第31話 第二次育芸館防衛戦 その2
穴に落ちて押しつぶされるオークたちの悲鳴を聞きながら、ぼくとミアは顔を見合わせる。
「この経験値、誰に入るんだろうな。潰したオークに経験値が入ったら、嫌だな」
「進化されると、困る」
ぼくたちのつくった穴のせいでオークが進化し、エリート・オークが生まれたら。
それはとても嫌だなあ。
そもそも、どういった過程を経てエリート・オークが生まれるか知らないけど。
さて、立ち往生してしまったオークたちのうち何体かが、仕方なくといった様子で左右の森に分け入る。
まわりこんでこちらを始末しようという魂胆だが、しかし。
森のほうぼうでオークの悲鳴があがった。
たまきとアリスの仕業だ。
彼女たちには、左右の森に潜み、背の高い茂みに分け入ってくるオークを片っ端から始末するという役目が与えられていた。
オークたちは仲間の悲鳴に怯え、ふたたび道に押し戻される。
立ち往生だ。
「ミサイル隊、攻撃!」
ぼくは命令を下す。
ぼくの左右の樹上に隠れていた遠隔攻撃を得意とする少女たちが、一斉攻撃を開始する。
投擲スキルを持った少女が、灯油を入れたビニール袋を投げ入れる。
オークの頭に衝突した袋がぴしゃりと割れ、なかの油が頭頂部や肩にかかる。
火魔法の使い手が、火球を飛ばす。
オークの身体に火球が命中し、火の粉が飛ぶ。
灯油に引火し、オークの身体が燃え上がる。
全身が炎に包まれたオークはのたうちまわり、周囲の混乱に拍車がかかった。
投擲スキルの持ち主たちは、ほかにもオークから鹵獲した投げ槍や手斧を片端から投げつけ、いっそうオークを混乱させる。
本当は弓の使い手でもいればいいのだろうが、肝心の弓が手に入らないため、射撃の取得者はいない。
弓が手に入るということは、つまりオークたちに弓の使い手がいるということだ。
オーク側に遠隔攻撃の使い手がいると、作戦そのものが成り立たなくなる。
弓は存在そのものがなくてよかった、と思うことにしたい。
そう。
ぼくと志木さんの作戦の根幹は、オークが常に近接戦闘を挑んでくる、という点にある。
現在確認されているオークの武器は、槍、斧、剣の三種類のみ。
細かく分けると、もっといろいろあるのだが……。
たとえば槍は、五メートルくらいある妙に長いものから、短槍と呼ばれるようなものまで。
剣や斧もやはり大小いろいろで、個体によって得物はバラバラであった。
また、それらを投げてこないかといわれると、けしてそんなことはない。
実際にぼくは、昨日、育芸館の二階で、手斧を投擲してきたオークに殺されかけている。
それでも、オークの基本行動が接近戦である限りは、ぼくたちの戦術は有効……なはずだった。
いまも何体かのオークが、樹上の少女たちに手持ちの斧や槍を投げつけてきている。
だが彼女たちが登った樹は、いずれも幹が太い。
その背後に隠れてしまえば、だいたいやりすごせる。
もともと敵の足を止め、混乱を加速させることができればそれでいいのだ。
彼女たちには、無理はするな、と口をすっぱくしていってある。
ぼくたちの本命は、地上だ。
「ミア、いまのうちに少し下がって休憩」
「ん」
ミアが育芸館前の広場まで後退する。
さて、敵の出鼻はくじいた。
問題はここからだ。
ミアと入れ替わりに志木さんが駆け寄ってきた。
「狼、もう一体出せる? 左右の森に増援を送りたいの」
ぼくはいま、狼を一体、手もとに置いている。
もう一体出し、両方を森に送って、アリスとたまきを支援しろということか。
志木さんはさっきまで、偵察スキルで気配を消し、森のなかを見てまわってきていた。
まもなくオークたちが森にあふれると確信したのだろう。
連戦により、ぼくのMPは30点程度しか残っていない。
さっきからずっと、カツカツだ。
灰色狼をもう一体呼び出すと、MPを9点も消費する。
とはいえ、ことはアリスとたまきの安全に関わってくる、か。
