志木さんはいう。

 なのでぼくは、投げ槍をたくさん召喚しなければならないらしい。

 投げ槍を投擲するのも、槍術スキルのうちだからだ。


 召喚魔法ランク4のサモン・ウェポンで召喚されるジャベリンは、オークの持つそれより多少、性能がいいようで、飛距離も良好だ。

 ちからいっぱい投擲すれば、高い樹の上まで届く。

 ハード・ウェポンをかけておけば、ジャイアント・ワスプ戦でかなりの効果が見込めることだろう。


 とはいっても、ジャベリンを十本召喚して、ハード・ウェポンをそれぞれにかけると、それだけでMPを80点も使ってしまう。

 いまのぼくのレベルは18だから、それだけのMPを回復するには、だいたい四十五分ほど休憩する必要がある。

 それだけじゃなくて、ぼくはみんなのジャージにハード・アーマーをかけていかなきゃいけない。


 ほかの防具も用意したい。

 特に前線で戦うひとたちには……。


 少し作業したあと、朝食になる。

 発電機による限られた電力を使って、料理班が暖かいご飯とお味噌汁を用意してくれた。

 ダシがきいていて、とてもおいしかった。


 そのあと、みんなが出発する。

 装備を整えてロビーに来たたまきに、ぼくはおおきな盾を渡した。

 タワー・シールドと呼ばれる、全身が隠れるほど巨大な盾だ。


「たまき、これを使ってみてくれ。ジャイアント・ワスプは太い針を撃ち出してくる。これで仲間を守るんだ」

「うわ、でっかい盾……。わたし、盾スキル取った方がいいってこと?」

「いや、まずは使い勝手を確かめるところからだな。テストをするなら、肉体1を持っているたまきが最適かなと」


 そういってぼくは、たまきの横で「ふむ」と腕組みしているミアをちらりと見る。

 一夜明けて、くっついたミアの腕は特に問題がない様子だ。

 正直、ほっとしている。


 そのミアは、ゲームに詳しい。

 いや、いまぼくたちが置かれている状況は現実そのものなのだけれど、でもゲーム的な彼女の思考は、わりと頼りになるように思う。

 なんらかのアイデアか、あるいはそのヒントでも掴めれば儲けものである。


「カズさん、この盾、木じゃない」


 ミアはタワー・シールドをぽこぽこ叩いて、ぼくを見上げる。


「でも結構、軽いだろ。だったら、ま、材質なんてなんでもいいかなと。一応ハード・アーマーはかけてあるし。蜂の針くらいなら防げると思う」

「ん。この後ろに隠れて、魔法でファイアー」

「そういう感じで頼む。ミア、きみがみんなを引っ張ってくれ」


 ミアは「ん」とちから強くうなずいた。


「わたしに、任せて」


 その隣では、たまきが「あれえ、なんでカズさん、わたしのリーダーシップに期待しないのかな」と首をひねっている。

 いやまあ、えーと、うん。


「たまきちん、慌てんぼうでお調子者だから、リーダー向きじゃない」


 あ、ミアのやつ、はっきりいいやがった。

 たまきは、どよんと落ち込んでいる。

 ぼくは慌ててフォローしようとしたが……。


「いいの、カズさん。薄々わかってたことだし」

「たまき……」

「公私混同しないのは、カズさんの偉いところだわ」


 たまきは顔をあげ、健気に笑った。

 落ち込みが持続しないのも、彼女のいいところかもしれない。

 ぼくは耳の後ろあたりをポリポリ掻いて、苦笑いする。


「そりゃ、こんなところでえこひいきしたら、誰か死ぬからな」


 これまでの二日間で、そのことはよくわかった。

 嫌というほど理解した。

 今日は、昨日よりもっと上手くやらなきゃいけない。


 一方、アリスと志木さんを中心とするチームの方は、極めて落ち着いていた。

 このふたりと、前衛の槍使いの少女ふたりに、六人のレベル0生徒がついていく。

 合計で十人もいるが、極めて統率された動きで、さっさとロビーを出ていこうとする。


「あ、アリス」


 思わずぼくは、彼女を呼び止めてしまう。

 いまアリスは、左手にぼくが召喚したジャベリンを一本、持っている。

 ジャイアント・ワスプ対策だ。


 後ろの少女たちが、残り九本のジャベリンも手にしている。

 このジャベリンでオークを突き刺して殺してもいいし、いざとなればアリスたちに手渡してジャイアント・ワスプの迎撃用にしてもいいという寸法だ。


「なんですか、カズさん」

「ええと、その……」


 少し迷ったぼくは、アリスのそばの志木さんに視線を移した。

 志木さんは笑って、アリスに耳打ちする。


 アリスは「あっ」と呟いて、ぼくに駆けよってくる。

 ぼくの前で立ち止まり、両手を後ろに組んで、胸をそらす。

 ぼくをまっすぐに見つめて、相好を崩す。


「ええと、その、いってきます、カズさん」

「いってらっしゃい、アリス。……気をつけて」

「はい。安心してください。わたしはもう二度と、勝手にどこかへ行ったりしません。だから、あの」

「うん、信じてる」


 アリスの後ろで、志木さんが笑っている。

 育芸館から出ていこうとするアリスの後ろ姿を見て、彼女がどこかへいなくなってしまうのではないかという不安にかられたことは、どうやら志木さんにバレバレだったようだ。

