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第241話 亡霊王の行方

 ディアスネグスがどこに行ったとしても、すぐ追うにはひとつ問題がある。

 ぼくのMPが枯渇しているのだ。

 いまの状態でふたたび亡霊王と対決したとしても、苦もなくひねられてしまうだろう。


 いまのぼく、短期決戦仕様に特化してるからなあ。

 格上の敵を倒すため、あえてそうしているわけではあるけども。

 狙いが外れたとき、こんな風になってしまう。


 人道とか考えるなら、ひとまず一般人の安全とかを心配するべきだ。

 でもたぶん、そっちにぼくたちの神経を集中させることこそ、亡霊王の狙いなんだろう。


『なにを唸っている』


 赤い屋根の上で腕組みしていると、いつの間にか、そばにクァールがいた。

 うわあ、気づかなかったぞ。

 向こうがその気なら、ぼくはいまごろ死んでいたに違いない。


『街は混乱している。おまえの指示がなければ、皆は動けまい』

「ディアスネグスの目的を考えていた。クァール、きみはどう思う?」


 己の名を呼ばれ、黒豹は首をもたげてぼくを見つめた。

 え、なに、どうした?


『それは、わたしの名か』

「え、そうだけど……あれ、結城先輩がそう名付けたって聞いたんだけど、違った? というか嫌だったか」

『いや、いい。……そうか、クァール、か』


 なんだか笑っているようだった。

 名前をもらって嬉しいのかな……。

 表情はよくわからないけれど、しっぽをぶんぶん振っている。


 やばい、かわいい。

 いや、まあ、それはいいんだ。


『それで、ディアスネグスの目的、だったな。あれは、あまりにも魔王という存在に執着していた。それがゆえ、アルガーラフさまがあれを滅ぼすと決断したほどに』

「じゃあやっぱり、魔王のもとにいったのかな。この騒ぎもすべて、時間稼ぎか」

『そうであれば、分体まで出す必要はあるまい』


 ちょっと待って、いまさらっと重要なこといったねきみ。


「分体、ってなに。さっき倒したディアスネグスのそっくりさんのこと?」

『さよう。あれはディアスネグスそのものであり、ディアスネグスを構成する存在のひとつである。ディアスネグスは己をふたつに分割し、その片方でおまえたちを襲ったということだ。ゆえにもはや、やつには半分のちからしか残されていない』

「そういう超重要情報は、先にいってくれ……」


 ぼくは肩を落とした。

 見れば、グラウンドでの戦闘が終わっている。


 あ、ワンさんが崩れた校舎から出てきた。

 よかった、さすがグレーター・ニンジャのお師匠様、生きていたんだな……。

 まったくの無傷でスマホを片手に走ってきているって、ほんと元気だなあのご老人。


「とりあえず、みんなと合流しようか」


 ぼくはカヤに手を振って、クァールと共にディメンジョン・ステップでグラウンドに送り届けてもらった。

 集まった皆に、さっきクァールが教えてくれた分体のことを説明する。

 つまりディアスネグスは、もう一体いるということを。


「まだ生きているんですか……!」


 アリスをはじめ、皆が驚きに目を瞠る。

 ワンさんも「ふうむ」と腕組みしていた。

 せっかく倒したと思ったのに、って気持ちは皆、同じだろう。


「そうなるね。でも亡霊王の相手はあとだ。カヤはアリスを連れて、志木さんの応援に向かって。アリス、カヤのサポート、適当に頼む」

「は、はいっ! いってきます!」

「いってくるね、パパっ!」


 あっちこっちからシャドウに襲われる市民の悲鳴が聞こえてくるけれど、幾多の市民より志木さんの方が重要だ。

 たまきと別行動、っていってたけど……だいじょうぶかなあ。

 ふたりを送り出したあと、ぼくたちは改めて、クァールに向きなおる。


「クァール、改めてきみの意見が欲しい。ディアスネグスは次にどう出ると思う」


 そう訊ねてみると、黒豹は喉をぐるると鳴らした。

 あ、ちょっと困っているっぽい。


「わからなかったら、いいよ。でも思いつきでもなんでも、考えられることはとにかく教えて欲しい。こっちはディアスネグスについて知ってることがほとんどないんだ」

『そういうことであれば……。まず、やつがアンデッドを創造するにしても、それはマナを消費する行為だ。特に、おまえたちがシャドウと名づけたあれは、そのすべてがマナで形成されている。いくら亡霊王であっても、あれほどのシャドウをつくり出すのは容易なことではないだろう』