「わかった。MPが厳しいけど、あと一体なら、なんとか」
「お願い。バフはマイティ・アームだけでいいから」
彼女の指示に従い、マイティ・アームをかけた灰色狼を左右の森に放つ。
それぞれ、アリスとたまきを援護するようしておく。
オークたちは後方からの圧力で前進しては穴に落ち、左右の森に分け入ってはアリスやたまきに殺されて、を繰り返す。
そうこうするうち、ぼくは白い部屋にワープした。
アリスがレベルアップしたのだ。
「アリス、たまき、何体倒した?」
ふたりが撃墜数を申告してくる。
彼女たちの言葉を信じるなら、レベルアップにはいささか獲物が足りない。
狼がその差を埋めたとは考えにくい。
となると……。
「ミア、きみのアース・ピットに落ちて上から潰されたオークは、きみが倒したという扱いになっているみたいだぞ」
「ん。親切設計」
ミアは、ぶい、と指を二本立てる。
ぼくたちは簡単に打ち合わせして、もとの場所に戻る。
※
白い部屋から戻ったぼくは、状況を確認した。
前線では、激しい戦いは、まだまだ続いている。
槍使いの三人の少女は、穴に落ちたオークにひたすら槍を突き入れている。
入れ食い状態だ。
とはいえ、彼女たちは六人パーティ。
レベル2になるためには十二体、レベル3になるためには十八体のオークを倒さなければならない……。
と考えたところで。
一瞬、少女たちの動きが止まった。
お、ひとりレベルアップしたな。
「槍術、上げました」
さっきまでレベル1だった少女が、こちらを見ずにいった。
うん、よし。
全員が槍術2に揃ったおかげで、皆、いっそう手際よくオークを始末できるようになった。
となると、最初からレベル2だったふたりは、残り六体でレベルアップか。
まあ、気長にやるしかない。
そういえば、とぼくはまだ横にいる志木さんに訊ねた。
「エリート・オークの姿は見た?」
「いちばん後ろに三体、いるわ」
三体か。
ぼくは唇を噛む。
いま、ぼくたちのなかでエリート・オークを足止めできるのはアリスとたまきだけだ。
彼女たちとて、一対一では、せいぜい時間稼ぎができる程度にすぎない。
武器スキルがランク4になれば、一対一での勝ち目も出てくるだろう。
だが現状では、ミアの魔法による補助が必要だ。
あるいはぼくが上手くリフレクションを使えれば……。
だがあれはタイミングがシビアで極めつけの博打だし、乱戦で狙いをつけられるかどうかも怪しい。
やはりミア頼りだろう。
それも相手が一体なら、という限定だ。
二体同時では、かなり厳しい。
そんな相手が、三体。
しかも同時に取り巻きが多数。
「ちょっと待っててね」
志木さんがそういって、一度、ぼくの視界から消える。
偵察スキルを使ったのだろう。
木陰から短槍が投擲され、森のなかに踏み込もうとしたオークの腹に突き刺さる。
オークは露となって消える。
志木さんが戻ってくる。
「これで、あと一体でレベルアップよ」
正確には、志木さんはいまレベル1で、さっきぼくとふたりの狩りでオーク一体を倒している。
だからいまの経験値は90点。
レベルアップまでは、あと30点だ。
「白い部屋は、まだ温存?」
「考えること、あまりないしね」
まあ、そうか。
いまのところ、オークの群れは渋滞でひどく混乱している。
こうしているうちに、なるべく数を削りたいところだった。
希望はある。
エリート・オークが出てくる前に、アリスとたまきの武器スキルをランク4にしてしまうのだ。
幸いにしてオークの数は多い、わけだが……。
前線では、落とし穴を挟んで、槍使いの三人とオークたちの睨みあいになっていた。
側面に浸透しようとしたオークは、そのたびにアリスやたまき、使い魔の狼たちに仕留められ、断末魔の悲鳴をあげている。
オークが馬鹿だから、なんとかなっているが、それでもこのままだと……。
ふと気づくと、ぼくは白い部屋にいた。
「あたしとミアがレベルアップしたのよ!」