 まったく、彼女はくそったれである。


 だけど、まあ。 

 アリスは素早く、ぼくの頬にキスをした。

 少しはにかんで、見つめ合う。


「じゃあ」

「はい、では」


 そんなやりとりを見ていた周囲が、しょうがないなあと苦笑いしているのがわかる。

 たまきとミアもだ。

 気恥かしいし、たまきには申し訳ないけど……うん、本当に不安だったんだ。


 情けないやつだと、笑いたければ笑え。

 ぼくはそんな自分を受け入れることに決めた。

 どれほど情けなくとも、醜態をさらしても、ぼくはぼくの決めた道を歩いていこう。


 それはアリスとたまきと、そしてこの育芸館の皆と共に歩む道だ。

 アリスとたまきは、ぼくの壊れかけた心を癒やしてくれた。

 育芸館の皆は、暴走して姿を消したぼくたちを暖かく迎えてくれた。


 彼女たちは、ぼくを裏切ったりしない。

 昨日の夕方から夜にかけての事件において、彼女たちは、自らの態度でもってそのことを示してくれた。

 だからこそ、ぼくは彼女たちと共に歩むのだ。


 アリスと志木さんたちが先に出発していく。

 たまきとミアも、一度、出ていきかけて、それからこっちを振り向き……。

 駆け戻ってくる。


「どうした、たまき、ミア」

「やっぱ、カズさん、わたしも」

「ん」


 たまきとミアは、ぼくの両頬にキスして、それからまた玄関に駆けていく。

 手を振って、それから出発する。


 残った女の子たちが、やれやれという様子でぼくを見ている。

 ぼくは、彼女たちに、ごめんなさいと頭を下げた。


「倫理的にだいぶ問題があるというのは、当方でも認識しております」

「そのあたりのこと、聞きました。昨日、どれだけ修羅場をくぐったかも、です」


 声をかけてくる子がいた。

 誰かと思えば、杉之宮すぎのみやすみれという少女だった。

 アリスとたまきの共通の親友だ。


 少しぽっちゃりした女の子だ。

 胸もとくらいまである髪を、おさげにしている。

 顔には縁なしの眼鏡をかけている。


 一見すると文学少女っぽくて、実際、図書館の常連だという。

 アリスと仲がいいというのも納得だ。

 たまきと仲がいいというのは……まあ、たまきは人当たりがいいからなあ。


 で、その彼女からすると、ぼくは彼女の親友ふたりを同時に恋人にしていることになる。

 だいぶ悪人な気がする。

 客観的に考えて、睨まれても仕方がないかな、と思わないでもない。


 すみれは苦笑いしていた。

 少なくとも、ぼくに悪い感情は抱いていないようだ。


「カズさん。あなたは物語の英雄みたいな活躍をしているんですよ。もう少し積極的に、自信を持ってもいいと思います」

「物語の英雄、ねえ」


 今度はぼくが苦笑いする番だった。

 昨日のぼくを知っていれば、そんな表現、とうてい出てこないだろう。


 ぼくはただ、みっともなく生きあがいた。

 ひたすらにあがき続け、そのはてに勘違いして、早とちりして、すべてを投げうって逃げ出すところだった。

 そんな人間、とうてい英雄とはいえない。


 だがすみれは首を振り、声をちいさくして、ぼくの耳もとで囁く。


「それでも、あなたは戻ってきました。アリスとたまきを連れて戻ってきました」

「たまきがぼくの首根っこをひっつかまえてくれたんだ。ただアリスを助けにいけばいいんだって、そう教えてくれた」

「ではなおさら、あなたがた三人は、三人でひとつなのでしょう。あるいはミアって子も入れて四人で、かもしれませんけど」


 すみれはそういって、くすりと笑う。


「アリスとたまきが、ふたりともあなたのことを好いているなら、わたしは祝福しますよ。ふたりが幸せでいてくれるのは、嬉しいことです」

「そういうもの、かな」

「ほかのひとは、知りません。でもわたしたちは、そうなんです」


 すみれはいった。

 それは、昨日のおどおどした様子とはまったく別人のような、とても自信を持った答えだった。

 うーん、彼女たちの仲というのも、ちょっと余人にはうかがい知れないところがあるな。


 いや、よくよく考えれば、昨日もそうだったかもしれない。

 アリスとたまきは、どこかでとことんまで通じ合っていた。

 ふたりともどこか抜けたところがあるけど、でも肝心なところで、相手がどう考えているかだけはピタリと一致させてきた。


 ぼくがアリスに裏切られたと思ったときも、そうだった。

 たまきはとことんまで、アリスを信じ抜いた。

 結局、ぼくはそんなたまきによって目を醒ますことになる。


 少し、うらやましい。

 ぼくには、そんな風に信頼しあえる友人というのがいなかった。


 これまでぼくは、いつだって裏切られてきた。

 だからなおさら、彼女たちの間にある絆がうらやましいのだろう。


 すみれは、ぺこんと頭を下げる。


「差し出がましいことかもしれませんが、アリスとたまきのこと、よろしくお願いしますね」


 そういって、にっこりとする。


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