第240話 亡霊王との戦い4
亡霊王が放った一撃は、東京の街を数百メートル先まで破壊してのけた。
ぼくが攻撃を避けたから?
いや、あいつがここまで狙って攻撃を放ったのだとしたら……。
「きさまが避けたせいで、多くの者が死んだな」
ディアスネグスが、背後のぼくを振り向いて告げる。
骸骨の顎がカタカタと鳴った。
笑って……いるのか。
「さて、もう一撃、いくぞ」
亡霊王が右手を掲げる。
こいつの目的は、明らかだ。
避けると無辜の人々が巻き添えを食らうぞ、と脅すことによってこっちの動きを封じている。
いまぼくの背後には、学校がある。
なかにはワンさんがいるはずだ。
もし、この一撃を避ければ……。
『主よ、逃げるぞ』
「待て、合図まで動くな」
『しかしっ』
また漆黒の一撃が放たれる。
膨張するブラックホールのごとき暗黒が広がり……。
「アクセル」
ぼくはふたたび、思考加速の魔法を放つ。
そして、攻撃をギリギリまで引きつけると……。
「リフレクション」
その一撃、そっくりお返ししてやる!
漆黒の破壊魔法は、向きを変えてディアスネグスに迫る。
だが……骸骨が、またにやりとした。
うん、わかってる。
さっきおまえは、この手も見たよな。
「いけ」
『応っ』
シャ・ラウも、理解していたのだろう。
ぼくの合図で雷となって加速する。
ディアスネグスの背後にまわり込む。
ディアスネグスは跳ね返ってきた魔法に対処するべく、虹色の盾を生み出すところだった。
やはり、向こうもリフレクションを持っていたのだ。
これでふたたび跳ね返してやろうと手ぐすねひいて待っていたに違いない。
しかしリフレクションは、ジャストタイミングで放たなければならないシビアな魔法。
ほんの少しでもタイミングが狂ってしまえば、命取りとなる。
そして…いま。
シャ・ラウがディアスネグスと交差する、まさに一瞬。
幻狼王は、亡霊王の肩をほんのわずか、蹴り飛ばす。
骨の身体が、ぐらりと揺れる。
それは相手にとってなんの痛痒にも感じぬ一撃であっただろうが……。
しかしリフレクションのタイミングをずらすには充分な一撃だった。
「まさか」
ぼくの思考加速が終了した直後。
相手の背後に出現した直後。
亡霊王が、驚愕とともにそう呟いた。
次の瞬間、その身が漆黒の破壊魔法に飲み込まれる。
己の放った一撃をまともに浴びて、ディアスネグスは絶叫をあげた。
ほぼ同時に、ぼくたちは白い部屋に行く。
※
「いまのは……ディアスネグスを倒したから、じゃないな」
まだあの身体は消滅していなかった。
その前に、誰かがモンスターを倒したのだ。
見れば、たまきと志木さんが青い顔で荒い息をついていた。
「どうした、なにがあった」
「地面から、黒ずんだ影みたいなのが湧いてきて……。片っ端から、みんな殺されていって」
「正直、偵察スキルを上げていなかったら、わたしも危なかったわ」
それって、アリスたちが襲われた黒い手と同じものだろうか。
ぼくはディアスネグスとの決闘に夢中で、下の様子まで観察していなかったけど……。
「たぶん、同じものでしょう」
「だとおもうー」
ルシアとカヤが揃って肯定する。
聞けば、彼女たちを襲った黒い影は、上半身しか地面の上に出してこなかったとのことだが……。
それも、だいたいはルシアやカヤ、アリス、天亀ナハンの魔法で始末したとのことである。
「けっこう始末してやっとレベルアップ、ってことは個々のレベルは低いのかな」
「でしょうね。だからわたしの偵察スキルでも、事前に察知することができたんだわ」
いま志木さんの偵察スキルは、ランク7。
低いどころか、むしろめちゃくちゃ高いといえるのだけれど……比較対象がぼくたちだからなあ。
ちなみに、レベルアップしたのはアリスと志木さんであるらしい。
「とりあえず、あの影はシャドウと命名しましょう」
「特に異議はないけど……いや、まあ、いいか」
「ちなみに、青いトークンを1つ落としたわ。レベル5相当のモンスターじゃないかしら」
エリート・オーク相当か。
そりゃぼくたちにとっては雑魚だけど、一般人にとっては絶望的な相手だなあ。
