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第03話 付与魔法と召喚魔法

 森のなか。

 落とし穴の前に、ぼくは立っていた。


 先ほどまでの出来事が嘘のようだった。

 だけどたしかに、落とし穴はあいていて、焼け焦げた肉の匂いが立ちこめていた。

 ああなんかもう、当分、肉は食べたくない。


 オークの姿は消えていたけれど、竹槍の穂先には、青い血がべっとりとこびりついていた。

 やはり、あれは現実だったのだ。


 オーク。豚のような顔の化け物。

 あれは本当にいて、ぼくはあれを……。


 殺した。


 それはいい。まあ、いいとする。

 思ったよりショックがない。


 どうせぼくは、ひとを殺すつもりだった。

 殺したのが、ファンタジーRPGで定番の醜悪なモンスターであったとしても、そんなことはたいした問題ではない。


 問題は、そこじゃない。

 あのオークが一体限りなのかどうか。


 たぶん、ノー、だ。

 それは白い部屋での質疑応答でも暗示されていた。

 ぼくの、スキルはなんのために必要なのか、という問いに対して、コンピュータの向こう側の存在はこう答えたのだ。


「これからのあなたに必要だから」


 と。

 これから先、このスキルというものが、ぼくには必要となる。

 そんな状況に陥ると、あの部屋を用意した誰かはいった。


 ならば、とぼくは拳をかたく握る。

 まず、そう。スキルだ。


 ぼくに与えられた特別なちから。

 きっとぼくを守るちから。


 ぼくはスキルを試してみる。

 付与魔法からだ。


 質疑応答によれば、付与魔法のランク1では、4個の魔法が使える。

 魔法の使用にはMPを消費する。

 だいたい、十回使用するとMPが尽きる。


 MPを回復させるには、じっとしているしかない。

 十分もじっとしていれば、一回分のMPが回復するらしい。


 テストだ。

 ぼくは自分の右手を見ながら、呟く。


「マイティ・アーム」


 魔法を使用するには強く念じる必要があるという。

 質疑応答では、キーワードを設定して言葉にするといいですよ、と親切なアドバイスがあった。


 なるほど、アドバイスの通りやってみると、全身から脱力するような感覚とともに、右手が淡く輝いた。

 ぼくは輝く右手でシャベルを持ち上げた。

 さっきより、軽い。明らかにシャベルが軽くなっていた。


 いや、違う。ぼくの手のちからが強くなっているのだ。

 これが魔法の効果なのだ。


 ためしに、拳を握って近くの木を殴ってみた。

 痛い。

 木はびくともしていない。


 手の甲の皮が少しずるむけた。

 じわりと血が出る。


 赤い血。

 オークとは違う血の色。

 ぼくは涙目になる。


「まあ、いいさ」


 ぼくは負け惜しみ気味につぶやき、首を振る。

 とにかく、魔法というものが実際に存在することはわかった。

 いまさらだけど。


 オークやら、あの白い部屋やらを見せられて、少しは超常現象を信じる気になっている。

 いや、少しではないか。


 次は、召喚魔法だ。


「サモン・レイヴン」


 ぼくの目の前の空間が黒く歪んだ。

 歪みのなかから、一羽のカラスが現れ、ぼくのそばの木の枝にとまると、かーと鳴いた。


「索敵」


 ぼくはそういって、道路のある方角を指し示した。

 カラスはまた、かー、と鳴いて、飛び立った。すぐ視界から消える。


 数分で戻ってきた。


 かー、と鳴いた。

 ぼくの耳には、


「モンスターが一体、道路をうろついています」


 と聞こえた気がした。


 それが空耳かどうか、確かめる必要がある。

 ぼくはなるべく枯れ葉を踏まないよう気をつけながら、道路の方へ向かった。

 徒歩での五分が、やけに長く感じた。


 道路付近までやってきた。

 森を切り開いてアスファルトで舗装された道路だ。

 道幅は、軽トラックが二台、ギリギリですれ違えるくらい。もっとも端の方は落ち葉に埋もれてしまっている。


 そこをうろつく、二足歩行生物がいた。

 豚の顔をした、裸の人間型の生き物。


 肌は赤茶けていて、腹が出ていて、臭い。

 オークだ。


 オークは手に、さびた剣を握っていた。


 そう、剣だ。

 さっきのオークも剣を持っていたのだろうか。

 わからない。


 どのみちぼくが見たとき、オークは消えかけていた。

 あとで落とし穴を調べてみようと思う。


 さて、目の前のオークだ。

 さっきはよくわからなかったが、こいつはぼくよりずっと体格がいい。

 筋肉も、モリモリついている。


 手足がめちゃくちゃ太い。

 どこぞのハンマー投げの選手みたいだ。


 どこぞのハンマー投げの選手はオリンピックで金メダルを取るくらい図抜けた人間だけれど、目の前のオークは、さっきちらりと見た個体とあまり変わらない体格に見える。

 つまり、人間にとってのオリンピック級選手が、オークにとっての標準個体ということか。


 ぞっとする話だ。

 そんなやつと正面から殴り合いなんて、ぼくは死んでもごめんだと思う。


 だけど、あいつを殺さないと、レベルアップできない。

 もう一度、あの白い部屋に行くことができない。


 いまにして思えば、あのコンピュータの向こう側にいる誰かは、親切だ。

 ぼくの質問に根気よく答えてくれていた。


 もちろん、教えてくれないことはある。

 いっぱいある。

 それでも、質問を繰り返すうち、わかることが出てくる。


 一度、魔法を使ったいま、質問したいことがまた山のようにできてしまった。

 だからもう一度、あの部屋にいかなくてはいけない。


 そのためにはレベルアップしなければならない。