たまきがいう。
ああ、なるほど。彼女たちがレベル5になったのか。
とはいえ、いまたまきとミアのスキルポイントは3。
あと1レベル上がらなければ、メインの方のスキルを4にはできない。
計算では、まったく同時にアリスがレベル8になって、槍術を4に上昇できるはずだが……。
「オークをあと二十四体、倒さなきゃいけないな」
「じゃあ、あたしとアリスがこう、ずばーっって乗りこんでいって、ぶしゃーっ、っていっぱい倒すわ! ね、アリス、やろう!」
「えーと、カズさん……」
たまきは、興奮して腕をぶんぶん振りまわす。
ツインテールが鞭のように上下する。
アリスが困り顔でぼくを見る。
うん、たまきのやつ、アツくなって自分を見失ってやがるな。
こいつ将来、博打かなにかで身を持ち崩すタイプだろ。
「とりあえず、たまきの提案は却下で」
「えー、なんでよ!」
「志木さんからの報告だ。エリート・オークが三体もいる」
たまきの顔色が変わった。
「で、でも! だったら余計、さっさとレベルアップしないと」
「無理に深入りして雑魚オークを倒せても、そのあとは消耗した状態で、しかも雑魚に囲まれたままエリート・オークを相手にすることになる。雑魚に気を配りながらエリート・オークと戦うのは厳しいと思うよ」
勘違いしてはいけない。
たとえ武器スキルが4になっても、それでやっと、エリート・オークと互角になるにすぎないのだ。
アリスとたまきには、なるべく最高のコンディションで戦ってもらいたい。
そんな親心を無にするやつには、少し思い知らせてやる必要があるだろう。
「たまき、次に漏らしたら、おむつして戦ってもらうぞ」
「ちょっ、待って、ひどっ」
ぼくはアリスを見た。
「きみからも、なにかいってやれ」
「え、あの、はいっ! ええと、たまきちゃん、ちゃんとトイレにいかないとダメだよ?」
ツッコむのはそこじゃない気がする。
さて、たまきが暴走しないよう、どういいきかせようかと迷う。
うーん、闘争本能が高いのは、嬉しいことなんだけどなあ。
というかこれ、おそらく、だけど。
彼女の場合、一度、失態を犯しているがゆえに「功を焦る」心理が働いている気がする。
女子寮の戦いで、たまきはいいところなしだった。
しかもトラウマを発動させてしまった。
今度こそ目を見張るような活躍を見せなければ、ぼくやアリスに見捨てられてしまうのではないか。
無意識に、そう考えてしまっているのかもしれない。
そうなると、ぼくたちがいくら口をすっぱくして説き伏せても、難しいか……。
いまの彼女に必要なのは、自信なのだ。
なら、もう思い切って考え方を変えよう。
「ミア。MPはどれくらいある?」
「たぶん、20くらい」
なるほど、ぼくと同じくらいか。
地魔法ランク2のヒート・メタルはエリート・オーク対策で三発、残しておくとして……。
うん、いけるな。
「アース・ピット二発とランペイジ・プラントを二発、いってくれ」
「いいの? 切り札、だよ?」
「オークを十四体倒せれば、ぼくがレベルアップする。アリス、たまき、聞いての通りだ。狼を連れて一度、森を離脱しろ。ぼくのところに戻ってこい」
ぼくの使い魔の灰色狼には、アリスとたまきの指示を聞くよう命令してある。
灰色狼がどこまでふたりの言葉を聞いてくれるか不安だったが、これまでのところは問題なく連携できているようだ。
この指示も狼たちに伝わることだろう。
「それからの展開だが……」
矢継ぎ早に行動を指示する。
志木さんにいわれた通り、なるべく自信ありげに。
すべて予定のうちさといわんばかりに。
「アリス、たまき。ぼくはレベルアップしたあと、残りのMPのほとんどを、きみたちの強化に使う。その後のことは、任せるぞ」
「はい、カズさん!」
「うん、任せて、カズさん!」
ふたりに、よし、とうなずいてみせ……。
ぼくは、さらにミアと細かい打ち合わせを行ったあと、白い部屋から離脱する。




