第33話 第二次育芸館防衛戦 その4
アリス、たまき、ミアの三人同時のレベルアップである。
しかも今回は、三人とも、それぞれのスキルを上げてもらう。
アリスは槍術を、たまきは剣術を、そしてミアは地魔法を。
アリス:レベル8 槍術3→4 /治療魔法3 スキルポイント4→0
たまき:レベル6 剣術3→4 /肉体1 スキルポイント5→1
ミア:レベル6 地魔法3→4/風魔法1 スキルポイント5→1
具体的には、こうだ。
ミアは風魔法を取るという手もあったが、それよりは地魔法をあげるべきだということになった。
彼女のMPも、ぼく同様に残り少ない。
ヒート・メタルの性能を少しでも上げて、これ一本に賭けるのが最適だという判断である。
後々を考えると、便利なものが多い風魔法も魅力的なのだが……。
いまは、これからの数分を生き残ることに全力を注ぐべきだった。
「武器スキルがランク4になったといっても、今回はヘイストをかける余裕がないんだ」
ぼくはアリスとたまきを前に、最後の確認をする。
「ひょっとしたら、以前より厳しい戦いになるかもしれない。……ここまでで怪我はないか」
「はい、だいじょうぶです」
「問題ないわ。カズさんのハード・アーマーのおかげよ!」
聞けば、ジャージ+1が、いままでならかすり傷になるような攻撃もすべて、はじき返してしまったらしい。
オークがぶつかってきても、ほとんど衝撃を受けなかったらしい。
鉄槍+1と大斧+1も、いままでにない切れ味であるという。
ふたりは少々、興奮気味に語る。
槍の刺突は容易にオークの身体を貫いた。
斧の斬撃はたやすくオークの身体を両断した。
まるでいままでの武器とは別物みたいだ、と。
「実際、別物なんだろうけどね」
ぼくはコンピュータ・ゲーム的に考える。
武器防具+1と仮に名づけたが、ひょっとしたらこれは「こんぼう」が「はがねのけん」になるくらいの変化なのかもしれない。
あるいは「かわよろい」が「せいなるよろい」に変化するクラスの可能性もある。
しかも、例によってノートPCでQ&Aを行った結果。
この魔法による武器防具強化は、ぼくの付与魔法のランクがあがるごとに性能が向上するらしい。
付与魔法がランク5にあがったら、少なくともアリスとたまきの分だけでも毎回、更新する必要がありそうだ。
ま、そんなのは今後の話である。
いま大切なのは、目の前の脅威に対する方策を指示することだ。
「今回はエリート・オークが三体もいる。絶対に、同時に相手にするな。教えた通り、一体ずつ分断するんだ」
「カズさんは心配性すぎるわ!」
ぼくはジト目でたまきを睨んだ。
たまきは、うっ、と気おされたように後ずさる。
まったく、さっき失禁したばかりの子が、なにをいってるんですかねえ。
「ぼく、他人の失敗を何度もあげつらうのは好きじゃないんだけど、きみの命がかかっているから、あえていわせてもらおうかなあ」
「あ、待って、わかった、わかったから! あたしちゃんと、命令通りやるから!」
たまきは、慌てて両手をぱたぱた振る。
その拍子に、ツインテールが波打つ。
まったくもう、この子は。
「アリスは……心配してないから、無理はするな」
「はい!」
アリスは、緊張した面持ちでうなずく。
うん、アリスは素直でいい子でかわいいなあ。
「ミア」
最後にぼくは、いちばん小柄な少女の方を向く。
「予定通りならヒート・メタルだけで終わるはずだけど……。ふたりが危険だと思ったら、出し惜しみはしなくていい。臨機応変に頼むぞ」
「ん!」
彼女にしては、という程度には強い意気込みで、ミアはうなずいてみせた。
ぼくは、よし、とみんなを最後に見渡し……。
「それじゃ、レベルアップを頼む」
ぼくたちは、もとの場所へ戻る。
決戦の地へ。
※
ぼくが白い部屋からもとの樹の上に戻るのとほぼ同時に、オークの側にも変化があった。
ついにオークたちの士気が決壊し、督戦隊役のエリート・オークの指示もきかず、算を乱して逃げ出し始めたのだ。
左右の森に逃げ入るオーク。
エリート・オークの横を抜けようとしてミンチになるオーク。
やぶれかぶれに前線を抜けようとして槍に貫かれるオーク。
阿鼻叫喚の地獄絵図のなか、アリスとたまきは冷静に目の前の獲物を狩り続ける。
それでいい。
まずは邪魔な雑魚を排除し、エリート・オークへの道を切り開くのだ。
ふたりとも武器スキルがランク4に上昇したことで、いっそう武器の扱いに磨きがかかり、動作に鋭さが増している。
よし。これならエリート・オークを相手にしても……。
そのときだった。
敵陣の奥から、身も凍るような咆哮があがる。
エリート・オークの雄たけびだった。
それが三体同時。
だが幸いにして、今回は仲間の誰ひとりしてひるまない。
少ないMPを割いてアリス以外の全員にクリア・マインドをかけておいた甲斐があったというものだ。
もとより、アリスとぼくはレベル的に耐えられると判断していたが……。
予想通り、ぼくにとっては、もはやエリート・オークの咆哮も、ただうるさいだけにすぎなかった。