 そうそう、そういう情報でいいんだよ……。

 まだ戦いは続いているっぽいけど、いまは情報の収集の方が大事だ。

 ルシアに残ってもらったのは、情報の分析のためである。


「相手はそこそこ追い詰められてる、と考えていいのかな」

『確信はできないが、その可能性は高い。しかしやつは、策士だ。払った損害に見合う利益を得ていることだろう』

「今回の場合、その利益っていうのがなんなのか、だよな……」


 やつが自分の半身と大量のマナを失ってでも手に入れたいもの。

 それほどのものとは、いったいなにか。

 ルシアが手をあげて発言を求めた。


「マナを確保したいのでは」

「え、どういうこと」

「さきほど、クァールがおっしゃっていたではないですか。六本目の楔からこの世界にマナが流れてきていると」


 あー、そうか、そういえばそうだった。

 魔王はそのマナを使っているから、って話だったっけ。

 で、それが楔なわけだ。


「やっぱり、亡霊王は魔王のもとに行こうとしているのかな」

「最初はそうだったのかもしれません。しかし亡霊王が、魔王から楔を遮断する動きがある、と気づいたなら」


 え、ちょっと待って。

 いや、あ……あっ、あっ。


「ワンさん、結界の準備ってもうほとんど整っているんでしたね。魔王を守りたい、加えてマナを得たいはずのディアスネグスにとって、それってすごく困ることでは。もしやつがこっちの狙いに気づいたなら」

「いま連絡をとりましょう」


 ワンさんが焦った様子でスマートフォンを握る。

 うん、まさかとは思うけど……。

 と、ぼくたちは白い部屋に行く。



        ※



 レベルアップしたのは、たまきだ。

 なんでもシャドウを狩りまくったとのこと。


「わたしも二体ほど倒したわ。相手に見つからないところから、ナイフを投げてね」


 ちょっと自慢げに、胸をそらしてみせる志木さん。

 でも、なんだかその目が、辛そうに動揺するように揺れている。


「なにがあったの、志木さん」

「なにもないわ」


 ぼくは志木さんと睨みあった。

 たぶん聞かなくてもいいことなんだろうけれど。

 これは余計なおせっかいなんだろうけど。


 それでも、ぼくは志木さんの胸のうちを知りたかった。

 もし彼女が辛い思いをしているなら、せめて吐き出させてやりたかった。


 そして。

 先に折れたのは、志木さんだった。

 軽く肩をすくめ、苦笑いしてみせる。


「カズくんのばーか」

「うん、ぼくはわりと大バカだな。それで?」

「母も祖母も祖父も、瓦礫の下敷きになったって。生存は絶望的みたい」


 皆が息を呑む。

 彼女はたしか、逃げるシャドウを追っている途中だったはずだけど……。


「隣の通りでトランシーバーを使っているひとの声が聞こえたの。きっとワンさんのお仲間さんね」

「隣の通り、って……」

「ほら、わたし、偵察スキルが高いから。かなり離れたところの声も聞こえるのよ。ショックなことだから、まだわたしには伝えたくなかったみたいね。気を利かせてくれたのに残念なことだわ」