異世界に飛ばされた初日、ぼくとアリスが死に物狂いで戦い、かろうじて勝利できた敵なのだから。
「ほかの場所にもシャドウが現れたとなると……いろいろヤバいね」
「でも、エリート・オーク程度なら銃で殺せないかしら。……そう願いたいものだけど」
志木さんの家族は、避難したとはいえ、まだそう遠くにはいってないだろう。
それにあのあたりには、彼女の顔見知りがたくさん住んでいたに違いない。
ディアスネグスが薙ぎ払った場所に、彼女の知り合いは……いなかったら、いいなあ。
志木さんは、そのあたりのことを極力考えないようにしているのか、つとめて事務的に「まわりのひと、数人、死んだわ」とだけ告げた。
たまきのおかげで、シャドウはおおむね始末することができたとも。
「ただ、慌てて逃げたひとを追っていったシャドウがけっこういて……」
「それ、まずくない?」
「かなりまずいわ。だからわたし、投擲スキルを上げようと思うの。たまきちゃんと分かれて、シャドウを始末しにいくわ」
志木さんひとりで戦うのか……。
偵察は敵を発見する際には役に立つが、先制攻撃したあとはほぼ無意味なスキルである。
ちょっと心配だな。
「ごめんね、カズくん、みんな。いまわたしが自分の身を危険にさらすのは、よくないことだとわかってる。それでも、少しでもここのひとたちを守りたいの」
そういわれては、止めるわけにもいかなかった。
なにせ志木さんの実家はすぐ近くである。
シャドウに襲われている者のなかに知り合いもいるとすれば、冷静ではいられまい。
「くれぐれも気をつけて」
というしかない。
万事に慎重な彼女のことだから、だいじょうぶだとは思うけど……。
今回レベルアップしたのは、アリスと志木さんのふたりである。
志木さんはスキルポイントを消費し、投擲スキルを4に上げた。
アリスはスキルポイントが4だから温存だ。
「ディアスネグスにトドメを刺したら、ぼくたちもそっちに向かうから。無理はやめてよ」
そう、念を押しておく。
アリス:レベル52 槍術9/治療魔法9 スキルポイント4
聖槍術2(強化槍技2、槍楯技2)
志木:レベル21 偵察7/投擲3→4 スキルポイント8→4
※
もとの場所に戻り、消えていく亡霊王を眺める。
断末魔の悲鳴をあげて、骸骨の身体が薄れていき……。
完全にその身が消滅する。
だが、それだけだった。
宝石が落ちない。
無論、誰もレベルアップしない。
「ちょっと待って、これって……本物じゃ、なかった?」
『そんなはずはない! あれが四天王クラスでなくて、どうしていまのわれが必死になろう!』
珍しく動揺したシャ・ラウのテレパシーが周囲に飛ぶ。
下を見れば、まだ何体かのシャドウが暴れていた。
半身が地面に埋まったまま襲ってくるため、アリスたちでも多少、手間取ってしまうようだ。
ひとまず、シャ・ラウとの同調を切った。
意識が本来の身体に戻り、ぼくは赤い屋根の上から起き上がる。
いきなり視点が変わって、少し頭がふらふらする。
「どういうことだ。もしかして、あの亡霊王までも……囮、なのか」
だとしたら、本体はどこに。
もしかして、いま無防備なこのぼくを狙っている?
慌てて周囲を見渡す。
不審な気配はない。
もっとも、高所から確認すると、あちこちでシャドウが市民を襲っている光景が見えてしまう。
いまのぼくには、彼らを助ける術がない。
というか、ぼくにはもうMPがない。
いま襲われたらどうしようもなくて……。
なんてことを考えていたら、すぐそばにシャ・ラウが現れた。
「とりあえず……もうすぐ覚醒も切れるから、いちど送還するよ」
『気をつけよ、主。亡霊王はそうとうな策士とみた』
「ああ、忠告、感謝する」
シャ・ラウをディポテーションし、多少のMPを手に入れた。
さて、ここでいまぼくを襲わないとなると……。
「このあたりにディアスネグスの本体はいないのかな。だったら、こんな混乱を引き起こす意味がどこにあるんだろう」
ひとりごちる。
やはり足止め、なんだろうか。
だったらやつの本当の目的は……。
東の空を仰ぐ。
いまはビル群に阻まれて見えないその先、東京湾には、巨大な黒い球体が浮かんでいるはずだ。
「魔王のところ、なのか?」