アリスに至っては、咆哮で足を止めたオークに無慈悲な刺突を繰り出し、殺戮に精を出している。
いまやアリスは、情け無用の殺戮マシーンだった。
立派に育ったなあ。
ところが、そのアリスに猛然と接近する者がいる。
オークが逃げまどったことで集団の密度が薄くなり、エリート・オークとアリスの間に一本の道ができてしまったのだ。
エリート・オークが、アリスに突進する。
「アリス、来るぞ!」
ぼくは叫ぶ。
だが彼女は、ぼくの声が届く前に素早く身をひるがえし、森のなかに飛び込んだ。
よしっ。
彼女は周囲がよく見えている。
エリート・オークは、アリスを追って森のなかに分け入っていく。
計算通りだ。
もう一体のエリート・オークが、たまきを追って、やはり森のなかへ入っていく。
アリスとたまきは、あまりにもオークを殺しすぎ、目立ち過ぎた。
エリート・オークとしても、まずこのふたりを潰すために動くだろうと考えたのだが……。
ものの見事に、作戦は当たった。
「ミア」
「ん」
「志木さん、頼む」
「わかったわ、任せて」
ミアは樹から飛び下り、志木さんと組んで走り出す。
志木さんが森のなかでアリスやたまきを探し出し、ミアがエリート・オークの武器をヒート・メタルで落とす。
そういう作戦である。
さて、問題は残る一体、フリーとなってしまったエリート・オークなのだが……。
前への道は、逃げまどうオークで塞がれている。
左右の森に抜けるルートはある。
こいつがアリスとたまき、どちらに向かうか。
それ次第で、今後の作戦を決めなければ……。
と、その残る一体のエリート・オークは、正面から突っ込んできた。
え?
逃げまどう周囲のオークを大斧で切り殺し、強引に距離を詰めてくる。
って、味方を殺して前進するのかよ!
まずい。
ぼくの背筋に冷たいものが走る。
ここまで強引な手に出てくるのは、ちょっと予想外だった。
いや、督戦隊のまねごとなんてやっているんだから、こうなることも想定してしかるべきだったのか。
こいつらにとって、仲間の命など、使い捨てのコマに過ぎないのだろう。
そのことをきちんと計算に入れておくべきだった。
ぼくも志木さんも、そこまでの無茶は思慮の外だった。
甘かった。
「逃げろ!」
ぼくは落とし穴を挟んで槍を構える三人の少女に叫ぶ。
彼女たちが逃げると、その近くの樹の上にいるぼくの身が危うくなる。
なのに、反射的にそう叫んでしまった。
口に出したあとで、あ、と思ったがもう遅い。
だが。
槍を構える少女たちは、逃げなかった。
その場に踏みとどまり、穴の手前まで迫ったエリート・オークを待ち構えていた。
彼女たちは、まだ槍術のランクが2しかない。
ランク3当時のアリスでさえ、持ちこたえるのがやっとだった相手だ。
ランク2では、たとえ三人いても……。
「守りますから!」
少女たちのひとりが、叫ぶ。
ぼくにおにぎりを持ってきてくれた少女だった。
「カズさんのこと、守りますから! いまのうちに、逃げてください!」
は? とぼくは呆気にとられる。
守る? 彼女たちが、ぼくを?
なぜ。
アリスとたまきとミアがいれば、このエリート・オークを倒すことは充分に可能だ。
彼女たちを繋ぎ、指揮する役割には、ぼく以外にも志木さんがいる。
「昨日、カズさんはわたしたちを助けてくれたじゃないですか! 今度は、わたしたちがカズさんを助けますから!」
ああ。
不意に、気づく。
彼女たちはぼくを英雄だと思っている。
ぼくを信仰している。
アリスと志木さんが手をまわしたおかげで、彼女たちはぼくを過大評価している。
馬鹿なやつら。
ぼくがそんな偉いやつなわけ、ないじゃないか。
ぼくはただの落ちこぼれ、高等部のはみだし者なんだぞ。
とにかく、樹の上はまずい。
逃げ場がない。
ぼくは樹から飛び降りる。
少女たちの数歩、後ろだ。
着地の衝撃で地面に転がる。
慌てて起きあがると、エリート・オークが穴の手前で跳躍するところだった。
青銅色のオークは、高くジャンプしながら、空中で斧を振りかぶる。
さっきぼくに対して「助ける」と叫んだ少女の脳天めがけて、どでかい斧を振りおろす。
ぼくは残してておいた最後のMPでリフレクションを使おうとして……。
ダメだ。
この魔法はパーティメンバーにしか使えない。
彼女を救うことはできない。
少女は一歩もひるまず、刺突を繰り出す。
槍の穂先が、エリート・オークの腹に突き刺さる。
だが青銅色のオークは微塵もひるまない。
跳躍の勢いを上乗せして、大斧を振りおろす。
少女の身体が、真っ二つになる。
噴水のように血液を吹きだし、少女だったものは左右に倒れていく。
おにぎりを握ってくれた手が、ちからなく天を仰ぎ、そのまま地面に墜ちていく。
血しぶきが、エリート・オークの凶暴な顔を濡らす。
ぼくは茫然と、その光景を眺めていた。
眼前で起こった惨劇を前に、身体が硬直していた。
頭が痺れたような感覚を覚える。
エリート・オークが、凶暴に笑った。
経験値の計算ミスを修正するため、18話と21話を多少、修正しました。
オークの数が変わるだけですので、物語には変更ありません。