 そういって胸もとで腕を組み、皮肉に唇の端を釣り上げてみせる。

 ああ、これは、あれだ。

 彼女は辛いとき、悲しいとき、泣き叫びたいとき、こうして精一杯の虚勢を張るのだ。


「いっておくけど、同情とか慰めとかは結構よ。わたしは、こっちに戻ってきて真っ先にわたしの家を目指したことを後悔していない。……後悔なんて、してあげない」

「どこまでも……意地を張るってわけ」

「当然。わたしはやせ我慢が大好きなの。それとも、カズくん。リーダーのあなたが責任もって母や祖父たちを生き返らせて……」


 そこまでいって、志木さんははっと顔をこわばらせた。

 自分がなにを口走ったか気づいたのだろう。


「ごめん、忘れて」


 ぼくから視線を外した。

 泣きそうな顔で唇を噛んでいる。

 ぼくは、彼女にしては珍しいミスだな、と思っただけだった。


 志木さんが本気でぼくを恨んでいるなんて、欠片も思っていない。

 これは、彼女が感情のたかぶりを抑えられなかったがゆえの失言なのだ。

 そして志木さんの感情を不必要なほど揺さぶってしまったのは、このぼくなのである。


「お気の毒だとは思うよ。でもね、あえていわせてもらえば、志木さん。ぼくたちは目の前の戦いに勝利しなきゃいけない。どれほど犠牲を払ってでも、だ。ひょっとしたらきみの家族が死んだのは、ぼくたちが迂闊に亡霊王に放たせた、あの一撃だったかもしれないけれど……だとしても、あの一発を放たせたことは後悔していない。あれは勝つために必要だった」

「ええ、そうね。あなたが戦場で下した決断に文句をいうひとがいたら、わたしが出ていって、思いっきり頬を張ってあげる。戦場におけるあなたは、常に正しいわ。だから、もし次、同じようなことがあっても……絶対に迷わないで」


 ぼくたちは、ふたたび見つめ合う。

 同時にうなずいてみせる。

 意地っぱり同士の、ある意味で同類同士の、意地の張り合いだ。


 でもいまのぼくや志木さんにとっては、折れないで虚勢を張り続けることが大切なのだった。

 だってそうじゃないと、ぼくたちはリーダーでいられない。

 ひとの上に立って、ひとを死に追いやるだけの覚悟を持ち続けられない。


 もしぼくたちがどちらか片方だけだったら。

 きっと、とっくに重圧に押しつぶされていただろう。

 どちらかひとりが欠けていても、ここまで来ることはできなかっただろう。


 だから、きっと。

 ぼくたちは、ふたりいっしょであることに意味がある。

 互いに意地を張り続けることに意味があるのだ。


「地球に心残りがほとんどなくなった、ともいえるわ。ひとり生き残っちゃった父には悪いけどね」

「そうか」


 志木さんは、ぱん、と手を叩く。


「さて、それじゃ。会議を始めましょう。そっちがワンさんから得た情報、残らず開示してちょうだい」



        ※



 それからぼくたちは、ディアスネグスの行方と今後の方策について話し合った。

 やはり志木さんも、ディアスネグスは魔王の助けになるべく東京湾に展開されようとしている結界の阻止に動いているという意見に賛成のようだ。

 うーん、でもその場合、いろいろ問題があるんだよな……。


「ワンさんの組織に裏切り者がいるか、あるいはどこかで情報が抜かれているか」

「魔法でなんとかして情報を集めたって可能性は、ないのかな」


 ぼくはルシアに訊ねた。

 向こうの世界の魔法については、彼女以外、情報を持つ者がろくにいない。

 だがそのルシアも、「亡霊王の魔法については、まったく」と首を振るだけだった。


「とりあえず、ワンさんに任せるしかないんじゃないかしら。わたしたちはいまのうちにシャドウを倒して、せいぜい経験値を溜めるとしましょう」

「ここにきて経験値稼ぎとか……」

「でも、この白い部屋っていちばん会議に便利だもの」


 志木さんはくすりとする。

 いやまあ、その通りだけどさ!


たまき:レベル52 剣術9/肉体9 スキルポイント4

          重剣術2(強化剣技2、破竜斬2)


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― 新着の感想 ―
[一言] 次は4分の1ディアスネグスが、その次は8分の1ディアスネグス、その次は16分の1が………と、段々ちんまいのが出て来て、最後に256分の1ディアスネグスが踏み潰されて終わったら寂しいな。
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