 そのためにはオークを倒さなくてはいけない。まずはあのオークを殺さなくてはいけない。


「やってやる」


 ぼくはちいさく呟いて、拳をぎゅっと握った。

 自分の足に意識を集中させる。


「フィジカル・アップ」


 ぼくの両脚が、淡く輝きはじめた。

 これは身体能力強化の魔法、特に脚力を強化する魔法なのだ。


 オークがちょうどこちらに振りむいた瞬間、意を決して道路に飛び出す。

 オークとの距離は二十メートルほど。

 オークはこちらを見て、ぶもーっ、と叫んだ。


 さびた剣を振り上げ、駆け寄ってくる。

 ぼくを殺す気だ。

 あの剣がかすりでもしたら、きっとものすごく痛いに違いない。


 そんなの、絶対にごめんだ。

 ぼくはさっと身をひるがえし、いま飛び出てきたばかりの藪のなかに飛び込む。

 はたしてオークは、ぶもーと叫びながら追ってきた。


 ぼくは背後を振りかえらず、必死で逃げながら、よしと口の端を吊り上げる。

 ぶもー、の声が少し遠くなっていく。


 あれ、と思う。

 そうだ、ぼくはいま、魔法で脚力を強化していた。

 だからオークから逃げ続けていられる。

 

 そのために付与魔法スキルを取得したのだ。

 まずは生き残ることが肝要だと思ったからこそ、武器に関するスキルをガン無視して、付与魔法を選んだ。


 それにしても、距離を取りすぎたか。

 振りかえると、木々の間に赤茶けた肌がちらりと見えた。

 距離は十五メートルくらいだろうか。


「こっちだ、豚野郎!」


 ぼくは叫び、少し速度を落とす。

 オークは、ふたたびぼくの姿を見つけたようだった。

 猛然とこちらへ迫ってくる。


 ぼくは慌てて逃げた。

 追いかけっこは、まもなく終わる。


 枯れ草が敷き詰められたその一角で、ぼくはぴょんとジャンプして、罠を飛び越える。

 一方、オークはためらわずに罠を踏み抜いた。


 落とし穴だ。


 ぼくが設置した三つの落とし穴。

 そのうちのひとつはさきほどの戦いで使用不能になってしまったけれど、穴はまだふたつも残っていた。

 あいつがぼくのもとに来るまでに通る、あらゆるルートを想定していたのである。


 いまはもう、あいつのことなんてどうでもいい。どうでもよくなってしまった。

 それでも、この落とし穴には、ほかの活用方法がある。

 オークを殺して、ぼくがふたたびあの部屋にいくためには、この罠がどうしても必要だった。


 いや、むしろ。

 この落とし穴があるからこそ、ふたつのスキルを選んだといっていい。


 召喚魔法でカラスを呼び、上空から偵察させる。

 付与魔法で脚力を強化し、確実に鬼ごっこを制する。

 そして、オークを確実に落とし穴に落とす。


 実際、ここまでは上手くいっている。

 ぼくは穴に落ちたオークを上から見下ろし、豚人間が竹槍で傷ついていることを確認した。

 オークは、青い血をだらだら流し、怒り狂ってぼくを睨んでいる。


 穴のなかで、さびた剣をむちゃくちゃに振りまわしている。

 だけど剣は、とうていぼくのもとまで届かない。


 ぼくはさきほどと同様、穴のなかにガソリンを流し込み、火種を放り投げた。

 オークの身体が炎に包まれた。

 豚人間が、激しく身悶えする。


 あとは、トドメだ。ぼくは竹槍を握った。


 まだ、マイティ・アームの魔法は効いている。

 ぼくは強化された膂力でもって、えいやっ、と竹槍を穴のなかに突き入れる。


 槍の穂先が肉を食い破る感覚に、顔をしかめる。

 それでも、何度も何度も突いた。


 やがて、オークのうめき声が聞こえなくなる。

 穴のなかを覗く。


 オークの身体が薄くなって、消えていく。

 さきほどと同じだ。

 ぼくはオークを殺したのだ。二体目のオークを。


 そして、オークの身体は完全に消えて……。


 それだけだった。

 なにもおこらなかった。

 ぼくは、あの白い部屋にいけなかった。


「ま、想定内だ」


 荒い息をつきながら、ぼくは呟く。

 そう、これがコンピュータ・ゲームなら、レベルゼロからレベル1までの経験値と、レベル1からレベル2までの経験値が同じなどということはありえない。

 最低でも、倍だろう。


 ぼくはそう考えている。

 下手をしたら、三倍かもしれない。

 四倍かもしれない。


 ともあれ、まだ落とし穴はあとひとつある。

 いざとなれば、さっき使った落とし穴を再利用すればいい。


 オークが消えたあとの穴には、小指の爪くらいのサイズの赤い宝石が一個、転がっていた。

 なんだろう。

 ゲームでいうドロップアイテムだろうか。


 ますますコンピュータRPGだ。

 ぼくは一度、穴に下りて、赤い宝石を回収する。


 ルビー?

 いや、ぼくには宝石の区別なんてつかないけれど。

 一応、ポケットに入れておくことにする。


 最初に殺したオークの落とし穴も見てみたところ、さきほどは見落としていたが、たしかに同じような宝石が落ちていた。

 こちらも拾っておく。


 そのあと。

 ぼくはふたたび、カラスを偵察に放った。


 さきほど召喚した個体が、まだ残っていたのだ。

 次に白い部屋にいったら、召喚したカラスがいつまで存在するのかも聞かなきゃいけないと思った。


 やがて、カラスが帰ってくる。


「モンスターが一体、人間を追いかけています」


 カラスはそういった。

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[一言] カラスに穴の石を拾って貰えばいいのではと意思表明をする。
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